26―所有欲に勝るものなし


「てめえら……何で生きてんだよ」
 ジルベールが唸り声を上げる。
「文句言うないね。死にたかったら誰がこんな汚いテーブルの下潜るか」
 テーブルには大量に瓦礫が乗り、下に潜っていなければ確実に圧死していただろう。
 死者は出なかった。
 しかし、エレオノールはジルベールの腕の中にあった。
「しかも……お嬢様を放置しやがったな……」
「もういらねえからな。助ける義理が何処に?」
 ジルベールは吠えた。
「ざっけんな! お嬢様はてめえらの命の百倍の価値があんだよ!」
「我達にとっては小銭一枚の価値もないよ。わざわざ殺すのはお前と片割れだけで充分ね。その娘娘には戦はできないある」
「戦はできない?」
 エレオノールは笑った。天使のようなあどけなさで笑った。
「ジルとジャンヌはエルのよ? それなのに戦はできない? あなた達、賢くないのね」
 そっと、ジルベールの首にエレオノールの手が触れられる。
 そして、更に懐から愛らしい薔薇を象った小瓶。
「ジル、力を増すわ」
 小瓶の中身が白い手に注がれ、その手がまた首に動いた。
「!」
 エミリーがとっさに撃とうとした。それは最早本能の動きであった。
 しかし、次に行われた事で硬直した。
 エレオノールの手が渾身の力でジルベールの首を締め上げ始めたのだ!
「う、ご」
 ジルベールの顔はみるみるうちに真っ赤を通り越して紫色になり、目玉が飛び出さんばかりに呻いている。
「何をしている!」
 ジャックは慌ててその手を外そうとした。
 だが、駆け寄ってきたその手を叩き落としたのはジルベール自身だった。失神寸前の状態でジャックを睨みつけた。
「あなた達、どうせ死んでしまうから教えてあげる。このチョーカーにはね、特殊な針とお薬が仕込んであるの。エルにだけ使えるのよ。そしてこれを使うとね、使われた人の潜在能力を限界以上まで引き出すの。ヴァルコラキが戦士になれるくらい。ね。言ったでしょ? ジルはどんな刃物も使えるし、ジャンヌはどんな銃も使えるって」
 手がそっと外れ、蒼白の額に、エレオノールのさくらんぼのような唇が落とされる。
 ピクリ、とジルベールの手が動いた。
「ジャックさんよけて!」
 依子の声が無ければ、再び稼働したチェーンソーの一撃を食らっていただろう。
 動きが速くなっている……!
 チェーンソーを抱えているのが信じられないほど、軽やかな動きで斬りかかってくる。
「ジャックさん、退いて下さい!」
 依子のBARが火を噴いた。
 分速600発の弾丸、常人であればかわすことは不可能。
 それをジルベールはかわした。
 しかも、飛び跳ねてかわしたついでに、依子の腕にナイフを投擲した。
「くっ」
 刺さったナイフを出血を防ぐため抜かず、依子は更に狙いを定める。
「でもね、この術には条件があるのよ」
 更にナイフを投擲しようとするのを、エミリーのリボルバーと紅玉の匕首が同時に狙う。
「エルのメンテナンスを七日に一度は受けないといけない。これをやらないと」
 振り回されるチェーンソー、弾丸がかわされる。
「死んじゃうの」
 しかし、匕首はジルベールの腹部にかすった。
「ち、刺さらなかったか」
 紅玉が布を引き、匕首を手元に戻す。
「それでも、エルが術を施せば、どこまでも強くなれるわ。素敵でしょ! トレビアンでしょ! ただ、ちょっとだけ」
 ジャックは気づく。ジルベールの顔色が青ざめている事を。
「命が縮んじゃうけどね」
 
「忘れるって凄く残酷な事だと思わない?」
 サマンサは砲撃から平然と動かなかった。
 そのすぐ脇を弾が通過して行った。
 地面には直撃した痕ができた。
「どんなに辛い事があっても、忘れてしまえばそれは無かった事。どんなに嬉しい事があっても、忘れてしまえばそれも無かった事。全てを否定し、0にする。それが忘れると云う事なのよ」
 だからね、と口元に手をやり、笑みを浮かべる。
「対価として、『忘れる』事を受け取れば、それは『体』を提供するに十分なの」
「……何の話だ」
 兄弟とそっくりの唸り声が響く。
「ただの男の話よ。ジャック・ザ・リッパーは忘れられない。今後目の前で死にゆく全ての人間の、過去も思い出も受け取って、それを忘れる事ができないの。悲しい事よね。でも、それが、彼の選んだ道だから。仕方のない馬鹿ね」
 ジャンヌは機関砲を蹴り飛ばした。
「知らねえな。オラ、動けポンコツ!」
 再び火を噴こうとした機関砲。命運哀れなるかな。
 WOW-----!
 吠え声が響くとともに、機関砲は斬り裂かれ、鉄の内臓をさらけ出した。
「我が名はクリスティーナ・ラインバッハ」
 飛び出してくる鎧を手足に纏った狼女。
「君たちの先にマリアの加護を」

 フランス軍は安堵した。
「伝令兵より報告! ドイツ騎士団にクリスティーナの姿は見えません!」
「そうか……我々にも勝機が見えたか……」
 戦士がいなければ、数で勝るこちらが有利。
 しかし、その直後、悲鳴のような通信が入った。
「伝令兵より報告! ドイツ騎士団と反対の位置に日本武士の一団現る! 凄まじい勢いで突っ込んできます! 左翼、もうもちません!」
「右翼よりドイツ騎士団、進軍を開始!」
 挟撃された……!
 それをフランス軍司令官が理解できた丁度その時、依子、幾之助、厳島は叫んだ。
「トラトラトラ!」