89―シチリアマフィア

 サマンサの自室。カジノにあるようなスロットが置かれている。
 通常のスロットと違うのは、その画面がLUCKY!! 以外何も映し出されていないことだ。
 それは先ほどから、ドバドバと雪崩のように、掌大のステンドグラスを吐き出している。
 サマンサは芝居のような声を上げた。 
「彫像されるわ! 『思い』が! どんどん彫像されていくわ!」
 ヴァルキリーは、ヴァルハラの通貨が何処に行くのか、予想がついていた。

 シチリアマフィアは男性しかなれない。
 ナポリのカモッラの娘『アイーダ』。
 第二次世界大戦中、アイーダはシチリアマフィアのボス、アンドレアに嫁ぐ。
 カモッラとマフィアの勢力を保つ為の政略結婚だったが、アイーダはそれなりに幸福だった。
 女性が珍重されるカモッラに比べ、男性社会のマフィアのファミリーでは出番が無いのが不満だったが、いずれは生まれてくるだろう子供を夢見て、毎日夫をエプロン姿で迎えた。
 アンドレアは、何かにつけて花を買ってきた。
 戦時中の物資が不足する中でも、アイーダの食卓から花が消えた事は無かった。
 アンドレアの仕事中、アイーダは港によく出かけた。
 シチリアの最高の太陽の中、海は真っ青に、完璧に光っていた。
「アイーダ!」
 その日も港に来ていたアイーダを探して、夫がやって来た時も、アイーダは悪い予感なんてしていなかった。
 何故なら、ぶらぶら外を歩き回る癖のあるアイーダを、たまたま早く帰ったアンドレアがちょっとしたニュースをわざわざ伝えたいが為に探し回るのはよくある事だったからだ。
 曰く、「セレスティーノのところに子供が生まれるそうだぞ! 三人目だ! 今度お祝いを買いに行こう!」
 曰く、「グスターボのヤツ、また浮気がバレたらしいぞ。何回目だ? ああ4回目か! またカミさんは実家に家出だとさ。なんとか、お前から連絡取ってくれよ。あいつ、萎びたレタスみたいにヨレヨレなんだ」
 曰く、「ルイスのひい爺さんが死んだらしい。102歳だとさ。大往生だ。だけど、なんでこんなに悲しいんだ」
 だから、今日アンドレアが探しに来たのも、そう云ったニュースだと思っていた。
 案の定、アンドレアは得意満面な顔で言った。
「今日はニュースが2つあるんだ。1つは、連合軍をシチリアからイタリア本土へ引き入れる手伝いをする事になった」
 この頃のイタリアは敗色が強く、また、ムッソリーニ政権はマフィアを圧制した為、夫はなんとかムッソリーニを打倒せんと方法を探していた。
 そのチャンスを掴んだようだ。
 アイーダが喜びを示すと、アンドレアはアイーダの両肩に手を置いた。
「それからもっとビッグニュースだ。今日、うちにジプシーの占い婆が来たんだけどさ」
 アイーダは抱き締められた。
「彼女が言うには、僕らの間に近々子供が生まれるらしいんだ! お前、すぐに病院に行って検査してもらうんだ! 今日は俺の人生で2回目の、最高に幸せな日だ! 勿論、1回目はお前との結婚式さ!」
 そんなバカなと笑いながら行った病院で、アイーダは妊娠三か月の診断を受けた。
 
