ちっちゃい福岡ちゃん、奈良と勝負する。

 うー、とまつりは唸る。
 後の福岡県と呼ばれる女性はこの頃はまだ少女と呼ぶにすら早いような幼女であった。
 時は七世紀末。飛鳥時代。
 まつり、と人の名を与えられた土地の具現化は、木簡を眺めて迷う。
「どげんしよ」
「なんばすっと?」
 いきなり声をかけられ、びくりと筆を取り落す。
「穂乃花(ほのか)! いつからおったばい!?」
 まつりよりは少し大きい、それでもやはり少女と言って差し支えない、後の佐賀県は、悲しげに少し俯いた。
「ずっと……」
「ゴメン……」
 如何やらいきなりでも何でもなかったらしい事に、素直に謝り、そしてぐいと木簡を見せた。そこには
「何て書いてあんね?」
―読めなかった。
「果たし状ばい!」
「あ、これ、そう書いてあっと? 字の練習した方が……ってそうじゃなか!」
 微妙な意図せぬボケをかます穂乃花であったが、まつりは突き出したまま。
「でも、果たし状より先の文章思いつかんくて」
と更にボケで返した。勿論意図していない。
「ええと、まず、誰に送るん?」
 その果たし状になる予定の木簡を、視線を落として見ると、まつりは胸を張った。ちなみに後にこの胸は静岡、秋田と並び、日本三大巨乳地帯と呼ばれる。(セクハラである)
「大和朝廷!」
「や……大和朝廷!?」
 穂乃花の驚きも無理はない。
 大和朝廷、後の奈良県は、飛鳥の地に都を開き、あちこちに攻め込んでは領土を奪って行った男だ。現代の完全文系男子の奈良県は面影すら見えないが、当時の彼はまさに、若き支配者! このまつり、穂乃花の地も例外ではなく、厳しい税の取り立てや兵役がある。
「っていうか、今は飛鳥の都言う名前で……」
「細かい事は気にせんの!」
「名前って結構大きなこと!」
 何か堂々としているまつりだが、穂乃花としては堂々とするところが一つも無い。
「まつり、相手が悪すぎんか……?」
 方や邪馬台国を倒して、今この日本の主になろうとしている男、方や土地として目覚めたばかりの幼女。
 勝負は歴然としている。
 と、いうか。
「まつりは何でそがい八重さんと勝負したか?」
 八重、あえて彼の人名で呼ぶ。
「あいつ悪いやつじゃ!」
 ……返答が難しい返事が返ってきてしまった。
「そう思わん?」
 元は日本の主だった邪馬台国を倒して権力を奪い、それからは侵略とそれによる流血で土地たちを支配下に置いていき、税を納めさせたうえ、その税を運ばせるまでの労働力に加えて、兵士としても人間を奪い。
 何処もフォローする事ができない、まさに暴君!
 しかしだ、暴君となるからには、それなりに力も無いと暴君になれないのである。
 そして、まつりは……一言で言うとちんちくりん。
「どげんしたもんか……」
 勝気な性格をしっているだけに、穂乃花はため息を吐く。それをよそにまつりは続ける。
「大宰府にはいっぱい人が来とっと! そん人達、皆帰りたい言うとった! 無理やり連れて来られた言うとった! そんなんするヤツ悪いやつたい!」
「それは八重さんが戦に勝ったから―」
 言いかけたのを遮る。
「あたしは負けとらん!」
 そうなのである。
 八重がこの土地を奪った頃には、まだまつりは土地の具現化として生まれていないのだ。負けたという自覚はないだろう。
「うー、どげんしよ」
 頭を抱える。穂乃花とて九州の女、売られた喧嘩は買うし、喧嘩を売る事もさほど抵抗は無い。しかし今回は勝てる要素が無い。こんなちんちくりんが……ちんちくりんが……ちんちくりんが……ちんちくりん?
「まつり、兵を率いてとか、そげん事じゃなか?」
「正々堂々、一対一の勝負すっ。」
「そんなら、こげん勝ち負け方法でどげん?それがいけんなら、散れ!」
 やっぱり穂乃花も本当に九州の女であった。 」

