ざっとしたあらすじ
死んだ後の世界、ヴァルハラ。それは現世が終焉を迎えた後、新たなる世界での覇権を賭けて、各国戦力が戦争を繰り広げる”天上の戦場”。
その入り口の店、ヘヴンズ・ドアーでは死者がヴァルハラに行くかの判別と、ヴァルハラに来た人間の行き先探しの手伝い、店員の派遣を行っている。
店員は依子(日本人)、紅玉(中国人)、エミリー(アメリカ人)の三人娘。共に行動するのは、走馬灯が見える男ジャック・ザ・リッパー。
フランスに勝利はできたものの、ジャックにとっては後味の悪い勝利となってしまった。依子を責めるジャックだが、サイパンで玉砕した彼女が信条とする戦争を理解する。
今回の章では、三人娘、日本武士団、ソ連、デンマーク&フィンランド、ドイツ騎士団、監禁犯が、人魚の所有権を巡って争う。

30―北欧、動く

 金髪の男は、ようやく冬の終わった外に駆け足で向かった。
 そこを同じく金髪の女二人が追いかけた。
「あなた! ダイヤ付の方よ! ブレスレッドで欲しいわ!」
「わたくしもよ! わたくしはペンダントにしてね!」
 大柄なその男は叫んだ。
「お前ら、これから戦行く旦那と息子にそれしかねえのかよ!」
 男―デンマーク国王、イェンスの妻母は即座に答えた。
「だって、帰って来ないはずないでしょう。それより、イギリス女王が持っていたのよ、ブルーダイヤ、わたくし達も欲しいわ!」
 ブーツを履くのをなおも追いすがり、「ブルーダイヤよ!」と連呼するのに、イェンスはまた負けた。
「わーったわーった! 買ってくるから大人しく待ってろ!」
 扉を開けると、既に部下が「閣下、お早く!」と叫ぶ。
「仕方ねえだろ! 金のかかる女が二人もいるんだよ!」
 思わず怒鳴り返してしまったが、慣れている部下はノーリアクションだった。

 ヘヴンズ・ドアー店内、ようやく営業再開が出来て初日、ところどころまだ要修理の場所があるが、またおいおい、と言ったところだ。
「それで良いの?」
 サマンサの言葉に、少年はこくりと頷いた。
 17ばかりの白人の少年、金髪碧眼だがほっそりして、何処か儚げな印象を与える。
 不思議な事に、少年は着流しの上に打掛という、着物にしても奇妙な格好をしていた。白の着流しに青の打掛、余計に消え入りそうに見える。
「これが良い」
 少年が手にしているのは、人魚の形のオルゴールだった。金属製の人魚は、全ての感情を消して、ガラスの外を見ている。
「それはあなたの為の物、で間違いないのね?」
 小さな返答。
「うん……」
 三人の少女も、少年をずっと見ている。少年は俯き、白人にしては小さな背がなお小さくなった。
「良いのよ。それはあなたの選択肢。ヴァルハラには迎えられるでしょう。そして、あなたは―戦士となるわ」
 それがひと月前の事だった。

 そして時は現在のウラジーミル大尉が、ヘヴンズ・ドアーで怒鳴っている地点まで流れる。
 同時にデンマーク国王が、妻と母に盛大な見送りを受けている時刻でもある。
「いい加減にしろ! それだけの情報が何故出せない!」
 サマンサは軽く頬に指を当てる。
「もっとスマートな諜報活動をしては如何?」
「何、だと!」
 ウラジーミルのコメカミに青筋が浮かびかかるのを、サマンサは軽く手で制した。
「それを教えてしまうとね、お客様を裏切る事になるの。それは商売人としては致命的よね」
「資本主義者が!」
「残念ながら、それは真実であって罵倒ではないわ」
 ギリ、と歯を鳴らし、ウラジーミルは出て行った。脱いでいた軍帽は被り直すのが彼らしいところだ。
 依子が心配げに眉を寄せる。
「如何やら、戦いは避けられないようですね」
「すぐに全面戦争はないある。日本武士もそう軽くないね」
 紅玉の言葉に、エミリーはちぇっと舌を鳴らした。
「日本武士として戦争できると思ったのに」
「お前その病気なんとかならないか。一銭も儲けず死ぬの我には考えられないね」
「どっちが病気だよ」
 そのやり取りを聞きながら、依子は呟く。
「お兄様……ウラジーミルさんと戦うのはお心苦しいでしょうね」
 それに、エミリーは声を上げて笑った。
「何言ってんだ。ヴァルハラにいる限り、いずれはある事だよ」

