悪戯系閣下メイク

 関西広域連合会議。
 奈良県欠席。
「欠席であって、いずれ来るしかないんやからな!」
「大阪、誰に言うてはるん?」
 欠席か不参加かは個々の自由に任せ、一日かかって会議は終了した。
 そして終了して三十分、議場の管理者たる大阪を呼ぶ声があった。
「どないしたん、兵庫」
 フリルたっぷりのブラウスを華麗に着こなした女性に仕事後呼ばれる、なかなかに期待しても良い字面だが、何かと彼女と(彼女に限らずだが)衝突の多い大阪は何も期待しない。
「徳島がなー」
 彼女が指す(指でではなく掌)、先には、休憩用ソファー。
 その上にはメイド服の女性―徳島が横たわっている。
 瞼が閉じられているのに大阪は慌てた。彼は意外とこういうのは放っておけないタイプだ。
「しんどいんか!?」
 兵庫は両手を安心しろと振る。
「ちゃう、さっき疲れてるようやから「ちょっと休憩したら?」言うてんよ。そしたら「ほな、ちょっと寝させてもらうけん、おやすみ」言うて、そのまま靴脱いでソファ上がって寝とう」
 徳島……相変わらずマイペースな女……。
 良い意味で肩透かしを食った大阪は、規則正しく寝息を立てる彼女をもう一度見た。
「めっちゃ気持ちよさそうに寝てるな」
「そやろ。せやから、起こすのもなー思て、アンタを呼んだんよ」
「ああ、それやったら会議場閉まるまでもうちょい時間あ」
「ああああーーーーっ」
「何やねん!?」
 突如叫んだ兵庫と、それでも起きない徳島を鶏のように左右に見る。兵庫は真っ青である。
「どないしたんや!?」
「徳島、化粧落ちてるやん!」
「え」
 ほ、と安堵のため息を吐く。
「何やそんな事か」
「そんな事やわないわアホ! 寝てる間に取れてしもたんやー! あー、うちのアホ! ほんまアホ!」
「結局どっちがアホやねん」
「それはアンタ」
「何で!?」
 注:ナチュラルな会話です。
 思わず注釈を入れてしまったが、兵庫にしてみれば大変な事態らしい。いつも薄化粧やからあんま変わらんと思うけどな。あーよく見ると眉毛が。
「よく見るな!」
 呼んだ癖に。
「しゃあないわ、徳島、ごめんな」
 即座に化粧ポーチを取り出した兵庫に、「何すんねん」と問う。ぶっちゃけ疲れている。すやすやと眠る徳島がムカつくほどに疲れている。
「フルメイクや。寝ている間にフルメイクする」
「……」
 大阪の、何かが、動いた。
「大丈夫や、うちの日本一の美貌を保つメイク技術。まあ元から美しいのもあるけど。平清盛は納得いかへんけど。それは置いといて、例え相手が寝ていてもばしっとメイクしたる」
 その化粧下地を止める手。
「待て、兵庫」
「何や? ちなみにキュート系小悪魔メイクにするつもりや」
「それはな」
 大阪の目は真剣だ。
「おもろないやろ」
 はっと心を打たれる兵庫。
 そう、彼女も所詮関西人。
 面白い、事に惹かれる吸引力は、他地域の三倍以上!
「悪戯系閣下メイクでいこう」
「ふ……すっぴんを見られたんなら、いや、すっぴんでも可愛いけど、笑いで落とすしかないな」
「兵庫、俺、お前の事話が通じるヤツや思とったわ」
「うちは通じないと思っとうけどな」
 普段仲が悪い二人が手を組んで良い結果になるのは、少年漫画の世界のみのようである。
 現実にはメイク用の白い塗料と黒い塗料、そしてアイシャドウにマスカラを駆使しする二人―。
 そして
「でけた……!」
「完璧や……」
 某デー〇ン〇暮閣下のようなメイクが完成!
 こうなれば目が覚めたリアクションを見たいというのが、もう決まりきった事であろう。
 そして此処までされたのに目を覚まさなかった徳島が、ようやく、そしてタイミングよく目を覚ました。
「……おはよう」
「ぷっくくくおはようさん」
「大阪様!?」
 目覚めていきなり恋する相手の顔で、徳島が慌てだす。恋する相手はなかなかに外道な事をしている訳であるが。
「す、すんません、うち、長い事寝てたみたいで」
 閣下メイクで。
「ええねんええねん。それより兵庫、鏡」
 この類の悪さをする奴らが一番望んでいるのはリアクションである。一回の深呼吸で徳島が落ち着くのを待ち、鏡を渡す。
「鏡?」
「見てみい」
 さあ、どんなリアクションが来るのか、とりあえず、絶叫は間違いない。
 そう期待する外道コンビ。
 しかし
「これどうやったら落ちるん?」
 返ってきたのは極めて平坦な、落ち着いた、実用的な質問。驚きはない。絶叫もない。悲憤慷慨もない。予想外すぎる展開に思わず棒立ちになる。
「え……」
「メイク落としで落ちます?」
「お……落ちるけど」
「さいですか。では、落として来るけん、お手洗い行ってきます」
 すたすたと全く普通に歩き去る彼女。
「と、徳島……なんというボケ殺し……」
 最早ボケで許していい範囲ではない気もするが、喜劇になる予定だった話は、落ちも付かずに幕となった。