ユグドラシルに囚われた紅玉の兄、国軒はヨーロッパの水源に毒を放った。
 東ドイツのテロリスト、アナとソ連のウラジーミルの戦いを止めるべく、幾之助はアナを倒し、そしてレイプしながらも重傷を負い、イタリアに匿われる。
 無断出国した咎を受け、依子は所払いを命じられるも、念願の名誉の戦死の命令を頂き、歓喜する。
 そして、ユグドラシルの紅玉の家族を救って、名誉の戦死をせんと、ジャック、紅玉、エミリーと共に、依子はスイスに向かった。
 しかし、エミリーはアンドレアによって、アメリカが北欧諸国による侵略を受けようとしていると知らされ、一人、アメリカに向かう。
 そして、アンドレアは南米にて、スペインへの復讐を果たし、死んだ。
 南米からは、ブリタニアによって、インカ帝国王女ダルシアのみが逃げられたのである。彼女は何か危険すぎる能力を持っているらしいが―。



91―アナ、強襲

「お市様!」
 はっと幾之助は目を覚ました。
 それが自分の叫び声から来たものではないという事は、本能的に察しがついていた。
 外は煌々と月が光っていた。
 熟睡から覚めるのに時間がかかったようだ。
 ゆっくり、ゆっくり、爆音が響いてくる。
 今は一都市ばかり離れているだろうか。
 それが近づいてきた時、幾之助は誰の仕業か理解した。
 家やビルが自ら浮き上がり、そして倒壊していく。
 悲鳴や轟音が響き渡る。
「重力使い……東ドイツの彼女ですね」
 即座に着物を整え、刀を帯びる。
 傷の治りは7割といったところだろう。
 そして、外に飛び出すと同時に、目の前のアパートが浮き上がった。
 とっさに前を向いた儘飛びずさり、倒壊に備える。
 すぐにアパートは轟音と共に落下し、地響きを起こした。
 もうもうとする土煙の中、幾之助は僅かな時間に、イタリアがほぼ廃墟と化したと知った。
 アンドレアが帰って来ない間に―。
 広がるのは、倒壊した建物の瓦礫の山。
 あちこちから聞こえる泣き声は住人のものだろう。
 しかし、幾之助は瓦礫から人を掘り返そうとはしなかった。
 した事は、抜刀である。
 無銘ながら、最も信頼できる相棒を抜いたのだ。
「飯塚幾之助えええええ! 居たなあああああ!」
 上空から、東ドイツのテロリストが急降下してくる。
 その姿を見て、幾之助は皮肉げな笑みを浮かべた。
「可愛らしくなられたものですね、アントンさん」
 先日死闘を繰り広げ、幾之助に重傷を負わせながらも殺せず、逆にレイプされた東ドイツのテロリストは、男装をやめ、ピンク色のキュロットに白いブラウス姿であった。だいぶ剥げていたが、化粧までしている。爪には青いマニュキアが塗られていた。
「アナ・リーデルです」
 アントンと云う偽名は捨てたのか、と幾之助は頷く。
「アナさん、ですね、よろしくお願い致します」
 ふ、と息を詰める。
 上空から襲い掛かってきた瓦礫を、幾之助は斬り捨てた。
 鉄骨の入ったコンクリートの塊を、斬ったのである。
 竜神殺し。
 その二つ名の剣客は、次々に襲い来る瓦礫を斬っていく。
 一
 ニ
 三
 四
 五
 六
 七
 八
 九
 十
 そこまで来た刹那、幾之助はまたも飛びずさった。
 懐にアナが飛び込んで来たのだ。
 即座に、アナに突きを繰り出す。
 刺した。
 しかし、腹を貫かれがらも、アナは笑った。
「貴方を殺すまでは死なない」
 即座に刀を引き抜き、アナが血を吐きながらも、瓦礫の巨大な礫(三メートルはある)を飛ばしてきたのを斬る。
 拙(まず)い。
 幾之助は、確実に後退を繰り返していた。
 元より、進む戦いではない。
 だが、ひたすら後ろに、というのは悪い兆候だ。
 背後に下げられるのは、相手にペースを握られている意味なのだから。
 決断。
 逆に、大きく退く。
 瓦礫の山ではアナの独壇場だ。
 自らが触れたものの重力を操る能力を持つ、アナに無数の武器がある事になる。
 幾之助は、二メートルの瓦礫を斬った刹那、回転した。
 宙返りする顔に、コンクリートの破片がぴしぴしと当たる。
 そして、地に降りた瞬間、走り出した。
 アナに背を向け、走る。
 背後から瓦礫が襲い来る。
 それを、振り返っては、斬っていく。
 さっきまで居た建物に瓦礫が当たった。三階建のコンクリート製の建物は、ぐしゃっとひしゃげて崩れた。
 刀が欠けたら、終わりだ。
 瓦礫に追われながら、考える。
 だが、私の刀は、欠けない。
 信用ではない、信頼でもない、執念から幾之助はそう考える。
 瓦礫で足場が悪い。
 あちこちから呻き声や泣き声がする。
「!?」
 急に足を掴まれた。
 瓦礫の隙間から、手が出ていた。
 その手が、幾之助の足首を掴んだのだ。
 手だけしか見えないその人間は、助けてと泣いていた。
 女だ。
 幾之助は、その手をもう片足で踏みつけた。
 手は痛みに竦みながらも、放すまいとますます力を強めた。それを何度も踏んだ。
 背後から、瓦礫が飛んできた。
 潰される。
 瓦礫を斬ったと同時に、幾之助は決意した。
 その手首を、刀で斬りおとしたのだ。
 絶叫が響く中、幾之助は走った。
 ふいに、瓦礫が途切れた。
 そこは砂浜だった。
 ふいに胸に浮かんだ言葉があった。
「幾之助、長政様と海に行きたいのう」
 ぐっと先ほどの斬りおとした手首の主が、女であった事が胸に迫った。
「お市様……」
 だが、幾之助は死にたくなかった。
 アナ・リーデルに殺されたくなかった。
 ウラジーミル・グリゴーリビッチ・グリーシャと決着をつけたかった。
 幾之助か、ウラジーミルか。
 どちらかが死んで終わりたい。
 どちらかの手によって、死んで終わるのだ。
 飯塚幾之助は狂っている。
 日ノ本侍の狂気の凝縮。
 それが飯塚幾之助だ。
「アナ・リーデル!」
 追ってきたアナの腹部からは、大量の血が流れていた。
 その彼女に、とどめを刺さんと、幾之助は刀を向けた。
「私の望みのため、死んで下さい」