19―士道騎士道


「それにしても『ブチ殺す』まで迷いが無さすぎじゃありませんか」
 札束を懐に入れているウラジーミルとアンドレアに幾之助は溢す。
 札の枚数を数えながら、アンドレアはこともなげに返す。
「お前『遠慮なく殺して下さい』とか言ってたじゃねえか」
 頷くウラジーミル。確かに言っていた。しかし幾之助はなかなかに往生際が悪かった。
「そんなの建前に決まってるじゃないですか!」
「おい、誰だこいつ責任者にしたの」
「堂々と言ったな。とても堂々と言ったな」
「私達友達じゃなかったんですか!?」
「え? そんなの初耳だが」
「全然知らない。友達だったんなら絶交しようぜ」
 酷い! と床を叩く幾之助に、おずおずと声をかける者があった。依子である。ただしフォローはしない。兄の事はよく分かっているのだ。
「お兄様、厳島様の事なのですが・・・」
 悲憤慷慨していたのがけろりと立ち上がる。
「やはり出ない、と?」
「はい・・・。一度操られた者の言う事など信用できぬと・・・」
「ではほっときましょう」
「宜しいのですか?」
「なあに、戦の気配がすれば出てきますよ。彼なら」
 適当に流すかのように、幾之助は言い放つ。ウラジーミルが「イツクシマ?」と問う。
「戦が終わった途端に諜報活動ですか。流石ですねKGB」
「聞かれたくなかったら聞かせない事だ」
「それも道理です。正直彼なら如何なっても大丈夫かと思いまして」
 依子が慌てて「申し訳ありません」と言うのを手で制す。
「本当に如何なっても大丈夫ですよ。厳島というのはですね。うちに所属する武士で、それなりに腕が立つんですけどね。今回、自分もおかしくなったら困るから、と一人で地下牢に入りまして、両手両足を拘束して出てこない、困った引き籠りっぷりをしているのですよ。戦とは正気で行うものだとかなんとかねえ。まあ、絵に描いたような薩摩の戦闘民族と思って戴ければ大体合っています」
 既に終戦から二日が過ぎている。それを察したが、手を軽く振る。
「大丈夫です。大丈夫」
 その時、からりと木戸が開いた。顔を出したのは先日のジャック・ザ・リッパー2代目に影響を受けなかった武士だ。青びょうたんのような顔をして、もそりと喋る。
「申し申し。来客です」
「私にですか?」
「そちらのお3人が揃っているのなら是非にと言う事でした」
「どなたですか?」
 青びょうたんはもそりと意外な名前を口にした。
「ドイツ騎士団のラインバッハ騎士団団長と副団長です」
 
「ねえ、ママ・ブリトニー」
 包帯を巻かれながら、マイケルは問いかける。看護婦が動かないで下さいましと迷惑そうにしたが気にしない。
「何かしら?」
 ブリタニア女王は地球儀を回す。それを全て手に入れられるのが当然であるかのように回す。
「ドイツ騎士団のトップってどんな人なんだい?」
「そうですわね・・・。ラインバッハという名の姉弟がアタマですわ。二人とも騎士道精神に篤く、真面目で戦上手。まさにドイツ人の鑑です。通称、鉄血のラインバッハ姉弟」
「へえ・・・やっぱり弟が団長なのかい?」
 包帯が巻き終わられ、鋏がチョキンと鳴った。
「いいえ、弟のハインリヒは戦に強くはあれど、まだまだ姉無しではやっていけません。姉のクリスティーナは・・・」
 そこで彼女は少し笑みを浮かべた。
「武勇に優れ、指揮も素晴らしく、ミス・パーフェクトと呼ぶにふさわしい」
「ミス・パーフェクト! それは凄いな! 会ってみたいよ」
「そうですね。ただ、狡猾さに欠ける欠点はありますが、それは一般ピープルの目から見たら、やはりミス・パーフェクトでしょう」
「じゃあ、今回、ママ・ブリトニーは苦戦するんじゃないのかい?」
 答えを知ったうえで問う。
「今回?」
「あのメイドと執事のことだよ。メイドの方はフランスからちょっとこっちに来ていたじゃないか」
 さっくり答える。
「頭かち割りますわよ」
「ええ! どうして!? いきなり喧嘩をふっかける奴らをほっといて良いのかい?」
「バリほっといて宜しい。今回の事件はフランス領にほど近い付近海岸線の丘で起きているんですよ。あそこが封鎖されて困るのは、ヨーロッパから日本に物資を運ぶ輸送船だけ。物資が日本猿に枯渇するのは好都合ですわ」
「ドイツ騎士団だって困るんじゃないのかい?」
「あれは領土を持たぬ流浪の民。別のルートを使えば済む事です」
「ちぇッつまんないな」
 唇を尖らせるマイケルだが、次の言葉を聞いて不審げな顔に変わった。
「まあ、ミス・パーフェクトにとっては違うかもしれませんけど」

