朝起きたら―女になっていた。
「ななななな! なんじゃこりゃーーー!」
 飯塚幾之助は、布団を蹴り飛ばし、常の彼にない絶叫を発した。
 否。
 ”彼”ではない。
 飯塚幾之助。
 通称竜神殺しの飯塚幾之助。
 日本男児の眉目秀麗(笑)だった彼の容姿は―。
 緑なす黒髪は背中までかかり、肌は白くきめ細やかで、ぬばたまの瞳は美しく、乳房は小ぶりで全体的にスレンダーな女性と変わっていたのだ!
「これは、同人業界ではお約束のあれですよね。いや、こんなん何処に需要があるんですか。あ、でも女体化した私ってちょっと美人ですね……」
「依子ー……依子、何処だー?」
「一瞬の敗北への急降下!?」
 襖をあけて現れたのは、青いほどに色白の肌に伏し目がちな表情、長い睫の下の黒い瞳は物憂げに濡れていて、何より……儚げな印象と似合わぬ日本基準でEカップは固いと思われる、ジャック・ザ・リッパーとして19世紀ロンドンを恐怖に陥れたザ・ジャックであった。
「幾之助!? 幾之助か!?」
「恐ろしいですおっぱい……女性はここまで格差が一目で分かるものを毎日……すべての女性はアマゾネスです……」
「何を言っているんだ!? そんな事より、起きたら依子が何処にもいないんだ!」
「同人誌のネタにされないから良いんじゃねいですかね。腐女子怖い」
「本当に何を言っているんだ……」
 妹のお腐れ様っぷりを知っている幾之助の安堵をよそに、ジャックは慌てるばかりである。
「依子だけじゃない……紅玉もエミリーも、起きたら何処にもいないんだ!」
「何い! マイ中国桃源郷とアメリカンフロンティアドリームが! 手も何も出してないってのに冗談じゃないよ! 何処に行ったんですか私のクランベリーマカロンちゃん達ーーー!」
「妹とリアクションが違いすぎるだろう」
「ですが、ははーん、読めましたよ」
「何がだ?」
 散々咆哮した後、急に冷静になって口元に手を当てる幾之助に、怪訝さを露わにする。
「日頃「守ってやりたいような女の子がいない」「女が漢とかいておとこ」「女子が強すぎる」と言われまくっている浮草堂美奈が、やけを起こして勢いに任せて女子キャラをいなかった事にしてしまったんでしょう」
「まさか! それでは依子はもう!? そしてそれが俺たちが女になっている事と何の関係があるんだ!?」
「書いてみたら、やっぱり野郎ばっかりじゃ書いていけなくなったんで、男子キャラを女子にして乗り切ろうとしているのかと」
「そんなバカな! いくらバカだわトロいわナルシストだわ最近悪人面がエレン・イェーガーに似ていると言われ始めたわの浮草堂美奈でも、そんな事が許されていいものか!」
「私だって信じたくありませんよ! しかしこれが証拠!」
 幾之助がばっと箪笥を開けると、そこには38歳女性がいかにも好みそうな華やか、しかし渋めの女物の和服の数々!
