52―それがお前の愛なのか


「来たよダニエル」
 銃を差し出す。
「ええ、アダム」
 ナイフを差し出す。
 近づいてくる銃声。
 交換される武器。
 交わされる視線。
「さあ」
 飛び込んでくる少女たち。
「rock 'n' roll!」
 ダニエルの銃が無数の弾丸を放つ。
 怒声は無い。
 感じられるのはお互いの殺気、必ず殺してやるという殺気のみ!
 エミリーの銃がダニエルの眉間を狙う。
 その前にアダムが立ちふさがる。
 ダニエルの発砲はその背後からだ。
 狙いはジャック。
 ロンドンの闇は、背中の機械でその弾丸を受けた。
 轟音が一時止む。
 否。
 病む。
「ロサンゼルスのトンプソン兄弟」
 紅玉が嗤う。
「悪いな。我達は、撃てない切れない相手をマトモに相手にはしないよ」
 機械から噴き出す甘い香り。
「自ら殺し合って貰うよ。現世で死んだ時のように」
 形のいい眉が吊り上る。
「何を言って―」
 アダムの笑いが解けた。その体は、すでに依子の20発を超える弾丸を受けている。
「ダニエル?」
 突然、ダニエルが蹲ったのだ。
 息が荒く、両手で体を抱きしめている。
「ダニエル、どうしたの!?」
「た、煙草、煙草」
 声が震えている。
「痛い……」
 紅玉がすっと昨日ジャックが拾った煙草を見せた。
「これ、普通の煙草じゃないね。痛みどめある」
 口角が吊り上る。
「お前たち、まだ繰り返していたあるな。現世での事を」
 アダムの目が血走り始める。
「痛い痛い痛い痛い」
「ダニエル、ダニエル」
「今撒いているこの薬は、興奮剤ある」
 煙草が握りつぶされる。
「昨日の痛みは血行が良くなって増幅されて、思い出され、何より」
 にや。
「興奮した変態が、何を仕出かすか、予想つかないないね」
「ダニエル、ダニエル、痛いの?」
 荒い息の片割れを抱きしめる。
「あのね、ダニエル」
 抱きしめる力が強くなる。
「ムラムラしてきた。もっと見たい」
 ダニエルの喉がひっと鳴った。
 そこから行われた凄惨な行為は、ジャックの心を軋ませた。
 軋んだのは機械の心のみ。
 たくさんの「痛い」「許して」「助けて」を叫んで、ダニエルは死んだ。
 最期に叫んだのは「助けてアダム」という言葉。
 自らを甚振る、弟に対しての言葉。
 ジャックの頭に流れ込んで来た、ダニエルの走馬灯は、アダムの声によって紡がれた。
 それが二人の愛なのか。
 人間は、ジャックには理解できないことが多すぎる。

 僕らはロサンゼルスのそれなりに中流階級の家で生まれた。
 ダニエルがお兄ちゃんで、僕が弟の双子。
 ママはこの結婚は2回目で、絶対幸せになるって意気込んでいたんだって。
 まあ、アメリカで結婚2回目なんて別段珍しくも面白くもないから、僕は適当に聞いていた。
 でも、僕はママにしか育てられなかった。
 離婚なんてしていない。
 僕ら四人家族。パパ、ママ、ダニエル、僕はずっと一緒に住んでいた。
 だけど、パパが僕に構ってくれる事は一度だってない。
 別段酷くもされない。
 話しかけたら普通に笑い返してくれるし、ご飯だって一緒に食べる。
 ただ、パパから僕に話しかける事がないだけだ。
 一度暇つぶしの雑談としてママに聞いてみると、ママはミルクを注ぎながら教えてくれた。
「アダムはママが、ダニエルはパパが育てるの。そうやって役割分担してれば、二人とも100%の愛情を注がれるでしょう?」
 なるほどと思って、僕はそれ以上聞かなかった。
 ただ、何でダニエルは変なしゃべり方をするのか気になって、今度はダニエルに聞いてみた。
「これはイギリスの貴族の話し方なのですよ」
「僕らアメリカ人だよ? 何でイギリスなんかの英語を使うのさ?」
 そう聞くと、ダニエルはちょっとだけ笑った。
「こうやってお話すると、お父様は褒めてくださいますもの」
 そう、その頃はダニエルはまだ笑ってたんだ。
 パパはサラリーマン、ママは専業主婦。
 中流階級のちょっと上に足をかけた、平凡なロサンゼルスの家庭。
 それが歪んだレンズに映っていると知ったのは、10歳になった頃だった。
 僕らは同じ寝室だけど、なぜか、ダニエルは夜中にベッドを抜け出すんだ。
 抜け出すときは、まるで叱られに行くみたいな顔で。
 帰ってくるときは、少しだけ嬉しそうな笑顔で。
 しかも、ダニエルが笑うのは、その夜中の薄暗がりで見えるときだけになっていた。
 変だなあ、と思いながら、学校でバスケをした帰り、友達が言った。
「ダニエル、何か色っぽくなってきたわね」
 僕はその意味がよく分からなかった。
「色っぽくってどうなるんだい?」
