74―マッド


 エミリーは日本茶を淹れてきた。
「和菓子しか無かったぜ。茶請けは我慢だな」
「……ああ、あの餡子というのはどうしてもな」
 欧米人の二人は和菓子が苦手だ。餡子やせんべいと云ったものは未だ慣れない。
「まあ、まずはあたしの素性からだ。南北戦争、アメリカのな。あれの南軍だった。
 あたしはいや、あたしの家族は一家揃って軍に志願してね。
 まあ、綿農家の下っ端が性に合わなかっただけなんだが、軍人って奴は驚くほど性に合ってたらしい。
 ヴァージニアの女まで鉄砲を撃つ大馬鹿一家が、『アイアン・ファミリー』なんて通称で呼ばれるようになった切っ掛けは、マナサスでの大手柄だ。
 マシューズヒルからヘンリーハウスヒルまで、あたし達一家が北軍の前進を阻んで無かったら、南軍はそのまま総崩れだったからな。まあ、あたし達一家だけの手柄じゃない。だが、6ポンド砲を掻い潜ってくる兵士はかなり殺したね。あの時、あたしは「俺は司令官じゃない!」と喚く指揮していた奴の頭を、はっきりぶち抜いた。マスケットを使ってたな。自前の銃がダメになったんで、民家から戴いた。
 その結果、あたし達は『アイアン・ファミリー』なんて呼ばれて、南軍ではちっとは知られるようになった。
 だが、『アイアン・ファミリーの』息は短かった。半島方面作戦。あの時、ヨークタウンの包囲戦に向って走ってる途中だった。『アイアン・ファミリーだ!』なんて歓声を受けたその時だ。あたしは撃たれた。痛みははっきり覚えているが、そう長くは無かったね。続け様に撃たれていく家族が見えた。あたしは最後に銃を掴もうとしたが、その上に馬が倒れてきた。そこで終わりだ。あたしはヴァルハラに来た。
 ヘヴンズ・ドアーには紅玉が居た。
 あたしが死ぬ20年くらい前に来たっつってたな。まあ、当時はまさかテロリストだなんて思いもしなかったが、あんまし仲良くもなれなかった。
 分かるだろう? あたしはずっと晴れ舞台に居た。だからさ。あいつから何やら日陰めいたものを感じ取っちまった。
 これが日本語で言う遠慮って奴なんだろうな。
 80年近くも遠慮し続けた。お互いにだ。深く触れる事も無く、触れない事もなく。
 このヴァルハラでは、一日が一生だし、十年が一瞬だ。
 だが、あたしらに取って青天の霹靂が訪れた。
 第二次世界大戦中、1944年7月のある日だ。店長が笑顔でこう言いやがった。
「昨日の子、うちの店員にするから、よろしくね」
 あたし達は戦慄したね。
 その”昨日の子”が素手で叩き壊した商品棚を片付けてる最中だったからだ。
 ヘヴンズ・ドアーに到着したその日本人は、あたしと店長を見て、一言聞いた。
「アメリカ人ですか」
 その禍々しい目つきからNOと答えたかったが、まあ、嘘つく訳にもいくめえ。そうだと言うと、そのまま殴りかかってきた。よけたら、棚に突っ込んで、その棚掴んでぶん投げてきやがった。
 あたしがリボルバーを抜く前に、紅玉が止めた。
「日本人ですか」
「満州人ある」
 あたしは嘘つくなよ、満州国建国のニュースをここで一緒に聞いてたじゃねえかと思ったが、とにかく、それで大人しくなった。そのまま、日本武士団に連れられて行った。それが店長の言った昨日の子だ。
 80年店員やって来て、速攻店員に対して暴れた奴はまあ初めてだった。
 その次の日、あたしと紅玉はピッタリ同じ時間に出勤した。
 まあ、一言で言やあ、ギリギリに出勤したんだ。あの日本人と二人っきりになりたくなかったからな。
 あたし達は頷いた。そして二人で扉を開けた。
 あの日本人、普通に掃除してやがった。
「……」