 その女性は堂々としていた。
 ゲルマン人らしい長身に、腕と足だけに鎧を纏っている。と、いう事は戦に来たわけでは無いようだ。
 豊満な胸の他にはすらりと筋肉が付いているのが、服の上からでも見て取れた。
 滑らかな金髪をポニーテールに纏め、その顔(かんばせ)はきりりとしながらも、青い大きな瞳が愛らしさも醸し出している。
「御用向きは何でしょうか? クリスティーナ・ラインバッハ騎士団長。ハインリヒ・ラインバッハ副団長」
 クリスティーナは口を開いた。
「実は我が騎士団がメイドと執事の急襲に遭ったんだ!」
「ああ・・・存じています」
 頭を悩ましているところである。こちらはジャック・ザ・リッパー2代目の件で統率が大いに崩れている状態だ。その最中、ヨーロッパからの物資が途絶えれば、この日本領は戦っていけなくなる。
 しかし、それはこのドイツ騎士団には好都合のはずである。共闘しようが、縁が無かろうが、このヴァルハラで各国は常に敵同士だ。敵が潰れてくれるのは喜ばしい。
 またしかし、クリスティーナの言葉は予想外の物であった。
「許せないだろう!」
「はい?」
 思わず聞き返した。なんだかやたら力強く言われたが。
「姉さん、それでは分からない」
「え? どうして?」
 本気で分かっていない姉をため息交じりに見やると、ハインリヒは話し出した。
「我が騎士団に出た犠牲者の鎮魂の為、敵討ちをしたい。そこで、利害が一致する貴国と共闘したいという事だ」
「はあ・・・」
 おかしな話である。ドイツ騎士団の損害はたかが騎馬兵4人。痛い事は痛いが、そのためにフランスを敵に回すのは割に合わない。今回の件はまだフランスがどの程度関わっているのか、また他国の追従があるのか、それら全てが不明なのだ。簡単に言ってしまえば、揉め事を避けて諦めるのが一番である。
「私達が失ったのは仲間だ! それを捨て置くのは許せない、許されない!」
「そう言われましてもですね・・・」
 幾之助の頭は回る。ひょっとすると共闘とは名ばかりでこちらにのみ戦わせ、後の利権のみかっさらう気ではないか、という疑惑が主だ。
「如何だ!?」
「申し訳ありませんが、私の一存では決めかねますので、後日・・・」
 言いかけた言葉が、大音声に遮られた。
「受ければ良か!」
 扉を開けてきたのは、鎖を両手両足に撒きつけたままの男。いかにも武者然としているが、良く見ればなかなかの美丈夫だ。
 彼はもう一度言った。
「受ければ良か!」
 その場を観察していたウラジーミルが問う。
「ひょっとして・・厳島と言うのは・・」
 男はまた大声で答えた。
「おいの事じゃ。厳島君尋といいもす。戦の匂いがしたんで飛んできたら、やっぱりじゃった」
「鎖は如何したんだ?」
「面倒じゃったばってん、引き千切って来たと! それよりも、利権より仲間の敵討ちを考える事、これ士道じゃ! 異人にもそげん人がおっとば、おいは感動した!」
 それじゃ拘束の意味が無かろう。幾之助が頭を抱える頭上で、クリスティーナのやはり快活な声が響く。彼女は本当に真意からその要件で来たらしい、というのが、同じく弟のハインリヒが頭を抱えたので分かった。
「受けてくれるか! ありがとう! お願いする!」
 依子は黙って、ヘヴンズ・ドアーに仲介を伝えに行く心づもりをした。