おしい、そうです。広島さん。


 広島県の土地の具現化たる男、広島は悩んでいた。
 喫茶店でアイスコーヒーを啜り、足を何度も組み換え、ぎゅうと眉間にしわを寄せる。
 その姿は
「怖がってお客さん入らんじゃろうが!」
島根が入った途端にハンドバックで一撃を食らわせるほどの恐怖感を醸し出していた。
「大体ねー、アンタ顔がどう見てもヤクザなんだから、もっと振る舞いに気を付けなさいよ」
 島根がミニスカートの裾を気にしつつ足を組む。
 島根、女装。
「いえ、その紫のスーツもお似合いだと思います……ただ、その白のスカーフは少し……」
 鳥取、ハイカラさん
「着替え終わったわよー。待たせてゴメン。チーズケーキ注文してくれた?」
 岡山、制服(コスプレ)
「まともな服の奴おらんのかああああ!」
 山口は思わず絶叫した。

「呼び出して悪かったのぉ……観光課から、広島のウリをもっと出してくれ、言われたんじゃけども、上手いのが思いつかんかったけえ……」
「そういうのは愛媛に聞きなさいよ。嫁なんでしょ」
「そうよ! それのがネタになるじゃろ!」
 え? 嫁? 愛媛男性ですよね? ネタって何ですか? と一人ついていけない鳥取だが、いつもの事なので「気にせんで」と山口がフォローする。
「それはもう聞いた」
「どうじゃった?」
「『広島さんのええ所ー? ほうねー。凄く沸点が低いけど、凄く冷めるのも早い事ですね』」って言うとった」
 ……おしい!
 全員の頭を去来する、美点がおしいという言葉。
「まあ、すぐキレてすぐ忘れるとも言い換えられるね」
「言い換えんな岡山ァ!」
「ほら」
 女子高生相手にヤクザがキレている、という風にしか見えない周囲を確認済みでの発言である。岡山、黒い。
「まあ、その広島=ヤクザとか、広島=怖いとか、そういう点を改めていかんとですね」
「わしの何処が怖いんじゃワレえ! 山口、おんどれ―」
 怖いですけど! という周囲の客(ようやく戻って来始めた)の心の声を聞きながら、山口は続ける。
「広島は確かに沸点が低いですけど、それは政治の世界では必要な人材でもあるんです。要所要所で、相手に啖呵を切れる人材がいなければ、上手く政治の諍いができない。諍いなしで政治をやっていく事など不可能であり、また、そんな仲良し主義は独裁にもつながりかねません。そこで啖呵を切るだけ切って、後は引っ込んでくれる人材がいれば、良い意味での競り合いがスムーズになるのです。無論、暴言を吐けばいいという物でもないので、さじ加減が難しいのですが、そこは―」
 とつとつと語る山口。即座に政治に思考が行く辺り、彼らしい。
 しかし
「ええと、要するに……何?」
「まだ序盤にすぎませんので、議論はそこからにしてもらいたいんじゃけど」
「いや、もうええ」
ちょっと難しかったようです。
「まー、男心をつかむなら、胃袋を掴めって言うわよねー」
「島根、私は食い物の話は」
「ええから、山口、もうええから。ちょっとこの子には複雑すぎるから。それよりも、広島云うたら美味しいものいっぱいあるわよね。関西もそれで売ってるし……まあ、某ミカクズ(味覚がクズ)はともかく、広島もやってみたら?」
「じゃけえど、わし、今から店やる時間はのうて」
「屋台でもいいのよ。そうじゃ、お好み焼きなら屋台でよう売れるんじゃない?」
 その言葉には説得力があった。
 広島県、お好み焼きの店舗数、日本一。
 お好み焼きなら自信はある。

 と、言う訳で
「いらっしゃいー、アツアツお好み焼きじゃー」
 広島印のお好み焼き屋台、開店。
「わー、美味しいー」
「オタフクソースだよねこれ」
「店の人、凄く怖そうだったけど、うちの子が食べる前に落としちゃったら、もう一個無料でくれたわ」
 大盛況。
 家族連れの明るい笑い声と笑顔が辺りを美しく見せる。
 それを見守る中国地方面子。
「上手くいきそうですね」
「当ったり前じゃない、島根、何年男心をつかんできたと思ってんのよ」
「そげですね……」
「死ねばいいのに」
「岡山!?」
 最後不穏なセリフがあったが、鉄板の前で輝いている男を見て、幸福感が(一名を除き)湧いてくる。
「OH! ハニー、これ買おうよ!」
「あ、外人さんですね」
 店の前のカップルを、更に微笑ましく見守る。やたら日本語が流暢なのは慣れているのだろうか。
「OH! これ、クレープみたいね?」
「おお、よう言われます。じゃけえ、外人さんの口にもあうかと」
「OH! ハニー、これは広島風だよ。大阪で君、美味しい美味しいって沢山食べたじゃないか」
「OH! 広島風とお好み焼きって全然違うのね」
 あ、ヤバい、これヤバい。
「いや、大阪風のはパンケーキみたいじゃろ? こっちのが本場のお好み焼きじゃ」
「OH! 何を言ってるんだい? パンケーキに魚介類やお肉なんて入ったもの、気持ち悪くて食べられないよ。あっちがお好み焼きだよ」
「OH! そうね、これはクレープだわ」
 ビキリ、と広島のこめかみに青筋が入る。
「これがお好み焼きじゃ言うとろうがワレェ!」
 そう言って彼は鉄板を掴み、怒声を上げる。しかし、そんな熱せられた鉄板を掴んで、どうなるかはもうお分かりだろう。
「あっづあああああああ!」
 ……おしい! キレ方がおしい。

