9―仕方ないなあ。爆発の原因を教えてあげるよ


 ヘヴンズ・ドアーを飛び出した二人は、暗い海岸を歩いていた。
 ざざ、と飛沫がコンクリートに打ち付ける。
 遠くに見えるは、日本城。
 海という隔たりは確実に、その白い壁に黒い瓦を映し出している。
「江戸城ってのがあれくらいかな」
 エミリーは昔SAMURAI映画で見た情報をなんとなく思い出した。
 壮大な城は何も語らない。
 日本城の周囲は日本人達の縄張りとなっている。海の中でそこだけ切り取られたように、町があり、その中心に城がある。城は堀にくるりと囲まれている。
 閉鎖的な雰囲気がして、エミリーはあまり好きではない。ただ、依子の家は違う。依子という新緑のような少女の息吹は、屋敷を風が吹き抜ける木陰のような存在に変える。あまり自己主張はしないが、静かに、そこにいるだけで爽やかな空気が起きる。依子はそういう少女だ。
「船が全部片づけられてら。店長もぬかりねえ。なあ、ホン」
 声をかけられて、紅玉はようやく振り向く。
「日本城以外の場所から洗ってみるかい?」
 しばらく眉をひそめていたが、はあ、と息を吐く。
「そうあるな・・・。元々あそこが本星とは限らないある」
「OK。何処に行く? イタリアかUKか・・・正直、ソ連には行きたくねえなあ」
「行きやすいのは伊太利あるが・・」
 紅玉が腕を組んだその刹那、大気が揺れた。
 轟音を立てて、日本城の本丸が崩れ落ちていく。
「What!?」
 エミリーが慌てて海に駆け寄るも、本丸の崩壊は止まらない。木や壁がめりめりと音を立てて無残な腸をさらけ出す。
 紅玉も声が出ないようだった。ただ、立ち竦んで口元を隠し、城を見つめている。
 続いて第二の轟音。
 今度ははっきり見えた。
 日本城の西が爆発した。
「な、何が起こってるか・・」
 そこに、場違いに明るい声が響く。
「Hi!」
 慌てて二人が振り向く。
 そこに居たのは少年だった。
 白人特有の白い肌に、赤い唇の下の白い歯がニカっと光る、14.5歳の少年。
 ジーンズにTシャツの姿はとても健康的で、明るければ天然のブロンドには天使の輪が見えるだろう。
 そんな少年がこちらに手を振っている。
 エミリーの表情が唖然とした顔で固まる。
「だ・・・大統領」
 そう、この少年はヴァルハラの合衆国の大統領。
 豊富な資源と人民を武器に、このヴァルハラで最も豊かな国である合衆国、そんな国の大統領が彼なのだ。
 少年、マイケル大統領は相変わらず笑っている、天使のように純粋に。
「やあ、君はアメリカ人だね! 僕の事を知ってくれて嬉しいよ! 名前は何て云うんだい?」
 硬直するエミリーに強引に握手をする。しかも両手で。
 横から紅玉はその手を引き剥がした。
「美圀の大統領が何でこんなところにいるか? この騒ぎはお前がやった事か? 答えるよろし!」
 紅玉に手を掴まれたマイケルは、暫く口を開けていたが、はっと気づく。
「君はチャイニーズかい? 名前を知りたいな!」
「答える良いね。我はお前の地位に興味ないあるよ」
「おい、ホン!」
 エミリーの言葉に一瞥で返し、マイケルを睨み続ける。
「それとも、指の一本も落とすが良いか?」
 腰からヒ首を取り出そうとするのを、エミリーは慌てて制する。
「落ち着けって!」
「その子怖いよ。僕は女の子ばかりでこんな所にポツンといるから気になっただけさ」
 Boo、と子供っぽく頬を膨らます。
「信用ならんある」
「仕方ないなあ。爆発の原因を教えてあげるよ」
 だからその刀を下して、というと紅玉はようやくヒ首を下した。
「あの爆発を起こしたのは、日本人が自らやった事だよ。今、城の付近から傍受できた」
「傍受?」
「合衆国だって通信盗聴くらい簡単にできるんだぞ。日本人はあれで、失踪した日本人をおびき出すつもりなんだ。さあ、疑いは晴れたかい? 今度はこっちの番だ。君たちの名前を聞かせてくれよ!」
「まだ・・」
「あたしはエミリー、こっちは紅玉だ。ヘヴンズ・ドアーの店員だよ」
 紅玉が口を開く前に、慌ててエミリーが自己紹介する。
「今、飯塚依子って日本人を探してるんだ。何か知らないか?」
 紅玉が喋りすぎという視線を寄越すが、目を逸らす。
「イイヅカヨリコ・・・。うーん、知らないなあ」
 しばらく考え込んでいたが、ぱっと顔を輝かせる。
「じゃあ、僕が目星を付けた彼が知ってるかもしれない! 一緒においでよ!」
「はあ? 話にならんある。何で大統領というだけで一番怪しいお前と一緒に行動せねばならないね。お家に帰ってSFでも観てるよろし」
「OH! 酷いよ! 僕は君たちに協力してあげようとしてるんだぞ! 見たところ君達船が無いんだろ? 乗せてってあげるよ。大統領たるのも女の子を見捨てていけないよ!」
 必死に言い募るマイケルとしっしと追い払う仕草をする紅玉の間に立つ。
「まあ、とりあえず、その目星っていうのを教えてくれ。話はそれからだ」
「協力してくれないんなら、教えないよ」
 き、と紅玉は再びマイケルを睨みつける。
「お前、さっきは協力してあげる、言うてたのに、今度はしてくれない、言うたあるな」
 あ、と悪戯がばれたように舌を出すと、マイケルは頭を掻く。
「君、よく聞いてるなあ。そうだよ、僕は兵士を連れずに一人で城に行くつもりだったんだ。だけど、一人じゃ心細くってさ。ね? お願いだよ」
 ふん、と紅玉は鼻を鳴らす。
「お前の兵士連れて行ったら、気に乗じて侵略に来た、と思われても仕方ないあるからな。お前の国がよくやる事ある」
「僕はただ、合衆国に被害を出したくないだけなんだけどなあ。でも、これでイーブンな条件は分かっただろ?」
 紅玉は視線をエミリーに寄越す。
「受けても問題ないか?」
「どっちにしろ船が無きゃ動けねえし、あの城に日本人が集まってくるのも時間の問題だ」
 紅玉は再びため息を吐いた。
「仕方ないね。受けるよ」
「OK! そう言ってくれると思ってたよ! 目星については船で話すね!」
 二人の手を勝手に引っ張りマイケルはずんずん歩き出す。
「待つよろし! 引っ張るな! それから」
 目が鋭くなる
「何故に先日の会議に出なかったか? そんな情報掴んでいるのに」
 くるり、と少年は振り返ると、実に明るく言った。
「僕はナンバーワンが好きなんだ! 会議になんか出たら、一番に事件を解決できないかもしれないだろ?」
 その口調は、ゲーム大会で優勝したい子供にそっくりだった。