 アンドレアがコルセスカを振るう。
 水が放たれ、パブロを超高水圧が襲う。
 しかし、パブロはそれを”また”かわした。
 水が飛んでくる直線から、僅かに体を逸らしたが、捻られた上半身はすぐにバランスを取り戻し、掌底がアンドレアを襲う。
 音で水の飛んでくる位置を把握している!
「ガッ」
 アンドレアの顎を真面に捕えた掌底は、大男のパブロに比べればはるかに小さい体を容赦なく吹き飛ばした。
 地面に落下し、2度ほどバウンドする。
 全身から痛みが訴えられ、何より、脳を揺らされて立ち上がれない。
 それにパブロが近づいた。
 盛り上がった筋肉からは、蒸気が発せられていた。
 そのはち切れんばかりの腕から放たれたパンチが、倒れたままのアンドレアに襲い掛かった。
「ガッうッあッ」
 スペイン特殊部隊司令官(コマンダンテ)、スペイン王国を背負って立つ男の拳が、アンドレの肋骨を、鎖骨を、肝臓を、腸を、容赦なく破壊していく。
 いや、粉砕していく。
 ナイフを使えれば楽なのに、とこいつは思っているだろう、とアンドレアは壊されながら考える。
 パブロが使っていたナイフは、アンドレアの水術で海に吹き飛ばされたのだ。
 吹き飛ばされたのはナイフだけではない。
 パブロの左手の指5本も、一緒に海中に吹き飛んだ。
 しかしパブロの表情は、無表情の儘変わらない。
 残った右手の拳で、確実にアンドレアを壊していく。
 それは変わらないだろうな。と、アンドレアは考える。
 何故なら、アンドレアはとっくに壊れていた事を、こいつは知っているのだから。
 
 連合軍の上陸は上手くいった。
 ムッソリーニ政権への大打撃は、最高に上手くいった。
 しかし、完璧にはいかなかった。
 それをよく思わなかった、当時ムッソリーニ寄りと連合国寄りの間で揺れ動いていたスペインは暴走した。
 いや、それは暴走とは言わなかったかもしれない。
 結果として、シチリアマフィア社会には大した打撃を与えられなかったのだから。
 なんせ彼らは、シチリアマフィアのボスを捕縛するのに失敗した。
 彼らが捕まえられたのは、マフィアのボスの妻だけだった。
 彼らはその埋め合わせをするように、美しいボスの妻を散々強姦した。
 ぼろ雑巾のようになったボスの妻の目を見て、スペイン人のその男は言った。
「気に入らねえ。この目は気に入らねえ。昔付き合っていた女にそっくりだ。あのくそ売女にそっくりだ」
「それならよ」
 一人がナイフを渡した。
 アイーダの死因。
 それは、右目を抉られ、眼窩を犯された事によるものという、凄惨なものであった。
 そして、アイーダはヴァルハラに行き―。
 マフィアのボス『アンドレア』となったのだ。
 
 ダルシアは船の中でぼんやりしていた。
 否。
 ぼんやり以外にする事は無いのだ、ずっと。
 手足を縛られ、目隠しをされているのだから。
 ダルシアはそれを不満に思う訳ではない。
 このままスペインに着けば、花嫁として迎えられる。
 父、アタワルパもそれなりに良い暮らしを送れる。
 何より
「私の能力は危険すぎる」
 ダルシアは自らその言葉を口にする。
 そう、危険すぎる。
 この能力を使えないようにする事が、みんなの幸せなのだ。
 涙ながらに送り出してくれた父、母、家臣、インディオのみんなの顔が思い浮かべられる。
 だから、我慢しなくてはならない。
「こうしている事が、みんなの幸せの道だから」
 それは王女として、人々から愛情以外受けて来なかった少女として、当然の考えだった。
 アンドレアは帰って来ない。
 我慢しなくてはならない。
 けれど、話し相手がいないのは退屈だ。
 まるっきり矛盾しない感情を抱えて、ダルシアはぼんやりしていた。
 アンドレアは帰ってくると、そのイタリア人らしい大げさな話し方で、あれやこれやと楽しい話をしてくれる。
 また、ダルシアも少女らしい他愛もない話を、アンドレアにする。
 それらは主に部下の失敗談というものであったが、船室には笑い声が響く。
 だから、靴音がした時も、アンドレアが帰って来たのかと思った。
 だから、笑顔で迎え入れた。
 しかし、その靴音がいつもと雰囲気が違うのに気付いて、身を縮こまらせた。
「誰?」
 言い終わらない内に、目隠しが乱暴に引きはがされた。
 目の前に居たのは、金髪のドレスの女。
「ダルシア王女でいらっしゃいますわね」
 その女は早口に言った。
「私(わたくし)はイギリス女王ブリタニア。此処に居てはテッペンヤバいですので、お迎えに上がりましたの。ぶっ殺されたく無かったら、わたくしに着いて来なさい」
 そして、背後に向かって大声を上げた。
「ダルシアは確保しましたわ! さっさと船をお出しなさいませ! 急がないと全員あの世行きですわよ!」