福島さんのヘアピン


 白髪を触りながら、北海道は何気なく言った。
「お姉ちゃん髪伸びたねえ」
 結果は驚くべきものであった。
「そっが」
 福島はおむむろにハサミを取り出した。
「何処が伸びてる?」
 北海道、開拓されてン十年。姉の性格は分かってたけれど。
「お姉ちゃん! それはない! それはないよ!」
「伸びたなんなら切らねばなんねえべ」
「やめてえ! それはやめてえ!」
 今にもハサミを髪に当てそうな彼女に必死で縋る(180センチ超男)。
「んなにダメか?」
「ダメだよ! 女の人が自分でハサミでジョキジョキ髪切るなんてダメだよ!」
「わがった」
 彼女はおもむろにタオルを自らにかけ、ハサミを渡す。
「切ってくれ」
 北海道は思わず叫ぶ。
「変わらないよ! 僕別に美容師じゃないよ!」
「床屋行くほど伸びてね」
「床屋!? 床屋行ってるのお姉ちゃん!」
「髪切るのに床屋行っておかしい事あんめえ」
 さ、早く、と催促する姉に、北海道は思わず泣いた。
「おめ、男がんな泣く事でねえべ!」
「号泣ものの事だよ!」
 北海道はぐ、と涙を拭き、携帯電話を取り出す。福島がはっとする。
「ま、まさかあいつに電話かける気じゃあんめな!」
「もしもし、秋田さん? お姉ちゃんの事で来て欲しいんだけど」
「えっがら! ホントえっがら! 床屋行ってくっから!」
「うん、修正不可能。僕には・・・僕には・・・。うん、車で行くからね」
「待てえええ!」
 制止を振り切り、北海道は駆け出した。すぐにエンジン音。福島は何がいけなかったかと真剣に考える時間が出来た事を知った。

 数時間後、ドアが開く。
 福島は最早考えるのをやめて、趣味の(本人は自衛の為と言い張る)銃の手入れに入ってたが、音を聞いて玄関まで出迎えた。真剣に考えた結果現実逃避したくなったのである。
「福島ーーーー!!」
 案の定、頭から女性がつっこんできた。
 黒髪黒目だが流行からは決して外れていない洋服の秋田県の具現、秋田である。
「秋田・・・」
「ああ! 福島が何か逃げ腰だ! おらが来ちゃいけなかったのか!?」
 早速ネガティブの方にぶれるテンション。残念美人とはこの事であろう。と、宮城が言っていたのを思い出す。(福島も同じ事を言われているが)
「いや・・・その・・・怒られそうな気がして」
 素直に吐くと、秋田の態度はコロッとハイの方へ変わった。
「おらは怒りに来てねえべ! 福島にお洒落を教えに来ただけだがら安心してけろ! さーて、まずは服と髪型だな!」
「・・・・北海道」
「お姉ちゃん良かったね! お姉ちゃん毎日軍服だもんね!」
「・・・・」
 輝く笑顔の弟に何も言えなくなる。ちょくちょく計算でこの笑顔をやっているのだが、まだ彼女は気づいていない。
「いっぱいおらの服持って来たから、いろいろ着替えて似合う傾向掴んで、そっがら服屋だな! 髪型も美容院でやって貰うべ!」
 ・・・・北海道が担いでいる大荷物はそれか、と暗い目を向ける。二人の笑顔は眩しい。
「できたら東北みんなに見せに行くべさ! 住民一人当たりの美容院普及率一位のおらだから、失敗はしねえ!」
「美容院行かないとダメか?」
「まんず心配いらねえ! 良いとこいっぱい知ってっがら!」
「いや、そういうんでね。美容院って何したらえっが・・・」
「慣れだべ!」
 ・・・・慣れるほど行かねばならないのか。
「さー早速はスカートだな!」
 その台詞を聞いた瞬間、福島は窓から飛び出し、逃亡した。

