100―目隠しされていたかった

 サタデーナイトスペシャル(粗悪なチンピラ用拳銃)をアダムとダニエルは構える。
 セミオートのその銃は、カラーギャングの二人に慣れ親しんだ物だ。
 どれほど良い銃が買える身分になろうとも、二人は揃いのその銃を使い続ける。
 その柄には、薔薇の彫り。
 ダニエルの頬に入った刺青と同じ薔薇だ。
 アダムが刻印した薔薇だ。
「Rock 'n' Roll」
 二人は同時にマイケルに向かって弾丸を発射する。
 しかし
「効かないね」
「効きませんね」
 弾丸が当たったはずのマイケルは、平然と立っていた。
「アメリカ大統領の能力は筋肉強化、知ってはいたけど」
「貴方と同じ事もできるとは思ってはいませんでしたよ、アダム」
 マイケルは一時的に筋肉の表面を硬化! 弾丸を弾いたのである。
「さて、どうしようかな」
「眼球を狙うのは?」
 そこまで二人が相談したその時だった。
「ねえ」
 マイケルが矯正中の歯を見せて、話しかけてきた。
「何だい?」
「君に話しかけてるんじゃないんだ、アダム」
 マイケルの口角は上がっている。アダムは軽く肩を竦めると、ダニエルに視線を向けた。
「何でしょうか?」
 マイケルの口角は上がっている。
「君、酷いねえ」
「何の話でございましょう」
 マイケルの口角は上がっている。
「その煙草」
 マイケルの口角は上がっている。
「痛み止めなんだって?」
 ダニエルの目が大きく見開かれ、体が硬直する。
 マイケルの口角は上がっている。
「何の話です」
「今日みたいな大事な日ですら、痛み止めが必要なくらいぶたれるんだって?」
「何の話か分かりませんね」
 ふいに、マイケルの足が跳ね上がった。
 避ける間もなく間合いを詰められ、ダニエルの黒いジャケットに手がかけられる。
「やめッ……」
 ジャケットとカッターシャツが引き裂かれ、陶器のような胸が露わになる。
 しかし、その陶器は傷物であった。
 あちこちにくっきりと残った。青あざ、切り傷、煙草の火を押し付けられた痕。
 ダニエルは慌ててアダムを見る。
 この傷をつけた主を見る。
 アダムは、諦めたように口角を上げている。
「ねえ、殺してあげようか」
「え……?」
 ダニエルに、マイケルはもう一度言う。どちらが年上か分からないような顔をしているくせに、天使のように無垢に。
「アダムを、殺してあげようか」
 ダニエルは震える。
 マイケルの口角は上がっている。
「僕の味方になってくれたら、アダムを殺してあげる。君の能力は他人の姿に成りすます能力だろう? 筋肉硬化を能力とするアダムにはかないっこない。一生かないっこない」
 隷属、支配、屠殺、解放、註戮、自由。自由!
 ダニエルは硬直して動けない。
 マイケルの口角は上がっている。
 ダニエルの懐に入った儘。心の一番軟な処を掴んだ儘。
「わたくし、は」
 そのダニエルの碧眼を、アダムは背後から両手で優しく目隠しした。
「いいよ」
「アダム!?」
 動揺する声に、アダムは微笑む。
「僕、殺されていいよ」
 マイケルの口角が下がる。
「へえ、意外だね。抵抗するだろうから僕が殺すのに」
 アダムの視線が鋭くなる。
「大統領、君は僕らの絆を何もわかっちゃいない」
 目隠しをされた体が震える。
「僕は、ダニエルが一番嫌がる事をする。だから、僕はダニエルが何をするのにも協力する」
 目隠しをした掌が湿るのが分かる。
「そこに例外は無い。ダニエルがしたい事だったら、僕は何でも協力する」
 現世で先に人を殺したのはアダムだった。
 じゃあ、ヴァルハラで先に殺したのは?
 どちらが望んだ?
 どちらが生まれついての人殺しだった?
 そもそも、自分はどちらの意思で動いている?