「やっぱりオタク産業に広島は弱すぎ」
 火傷に薬を塗っている広島に、岡山からの指摘。背後には警察に撤去させられたお好み焼き屋台がある。
「アニメを深夜にばっかり流したりとか何しとるん? 深夜には深夜しか放送できんアニメとかあるじゃろ? それを纏めて夜中に流したりとか意味分からん」
「……何が言いたい。オノレが親切心でアドバイスするとは思っとらんぞ」
「今回は親切心じゃ。広島、あたしが指定した服を着て」
 何かを察した島根。
「島根もちょっと一枚かみたいなー」
「よし」
「え? 待てまて、何じゃその化粧ポーチとセーラー服は!」
 彼が引きずられていって1時間後に時はワープする。
 全員の感想。
 ……おしい!
「全く似合ってませんけど、笑えもしませんね」
「広島お兄様、おいたわしい」
「島根、ちょっと失敗したかなーって思うわ」
 セーラー服姿の広島本人も、ぐったりと鏡を見つめると、見たくなかったらしく、殴り割った。また拳に傷が増えた。
「何いっとるん! 似合わない女装が素晴らしいんじゃろ! ヤバいわ、この似合わない感!」
 デジカメで写真を撮りまくる岡山だけが楽しそうである。やっぱり親切心でなかった。
「これを某所で売りまくれば絶対ウケるわよ!」
「やめいいいい! これはホンマにメンチきっとるんじゃけえのお!」
 自らセーラー服をびりびりに破いた彼の心情を、そっと察してやって欲しい。

「あの、わたくしからも意見を出して宜しいでしょうか?」
「もうええ……何でも言いんさい……」
 ぐったりとした広島に、可愛らしい声がかけられる。
「あの、ちょっとおぞい(怖い)イメージが広島お兄様にはありますので、それを払しょくすればええと思うんです」
「……最初はそういう談義やったはずじゃが」
「私はそれで一晩くらい語れますよ!」
 もう、山口は勝手に語ってろ、という仕草をする。そして鳥取を見やる。幼気な少女にメンチを切っているようにしか見えないが。
「うさぎさんとかとと、仲良く戯れてみたら如何でしょう?」
 にっこりと提案する、優しげな笑み。
「鳥取……アンタ良い子に育ったわね!」
 島根が涙を拭い、広島の次の行き先は動物園のふれあいコーナーと決まった。
 しかし。
「凄いですね、広島が入った途端に、人影が全く無くなりましたよ」
「……子供たちがすっかり遠巻きね」
「兎にだけは好かれてるわね」
「……」
 セリフで大体分かったと思われるが、広島がふれあいコーナーに入った途端、子供たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
 広場の真ん中でポツンとしゃがみ、うさぎに人参をやっているその姿。
 哀れなヤクザ……!
「あ、お、お一人、入って来られました……!」
 そんな中、おずおずと入ってくる4歳ほどの男の子。良かった! 彼は強い子! 見た目で人を判断しない! 全員が歓喜に打ち震える! そう、広島、ちょっと怖いけど良い奴だから!
「何じゃあ?」
 本人はなるべく笑おうとしてるのだろうが、麻薬取引に成功した笑みに見える。男の子はそれでもぷるぷると震えながらも広島に近づき―。
「うさぎしゃん食べたら、めっ」
 それだけ言うと、泣きながら去って行った。
 お、おしい……! いや、完全アウトか?
 しゃがんだまま動かない広島を無言で見ていた中国地方たち、しかし、此処は最年長が何とかフォローしないといけないと思ったのだろう。島根がそっと広島に近づく。
「アンタ、キレなかったのえらかったじゃない……」
 言葉はそこで途切れた、そして小声が紡がれた。
「泣いてる……」
 中国地方一同も、「どうしたのこの人?」という顔をしているウサギたちの中に、思わず駆け寄ったのだった。 

 そして、決まったコピー「おしい! 広島県」。今さらですが、この小話は広島県民を侮辱する気は無く、ただ、「おしい!」ネタに乗っかっただけのものであると明記しておきます。
おしい! 広島県の元ネタはこちら http://oc-h.jp/index.html