12―イカレてやがる。これぞ忠義なり。


 通常の兵士は生きて祖国に帰るため、もしくは祖国を守るため戦う。
 少し外れて来ると、死んでも良いから戦う。
 完全にキレると死ぬために戦う。
 その線が何処にあるのかは分からない。
 ただ、日本人はこの完全にキレやすい国民だ。
 長い歴史の中で何処かの線が『忠誠心』という言葉によってキれてしまった。
 平時ではそれは一体となっての勤労や努力に向けられるが、時代がイカレ始めると、国民はこぞってキレ始める。
 何処の国に戦闘機で敵艦に突っ込み爆死する国民が居るだろうか。
 戦場での敵陣逃亡を理由に切腹を命じられ、大人しく従う国民が居るだろうか。
 そんな究極状態でなくても、少年漫画で「此処は俺に任せて行け!」とか叫んで、勝ち目のない戦いに挑み、死ぬ脇役が好き。そんな気質は大概の日本人が持っているはずだ。
 目前に居るのはそういう「キレた」日本武士達だった。
「皇(すめら)が為皇が為・・・」
「日本武士万歳!」
 身が沈むほどの石が目前に迫ってくる。当たればぐしゃりと体は潰れる。かわす? 避ける? 不可能だ。
 三人が石の影に落ちた瞬間、ウラジーミルの体が跳ねあがった。
 圧倒的重量と固さの石は、蹴り飛ばされ、堀の下に落ちていく。
 幸いというべきか、下には誰もいなかった。
 ずいしいいいんと石の重量で堀の下のぬかるみが揺れる。
「ワロージャ、足は!?」
 確実に石によって衝撃を受けたであろう彼の右足を気遣うが、「問題ない」と返された。
「あなた・・・また頑丈になりましたね」
 事実、普通に歩き、彼は掘りの下を見下ろす。通常なら骨がへし折れているはずの足で。
「沈めるか?」
 アンドレアの言葉に、幾之助は一瞬逡巡する。
 しかし。
「沈めて下さい。しかし、彼らは、上がって」
 水が堀に流れ込む。
「来る!」
 水飛沫。
 日本武士達はまるでヤモリにように石垣を這い上がり、水飛沫を上げて飛び跳ね目前に迫る。
 その手には槍が握られ、幾之助を串刺しにしようと真っ直ぐ、向いている。
 水飛沫の最後の一滴が落ちた瞬間、その日本武士は二つになっていた。
 抜く手も見せぬ抜刀、幾之助の刀が脳天唐竹割を決めるまで、目視はできなかった。
「貴様らに問う。何故私達を狙う。奸賊とは何の事だ」
 日本武士の瞳孔は完全に開いていた。興奮した息遣いが聞こえる。
「声が・・・声が聞こえるのだ・・・」
 はっはと犬が如き息遣いで、相手は刀を構えた。
「皇の言葉が聞こえるのだッ!」
 だが
「皇はそんな詔は出してはおらぬッ!」
 幾之助は叫ぶ。
 そして、それは事実だ。彼ら日本武士の頂点たる皇は、失踪せよとも、他国の軍人を殺せとも言っていない。
 しかし叫び返される。
「我らに名誉の戦死をさせぬというのか!」
 相手は完全にキレていた。
 最早死ぬために彼らは戦っている。自ら火に飛び込む虫よりもひたすらに。出ていない命令の為に。
「幾之助、如何する?」
「殺してくれって言ってるぜ?」
 こうなる事は、実は予想がついていた。
 どんな理由であれ、どんな状況であれ
 日本武士が帰って来た時には、「思い」が発生する状況に陥るだろうと。
 それは裏切りか、はたまた責任を問われてか。
 どちらでも、彼らは、武士団から無断殺戮の咎を受け
死ぬのだ。
 そしてどんな無念にせよ。
 無念の「思い」が残るのだ。
「応戦してください」
 彼の黒い瞳には決意が宿る。
「命を奪っても構いません」
 次の瞬間、三人が斃れた。
 一人はコルセスカから噴き出した水に体を貫かれ、一人は特殊警棒で頭を割られ、一人は刀で袈裟斬りにされて。
 そのまま、アンドレアは水を揺らがせ、次々と周囲を刺殺する。笑いを口元に浮かべながら。
「これで15万分の仕事はしたな」
 日本武士の一人が石垣を上ってきた。どうやら一人上り遅れたらしい。
 その上にかけた手が踏まれた。
 日本武士が見上げると、金属製の特殊警棒が振り下ろされるところだった。
 潰れた頭から噴き出した血が頬にかかるも、ウラジーミルは顔色一つ変えず、死骸を片手で引き揚げ、懐に手を突っ込む。紋を象ったステンドグラスを抜き取ると、その死骸をそのまま、隣の日本武士に打ち付けた。
「思いは回収した。大ソ連邦への支払いはこれで良いか?」
 そう言いながら、アンドレアが刺殺した人物が倒れるのを掻い潜り、次の獲物へと特殊警棒を振り下ろす。
「はい」
 幾之助は舞うように回り、囲む武士たちを円の形に斬る。
 全ての者に刃筋が的確に立ち、腹部を中心に斬る。
 ついに最後には一人だけが残った。
 その者は着物の袖に手を突っ込み、三人の人間離れした強さを見る。勝てる可能性は、零。
 ごくり、とその男の喉が鳴った。
 それを認識すると同時に、鼓膜を叩き割るような強烈な音が鳴る。
 音響爆弾。
 まだ残響している中、相手を確認すると、鼓膜が割れたのであろう気絶していた。
「殺すか? 生かすか?」
 アンドレアが耳を押さえながら、問う。
「間抜けな奴だぜ。気絶しちゃ奇襲の意味ねえだろ」
 彼を確認するると、幾之助は言った。
「生かしましょう」
 一瞬、間が空く。
「それから」
 幾之助が振り返った。
「私がこうなったら、遠慮なく殺して下さい」
 振り返ったその眼は焦点がぶれている。
「皇のお声が聞こえるんです」
 そう、転がっている死体と同じ、キレた目だった。