八重と美琴のちっちゃい頃のお話

「天武と天智がまた揉めてるなあー」
 天皇の二派を呼び捨てにするとは不遜と思われようが、この八重というの素性を知れば納得なされよう。
 彼こそはこの島国、日本の首都平城京そのものなのだ。
 紫の万葉装束に一つ結びにした黒髪が垂れる。同じく黒い瞳は日本民族に一般的な濃い黒だ。
 細く白い体に柔和な面ざしはいかにも優しげだが、その実この列島を支配するに到った武力精神に長けている。
 長年の喧嘩相手である出雲にまたふっかけに行こうかと不穏な現実逃避をしているのも無理からぬ事。
 彼の腕の中には、産まれたばかりのまちが居るのだが、連日の夜泣きですっかり睡眠不足なのである。
「はよ大きなってや・・・」
 あやす言葉もどこか力なく、後に美琴、と名付ける幼児を抱き直した。

「朝皃之花これでなでしこの花、な」
 字を教わりながら、美琴は軽く眉を寄せた。
「お兄ちゃん、また帝が代わるって」
「おお、もうそんなん覚えたん?」
「僕を馬鹿にせんでおくれやす」
 年のころ十の頃に育った少年の頭を撫でて苦笑する。
「ごめんごめん、そんなつもりは無かったんやけど」
 軽く頬を膨らませていた子供らしい仕草が、寂しげなものに変わる。
「・・・・お兄ちゃん・・・僕がいなくなったら如何する?」
 唐突な問いに、八重は相変わらず笑顔を崩さず。
「そんなん僕泣いて泣いて如何しようもなくなるわ、み仏に帰ってきますようにって毎日お祈りしても足りへん」
「・・・そうどすか」
「どうしたん? いきなりそんなん聞いて」
「ちょっと怖い夢見て・・・」
 八重は軽快にあはは、と笑った。
「夢やろ。気にせんとき。あ、見てみい外になでしこが綺麗やで」

 美琴の容姿が十四、五歳になった頃。
「美琴、忘れ物無いか?」
 相変わらず年齢不詳の兄は、美琴の荷物をまた足して来た。
 もう出立だというのに。
「身体に悪いもんは食べたらあかんよ。勉強もしっかりとな」
「お兄ちゃん・・・」
「ああ、ちょっと心配しすぎか、ごめんなあ。ちょっとお出かけするだけで」
「う・・うん・・」
 何時か見たように八重は笑った。
「大丈夫、美琴がちゃんと元気で帰って来ますようにてお祈りしとくから」
 美琴は俯いてその言葉を聞く。
 それは兄の本心。幼い頃からずっと美琴を守り続けた八重の本心だ。
 そっくりの兄の顔を意を決してもう一度見る。
「行ってきます・・・」
 ごめんなさい、あなたはきっと泣いてしまう。
 ちょっと出かけるだけではない、僕は二度と帰って来ないのだ。

 「僕は認めへんよ」
 八重は再び繰り返した。
 美琴が平安京になってもう随分と経ち、平家が最盛を誇るこの時代になっても。未だに。
「お兄ちゃん、僕はもう大人になったんです・・・」
「認めへん。美琴、へそ曲げんといい加減帰っておいで」
「・・・よう分りました」
 八重の顔がぱっと明るくなった。
「美琴、帰ってきてくれるねん・・・」
 なの言葉が消えた、美琴は八重の体に刀を突き立てたのだ。
「僕は帰りません・・・八重はん・・・」
 血を流して倒れながら、八重は呟く。
「もうお兄ちゃんと呼んでくれへんのか・・・。大人に・・・なったんやな・・・」
 平城京から長岡京に遷都する時、建て前では首都を移さず副都を移すだけでした。
 しかし本当は首都を移す気満々で、長岡京→平安京と京都に政治の中枢が置かれる事になります。
 平城京(奈良)の仏教勢力が大きすぎた、というのも理由の一つでした。
 八重は美琴に騙されてしまった事になるな、と思うと。えーん、兄弟で悲しいよう。と思ってお話にしてみました。
 バリ武闘派だった八重ですが、平安時代をすぎるとどんどん血の気の多さが薄れていきます。美琴は割といつまでも武闘派。
最後の刀で斬りつけたのは、平氏の南都焼き討ちです。
平氏は当初、南都(奈良)に穏便な政策を取っていましたが、南都が反平氏の態度をあらわにしたため、ついに兵を率いて焼き討ちに至りました。
この戦で奈良は東大寺を始め、多くの建築物を焼かれます。
ここから美琴は「お兄ちゃん」と呼ばなくなりました(T_T)