22―対仏戦開始直前


 フランス領への海路は途絶えた。
 結果、日本領からは大回りをして陸地を通るしかない。
 しかし、これには重要な問題があった。
 兵力である。
 現世とヴァルハラでは各国の兵力の量が完全に異なり、何万単位が普通の現世に対し、ヴァルハラでは何百単位が基本であることを知って戴きたい。
 そして、ヴァルハラでは現世以上に他国に攻め込みやすく、兵を全て出してしまうと、たちまち別の他国ががら空きの国に攻め込んでくる。
 そうすると、日本武士とドイツ騎士団は少数の上陸路を大回りしている分疲労の激しい兵士で、全ての兵が戦えるフランス領に攻め込まなくてはならない。
 領地に攻め込まれる点ではフランスに分が悪そうだが、占拠点は本当に「何も無く」なっているのだから、いつもの国境沿いの戦いと変わらない。
「クリスティーナさん、どれぐらい兵を出せますか?」
 うーん、と腕を組んで考える。日本城の作戦部はかなりの人数で狭い。
「百人、が良い所だね」
「我が軍もそんなところです」
 その二人を見ていたエミリーが口をはさんだ。
「ドイツ騎士団は定住地を持たねえんだから、兵は全員出せば良いんじゃねえか?」
「ああ、エミリー君は知らないか。我が騎士団は百人くらいしかいないんだよ」
 ハインリヒの顔が引きつった。
「姉さん、そうやすやすと兵力を明かさないでくれ」
「何故? 彼らはもう味方だろう?」
 頭痛を抑えるようなハインリヒに同情しつつ、ドイツ騎士団の少数には驚いた。彼らは決して弱国ではないのだ。各地で傭兵や通行時の衝突などで、相手側に多大な被害を齎している。
「まあ、まずはフランス領まで向かう事ですね。フランス領のある大陸までは我が国の艦でお送りします。言っときますけど、厳島、喧嘩吹っかけないで下さいよ」
 厳島は眉を顰めた。
「おいはそんな蛮族でなか。ばってん・・・」
 いきなり笑顔に変わる。それはもう、心の底からの薩摩隼人の笑顔で
「お前様(おはんさあ)が斬りたか!」
 今度は幾之助が顔を引きつらせた。
「厳島君、それは私を好敵手と認めたという事だね!」
 ハインリヒの顔も引きつった。
「その通りじゃ! 女子ながらにあの強さ、是非とも斬りたか!」
「素晴らしい名誉だ! 私も精進を怠らないようにもっと気合が入るよ!」
 輝く笑顔の二人。
「あいつら何で会話してんだ?」
「筋肉あるな。確実に」
「とても嬉しそうにしていらっしゃいますね・・・」
 ぼそぼそ呟く三人。
「姉さん、もう良いだろう。本題に入るが、今回、フランス兵が戦闘に参加しない事は考え難い」
「武器や弾薬の提供がありますからね。ナイフ程度ならまだしも、あの機関砲や対戦車ライフルは個人で入手できるものではないでしょう」
「飯塚さん、フランスの兵力まではKGBは調べられるだろうか?」
「そうですね・・・」
 思考は声によって遮られた。
「その情報は入手済みだ」
 全員が振り向く。そこに居たのは、ソ連陸軍軍服を纏った男。かなりの筋肉質の巨漢を連れて、戸から覗いている。
「ウラジーミル大尉・・・」
 彼は敬礼すると、懐から巻紙を取り出す。
「フランス兵、二百が花畑に向かって進行中、静かに動いている為、襲撃は明朝以降と見られる。物資は機関砲3隻に全員が機関銃を携帯している事が確認済み」
「こ・・・こんなに早く・・・まださっきから二時間も経っていないぞ・・・」
 クリスティーナ達が驚くが、全く喜色を見せず
「貴様らこそ二時間も何をしていたのだ」
と返した。冷淡だ。
「決闘をしてもしたが」
「実に素晴らしい闘いだったよ!」
 二人の言葉を「聞くに値しない」と切り捨てると、更に続ける。
「メイドと執事の身元については依然捜査中だ。以上」
「あ、あの・・・」
 遠慮がちに声がかけられた。
「何だ。ジャック・ザ・リッパー」
「あの二人が言っていた、【お嬢様】というのは・・・?」
「それを調べるのが黒幕にたどり着く道だと分からないか? そしてKGBは黒幕を知っていて何の利益も無いのに隠すのか?」
「すまなかった・・」
 きつい口調で言われ、ジャックは謝罪する。しかし、これだけは譲れなかった。
「俺はもうジャック・ザ・リッパーではないんだ・・・ザ(ただの)・ジャックだと思ってほしい・・・」
「ジャックさん・・・」
 依子が嬉しげに微笑む。しかし、周りを慮って、慌てて口を押えた。ジャックもそれを確認したが、何も言えなかったようだ。
「如何でも構わん。では、メイドと執事に関して調査を続行する。行くぞ、軍曹」
「あ、お茶でも・・・」
「不要だ」
 巨漢の男も敬礼し、去る。今度はかっかという軍靴の音がした。
「ウラジーミルさん・・・うちではあんなに沢山召し上がるのに・・・」
「ああいう方ですから仕方ないですよ、依子。それよりクリスティーナさん、あまり猶予が無いようですが」
「そうだね。今すぐにでも出発しないと間に合わない」
「メイドと執事はワロージャ(ウラジーミル)に任せて」
 す、と幾之助の瞳から笑顔が消える。
「進軍しましょう」