4―朝には紅顔、夜には白骨


 大体予想できた通り、アンドレアはブチ切れた。
「ふざけろ腐れイワン(ソ連人)共! 胴体半分引き千切ってクマの餌にしてやる!」
 大体予想できたので、アンドレアの両手を振り回しての大激怒の表現を止めなかった。
「赤軍ってのはアレか! 血塗れ軍って事か! 上等だ挽肉になりゃもっとその通りだろうよ! 豚にハニートラップしかけてろカスが!」
 それから先十分怒鳴り続けた後、がたん、と椅子に座る。
 ようやく、サマンサがおかわりのエスプレッソを持ってくる。
「気は済んだ?」
「済むか。ファミリーに招集かけてカチこんでやる」
 うーん、と顎に手を当てる。
「それは如何かしら?」
「あ?」
 すっと、サマンサの指がアンドレアの顎に伸びる。
「それじゃ貴女、損するだけよ?」
「あのなサムさんよ、落としどころってモンがあるだろうよ。こちとら五万ドルの男が海に沈んだんだぜ。それとも五万返してくれんのか?」
「それは返せないけれど・・・」
「じゃあこっちのやり方でやらせて貰おうか」
「だから、ね」
 ポン、と手を叩く。
「依子、その巡視船に居た男を知っているのね?」
 アンドレアの剣幕に避難していた(棚を叩き壊しかねない勢いだったのだ)、依子が慌てて答える。
「は、はい、おにい、兄ならご存知かと」
「ソ連人と知り合いなんて初めて聞くぜ?」
 エミリーの言葉に、「時折兄と会ってらっしゃるんです」と答える。
「依子の兄貴なら誰と知り合いでもおかしくないある。E・Tと知り合いでも驚かないね」
 口紅を塗り直し、紅玉が言う。随分な言われ方だが、依子の兄幾之助はそういう雰囲気がある。
「仕方ねえな」
 アンドレアが葉巻を銜え
「そいつ、拉致って来い」
親指を下に向ける。
「え」
 三人揃った。
「あらら、任せちゃって良いの?」
「俺達ファミリーが拉致ったらカチコミと変わらねえぞ。良いのか?」
「それも、そうね」
「待て待てビック・ボス! あたしらが軍人拉致って来いってのはキツすぎるぜ!」
 エミリーの言葉に、にっこりと笑う。
「ボス? クイーンとお呼びなさい」
 

 依子の家は日本家屋の中々の広さである。
 それでいて、あくまでも広すぎず、幾之助の表現によると「手に余らない広さ」だ。
 玄関で「そこはまだ靴を履いていて良いんですよ」「此処は?」「そこからは脱いでください」のやり取りの後、茶の間の襖を開ける。
「お兄様、少々ご相談があるのですが」
 目の前には、美少女のキャラクター(アニメ)の抱き枕を枕にして、声優の甲高い声のCDをかけながら、ノートパソコンにギャルゲーを入れようとしている男が居た。
「・・・・・」
 沈黙が支配した四人だが、数秒後。
「依子お! 襖を閉めなさい! 片づけるまで!」
 彼の絶叫と同時に、襖が閉まり、どすんばたんと何やら物凄い騒音が聞こえた後、何事も無かったように彼が笑顔で出てくるという一幕を含むと平穏が訪れた。
「いらっしゃい、お友達ですか」
「はい、お兄様、少しご相談がありまして」
「私に? 何でしょう?」
 すっと襟足の美しい抹茶色の和服の男である。東洋人特有の黒い目をきゅっと吊り上げた、日本人特有の真意を読めない笑顔を見せる。
「まあ、お茶でもどうぞ」
 何も言わずとも、依子が日本茶の湯飲みを全員分持ってくる。
「おい、隠せてねえぞ」
「はい?」
 机に置きっぱなしの彼の湯呑がフリルのミニスカートにハートのステッキを握った美少女(キャラ)である点だが、そこはもう流すことにした。
 正座ができないエミリーが足を横に伸ばす。
「で、兄さん、率直に言わせて貰うと」
 紅玉も崩すよう促されたが、問題ないらしく断る。
 ことり、と湯呑を置いた依子が横に控える。
「大尉(カピターン)ってヤツを拉致りたい。協力してくれ」
「ははあ、大尉というと彼ですか」
 依子に視線を移すと、こくりと頷く。
「では、お三人方、脱いでいただけますか」
 ごッと派手な音と共に、彼が湯呑から茶をまき散らし机に沈む。
「ざけんじゃねえぞ、コラ」
 エミリーのパンチを顔面に食らいながらも、幾之助は起き上がる。
「いえ、私の前で脱げというのではありません!」
「は?」
「貴女方の中で誰か確実に盗聴器を仕掛けられています! 調べていらして下さい! 依子の部屋を使って」
「え! 私の部屋ですか!?」
「私の部屋という訳にもいかないでしょう!」
 依子の目が仕事人の目になった。
「分かりました。少々お待ちください」
 再び、どすんばたん、という片づけ音が家に響き渡る。