 暫し見つめ合った。日本人は口を開いた。
「昨日は失礼を致しました。日本武士団、飯塚幾之助に引き取られました、依子と申します。この度はこちらで働かせて戴くことになり、恐悦至極でございます。至らぬ点も多かろうと思いますが、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します」
 深々と一礼した。礼儀正しかった。あのモンスターみたいに暴れていた奴と同一人物と信じるのに、少し時間がかかったくらいだ。
「紅玉ある、宜しく」
 ホンの奴はすぐに自己紹介した。つられてあたしも、「エミリー・カーターだ。ヨロシク頼むぜ」なんて言っちまった。
「なあ……」
「はい」
「えーと、あたし達はお前から見れば、敵国の人間になる訳だが」
「紅玉さんは満州人では」
「ああ、我、清国人よ。死んだとき、まだ満州国なんて無かったね」
 依子は「ああ、そうでしたか」なんてあっさり納得した。満州国に関する敵味方論はそれで終わった。
「いや、それでな、お前はあんなに一昨日……」
「はい、あの時は大変失礼を致しました。私はあの時、まだ自分が敗北したと受け入れられずにいたのでございます」
「……生きてると思ってたって事か?」
「いえ……死んだ事は理解しておりました。ただ、敗北を受け入れられずにいたのです。日本武士団の皆様に、現世でサイパン島は7月7日に日本軍、最後の突撃をかけ、全滅と伺い。それにて、敗北を知ったのです」
「……まだ、日本は戦争を続けてるぞ」
「存じております。なれど、最早幽世の身となって、現世に何の攻撃を仕掛けられましょう。此処は天上の戦場と伺いました。現世と違う場所と伺いましたならば、此処で身命を賭して再びの名誉の戦死を望みます。されど、今の私の身分は日本ではなく、このお店に属するとの事、お二方も属するのはこのお店との事。味方を背中から斬って、何の名誉が得られましょうや」
「味方って……そんなにあっさりと」
「同じ部隊に属する者が味方で無くて何でしょう」
「……」
 紅玉が代わりに出た。
「お前は自分が死んだ事について、如何思ってるか?」
「名誉の戦死です。最大の名誉でございます。此処におられる方は、皆その名誉の戦死を遂げられた方。名誉に国の違いなどありません。私は、紅玉さんもエミリーさんも、尊敬致しております」
「死は……死あるよ」
「冥土に持っていくのは魂一つ。誉があれば、それは良いものです」
 この時、あたしらは納得したんだよ。
 こいつは”戦死”した事で完結してるってな。
 敵も味方も戦死をすれば、皆誉れ。また戦になるなら敵味方。しかし、戦になっても誉れは誉れ。
 楽になったよ。あたしは南軍に居た頃、平等ってモンがイマイチ分からなかった。
 だが、理解できた。
 これが平等だ。あたし達は皆同じなんだって。
「マトモな奴がヴァルハラに来るわけがないが……」
「一番マッドな奴が来ちまったな」
 こんな感じで、紅玉との間にあった、変な遠慮とかは無くなった。まあ、詮索しまくった訳じゃねえがな。依子も含めて、三人で仲間なんだって、そんな関係を築く土台ができたよ」
 こう締めくくると、エミリーは冷めた日本茶を飲み乾した。
「ジャック!」
 振り向くと、紅玉が居た。
「飯ある飯! 今日は鶏一羽使うよ!」
 ただ、ああと頷いた。
「今日くらいはあたしも手伝うぜ!」
「美圀の飯なんて食えたもんじゃないある。荷物だけ持つよろし。ジャック! 何グズグズしてるか、買い物行くね!」
 巾着を片手に、依子が微笑みかける。
「たくさん召し上がってくださいね」
 また、ああと頷いて帽子を取った。