 幾之助は日本城をしみじみと眺めた。
「いやあ、壊れまくってますね」
「誰の指示じゃ」
 厳島が先日の爆破を命じた張本人をはたくが、幾之助は大して気にもせず、「痛いです」と言うだけだった。
 確かに作戦自体は成功したのだ。
 ただ、その結果がこの修理が未だ終わらない日本城である。
 元は二の丸であった、場所―瓦礫は撤去された―に立つ二人。和服の日本武士と軍服の日本武士。和服の幾之助が再び口を開く。
「阪口はまだ見つかりませんか?」
「分かってて聞いとるじゃろう」
「だって、今期のアニメの話したって、厳島は全然のってくれないじゃないですか」
「何でそこまで話題が欲しい」
「私、寂しいと死んじゃうんです」
「ほんならとっくに死んどるじゃろうが」
 はは、と幾之助は乾いた笑いを見せた。
「阪口は見つからない。ソ連は」
 ぽんと扇子で肩を叩く。
「人魚を隠したまま」
またぽん。
「やすやすとは行きませんねえ、人生って」
 厳島は軽く首をゴキリと鳴らした。
「肩こりですか」
「否。デンマークとの戦はまだか思ったばってん」
「ソ連とデンマークと日本の三つ巴を楽しみにするって、あなた何処まで戦闘民族なんですか」

 幾之助はデンマーク、ソ連との三つ巴だと云った。
 しかし、事実はそうではなかった。
 デンマークには極秘裏に援軍があったのだ。
 それがこの太った赤ら顔の老人率いる、フィンランド軍である。
「でよー、嫁も母ちゃんも次から次へとアクセサリーだのドレスだの化粧品だのよー」
 ログハウスの中で嘆き続けるイェンスを、このアールネ老人は聞き続ける。時折ほっほっほと笑い声を漏らしながら。
 また言った。
「ほっほっほ、頼りにされてる証拠じゃないかね」
「金ばっか頼りにされんの嫌だ」
「老体にはのろけ話をされているようにしか聞こえんよ」
 フィンランドとデンマークが組む理由、それは純粋に、フィンランドの国土死守と、デンマークの奪還作戦の利害が一致したため。
 現世でもフィンランドはソ連から侵略を受けており、それはこのヴァルハラでも変わらない。
 それでも独立を続けているのは、抵抗の激しさと、このアールネの力であった。
 これはいわばイコールの関係であり、優れた戦士たるアールネなくして、フィンランドの独立は無い。
 ただ、それとは何の関係も無く、イェンスはこの温和な老人を慕っていた。サンタクロースのようなこのふとっちょは、その外見に似合わず常に冷静だ。そして外見に似合って人を安心させる笑い方をする。
 それはアールネの方も同じである。
 真っ直ぐな気性の若い国王は、裏表なくきわめて気安い。息子と父親ではないが、気の合う友人同士であるとは思っている。かなり尻に敷かれている面も含めて。
 フィンランドは国土の為、だが、日本、デンマーク、ソ連は、人魚と云うおとぎ話のような話で戦を始めようとしていた。
 そう、ヴァルハラで人魚の存在が確認されたのである。確実に争いを呼ぶ漣に乗って。