「無論、私に購入した覚えはありません。しかし……こんなお膳立てがしてあるという事は……そういう事なのでしょう!」
「そ、そうなのか……俺はとりあえず普段と似たようなズボンとシャツを着てしまったから気付かなかったが……確かに本来ならサイズが合わないはずだ」
「むしろちゃんと着替えをしているのがすごいですよ……私、まだ寝間着ですよ」
「いや、依子に会えばなんとかなるかと思っていたから」
「なんでそんな事まで頼るし」
「いや……はッもしやこれが……『守ってやりたい系ヒロイン』の思考!?」
「あッ! ラノベとか漫画でよくヒロインが緊急事態に「アンタなんとかしなさいよ!」とか言って主人公のところに来てるあれ! 確かに浮草堂美奈には無い感じ!」
「まずい! 計画はなんか成功してるような気がしなくもないぞ!」
「とりあえず着替えるんで待ってて下さい! しかし男に戻った時私達は大丈夫なんでしょうか男気的なものは!」
 本来ならものすごく手間取るはずの、女物の和服への着替えをさっと済ませて、外に飛び出す二人。
「和服だからブラジャーが無くて良かった……」
「え!」
「たぶん、Aしかない……いや……Aカップ無いかもしれない……」
「依子は普段していないのか!」
「してませんよ、あの洗濯板につけるとこあるんですか」
「……」
「赤くなりながらも良い事聞いたなーみたいな顔するんじゃない!」
 その時、目の前に現れる、金髪に豊満な胸を僅かに隠す甲冑。それでいて露出は高くなく、あくまで気高い印象を与える金髪碧眼の美女が目の前に!
「姫騎士!? オーグに攫われそう!」
「そのリアクション! 飯塚幾之助とジャックか!? 俺だ! ハインリヒだ!」
「最近めっきり出番が少なくなったドイツ騎士団副団長ハインリヒ!? その様子はもしかして……」
「ベルリンの壁編は割と重要な出番があったぞ! いや、そうだ! クリスティーナ姉さんが何処にもいないんだ! こんな時……姉さんさえいれば……!」
「なーんだ、状況おんなじかよ、つかえねーな」
「幾之助、口調が」
「おっと、あらあらおほほ。それより、ハインリヒさん! 他の団員の方には異常は無いんですか?」
 ジャックの指摘に慌てて質問を繰り出すと、ハインリヒは俯いて首を振る。
「一人一人、精密に俺が身体検査をしたが、どうやら女になったのは俺だけのようだ……」
「なにそれエロい響き。身体検査されたい」
「え? いや、一列に並んで個室に入って二人きりでだな……」
「ハインリヒ、幾之助をのせるんじゃない」
 怪訝な顔をするハインリヒを置いて、二人は更に遠方へ行こうと走る。なんだか分からないが、一つところに留まっていると不安なのだ!
 ぼすん。
 前をよく見て走っていなかった為、幾之助が誰かにぶつかる。
 それは、とてもふわふわしたものに顔を埋める形になり―。
「あいやー、幾之助か」
「張国軒!?」
 それは、セクシーな紫のチャイナドレスを見事に着こなし。ばっふん胸は谷間見せ、むっちり太ももはガーター見せの張国軒のその胸であった。
「おかしいいいい!」
「何が!? 今までの流れとしては国軒が女になっていてもおかしい事は無いだろう!」
 ジャックのツッコミに、幾之助は胸を引きはがしながら、絶叫する。
「同じアジアなのにその巨乳はなんですか! 裏切られた! 絶望した! この人でなし!」
「あいやー、幾之助、それは真っ赤な誤解よ」
 国軒はずれた眼鏡を直しながらにこにこと告げる。
「我(ワタシ)が女になった時、こんなにむっちりしてなかった。でも我思ったね。むっちりしてない熟女チャイナに需要はないと!」
「多方面に喧嘩を売るな!」
 ジャックのツッコミを笑顔で受け流し、国軒はがさごそと胸の谷間から小瓶を取り出す。
「そこで使ったのがこの我秘蔵の薬。とても良く効く。我がその証拠ね。幾之助、安くしとくよ、如何か?」
「えっと、今DVDBOX買ったせいで手持ちが無いんですけど、ローン組めます?」