 幽霊船の船長は、どっちだ。
「アダム……」
 ダニエルは銃をゆっくり上に向ける。
 拝むように、アダムの顎に銃口を押し当てる。
「いいの?」
 原始の問いに、アダムは答える。
「いいよ、ずっと良かったのに。君は気付かなかったんだね。馬鹿だなあ、ダニエル。僕は君が世界で一番大好きなのに。君の望む事だったら、なんだって叶えてあげる」
 銃口はひんやり冷たい。
 目隠しは離れない。
 その下から水分が溢れ出す。
 発砲。
 目隠しはゆっくりと離れていく。
 ダニエルの体が崩れ落ちていく。
 その上に、アダムの体が崩れ下りる。
 ゆっくりと、片割れの遺骸がダニエルを抱擁する。
 目隠しが完全に外れた時、アダムの抱擁が離れた時。
 ダニエルは両目から涙を流しながら叫んだ。
「お前のせいだ!」
 地面に全く同じだった顔が、見る影もなく真っ赤にぐちゃぐちゃになって落ちた時。
 ダニエルは叫び狂った。
「お前が! お前が気付かせなければ! ずっと二人でいられたのに! 全部お前が悪いんだ! 全部全部、気づかせてしまったお前が悪いんだ!」
 死んだ両親。
 アダムが殺した両親。
 ダニエルを凌辱した父親。
 それを容認した母親。
 幼いアダム。
 人殺しの、幼いアダム。
 ダニエルの為に人殺しになったアダム!
「何を言ってるんだか分からないよ。ダニエル、君はぶたれるのが嫌で、自分でアダムを殺したんじゃないか」
 マイケルはぽかんと口を開いている。
「その通りだ! わたくしが殺した! 全部お前が悪いんだ! 目隠しが外れなければ! お前が外したんだ! お前が諸悪の根源なんだ! 殺してやる! 復讐してやる! 報復してやる!」
 マイケルはようやくへらりと笑った。
「僕を殺すだって? そんな事が赦されると思ってるのかい? 僕はアメリカ大統領だよ? 世界で一番愛されてるんだよ?」
 ダニエルは涙を流しながら笑った。
「いいんだ。アダムがわたくしを愛しているから、わたくしをお前を殺したっていいんだ。赦されるんだ」
 マイケルは、筋肉を自在に強化できる。
 外側からの攻撃には無敵だ。
 だから、危機に気付けなかった。
 目の前からダニエルが消えた。
「ダニエル! 何処!?」
 狼狽して辺りを見回すマイケルに、ダニエルの声が聞こえた。
「お前はわたくしが成りすませるのが、人間だけだと思っていた。だから侮った」
 何処から聞こえているのか理解できた時、マイケルは悲鳴を上げた。
「わたくしは、自分より小さいものなら何にでも化けられる。たとえば、今は蚊に化けている」
 マイケルは絶叫する。懇願する。胃の中のダニエルに。
 しかし、その願いは叶えられなかった。
 元の姿に戻らないでとの願いは。
 マイケルは外側からの攻撃には無敵だ。
 だが、内臓を突き破って、成人男性が飛び出してきては無力だ。
 ばらばらになって、マイケルは死んだ。
 最期の言葉は
「助けてブリトニー!」
だった。
 肉片を身に纏い、ダニエルはアダムの遺骸を抱き上げた。
「なんで……これで良かったはずなのに……」
 アダムは、もう自分と同じ顔をしていなかった。
「わたくし、貴方がいないと生きていけない……」
 ならばなんで死んだのか分からないけれど。
 頭には、ある医者が浮かんでいた。
 ヴァルハラで一番の狂人。
 自分自身に一切の価値を感じていない男。
 唯一、ダニエルが「もう嫌だ」と口に出せたひと。
 使者蘇生術の能力者。
「ケネス……たすけて……」
 ダニエルはアダムの遺骸を車に運んだ。マイケルの死体の一部も放り込んだ。
 本当はパンクなどしていない車は、カナダ国立病院に向かって走り出した。
 死者蘇生の条件。
 当事者の遺体―クリア。
 第三者の死体―クリア。
 当事者を心から愛する者の血液―……クリア。
 こうして、パソコンはブルースクリーンになった。
 比喩だ。