 後で知ったんだけど、その子はダニエルの事が好きだったみたい。ダニエルはその子に一度も声なんてかけないのに。
「男の子って子供ね」
 彼女はそう言って、ぷんとなってしまった。女の子の怒りどころは難しい。
 色っぽいとかセクシーとか、僕にはよく分からなかったんだ、その時は本当に。
 僕とダニエルは、その頃、あんまり仲良くなかった。
 喧嘩したりはしない。
 なんていうのかな、接点や会話がなかったんだ。
 無関心に近い感じ。そう、それ、無関心。
 でも、やっぱり夜中に抜け出すのは気になる。
 それに、暗がりで顔しかみえないけど、僕が起きているのもダニエルは気づいていないみたいだし。
 ある晩、僕はダニエルが抜けだした後を追って行った。
 ダニエルはすごく静かに、パパの部屋に入って行った。
 そうそう、何でか、パパとママの部屋は別々だったんだよ。
 小さな声で何かボソボソ言っているのが聞こえるだけで、二人が何をしているのか僕にはよく分からなかった。
 暫くして、ダニエルは出てきた。
 そして、僕を見て酷く驚いて、逃げ出した。
 逃げ込むのは同じ部屋なのに。
 ダニエルが扉を閉めるのを、僕はギリギリで食い止めて、聞いた。
「ねえ、ダニエル、何で女の子の服を着ているの?」
 ダニエルが着ていたのは、ママの通販雑誌でしか見ないもの。
 挑発的って言われるランジェリーだったんだ。
 ダニエルは黙って部屋の隅で膝を抱えて蹲っていた。
 顔が見えない。
 笑っているのか、それとも最近よくするようになった、何処かだるそうな無表情をしているのか。
「ねえ! ダニエル! パパと何をしていたの?」
 僕は顔を掴んで、無理やり上げさせた。
 次の瞬間、僕はダニエルに思いっきりほっぺを叩かれた。
 痛い、と怒る前に、僕の心臓が跳ねた。
 ダニエルは、泣いていたんだ。
「お前なんて嫌いです! 嫌い! 嫌い! 嫌い!」
 そう叫んで、ダニエルは僕を何度も叩いた。
 そして、最後に僕のパジャマを掴んだまま呟いた。
「もうやだ……助けて、アダム……」
 ダニエルは、パパにすっごく酷い事をされているのが分かった。
 それが凄く嫌なのも分かった。
 ただ、僕がよく分からなかったのは
『嫌がっているダニエルは、すごく’色っぽく’見える』
そう感じた事だ。
 でも、10歳の僕はやっぱり子供で、真っ先にママに言った。
「ねえ、ママ、ちょっといいかな?」
「どうしたのアダム、そんな深刻な顔をして」
「あのね、パパがダニエルにすっごく酷い事をしているみたいなんだ」
 その時、僕はポカンとした。
 ママは、笑っていたんだ。
「それがどうかしたの? アダム」
 僕は信じられない気持ちだった。
「だって、ダニエルが嫌がってるんだよ」
「あなたは嫌な思いはしていないんでしょう?」
「ママ、何を言っているの? ダニエルは僕の兄弟だ。ダニエルはママの息子なんだ。なんでそんな笑っていられるの? 助けてあげようとしないの?」
 途端、ママは絶叫した。
「一人で二人なんて面倒みられるわけないでしょう!」
 その顔は、まるでモンスターだった。僕は泣いた。何だか分からず、泣いた。泣きながら聞いた。
「じゃあ、何で……二人も産んだの?」
「こんなに大変なんて思わなかったもの! あんたが赤ん坊だった頃、どんだけ大変だったと思ってるの!? 片方にミルクをあげてたら、もう片方がおむつを換えてって泣き出すのよ!? そんなの、面倒みられるわけないじゃない! 子供なんてもういらないの!」
 そして、ねこなで声を出した。
「ねえ、アダム、この事は秘密にしましょう? 誰にも言っちゃダメ。そうすれば、みんな幸せなのよ」
 僕は、ダニエルを助ける道を、一つしか見いだせなかった。
 ダニエルが学校から帰ってきた。
 先生に用事を言いつけられたから、スクールバスに乗れずに普通のバスを乗り継いで帰ってきたんだ。
 僕はダニエルに飛びついて抱きしめた。
「アダム?」
「ダニエル、こっちに来て!」
 僕は彼を引っ張ってリビングに連れて行った。
 途端、彼は悲鳴を上げた。
 リビングには、二つの死体。
 一つはママ、一つはパパ。
 両方とも、僕が刺殺したんだ。
「ダニエル、ね、これからは二人一緒だよ!」
 ダニエルはふらふらとパパの死体に触った。
「お父様、お父様」
 何度呼んでも返事はない。生き返らないように、何度も刺したからね。
「アダム……」
 喜ぶと思っていた、ダニエルは泣いていた。
 そして、僕に縋った。
「どうしよう、もう、誰にも、褒めて貰えない」
 そうか。
