42―アンラッキーな軍隊


「韓国軍の様子は?」
 地下に降りる入口の、傍の木の陰で、ジャックは小さな声で問う。もともとぼそぼそとした喋り方なのが一層際立っている。
「見張りが3、4人。見えてるだけで。問題は地下に降りてからなんだよね」
 ヴィンセントが双眼鏡をのぞきながら返す。
 現在地点。ヒューリック商会が積み荷を奪われた場所から10キロ離れた、韓国軍地下シェルター前。ドーム状の入口の前に、銃を持った兵士が立っている。
「荷はあそこで間違いはないんだな?」
「うん。丁重に聞いたからね」
 ロビンはダーメと笑いながら閉められた扉。韓国軍兵士を一人捕縛。それは容易だった。
 兵士が一人でいるところに、背後から急に飛び出して銃を突きつける。背中に当てられた硬質な感触に、兵士は従うほかなかった。
 銃をつきつけたのはエミリーだ。戦士たる彼女がヴァルコラキを一人捕えるなど、児戯に等しい。
 しかし。
 隣の柔和な印象の男を見る。
 彼が加えた拷問はそれは凄惨なもので、思い出せば暗澹とする気持ちになる。
 この男の笑みは上辺だ。ヴィンセント・ファン・ヒューリックは残酷な人間だ。
 背後の商会の人間も承知のことらしく、気にした風もなく悶絶を顔に張り付けた死体を片づけた。
 傍らのロビンが「いきますか?」と問う。
 まだあどけないと言って過言ではない彼女がやる気なのは、不安だ。
 戦士であるのは分かっているが、その小さな体を見ていて信頼できると言い切れるわけがない。どちらかというと帰してしまいたい。それを知ってか知らずか、ロビンは棺桶型のトランクを引っ張る。
「おい、ロリータ」
「何ですか?」
 エミリーがひょいと頭を出す。ロリータと呼ばれたロビンは不満そうに返事をする。
「指輪、外しとけ。引き金引くのに邪魔になるぞ」
 ロビンの手に目をやる。確かに、左手の薬指に緑の石が輝いている。銃を使うとき、石付の指輪は確かに邪魔だ。しかし、より気になるのはそれが左手の薬指という点だ。
「嫌です」
 不服そうに指輪を右手で覆うロビンに、エミリーはため息を吐く。
「嫌っつったって。誰に貰ったか知らねえが―」
「兄様のだから、嫌です」
 この発言が出た瞬間、空気が変わった。一斉にこの場にいるヘヴンズ・ドアーの三人全員が、ヴィンセントを見る目が冷たくなった。
「その娘は13歳あるよ?」
「ロリコンかよ」
「……」
「違うよ! あくまでこれは普通にプレゼントであげたんだよ!」
 冷え切った目に慌てて弁解するヴィンセントだが、冷えた目は戻らない。
「大丈夫です! オランダでは12歳から合法です!」
「誤解を招くからやめてロビン! 違うからね! 決してやましい気持ちはないから!」
 ああ……としばらく頭を抱えていたが、ロビンの手首をそっと握ると、指輪を見せる。
「これはね、デュラハンの涙って呼ばれるエメラルドで」
「媚薬効果か? 最悪だな」
「違うよ! 僕はどんだけロリコンだと思われてるの!? 普通に女の子にあげると、贈り主の危機を知らせるって石で―」
「うるさいよ。くだらないメルヘン語るないね」
「ホントなんだよおッ」
「ええ、本当です。ですから、わたくし外しません」
 その左手を依子がそっと握る。
「美しい指輪ですね」
「そうでしょう!」
「ところで、ロビンさん、同年代の方はあまりご存知ないのですか?」
「遠まわしに『あいつロリコンだからやめろ』って言わないで日本人!」
 小声の割にうるさい連中である。道徳的に重要な場面であると認識は一致しているようだが。
 ただ一人、ロビンは分かっていない様子で笑う。
「わたくし、兄様が一番大好きです」
 はあっとまた大きくため息を吐くと、ヴィンセントは話を戻した。
「見張りは一気に片づけて、中に押し入るよ。入口は一つしかないから、水鉄砲みたいに押し寄せる敵を正面から迎え撃つ形かな。広さはそんなにない。だから、すぐ品は見つかるはず。君たちが突入したら、すぐにうちの商会の人間が入口を固めるから。それでいいかな?」
「OK、で、斬りこむのは誰だ?」
「ロビンがやるよ」
 ジャックは思わず眉を寄せた。
「君がサポートに回るのか? ヴィンセント」
 ヴィンセントは軽い笑い声を立てた。
「まさか。僕は君とここで待ってるよ」
 何を言っているんだと言わんばかりの一同に、重ねて言う。
「僕は戦士じゃないからね。さあ、ロビン、行っておいで」
 戦士じゃない? では、これまでは荷の護衛はどうやっていたのか?
 その疑問に応え、小さな体が動いた。
「はい、兄様」
 当たり前のように薄く口角を釣り上げると、トランクから武器を取り出す。
 銃か?
 否。
 長い鞭。
 とっさにジャックは止めようとした。
 革製の鞭は打撃武器で、相手に一撃で致命傷を負わせることはできない。
 そして、見張りを確実に戦闘不能にしなければ、中に連絡されて押しいる事は難しくなる。
 外からの応援だって呼ばれるだろう。
 しかし、そんな不安は軽々と飛ばされた。
 ロビンは止める間もなく敵に駆け寄った。
 そして、燕のように鞭を一閃させると。
 敵兵3人が一瞬で腕を切り落とされ、首を刎ねられ、最後の一人に至っては腰から下を斬りおとされる。
 鞭がぴしりと地面を叩くと、もう片方の手でVサインが作られた。
 一秒もかからない仕業に、一同は唖然とする。ヴィンセントは笑いながら説明する。たった今殺害された死体を見ながら。
「ロビンはありとあらゆる物を刃物に変えるんだよね」
 それならば。
 2メートルほどの鞭は回転し、曲がる刀剣武器。しかも重量は格段に軽く、切れ味は見た通り。
「凶悪な小娘ね」
 紅玉のその言葉と同時に、ヘヴンズ・ドアーの3人も飛び出した。
 勢いよくシェルターの入口を開き、中に飛び降りる。
「何だ、ガキ?」
 ロビンの姿を見た瞬間の、怪訝な顔。
 それを浮かべたまま、敵兵は胸から下を斬りおとされた。
 噴き出す鮮血。韓国軍、後悔開始。