「・・・・・・」
「急に来てすまね・・・」
「えっけど」
 コタツに入った儘岩手が手招きする。
「なしてそんなしゃれ込むのが嫌なんだべ」
「・・・・・」
「・・・・・」
 この岩手と言う男、常に何か考え事をしているらしく、こっちが黙っていればずっと黙っている。何かロマンチックな事を考えてるらしいが、よく分からない。
 しかしその性故、此処に逃げ込んだのである。隣りの宮城など、福島がしゃれ込むと聞けば大喜びで参加してくるであろうし、山形は秋田が言い出したことがよっぽど無茶で無ければ止めない。無茶だった場合に大いにブレーキになってくれるが。そして長老格の青森など「女らしくせなまいね(駄目だ)」をしょっちゅう聞くので、想像がついている。
 結局南部せんべいを一口齧ると、福島は自分から話す。
「私(わだす)、戦できね恰好、好かねえ」
「そっが」
 岩手は相変わらず何かを考えながら、自分も南部せんべいを齧る。
「わがってんだあ・・・戦はねえほうが良いって。けっじょも・・・・」
 福島の産まれは奈良時代の征夷の頃、東北で戦をするための陣地である。いわば、戦う為に生まれた存在だ。平穏な時代が好きであるし、それが続けば良いと思うが、如何しても戦の感覚が拭えないのである。
「ん」
「秋田にも北海道にもすまねえって思ってる・・・けっじょも、女らしい恰好ってのは何だか・・・座りが悪りいんだ」
 岩手は見る。
「福島・・・」
 上空の航空機が至近距離で音を立てる。と同時に立ち上がり、銃を構えて
「空爆か!?」
と叫んだ姿を。
「おらも納得だ・・」
「何を呑気に構えてんだ!? 機関銃の射程距離に入っとるべ!」
「うん、無理だ・・。これは無理だ」
 話を聞いていないのか、携帯を弄り始めた岩手を置き敵機かも知れない航空機を偵察に家を飛び出す。
 しかし、航空機から響いてきた声を聞き、驚愕した。
「お姉ちゃーん! 家出なんてやめてえー! 秋田さんが落ち込みすぎて僕、もうどうしたら良いか・・・」
 その声は発端の(発端は自分だと思っていない)、弟のものだったのだ。
「だからって何で航空機飛ばすんだ!? 無茶すんでね!」
 敵機どころか北海道が飛ばした航空機という事実に呆れを通り越してポカンとした。
「だってお姉ちゃんが何処行ったか東北中探さないといけないと思ったんだもんー!」
「そういう問題でね・・・なじょして・・・」
「だってーー! お姉ちゃんが好きだからーー! 無理言ってごめんねーーー!」
「いや、それは、その」
「北海道・・・」
 岩手が気づけば背後に立ち、航空機を見つめている。
「連れてけえれ(帰れ)」
 ゆっくりと航空機が下降する。福島は、覚悟を決めた。

 帰宅すると、「おらのせいでおらのせいで・・・」と呟きながら丸まっている秋田の姿が出迎えた。福島の声を聞くと、再び突進してくる。
「ごめんなーー! 福島ーー! おら、そんな嫌だなんて思わねえで」
 内臓と骨を守りながら、それを受け止めると、白い髪の一部分を見せる。
 途端、秋田の表情が変わった。
 そこには、数十年前に秋田があげたヘアピンが付けられていた。あまりに髪の毛が切りっぱなしの福島を見るに見かねて渡したものだ。
「こ・・・これ・・まだ持ってたのけ・・?」
「ん」
「福島ーーー!」
 今度はサバ折りのように締上げられたが、日々の筋トレの賜物で呻くだけで済む。
「北海道、また秋田に教えて貰うから、今日はこれで勘弁してくれ」
 弟の笑顔に、納得を見た。こうして岩手を巻き込んだ家出劇は幕を閉じる。

 しかし
「北海道、これは如何だ? 今度は新しいのにチャレンジしてみた!」
「うん・・・似合ってるよ。似合ってるけどね・・・」
「そっが! お洒落ってヤツは意外と楽しいな! 私がお洒落すてるの珍しいから、いっぱい写真撮りに来られるし!」
「うん、そういうのでなくてね」
「秋田の趣味ではねえみてえだが、岡山とは服の話ができるようになったんだ! 私も女らしくできるモンだな!」
「やっぱり軍服のお姉ちゃんに戻ってえええ!」
 サ○ラ大戦のコスプレを身に纏った姉に、北海道は再び泣く羽目になった。