108―最後の謝罪

 神を殺せぬ罪、悪魔を信ぜぬ罰。
 天国で赦してください。

「ヴィンセント・ファン・ヒューリック!」
 その声。
 ヴィンセントは見てしまった。
 大英帝国のジオラマ。
 ジャックの暗示の瞳を。
 赤い光が点滅する。
『取引を行うな』
 戦士となる事が叶わなくなった、ヴィンセントは咆哮する。
「ジャアァック・ザ・リッパアアアアアア!」
 目を押さえて、ヴィンセントは怒りに絶叫する。
「紅玉! ロビンを!」
 紅玉は頷き、ロビン・ファン・ヒューリックに素早く近づく。
 しかし、ロビンもバックステップを踊るように離れ、一本鞭を取り出した。
 戦士、ロビン・ファン・ヒューリック! 能力は、全ての武器を刃物に変える!
「何故……秩序を壊そうとするのです……」
 場違いに悲しげな声が響いた。
 ブリタニアとサマンサに残された、シスター・エラだ。
「この世の幸福とは、秩序と慈愛によって成り立っています……。皆さん、愛を持つのです。罰せられるべきは罰せられました。それ以上を願ってはなりません……。それが人の道、道徳と云うものなのです」
 ヴィンセントは、シスター・エラに向かって、躊躇なく発砲した。
 銃声に交じって絶叫が響いた。
「僕は罰せられていない! 僕は救えなかった罪を償わなければならない! 償いは流血以外によってはなされない! 死ね! クソ尼! 天国を騙って死んで行け!」
 シスター・エラは弾丸を受け、全身から血を流した。
 しかし、ヴァルキリー。
 その程度で死にはしない!
 悲しげに、尼僧は涙を流す。
「貴方は……愛を罪にしてしまう……。可哀想な人……」
 そして、世界樹(ユグドラシル)を見上げた。
「殺生はなりません……。ユグドラシルよ……この方に永遠の牢獄と云う安らぎを」
「兄様!」
 ロビンの叫びと同時に、ユグドラシルが動き出した。
 緑の葉が、ヴィンセントを絡め捕ろうと伸び、幹は躍動し、巨大な樹木が動き出したのである!
「ジャックさん! 破壊しましょう!」
「そして、殺す! シスター・エラ! ヴィンセント・ファン・ヒューリック!」
 依子とジャックを樹の上から見下ろし、シスター・エラは呻く。
「嗚呼……何故に罪を重ねるのです。羊よ、牧場に戻りなさい。貴方たちのいる場所は牧場なのです。秩序は……そうして守られるのです」
 ジャックはナイフを手に取った。
「思い通りにならない秩序など、壊した方がマシだ」
 依子は大きく跳ね上がり、シスター・エラにBARを向けた。
 そして、発砲した。
「私達のような人でなしは、生きる事が罪なのです」
 自動小銃の連続射撃を受け、シスター・エラは頽れた。
 その隙を突き、ヴィンセントは樹の幹に手をようやくかけられた。
 緑色の樹皮の下、張国軒が目を閉じて浮かんでいた。
「死ねえッ! 愛新覚羅の望まれぬ忌み子!」
 樹皮に銃口を押し当て、グロックの引き金を思いっきり引いた。
「届け! 届け! 届けえッ」
 弾丸は樹皮に弾かれた。
 それでもヴィンセントは撃ち続けた。
「死ねッ! 悪魔ッ! 地獄に落ちろォッ!」
 ヴィンセントは必死だった。
 そう、必死過ぎた。
 だから、背後に気付かなかった。
「死ねッ死ねッ死……ッ」
 ジャックが、背中からナイフで、ヴィンセントを貫いていた。
 ヴィンセントは大きく目を見開いた。
 そして、ごぼりと血を吐いた。
「ごめん……ロビン……」
 ナイフを引き抜いたジャックが、更に項を刺した。
 ヴィンセントは、目を見開いた儘倒れた。
 そして、二度と動かなかった。
「兄様ァアアアアッ」
 ロビンは悲鳴を上げた。
 ロビンの嵌めている、エメラルドの指輪が真っ黒に染まり。
 砕け散った。
「兄様! 兄様! 兄様! 兄様ああああああッ」
 そこまで絶叫したところで、絶叫がぴたりと止まった。
「兄様、分かりました。こいつらを全員ブチ殺してしまえば良いのですね。それがまがい物としてのわたくしのさだめなのですね」
 酷く、冷静な声だった。
 その冷静さ故に、発狂が見て取れた。
 ロビン・ファン・ヒューリックは自制ができない。
「死ね。全員地獄に送ってやる」
 ジャックはロビンと目を合わせ、催眠をかけようとした。
 しかし、無駄であった。
 ロビンの瞳には、もう何も映っていなかったのだ。
「殺します、殺します、殺します、兄様」
 そして、ロビンはうっそりと笑った。
「貴方が、わたくしのかみさまです」
 ユグドラシルが大きく震えた。
 それは、ロビンから放たれた、圧倒的プレッシャーからだった。
「ユグドラシルが怯えるなんて……!」
 恐怖のあまり縋りつくようなユグドラシルの様に、シスター・エラは初めて舌打ちした。
「いけません。ユグドラシル。あなたは秩序なのです。いかなる時でも揺らいではなりません」
 その様子は、思い通りにならない我が子を殴る母親に似ていた。
「ごちゃごちゃとやかましい」
 その依子の言葉に、シスター・エラははっと顔を上げた。
「秩序だのルールだのうるさいんですよ。この世で正義たるものは一つ、たった一つです」
 依子はBARをシスター・エラに向けた。
「敵を殺して死ぬ事です。それ以外に正義なんてありません」
 シスター・エラは絶叫した。
「この人でなしがああああッ」