 ダニエルがあの’嫌な事’を続けていたのは、パパに褒めて貰うためだったんだね。
 それがパパが死んじゃったら、もう褒めて貰えなくなっちゃうんだ。
 それが嫌なんだね。
 あのね、何故だろう。
 嫌がっているダニエルって、凄く興奮する。
「ダニエル、あのね、いい子にしたら、僕が褒めてあげる。二人一緒に生きていこう。これからは、ずっと」
 ダニエルが縋れるのは、もう僕しかいない。
 それから、僕は新聞配達や、マーケットのアルバイトをして成長し。
 ダニエルは、ストリートギャングになって成長した。
 本当はダニエルも日の当たる仕事をしたがったけど、僕はさせなかった。
 アッパークラスの英語を使うストリートギャングなんてそういないし、凄く強かったから、ダニエルはどんどん上にのし上がって行った。
 すると、僕との区別が必要になったから、僕はダニエルの顔に入れ墨を入れた。
 ダニエルは怯えて、泣いて嫌がった。
 僕はすごくそれで興奮して、真っ赤な薔薇をダニエルの頬に彫って貰った。
 そして、ダニエルを抱きしめてこう言うんだ。
「よく我慢したね。えらいよ。ダニエル」
 そう言うと、ダニエルは抱きしめ返して、涙でべとべとの顔で笑った。
 僕の一番の楽しみは、ダニエルに罰を与える事。
 ストリートギャングといえば、組織だ。いつでもミスは湧いてくる。
 そして、ミスした時を僕は聞きつける。
 ダニエルが泣き出す寸前みたいな顔をして帰ってくるのを、ワクワクしながら待つんだ。
 彼がしゃんと背筋を伸ばしてきりっとした顔で歩いているのは、家に着くまでで、家に着くと背中を丸めて、僕に跪いて謝る。
 いつもは違うんだよ?
 いつものダニエルはむしろ横暴で、僕に家事全般は押し付けるし、お使いだってすぐ言いつける。
 だけこ、この時だけは、まるで子供みたいに僕に謝るんだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、アダム。どうか痛い事や怖い事をしないでください。赦してください。もうしません」
 その心から罰を嫌がっている姿は、僕を心底興奮させる。
 だから、僕は、罰を与える。
 ぶったり、蹴ったりは当たり前。水を何リットルも飲ませたり、首を絞めた事もあったかな。
 だけど、ダニエルが一番嫌がる事はできない。
 だから、僕はそこら辺を歩いている女の子をナンパして、油断した隙に、一番嫌がる事をした。
 僕はかっこいいからね。幾らでも女の子は引っかかる。
 そして、女の子の様子を見て、ダニエルを重ねて楽しむ。
 楽しんだ後は、ダニエルに始末をさせる。
 ダニエルはこれも嫌がったけど、やれば僕はすっごく褒めてあげる。
 褒めて貰えるから、ダニエルはやる。
 バラバラにしたりとかね。
 ただ、ある日運のよくない事態が起きた。
 女の子に一番嫌がることをしようとしたら、逃げられちゃったんだ。
 女の子は家に逃げ込んで、パパとママに助けを求めた。愛されてたんだね。路地裏でクスリやってるような娘なのにさ。
 僕は仕方ないから、その家ごと焼こうとしたんだけど、逃げられちゃったら今度こそどうしようもないからね。
 どうしようかな、と思案してた。
 その間に、ダニエルが行動した。
 彼は、家に押し入って、一家全員銃で撃ち殺したんだ。
 だけど、その一家は既に知人に相談をしていた。
 連絡が途切れた知人が不審に思って、警察に通報した。
 警察が到着するまでの間に、僕はその家に入った。
 ダニエルは、家の中で自分の体を抱きしめて震えていた。
「私、とうとう、誰の命令でもなく、人を殺してしまいました」
 そう、今までは、必ず、誰かの命令で誰かを殺す。ストリートギャングの中でもそういう仕事をしていた。
 でも、今回は違う。
 僕を守ろうとして、自分で殺した。
 そして、そのダニエルの姿を見て、僕はもう最高に興奮した。
 女の子には逃げられて、もともとムラムラしていた時に、ダニエルのそんな姿を見せられたんだから。
 それで、とうとう、ダニエルが一番嫌がる事を、彼にやってしまった。
 やっている間彼は何度も泣いて懇願した。
「助けて、助けてアダム。お願いです、助けて」
 その姿は今までで最高だった。警察に投降した時も、最高の気分が尾を引いていた。
 だけど、もうない。
 僕の楽しみは全部ダニエルから来ていた。
 ダニエルはもういない。
 だから、もう、この世界はいいんだ。
『死刑囚 アダム・トンプソンの供述』
 
 ダニエルは、ヘヴンズ・ドアーで、ファンデーションを選んだ。
 それはすっかり剥げ落ちて、哀れな躯の頬の、隠された薔薇をさらけ出していた。