41―低リターンなお願い


「じゃ、これ貰うからね。似合ってるよロビン。可愛いっ」
 黒のフード付きシャツに着替えた姿は確かに可愛らしい。公衆の面前で抱きしめるこの兄が常識的なのかは不明だが。
「あのシャツも兄様が買って下さったのに……」
 睨みながら距離を取られると、辛いものがあるな、とジャックは納得した。
「お代は貰うわよ」
「君んとこの店員の失態でしょ」
「彼は店員じゃないわ。チャラチャラしてるわりにケチね」
「いざというとき女の子に払わせるわけにはいかないでしょ? 僕は常に理想的緊急事態に備えてるの」
「仕方ないわね。割引してあげる」
 サマンサの顔に笑みが浮かぶ。「いざというときって何ですか?」と嫉妬を隠さないロビンに向かって手招きする。
「こっちにいらっしゃい」
「何ですか?」
 兄の女好きは少しおいておく事にしたらしい。のこのこと寄ってきた瞬間、捕えた。
「にゃああああ!?」
「うふふふ、可愛い女の子が無防備にするものじゃないわよ。細いけどガリガリってわけじゃないわね。うん、理想的な発達途中だわ」
 まるで蜘蛛がミツバチを捕えたがごとき、見事なホールド。ぎゅうぎゅうと抱きしめながらあちこちを撫でるサマンサに、周囲は固まる。
「何という素晴らしい百合!」
 一人喜んでいる幾之助は、奇跡的に無視された。
「放してくださいー!」
「ほっぺもふにふにしてるわねえ。よしよし、可愛い可愛い」
「可愛くなんてないです! あの小娘どもに抱きつけばいいではありませんか! 店員なのでしょう!?」
 じたばたと暴れるが、拘束は解けない。流石に少し気の毒になった依子が困り気味の笑顔で近づく。
「小娘とおっしゃっても……ロビンさんはお幾つですか? あまり抱っこされるお年ではないようですよね……」
「十三歳です! あなたと同じです!」
「私は十七歳です。思ったよりお小さいのですね。西洋人の年齢は分かりづらくて、申し訳ありません。店長、ぜひお子様を可愛がって差し上げて下さい」
「子供じゃありませんー! だってあなたもそこの中国人もものすごく平らじゃありませんか! 顔も子供じゃありませんか!」
「テンチョ、縛りたいなら縄持ってくるよ」
「まあまあ、紅玉、小さい子を緊縛プレイなんて。あまり痕が残らないように布でしてさしあげましょう」
「みゃああああ!」
 助けの手を更に突き落す手にあっさりと変えた依子。紅玉と共にプライドが傷ついたらしいが、大人げない。
「ちょっとお、ロビンに卑猥なことしないでよお!」
「3%引きで納得する?」
「するから! 返してうちの妹!」
 ぱっと手が離され、ヴィンセントの元に逃げ出すロビン。サマンサは非常に満足そうだ。
「で、うちの商品は?」
「ああ、それなんだけどね。ああ、よしよし、怖かったね」
 腕の中の妹をあやしながら、少し申し訳なさそうにする。
「ちょっと遅れそうなんだよ」
「あら、どれぐらい?」
「一か月くらい」
「ロビンをもう一度寄越しなさい」
「兄様、助けてえ!」
 笑顔でロビンの襟首に手をかけるサマンサ。渡してはならじと慌てて止める。
「待って待って、うん、分かってるよ! それじゃあクリスマス間に合わないよね! 大丈夫! カレンダーも扱ってるからね!」
「そうね。たとえ運ぶ途中で地面が崩壊してマグマが噴き出して周囲が死の闇にかき消されても、商品を運ぶのが商売人よね? オランダ商人さん?」
「いや、そこまでの事態になったら無理なんじゃないかな!? まあ落ち着こうよ、話を聞こうよ。えっとね」
「十秒以内に話さないと、あなたの妹が大人の階段を上るわよ」
「何する気なの!? いや、僕らは日本城に大砲を運んでたんだけどさあ。ほら、日本武士って韓国軍と非常に敵対関係にあるよね!」
 ようやく真面目な話になって、ジャックは幾之助に「そうなのか?」と問う。何か感無量と言った顔の幾之助はのんきに答える。
「いや、あっちが何かと文句付けてくるだけで、戦争はしばらくやってません。あの国、弱すぎて相手になりませんから。だから敵対というほど敵対もしていませんねえ。向こうもすぐ潰されるの分かってますし。たまーに小競り合いやってボコりますけど。それより向こうがボコられた賠償金寄越せとかわけのわからん事言ってくる方が多いです」
「払うのか?」
「なんで払うんですか。勝ってるのに。最近イギリスに同じことやって、使者皆殺しにされた上、逆に国家予算の半分の金を搾り取られたらしいですよ」
「そうそう! それそれ!」
 ヴィンセントが意を得たりと割って入る。
「なんかイギリス女王がメイドをフランスに帰す前のついでにやらせたらしいね。ま、それはいいんだよ。使者ぐらいさ。問題は搾り取られた国家予算だよ」
「まさか、イギリスに負けたのは日本のせいだから金払えって言ってるんじゃないでしょうね」
「それに近いね」
 うわあ、とうんざりした顔になる。
「『この度の被害の原因は、日本の侵略による疲弊が原因である点も多々ある。侵略の際残虐に破壊した我が国の武器を補填するため、至急武器弾薬を供給せよ』だってさ」
「近いってか金が武器に変わっただけじゃないですか」
「で、それが何の関係があるの?」
 サマンサがじろりと視線を飛ばす。
「いや、だからさ、現世じゃないんだから、日本もまともにそんな事言われても出さないでしょ」
 ヴィンセントがロビンを遠ざける。
「そりゃね。今の韓国はお偉いさんが現世気分が抜けてない人だからそんな事言ってきますけど。無視します」
「イギリスやソ連だったら言っただけで皆殺しだよ。無視とか優しいね」
 それはどうも、と気のない返事。
「でね、まともに言っても出さないから、強奪しちゃえと思ったみたいなのね。彼ら」
 ぴくりと眉が動く。腕は組まれたままだ。
「僕らオランダ商人が運んでる途中で荷を奪い去って、後からその『この度の~』を言おうと思ったみたいなの」
「え、じゃあ大砲無いんですか! 妹寄越しなさい!」
 どさくさに紛れてとんでもない賠償を要求する幾之助からも、ロビンを遠ざけ、慌てて手を振る。
「大砲はあるの。僕らが運んでたから。ちゃんと持ってきてるの」
「じゃあ―」
「韓国が持ってったのは、ヴァルコラキのオランダ商人が運んでた、クリスマスグッズ。ヘヴンズ・ドアーの商品のやつ。間違えちゃったんだろうね。同時に運んでたから。僕ら兄妹が付いてたら、奪えるわけないし」
 ヴィンセントは笑ったまま言った。
「奪還に協力してよ。5%引きにするからさ」