通行料を置いてきな

戦国時代
毛利氏(広島)は瀬戸内海(愛媛県)の海賊衆を水軍に迎え入れてました。

潮風が鼻をくすぐる。
 その船が縄張りに入ったのを確認すると、暁は号令をかけた。
「襲撃! 全員船に乗り上げろ!」
 おおおおおお
 鬨を上げて、海に荒くれ男達が乗りこみ、クマデ等の武器を乗客に突きつける。
「大人しくしときゃ何もせんけん。積み荷以外には」
 凶悪な笑みを浮かべているのは、福々しい十代後半ほどの少年である。簡素な紅い鎧を着ているのに、やや乗客の一人が侮ったのか、刀を抜こうとする。
 今にも抜かんとしている屈強な侍に向かって、暁は何かを投げつけた。
 どすん
 重々しい音を立てて落ちたのは、クジラ漁に使う銛であった。大の大人が数人がかりで持ち上げるような重量のそれが、侍の足元に突きささる。
「ひいっ」
「大人しくしたら何もせんけん、言っとるでしょうが」
 海賊。
 その長の言葉に、後ずさって侍は逃げる。
 海賊共が幾分かの積み荷を奪い去る。
 船が解放された時には、乗員は生きた心地がしなかったろう。

 瀬戸内海に浮かぶ、小さな島、能島は島自体が軍艦のような城であった。
 曲輪が幾重にも島を取り巻き、芸予諸島の縄張り全てを見渡せる。
 縄張り―。
 そう、この瀬戸内海は暁達海賊の縄張りであったのだ。

 船を下りた暁は、途端にぽやぽやとした雰囲気の温和な少年に戻る。
 能島の船着き場で待っていた手下が慌てて駆け寄る。
「兄貴、お客さんです」
 日に焼けたいかにも荒くれ者と云った風体の男が、少し気まずそうにするので大体察しがついた。
「篤さんですね」
「へえ・・・」
「すぐに行くけん」
 鎧を脱いだ暁は、湯浴みもせずに能島の中の小さな居宅に進んだ。
「こんにちは」
 居宅の畳敷きの上に、目つきの鋭い男が胡坐をかいていた。どちらかというと子供っぽい体型の暁とは正反対のガタイの良い男。
 後の広島県と呼ばれる土地が化身、篤である。
「勝手に待たせてもろてすまんのう」
 持参であろう酒を、杯に注ぎこちらを見据える。
「いえ、そろそろだと思ってました」
 天正十六年七月、豊臣秀吉により海賊禁止令が発令された。
 これにより、瀬戸内の海賊達は陸に上がる事をよぎなくされる。
「俺が来てる云うんはまだ甘い事じゃけえ」
「そうですね。僕も太閤の使者で水都さんあたりがすっ飛んで来るかもと思ってました」
 しかし、暁達海賊はその命に従わず。再令が出されたのを篤は伝えに来たのである。
 ギロリ、と暁の視線が更に鋭くなる。幼い子供なら100%泣くであろう。
「おどれのやり方は俺でもかばい切れんようなっとる」
「篤さんには本当に迷惑をかけてごめんなさい。でも」
 僕はお天道様に顔向けできない事はやっていない。
 暁はそう言った。
 海賊達の縄張りは、現代人の私有地も同じであった。そこから通行料を頂くのは当然の事だ。現に予め海賊に通行料を払った船には手出しせず、逆に警護を買って出ている。
「それで通らんようになっとるんじゃ、時代は」
「陸では、僕の上に立つ人も太閤の家来に代わりました」
「ああ」
 河野氏の断絶によって、福島正則が伊予の領主となった。
「篤さんは、それで満足ですか」
「満足も何も無い。俺達の上を人が流れるのは当然の事じゃけえ」
「相変わらずですね」
 クールな反応に苦笑を零す。
「じゃけんど、太閤はそうもいかん。あの猿顔でも人じゃけえ。これを見ぃ」
 そこに書かれたのは書状であった。
「ワレの海賊衆に九州に行けとのお達しじゃ」
「九州・・・・」
「石高もちゃんとやるけえ、瀬戸内を離れえ、と」
「・・・・・そう・・・ですか・・・・」
「俺は暫く此処に居るけえ、準備せえよ」
「そうですか・・・」
「嫁が討伐されるのは避けたいけえ」
「嫁じゃないですって」
「元就公が俺の上司じゃったなあ、暁と初めて会ったのは」
 ぐい、と杯を煽り。
「酌」
「はいはい」
 篤の杯に酒を注ぐと、素早く奪われ暁の杯に注ぎ返された。
「暁の船を元就公が味方に着けえ、言うて」
「あの時はお世話になりました」
「おう。散々貢がされた。やれ、金をよこせ馳走をよこせ、山代の土地をよこせ」
「全部頂きました」
「じゃけえ、あれは結納の品じゃ。ワレの水軍はアホほど強かった。流石海賊というほど強かったけえ」
 ぐい、と酒を煽ると冗談なのか本気なのか分からない口調で篤は言った。
 ようやく、暁は笑った。
「僕も潮時は過ぎたのかも知れません」
「おう」
「なので、これを最後にします」
「ん?」
 暁は、すらりと刀を抜き、篤の喉元に突きつけ、大音声を上げた。
「皆! 篤さんの船から通行料を貰え! 船丸ごとじゃ!」
「な」
 篤が驚愕している間に、島の海賊達が船着き場に押し寄せた。
「待て! あの船は太閤からの品が乗って・・・」
 にっこりと暁は笑った。
「太閤からの品は全部分捕れよ!」
「おおおおおおお!」
 鬨を上げる海賊達に、篤はぽつんと
「いい加減にしんさいや・・・」
とため息を吐いた。

 現代
 ミカン畑から暁はひょっこりと顔を出した途端、驚愕の声を上げた。
「篤さん! どうしたんですかその髪!」
「染めた」
 篤は金色の髪を見せる。
「似合っとろうが」
「似合いすぎて怖いですよ! 子供逃げますよ!」
「あー、嫁には受け入れられんかったか・・・」
「だから嫁じゃないけん!」
 ミカン畑の向こうの家には、今もあの銛がある。太閤から分捕った品は、歴史の闇へ。