 約束の日、八重は来た。
 まあ、わざわざ勝負の為に来た訳ではなく、税の調査が主らしいが。
「ふ……っ。大和朝廷……あんたの暴虐もこれまでたい……神妙にしんしゃい!」
 腕を組んで不敵に笑うまつり、対して八重は冠に唐風の紫の最上級の貴族が纏う衣、と全くやる気のない恰好。
「はいはい」
 本当に返事までやる気が無い。何というか、一言で言うと暑いからこの荒地から帰りたいという態度だ。
「えーと、君が僕を本気にさせたら、君の勝ちやったな」
 そう、これが穂乃花の策!
 いくらなんでも、こんなちんちくりん相手に本気になるほどの大人気なさはあるまい。散々まつりが暴れて、疲れて終わりになるだろう! ただ、疲れても彼女は「負けた」とは絶対言わない。だからこそのこの立地。まつりが疲れた頃、八重も暑くて嫌になって「もう負けで良い」とか言い出すだろう!
 所詮何も変わらないのだ。
 支配の関係というものは、相手を上回らない内は変わらない。税は変わらず取り立てられ、兵は奪われるだろう。
 ただ、まつりの気が済めば、それで良い。
 何処か諦めた穂乃花は、ひたすら、えい、おー! と棒切れを振り回し続けるまつりを眺める。棒切れというか小枝だ。幼いまつりにはそれが限界だ。
「えい、やー!」
「はいはい、痛い痛い」
 やっぱりさほどダメージを受けていない八重はのんびりと笑っている。
「うりゃあああ!」
 まつりの小枝がついに軽く掴まれた。
「う、うー! まだ負けとらんね!」
 小枝を外そうと必死に手をぶんぶんするまつり、しかし、いや、当然ながら、小枝は離れない。
「もう終いでええやろ」
 小枝を取り上げようと、八重が腕を上に勢いよく上げる。
 しかし。
「うおっ」
 まつりが離れず枝にぶら下がる。これは予想外だ。そして、片手で棒の先に子供一人というのはかなりキツイ体勢だ。
 筋肉に不自然な力のかけ方を強いる。
「ちょっ、放し!」
 まつりは気迫を込めて叫んだ。それはもう、鳥も飛び立つほどの気迫で。
「放さん!」
 がくっと八重の膝が崩れ、地面に跪く。落とされたまつりはころりん、と後ろに転がる。
「……っ」
 奇跡が、起きた。
 まつりと穂乃花はしかと見た。
 その八重の目は、完全に殺気に細くなった、本気の目だった。
「勝った!」
 起き上がったまつりが今度は跳ねあがる。
「勝った! 勝った! あたしが勝った!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねるまつり。穂乃花はまだ呆然としている。
 本気に……なった? まつりの気迫で……?
「じゃあ、大宰府の人ら帰してくれるな!」
 ようやく八重は眼鏡をかけ、いつもの穏やかな表情に戻る。
「それは約束してないからあかん」
 言う事はやっぱり卑怯で外道だった。
「え!? あたし勝っとっと!?」
「勝負せえ、言われただけで、僕は負けたら何かするとは言うてないで?」
 本当に卑怯で外道な言い分、と思うが、それを言われたら返す術はない。約束は確かにしていないのだ。本気勝ちするとは思っていなかったから!
「っていうか……暑いから家の中入らへん?」
 こうして、まつりの初勝負は終わった。

「で、あたしは子供の頃に、奈良に勝ってなー」
 焼酎を飲みながら、得意げにするまつりこと福岡。
「本気になったら、勝負ばってん、本気をさらに出されたらいけんかったんでない?」
 尤もだが厳しい事を言う宮崎、それを「いや、あの時のあたしならいけたかもしれん!」と熱弁する福岡。彼女の最初の誉であるからして、その口調は本当に楽しげだ。
 奈良が後世、「あれ、眼鏡落としたから目つき悪くなったんよね」と言い訳に見える真実を語っていた事は、穂乃花こと佐賀の胸の内に未来永劫仕舞っておくことにした。