104―最後の弾丸

 アイアン・ファミリー。
 アメリカ南北戦争南軍に、一家で従事。
 マシューズヒルからヘンリーハウスヒルまでの戦線を勝利に導くも、ヨークタウン包囲網戦で全員戦死。
 その家の長女が、エミリー・カーターである。
「最後の一発は撃つな」
 父は、ヨークタウンに出発する夜、エミリーに一個の弾丸を握らせて、静かに言った。
「一発だけは残しておけ。どうしようもない傷を負った時、自決できる。弾切れは兵士の恥だぞ」
 ぐっとエミリーの手を、綿農家の作業で節くれだった掌が握りしめた。
「どうしようもない傷を負った時、お前が苦しむのは俺は嫌なんだ」
 小さな鉛が、とても暖かく思えた。

「ビオラさん! 天井を壊して!」
「はい!」
 片足が千切れたスウェーデン王妃は、天井に向かって氷の塊を放ち、ぶち当てた。
「障壁か!」
 ビオラはにやっと笑った。
「もっと、もっといいものだ」
 轟音と共に、天井が落下してきた。
 慌ててエミリー達が、後退する。
 50メートル程の広さの部屋は、まさに落下してきた天井によって、分断された。
 パーシーが、予想が外れて欲しいという願いを籠めて、電撃を放った。
 予想はあっていた。
「畜生……ッ」
 電撃はすべて、天井を構成していた鉄骨に落雷し、地面に流れたのである。
 しかし、彼らはこれも確認していた。
 動けないビオラが、天井の下敷きになった事を。
 そうなる事を予期しながら、天井を落とした事を!
 残った片足が、瓦礫の下に見えていた。
「ウッラ=マイヤ! もうお前一人だ! 投降しろ!」
 パーシーは怒鳴った。
 返答に銃声が響いた。
 瓦礫の隙間から、完全に姿を隠して、ウッラ=マイヤが発砲したのだ。
「冬戦争を知ってる? あたしのお父さんが従軍した戦争」
 また発砲。
「コッラーの戦い。ソ連軍は4000人、フィンランド軍は32人」
 発砲。
「絶望的状況下で、フィンランド軍はソ連軍に勝利。森の中の狙撃によって、圧倒的兵力差をひっくり返した。コッラーの奇跡と呼ばれる」
 発砲!
「コッラーの丘は、此処だ!」
 発砲、発砲!
 エミリーは全ての弾を、二丁のリボルバー、通称ピースメイカーで撃ち落とした。
 まずい。
 発砲。
 まずい。
 発砲発砲発砲!
 まずいまずいまずい!
「エミリー・アンタは思ってる。装填する時間が無いって」
 発砲。
 エミリーの額に冷や汗が浮かぶ。
 ピースメイカーの装填数は6発。
 銃は2丁。
 あたしは、もう11発撃っている!
 後1発しかない!
 装填さえできれば!
 しかし、ウッラ=マイヤの射撃は切れ目が無い。
 切れ目があっても、装填している隙を突く、わざとの切れ目に決まっている!