「うーん、紅玉には無いようですね」
「おい、あれ・・・」
「え? ありました?」
「見ちゃいけない物が隠しきれてねえぞ」
 男同士のラブシーンが表紙の同人誌を指さすエミリーに、全速力で隠す。
「お前なあ・・・隠すくらいなら読むなよ」
「何を仰いますか! BLというものは隠してこそ華! 隠しきって身内同士で萌合うのが真の腐女子というものです! 決して一般人に萌を悟られることなかれ! ましてや口に出す事なかれ! 沈黙は金、そして同人誌という名の発言はプラチナなのです! 拒否反応を起こす一般人に萌を悟られる腐女子等汚泥に等しい! 隠蔽して初めて見える物もある! 心の中で叫べ、萌と!」
「それ、まだ続くのか?」
 依子の熱い語りと、聞かされるエミリー。
「チョコレート貰ってるあるよー」
 完全に他人事の口調で紅玉がアーモンドチョコを抓む。
「勝手に食うなよ」
 熱い語りを聞かされた挙句、チョコを取られたのに抗議する。
「あ!」
「もう良いから、好きなだけBL読め、な?」
「違います! それ・・・多分・・・」
 チョコレートの箱の奥に、小さな機械が入っていた。

「これですね。大丈夫です。今壊しました」
 幾之助が機械を分解する。
 依子が途方もなく落ち込んでいたりするが、慰めようもないので放っておく。
「さて、これで安心して話せますよ」
 幾之助は緑茶を一口啜る。
「一体如何いう事だ? 盗聴器なんて仕掛けられた覚えはないぜ?」
 羊羹を一口食み、言葉を切り出す。
「巡視船を駆使するのは海軍です。その中での陸軍軍服、おかしいとは思いませんでした?」
「ソ連は人手不足あるからな。それだと思ってたよ」
「共産主義の徹底による人民の不足。それは現在このヴァルハラのソ連の弱点です。アンドレアさんがカチコミをかけても、拮抗した状態が長く続くかもしれませんね」
「それは両方本意で無いある。良いから結論から話すよろし」
 幾之助は軽く目を閉じる。
「彼はKGB(カーゲーベー)ですよ」
 KGB(国家保安委員会)、ソ連のスパイ活動の本部。凍てつく国の内と外を監視する、深い闇の眼。この眼に睨まれたが最後、全ての情報を引き出され、肉を食い漁られる。
「更に、彼はV部の所属。階級が大尉です」
「V部・・・!」
 行動実行部、通称V部。暗殺・誘拐・破壊工作を取り仕切る分野である。国外での大規模な破壊活動、軍事クーデター、重要な暗殺はこの部が指揮もしくは実行する。
「名前はウラジーミル・グリゴーリエビッチ・グリーシャ。黒い髪に灰色の眼、極寒の地を駆ける狼のような男。その牙にかかって死なない者はいません」
「HEY,HEY,HEY,待ってくれ」
「如何しました?」
 エミリーの制止に落ち着いた口調で答える。
「アンタ、何でそんなに詳しいんだい?」
「嗚呼」
 納得したように、彼は着物の襟もとを肌蹴た。
 そこには、肉を抉り取られた銃創の痕。
「以前、一発頂きまして」
 エミリーは僅かに現実逃避をした。
「前触れなく脱ぐなよ・・・。アンタの性癖じゃ誤解するだろ」
 幾之助の拳が握られた。
「性癖と仰らないでください! リアルに手を出すオタクなどオタクの風上にも置けない愚の骨頂! 良いですか、三次元に手を出してはならないのがオタクの使命なのです! フィギアは2.5次元、コスプレも2.5次元! この黄金の数字を決して忘れるな! 我々は2.5次元までだ! リアルに出ない日陰の花にこそ、真の美がある! 町で美少女を見かけたら脳内スケッチ! 脳内でなら何をやっても許される! リアルに手を出すなあああ!」
 紅玉の「何でお前はこういう変なスイッチ入れるあるか」という言葉に、エミリーは何も言えなかった。