95―ドイツ騎士団、強襲

「全軍、整列!」
 日本武士団の皆が、刀を、銃を提げて、一斉に敬礼する。
 その目前、日本城の真ん前に、皇(すめら)は礼服を整えて立っていた。
「皆の者、ドイツ騎士団の軍勢は、我が国の領土に侵入した」
 重々しい声に、兵達は背筋を伸ばす。
「奴らの狙いは水である。即ち、この日の元の領土である。我々は時代は違えど、国を守って死んだ戦友である。私は、皆が力強く戦ってくれると信じている。よしんば、敵の手にかかる事となれど、一億総特攻の志の元、立派に散ってくれる桜花であると信じている。ヴァルハラには生憎ありはせんが、我らが再び合間見るのは靖国であると信じている。では、皆の者、進軍ラッパを捧げよ!」
 日本武士団から、大声が起きた。
「万歳! 皇御国(すめらみくに)万歳!」
 ふいに、その列を割って、忍装束の一団が割り込んできた。
「ドイツ騎士団、ただ今山を越えて進撃して参りました!」
「数は?」
 皇の傍らの聡子が問う。
「そ、それが……」
「何です! 早う申せ!」
 汗を垂らして、忍は叫んだ。
「ドイツ騎士団はたったの一騎! 団長、クリスティーナ、単騎でこちらに向かっております!」
 皇は思わず口を大きく開けた。
「阿呆か」
 しかし、思わず冷や汗が流れ出たのも事実だった。
 五万の日本武士団が揃い踏みした中で、たった一騎で攻め込んで来るとは!
「厳島君尋!」
「はッ!」
 帯刀した侍が進み出る。飯塚幾之助が死んだ今、この日本武士団の中で唯一の戦士である。
 彼は、緋の鎧を着こみ、皇に跪く。
「そなたがこの度の総大将だ。ドイツ騎士団団長クリスティーナ、必ず討ち取れ!」
「はッ」
 厳島が下がると、皇は大きく右手を突き出した。
「百戦錬磨の益荒男(ますらお)達よ! 迎え撃て!」
 
「姉さん、やはり俺達も征く!」
 弟であり、副団長たるハインリヒの言葉に、クリスティーナは首を振った。
「それはならないよ」
「何故ですか団長!」
「俺達も連れて行ってください!」
 ドイツ騎士団団員達に、微笑を向ける。
「この戦は、神の理に反する戦だ。私がやろうとしている事は、「汝盗むなかれ」を破る。それを君達に負わせる訳には行かない」
 その笑みは、あたかも聖母のようであった。
「団長……!」
 団員達の涙を振り切るように、クリスティーナは馬を駆った。
「姉さん……!」

 山を乗り越える間に、木々の濃い匂いがした。
 それが桜の木々である事に気付き、クリスティーナは口角を上げた。
「美しい国だな、此処は」
 馬を暫し止める。
 桜の蕾が小さく木々を彩っている。
 懐からパンを出して齧り、水を飲んだ。
 愛馬は、まだか、というようにクリスティーナを見た。
「ああ、征こう」
 再び馬を駆りながら、クリスティーナは唱えた。
「聖マリア、
私のうちに、あなたの使命を果たしてください。
道・真理・いのちであるイエスを、私にください。」
 山を突っ切ると、あまたの日本武士が銃を向けていた。
「私の魂のうちに光を増し、
私の心の聖なる愛情、私の知性と意志の力を増してください。」
 日本武士の声が響いた。
「構え! 銃(つつ!)」
「私がイエスに従い、イエスを愛し、
天国において、イエスをあがめることができるように、
私にイエスを与えてください。」
 胸元のロザリオを握りしめ、クリスティーナは叫んだ。
「イエスが私のうちにとどまり、
天国で永遠の幸福をいただくときまで、
私が、常にイエスとともにいて、イエスによって歩むことができますように!」
 そして、咆哮した。
「主よ! 私の罪を許したまえ!」
 クリスティーナの姿が変わっていく。
 体に銀色の毛が生え、その頭には獣の耳、尻には尾、更には爪が鋭く伸びる。
 そこに居たのは、誇り高き狼女!
「化けものとて、敵は一騎ぞ! 撃て! 撃てーーー!」
 クリスティーナは剣を抜いた。
「君達の先にマリアの加護を」
 WOWOWOWOWOWOWOWー!
 ついで起きた咆哮が、クリスティーナの”罪の咆哮”である事を知る者はいなかった。
 故に、ただひたすらに驚愕した。
 足元の、土が、無数の狼人間に変わっていったからである。
 これぞ、クリスティーナの秘儀”罪の咆哮”。土に命を与える、神に背いた能力。
「か、か、れーーーーー!」
 クリスティーナの命令に従い、狼人間たちは俊敏な動作で日本武士達に襲い掛かる。
 しかも
「弾が効かない!?」
「撃ってもどうもならんのなら斬れ!」
「駄目です! 斬った先から次々と新しいのが出てきます!」
「なれど我らに撤退無し!」
 狼人間達に、首を喰いちぎられ、腹を引き裂かれながら、日本武士団は果敢に攻撃していった。
「バンザーイ!」
 ついに術無しと知った日本武士団から、「万歳」の雄たけびと共に突撃し、狼人間の餌食となる。
 最早前線は総崩れであった。
 狼人間にはらわたを抉り出された日本武士団の一人が、手榴弾のピンを抜いた。
「君! いけない!」
 クリスティーナが叫んだが、その男は、あえなく自爆した。
 死に際、確かに冷や汗を垂らして笑っていた。
「美事(みごと)! 御美事!」
 戦線を切り開くような大音声と共に、刀を抜いた厳島君尋が突進してくる。
「クリスティーナ・ラインバッハ! 相手にとって不足無し!」
 狼人間を一刀の元斬り捨て、厳島は空中に跳ね上がった。
「厳島君尋!」
「俺(おい)が相手じゃ! クリスティーナ・ラインバッハ!」
 厳島が刀を構えたまま、跳び下りる。
 それと同時に、クリスティーナの愛馬の脳天が割られた。
 落馬したクリスティーナは咆哮した。
 厳島も咆哮した。
「その首寄越せえええええええ!」