「だから、あたしは姿を見せてあげる」
 ウッラ=マイヤは、フィンランド人特有の柔らかな体を、瓦礫の上に現わした。
 ゆっくりと、しかし、銃口を放さずに。
 元の大きな青い瞳を、背筋が凍るほどに瞳孔を開かせて。
 長い金髪が、割れた窓から流れる、冷たい風に靡いた。
「何故なら、アンタは撃てないから。もう一発を決して撃てないから。お父さんが言ってたもん。軍人は自決用の弾を残しておくって」
 ウッラ=マイヤは大きく両手を広げた。
 パーシーが電撃を放った。
 しかし、鉄骨に流れた。
「エミリー・カーター、アンタは根っからの軍人。だから、もう一発を撃てない。何故なら、アンタが軍人である事を否定するから」
 ウッラ=マイヤは、正式な構えで狙撃銃を構えた。
「家族(アイアン・ファミリー)を否定するから」
 エミリーは叫んだ。
「ごめん父さん!」
 二人の銃口が同時に火を噴いた。
 ウッラ=マイヤは胸に穴をあけ、ゆっくりと瓦礫に倒れて行った。
 エミリーは立っていた。
 外れた。
 弾が外れた。
 エミリーが狙ったのは、ウッラ=マイヤの胸ではなく、ウッラ=マイヤが撃った銃弾であった。
 超精密射撃。
 弾を弾で弾く事を可能にする。
 それが外れた。
 倒れたのは。
「パーシー!」
 ケネスが悲鳴を上げた。
 兄を庇って、パーシーはウッラ=マイヤの弾丸を受けた。
「お父さん……ブラギ君……ウッラ=マイヤは最期に賢くなったよ……」
 ちょっと笑った。
「でも、やっぱりあたしアホだ。失敗しちゃった」
 そう言って、ウッラ=マイヤの呼吸は止まった。
 パーシーは、ゆっくり倒れて行った。
 ブラフ……。
 エミリーと会話し、姿を見せ、エミリーに弾丸を撃たせ続け。
 エミリーに最後の一発を撃たせたのは。
 狙いがケネスではなく、エミリーであると錯覚させる為のブラフだった!
 完全にブラフにハマったエミリーは、狙いが自分だと思い込み、通常なら外さない弾丸を外してしまった!
 死者の蘇生が行えるケネスが生きていれば、エミリーにも蘇生の機会がある!
 それに間際で気づいたパーシーは、ケネスを庇い、今、斃れた!
「パーシー、パーシー……」
 ケネスはパーシーを抱きとめた。
「なんで……なんで私なんかを庇ったの……?」
 パーシーは、私と違って、価値がある人間で。
 パーシーは微笑んだ。
「兄さん、兄さんは僕の大事な存在だよ」
 震える手がケネスに伸ばされた。
 ケネスは必死でそれを握った。
「だから兄さん、自分を大事にして。自分を一番大事にして」
 そして、祈るように言った。
「そして、僕を甦らせないで。罪滅ぼしをさせて。ごめんね兄さん……ごめんね……もし、良ければなんだけど……」
 祈りを。
 世界に愛されなかった罪を。
「ゆるして」
 心臓が、止まった。
「パーシー! パーシー!」
 ケネスは悲鳴を上げた。
 そこに扉が開いた。
 ダニエルだった。
 彼は、アダムの遺体と、マイケルの死体を引きずって、カナダ国立病院まで走って来たのだ。
 あちこちに傷を作り、悲壮と言う言葉では言いきれない程の表情で叫んだ。
「ケネス! アダムを生き返らせて!」
 人が来る。
 人間が来る。
 私はもう憎むものがない。
 私には価値がある。
 それはそれはそれはそれはそれはそれはそれは
「来ないでえええええッ!」
 ケネスは絶叫した。
 全てを、現実を拒絶叫した。
 瞬間、ケネスの体から、黒い影が噴出した。
 真っ黒い影は数多の腕と姿を変え、エミリーとダニエルのあちこちを掴んだ。
 そして、影は、エミリーとダニエルから、全てのエネルギーを吸い取って行った。
 腕がミイラとなった、足がミイラとなった、腹がミイラとなった。
 体が干からび、朽ちて、命が、吸われて。
 死ぬ。
 エミリーは呟いた。
「会いたかったな……紅玉、依子」
 二人の人間をミイラと変えると、影の手は、ケネスの足元へ、ゆっくりと戻って行った。
 ケネスは、パーシーのもう動かない体を抱きしめながら、呟いた。
「ちがう……ちがうの……私……こんな事しようと思ったんじゃない……」
 北風が吹いた。
「私……自分を大事にするって……わからな……ッ」
 言葉は途切れた。
 北風が、崩れたミイラを乗せて行った。