21―薩摩の男とドイツの女


 フランスはヴァルハラではあまり戦闘的な国ではない。
 勿論、ヴァルハラに存在するからには、戦もするし兵も持つ。
 しかしながら、それはほとんど向こうから吹っかけられた戦であり、自ら挑みかかるのは稀である。
 少なくとも、ここ70年は見ていない事だ。
 また、それを表すように、軍隊も強いとは言えない。
 隣国の大英帝国と比べると、その差は歴然。世界有数の最新式軍艦所持国イギリスに対し、フランス所有の軍艦の最新式は僅か6隻。他は老朽艦ばかりである。イギリスが公開しているだけで20隻を越える最新式軍艦を所有しているのと比べれば、その軍備の差は明らかであろう。
 故に、交通も利便性があり、食材などの入手に便利な国である。
 それが海路にほど近い区域を通行禁止にする等異例の事態だ。
 フランスという国は関わっているのか?
 まず日本武士とドイツ騎士団が注目したのはそこであった。

「私達からの打診への返事は、『この件に関しては公式なフランスの宣戦布告と受け止めないで戴きたい』だったよ」
「つまり、メイドと執事が勝手にやってるって言いたい訳だな」
「そんなはずないね。あの武器類どっから仕入れてるあるか。使用人が勝手に持てる代物じゃないよ」
「っていうかアレ、本当に使用人か? 依子の好きなコスプレとか・・・」
「そうですね・・・エミリーの着眼点は良いですが、あれは本当にメイドと執事です。コスプレ用とは布地が違いました」
「依子君、コスプレって何だい?」
「クリスティーナさん、この世には知らなくて良い事が多いものです。若輩の身ながら、それは切に感じます」
「っていうか・・・」
 ついにエミリーが怒鳴る。
「あいつらいつまであたし達を待たせる気だーーー!」
 そう、この女性陣、会議室から追い出されているのである。
「厳島様は薩人でいらっしゃいますからね・・・」
「んなもん理由にならんある。何で団長というトップまで追い出されてるあるか」
 追い出したのは戻った日本城で待っていた厳島である。理由は一つ
「女が戦(ゆっさ)に口出しするんでなか!」
 ほら、また
「女が戦に口出しするんでなか!」
怒鳴っているのが聞こえる。
「すみません、クリスティーナさん」
 謝る依子に、クリスティーナは笑顔で答える。
「構わないよ。私は元々諜報の類は苦手なんだ。騎士だというのに情けない話だがね」
「いえ・・・そうではなく・・」
 依子が言いよどんでいると、がらり、と襖が開いた。
「何じゃ、まだおったど」
 当の厳島であった。顔を迷惑そうに顰めると、命令する。
「早く去ね」
クリスティーナはきょとんとする。
「いね? 稲が如何かしたのかい?」
「去ね言うとっど!」
「依子君、すまない、彼の言葉がよく分からないんだが・・・」
「ええ、あのクリスティーナさん、大変申し上げにくいのですが・・・。帰れ、と言われています」
 帰れ。
「諜報ならKGBに依頼したばってん、安心して去ね」
 クリスティーナは暫く考えていたが、ようやく納得したように言った。
「ああ、野営に戻って結果を待つのかい? その間に戦闘状態に陥った時の事も聞きたいんだが・・・」
 厳島は顔色を変えて怒鳴った。
「女が戦に出るなどいけんしこんなりもはん!」
 今度は、通じた。クリスティーナも顔色を変えた。
「何を言うんだ! この戦は私の指揮下だぞ! 殺されたのは私の仲間だ!」
「女は女じゃ! ならんもんはならん! 邪魔になるだけじゃ!」
 エミリー、紅玉、依子が顔を見合わせる。追い出された時点でこうなる予感がしていたのだ。
 厳島はヴァルハラに来た時代が時代というのもあり、女が戦に関わる事を決して良しとしない。厳島にしてみたら、女性が仇討ちを願って来たので、「叶えてやるからそれまで待っていろ」という気分だったのだろう。弟と騎士団は兵力に入れても、クリスティーナはいれていなかった。
 ましてや、団長として指揮を振るうなど論外だろう。
 そしてクリスティーナは初対面からやたら真っ直ぐな性格であるのは分かっている。「女だから戦はやめて帰って淑やかにせよ」では決して納まらない。
「ハインリヒ! 如何いう事だ!」
「姉さん、俺は決して姉さんが団長では心もとないとは思っていない。だが、この男を説得するのは時間がかかりそうなんだ」
「時間なんてかからない!」
 クリスティーナは腰の剣を抜いた。
「受けてくれた君に剣を向けるのは申し訳ない。だが、邪魔にならないという事実を見せるにはこれしかないようだ。決闘しよう」
「良か。女の限界を教えてやっど。ばってん、おいは本気は出さん。味方の女に大怪我させるんは、恥じゃ」
 襖の向こうで幾之助とハインリヒが揃って頭を抱えているのが見え、三人は密かに「ご愁傷様」と思った。

 日本城の庭には大きな鍛錬場がある。
 平素は日本武士達が腕を磨くのに切磋している場所であるが、先日の爆破により、焦げた匂いが漂う焦土と化していた。
 そう、喉から手が出るほど日本武士は兵力が欲しいのである。
 そして、ドイツ騎士団としても、単独でフランスを諜報し、更にフランスの軍の関与が認められた場合には、日本武士と同じ状況に陥る。
 要するに両者ともこの決闘は周囲は望んでいないのである。
「言い出したら聞かないってのは困りますねえ」
「全くだ」
 幾之助とハインリヒの呟きが全てを物語っている体である。
 土埃の中、両者は向き合った。嫌嫌だった周囲も、空気が変わったのに気づかぬほど鈍くは無い。
 ビリビリと電流が混じった空気。そんなものを二人は放っている。
「厳島君尋、推して参る」
 日本刀と剣の違いは大きい。
 日本刀は斬る為に作られた刃である。刃筋を立て、引かねば斬れぬ。ただし、斬れた場合の被害は尋常では無い。普通、死ぬ。
 逆に剣は刺す為に作られた刃である。しっかりとした刃で、相手に突き立てる為に使う。死ぬかは、刺された場所と運である。
 厳島は、薙ぎに来た。
「チェストオッ!」
 体を斬らず、剣を横なぎに払った。
 金属のぶつかるがぎんという音。
 信じられない事だが、大ぶりの剣は、それで斬れた。
 しかし、即座にクリスティーナは身を後ろに跳ねさせ、剣を捨てた。
「クリスティーナ・ラインバッハ、騎士の名に置いて、いざ!」
 起きたのは地鳴りのような咆哮であった。
 五月蠅くはない。むしろ気高い。
「WOW-----!」
 狼の、咆哮。
 クリスティーナの頭に獣の耳が生え、尻には尾。更に、爪が鋭く伸びる。
「狼女・・・!」
 驚愕の言葉通り、目の前にいるのは狼と人の混ざったような、異形。
 再び彼女は咆哮した。
 厳島は問うた。
「今のは・・?」
「私の声が放つ高周波だよ。愛の咆哮と呼ばれている。いわば、音のカッターだ」
「分かった」
 厳島の額から汗がぽたりと落ちた。
「無礼を許してくれやんせ」
 汗の滴が落ちた刀は、思い出したように柄から下が斬れて、きらきら光りながら落下した。