63―国立病院のレールガン


「……やる気をなくしました」
 ダニエルが銃を仕舞う。
「それはようござります」
 ケネスが笑う。
 殺気が消える。
 次の瞬間、疾る。
 銃声。
「ダニエルさん!」
 唐突なそれに、肩から血を噴き出し、ダニエルが倒れる。
 銃を構えて、木陰から
また医者が現れる。
「ダニエル!」
「動くな!」
 アダムが走り寄ろうとした瞬間、もう一人の医者が威嚇射撃する。
「今なら、まだ僕でも治せる。分かるだろう、アダム、この意味が」
 医者は、パーシー・コレット。ケネス・コレットの弟。
 カナダ国立病院の院長!
「僕だってこんな事をしたい訳じゃない。ただ、カナダは英連邦の長女だ。そして、兄さんに治療をさせるな。と、大英帝国から圧力がかかっている。正直に答えるとこんなところだ。圧力はかなり激しい。下手をすればイギリス軍がすっ飛んでくる。こんな風にね」
 バチリと起きる一瞬の火花。
 ドサリと楓の上から落ちるイギリス軍服。
 それは失神する直前、確かにヴィンセント・ファン・ヒューリックの死体を直視していた。
「兄様……」
 ロビンがふるえる。
 ぐ、とアダムが下がる。しかし
「構いません……アダム」
 ダニエルが途切れ途切れに言う。
「あのこんな時でも笑っている狂人ドクターに、治療をさせなさい……」
 それで一同ははっと気づく。ケネスは、何事も無いように微笑んでいる。震えて泣き出すロビンを抱きしめたまま。
「ダニエル様、宜しいのですかー?」
「そうだよダニエル! 今まで銃を向けていたんだよ君は! そんな相手の兄を生かす為に何で!」
 アダム達の言葉に返答する、かすれた声が響く。
「矜持でございましょう」
「依子!」
 ジャックの背から、依子が無理やり降りる。
「己大事に、医者としての矜持を破ろうとしているのが、気に入らないのでしょう、ダニエルさん」
 は、とこれまたかすれた笑い声。
「そうですよ、ジャパニーズ。私は気に入らないのです、このパーシーという医者が。偽善くらいは纏ったら如何ですか? 医者なんですから」
 その目を、見る。
「そうか……分かったよダニエル」
 アダムはパーシーの前に立つ。
「治療をさせろ。さもなきゃ殺す」
 抜かれたのは大ぶりのナイフ。ほぼ包丁と言っていいほどの。
「そうだね。兄さんは僕が死んだからって、治療をやめたりはしないだろう」
 布の多いが取られる。
「いや、自分が死ぬからって治療をやめたりはしないだろうね」
 そこにあるのは、白い筒のようなものに大きな台座が着いた機械。
「これが何か分かるかい?」
 バチと走る火花。
 パーシーは、全身から電気の火花を散らしている。いわば、雷を浴び続けているような電流だろう。しかし、彼の引き結んだ唇に、苦痛は無い。
「電磁砲(レールガン)さ。この病院の電力、そしてそれを総べる僕の電力と直結している。人が一撃でも浴びたら、消し炭だろうね。だけど、兄さんを守るためなら、それぐらいは如何って事ない」
 ケネスは笑ってみている。
「偽善も欺瞞も、兄さんには通じない。だから、僕は正直に言うよ。兄さんに治療をさせようとするなら、その兄さんにしがみついている女の子にこれを浴びせる。患者を愛する者の血液が無ければ、蘇生は不可能だ。よって、恭順は保たれる」
 ぐっとロビンがケネスにしがみつく手に力を込める。
「パーシー……」
 緊迫した状況に場違いなのんきな声が響く。
「何故そんな事をするのですか?」
「兄さん……!」
 ケネスの問いに、パーシーの表情は絶望に歪む。そして一同は気づく。
 ケネスの瞳は、はっきりとパーシーを拒絶している。医者の矜持を曲げ、己を守ろうとしている弟が、心底理解できていない!
 自分に一切の守るべき価値を感じていない!
 全てを憎み、憎み切り、そして憎みすぎて憎しみすらも忘れてしまった、苦しみぬいた慈愛の笑み!
「パーシー、一ついいかい?」
「なんだい、アダム。君は僕と似たものだろう。己の快楽の為に、ダニエルを嬲って、何度も殺しているじゃないか。知ってるんだよ、ダニエルはいつも兄さんにだけ、「もう嫌だ」と泣いているんだ!」
 アダムは静かに答えた。
「そうだね、僕はダニエルが嫌がる事ばかりしてる。それに快楽を見出してる。だけど」
 ぶつかり合う視線。
「僕はダニエルがしたい事は何でもさせてあげる。君は如何なの? お兄さんが、今したがっている事は何?」
「黙れえッ!」
 パーシーが絶叫する。
「言い当てられたらしいな」
「ジャックさん……」
 止めようとする依子の手を軽く振り切る。
 ジャックは、ロビンとケネスの前に立った。
「撃て」
「!?」
 依子の目が、初めてプラスの方向に動揺した。ロビンもポカンとした表情で見る。ただ、ケネスだけが平然としている。
「なんだい、ジャック・ザ・リッパー。大英帝国女王から話は聞いてるよ。君は一番無関係じゃないか。ダニエルやアダムのように、兄さんと付き合いがあるわけでもなく、ロビンやヴィンセントとさほど個人的な付き合いがあるわけでもない。全くの無関係だ」
「それがどうした」
 パーシーの目玉がぶれる。
「俺は機械だから分かる。その電磁砲とやらは、一発撃ったら、暫くは充電しないといけない」
「それがなんだい? そのロビンって子さえ撃てば、事は済む。兄さんは治療できない。君たちは失敗を胸にだけど無事に帰れる」
 パーシーの顔から冷や汗が漏れる。
「無関係の子が死んだからと言って、痛むのは心だけだ。体は何処も痛まない」
「それがどうした。撃て」
「ジャックさん!」
 依子が絶叫する。
「命令で! 命令で戦死はならぬと!」
「依子」
 ジャックはいつもの陰気な瞳に、少しだけ光を見せていた。
「君が戦死に固執する理由が分かる気がするよ」
「ジャックさん……」
 依子は声が出ない。パーシーが声を発する。
「どけよ」
「全く無関係の人間を守るために、死ぬ。それが戦死だ」
「どけって言ってるだろ」
「例外はある。だが、今回は正しくそうだ」
 電磁砲に光が溜まって行く。
 一つ、一つ、と病院の明かりが消えていく。
 それは世界の終りに似ている。
 明かりと言う希望が、一つ、一つ、消えていく。ロビンの瞳から、光が。
「どけ! 撃つぞ!」
 電磁砲が最大限まで光る。
「それが戦死だ! 戦死以上の名誉があろうか!」
 ジャックと同時に依子が叫ぶ。
「死なないでジャックさん!」
 空気はしん、とした。
 電磁砲の光が消えていく。
「僕の負けだ」
 パーシーは電磁砲から離れた。
「治療の間に愚痴でも聞いてくれよ。僕と言うクズの敗北者の愚痴をさ」
 その場にすとん、と、パージーは座り込んだ。
 ジャックは静かに依子の元に戻って行った。
 依子から、助かって良かったの言葉はなく。
 ただ、敬礼で迎えた。
 音も立てず風が吹き、髪がなびいた。