大阪府、窮地に立つ

「はふあ・・・・」
 町屋の一室で、美琴は感嘆のため息を吐いた。京都府たる彼の居室は畳の香りも落ち着き、手元にある宇治茶も雅な清水焼の湯呑に入っている。立割六花の模様の湯呑と急須のセットは彼のお気に入りで、丁寧に古びた艶を醸し出す。
 そんな彼の居室だが、美琴は何やら手元を熱心に見詰めていた。そこにはDS。握りしめられすぎて若干汗ばんでいる。
 そう、任○堂の本拠地京都は見かけによらずゲーマーなのである。
 当然ポケモンの新シリーズ発売を首を長くして待ち、カレンダーを毎日×で日付を消し、予約をした上で朝4時から店頭に並んで購入したのである。
 今日は日曜日休日。一人暮らし。誰が止めるものがあろう。と、言う訳でポケモンに熱中状態だ。既に二食抜いている。空腹感? それは何だったろう?
 ぴんぽーん
 玄関のチャイムが鳴ったな、と思いながらポケモンバトルしようする。彼が玄関に出なくては、という事に気づくのには一分を必要とした。
「誰ですやろ」
 舌打ちしながら急いでインターホンに出ようとする。幾らなんでもポケモンやってるから居留守、というのは社会人的にアウトだ。
 ぴんぽんぴんぽんぴんぽん。
 ・・・・鳴りまくるチャイムになんとなく誰が来たか分かってしまった。
 さっきよりかなりスローモーションでインターホンに出ると。
「お前は完全に包囲されている。武器を捨てて出て来い」
「・・・・こんにちは、水都」
 大阪府の体現たる水都であった。

 宇治茶を淹れなおし、座布団を薦めると、躊躇なく座った。玄関で帰ればいいのに、という願いは裏切られた。
「で、どないしたんどすか? 突然」
「えー、メール入れたで?」
 携帯なんぞいじってる余裕が美琴にあった訳は無い。しかも
「まあ、美琴がメール見るだけで使えへんのは知ってるけどな! 多分見てるやろ思て よ、ご長寿!」
 じゃあこっちの電話を待ってから来い。後、ご長寿は余計だ。
「ごめんやす、ちょっと忙しゅうて携帯見てまへんでしたわ。で、何ですのん?」
 ジムリーダーはポケモンバトルを待ち焦がれているだろう、とかいうゲーム妄想が頭をよぎるが、それでも愛想笑いをする。
「そうやねん! 大変やねん! 俺もうどないしたらええか分からへん!」
 本当にかなり切羽詰まった様子だ。何かとリアクションの大きい水都だが、声から真摯な焦りが感じられた。
「八重兄貴が怒った!」
「謝って来なはれ」
「まだ何の話もしてないねんけど」
 八重こと奈良は沸点が滅茶苦茶高いんである。彼が本気で怒り狂ったところなど、戦国時代に東大寺を焼かれた時以来見ていない。何を言われようとされようと、持ち前の穏やかな気性で怒らず終わらせてしまうのだ。しかし言いなりという訳でもない。日本最高齢の手腕かなんか知らないが、譲らないところは絶対に譲らない。それは彼が育てたと言っても過言ではない関西全員が知っている。
 更に美琴だってかなり老獪だ。喧嘩で味方をするのは、敵に回すと面倒な方にだ、という事くらい嫌というほど身にしみている。
 沸点低い、すぐ問題起こす、引きずらない。この三拍子が揃った水都に味方をする訳が無い。特にポケモンがしたいこんな時は。
「何でもよろし。八重はんが怒るなんてめったにあらしまへん(ないです)。せやけど水都はしょっちゅうどっしゃろ」
「俺はちょっとウケを取りたかってん! 決して悪気は無いんや!」
 勝手に話始めやがった。
「へえ・・・それで何をしはったんどす?」
「昨日久しぶりに八重兄貴と奈良で飲んでてん。そしたらテレビで阪神中継がやってて、良い具合に酔っぱらった時に阪神勝ってんやんか」
 うん。自分が全く関係無い事態な事は伝わって来た。
「嬉しかったから、その店の前にあったせんとくんの一メートルくらいのでっかい人形を「勝利の神様や!」て叫びながら川に投げ込んだ」
 アホーーーー!
「そしたら兄貴が顔面蒼白になるくらいキレて、何処からともなく十文字槍を持ちだされて追いかけれて、必死こいて逃げた」
 バカーーーー!
「まさかここまでスベるとは・・・」
 ボケーーーー!
 心の中で絶叫したが、表面は愛想笑いを崩さなかった。流石だ、軽く口元引き攣ったけど。
 八重は可愛いもの、とりわけキャラクターが大好きなんである(彼が可愛いというキャラクターが一般的に可愛いかはさておいて)。
 中でもせんとくんは撤回を求めて訴訟まで起きかかったが、「これが可愛い!」と強行したくらいのお気に入りなのだ。街をせんとくんで飾り立てた彼の熱意に押され、京都駅にも飾られてしまったくらいのキャラなのだ。いや、美琴は可愛いとは思ってない。あんまり頼むから憐れんで置いてやっただけだ。
 ツンデレな思考に逃避しかけた美琴だが、仕方なく箪笥の上に置いたDSを見て気を持ち直した。待ってろピカチュウ。
「へえ・・・でも、それやったら素直に謝ったら赦してくれはると思いますえ」
「だって・・・俺あんなに怒った八重兄貴見るの初めてやねん・・・。お前は南都侵略とかして大仏殿焼いたりとかしたから初めてやないやろうけど」
 しばくぞ。平安時代確かにやりましたけど! 今は僕の居住スペースをアンタが侵略しとるやろが!
「ほな、どないしはるんどす? ずっとこのまま云う訳にもいかはらへんどっしゃろ?」
「うん。せやから、謝りに行くのついてきて」
 知るかああああ! そのちょっと上目づかいになるのをやめろ、余計腹立つ!
「ごめんやす、僕はちょっと用事がありますさかい」
 ポケモンやりたいから帰れ、と言えたらどんなに良い事か。自分の見栄っ張りが憎い。こうなれば
「まあ、ぶぶ漬けでもお食べ」
 京都人必殺奥義、茶漬け帰しを繰り出す。水都といえど流石にこれは知ってる、何度もやってるから。
「美琴お・・・そんないけず言わんと・・・」
 お前とピカチュウのどっちが大切だと思ってる。ピカチュウに決まってるだろうが。
「せやかて、僕が一緒に行って何したらよろしおすか? 何もする事ありまへんやろ?」
「う・・・」
 理詰めで進めると、水都も何も言えない様子だ。しかしこれは布石に過ぎない。千年のみやこの本領発揮はこのセリフだ。
「一人で行って怒られた方がオイシイし」
「・・・・そうか!」
 オイシイ。この言葉ほど水都を動かせる物は無い。笑いを取るその為なら幾らでも体を張る。それが大阪水都だ。
「しゃあない、俺一人で行ってくるわ!」
「へえ、おきばりやす」
 こうやって無事ポケモンを再開できた美琴が、川からせんとくんを引き揚げさせられた為風邪をひいた水都の看病をするのはただの後日談である。