「落ち着け幾之助! これは男に媚びるあざといエロ熟女を作ろうという作戦だ! 最早ただのエロゲーのヒロインじゃないか!」
 財布を取り出しかける幾之助を必死で引きずって、ジャックはまた走り出す。
「おそろしいですおっぱい……あんな怪しげな薬を思わず買いかけました……」
「幾之助は翻弄されすぎじゃないか?」
 そこに―。
「お、アナの奴が帰ってきたかと思ったら。せっかくだからスープでも飲んでかねーか?」
「ラースロー!? なんだそのワイルドな元気母ちゃん的美女姿は!」
「後おっぱいでかい!」
「そしてなぜこんな所に唐突に台所が!?」
「後おっぱいでかい!」
「いやあ、アナがどっか行っちまったから、飯でも作って待ってようと思ってな」
 エプロン姿でケラケラと笑うラースローに、二人は完全に理解した。
 エロゲだこれ……。
「すみませんが先を急いでいるんだ!」
「朝ごはん食わないと大きくなれないぞ!」
「そういう定番のセリフ良いから!」
 また走り出した二人が辿り着いたのは……。
「KGB本局……」
「いや、おかしいだろう。こんなにわかりやすくKGBはないだろう」
「とにかく入ってみますよ!」
「とにかくで入れる所か!? 入れた!? 何でだ!?」
 何故か簡単に突破できたセキュリティ。おそらく、女子キャラがいなくなった事でなんだかんだで色んなところがザルになってるのだろう。
 そこに待っていたのは―。
 銀髪のロングヘアーに、小柄で未発達な体、それに不釣り合いなHカップはあろうかいう巨大な乳房、ぱっちり開いた大きな灰色の目の美少女……。
「ロリ巨乳だとおおおおおお!?」
 軍服を改造したと思われるミニスカートから伸びるすんなりした足からのアングルから、ばっとニコライが立ち上がる。ニコライは男の儘のようだが、一眼レフを握った手に血管が浮き出ている。
「そんな下劣な言葉で大尉(カピターン)を愚弄するな飯塚幾之助え! 大尉はソビエトに舞い降りた天使だ! 見ろ! この完璧な庇護欲をそそる姿を! 大尉! いや天使様! そこでくるっとターンお願いします!」
 ロリ巨乳の姿のウラジーミルは、顔を赤らめる。
「あ、あのな、ニコライ。こんな格好で……そんな写真をたくさん撮られるのは……は、恥ずかしい……」
「天使様ーーーーーーー!」
 カメラを首に下げたまま、祈り始めたニコライの脇から、すっとドミトリー軍曹が現れる。
「大尉。その恰好がお恥ずかしければ、このように衣装は揃っています。アマロリとかゴスロリとかアマロリとか」
「いや、そ、そうじゃなくてだな」
 ばふん、っと顔を赤らめたウラジーミルに、幾之助は動揺を隠せない。
「なんだこれ可愛い……。恐ろしい、これがソビエトの恐ろしさか……」
 そこに、軽い音を立てて扉が開く。
「我儘言っちゃダメだよ、ウラジーミル君」
 扉の向こうから現れたのは、今までで一番の巨乳の持ち主である、典型的ロシアのおばさんの容姿と化した将軍。
「誰が得すんだこんなババア!」
「幾之助! 落ち着け!」
 すっかり制止役となったジャックは、依子の帰還を心から待ち望んでいた。こんな兄をあんなに見事に制止するなんて……。やっぱり、あの人がいないと何もできない(よくラノベや漫画でヒロインが言うセリフ)。
「あ……将軍……。俺……こんな格好は……」
「まあ頑張ってよ。ウラジーミル君のパンチラで国が動きそうなんだから」
「いや……っ、めくらないで下さい……」
「みんなに見せるようにめくった訳じゃないじゃない。それとも見せたいの? あれ、おっぱいが固くなってきたかもしれないなあ」
 最早地面に接吻しだしたニコライと、「なんだこの唐突な百合ーーー!」と絶叫する幾之助。
 そして
「ねえ見て?」
 あけられたカーテンの向こうでは、真っ赤なソ連国旗を振りまくる数万の人々の波!
「最高のプロパガンダだよね……」
 目を細める将軍に向かって、群衆は高らかに「万歳! 万歳! MOE万歳!」と繰り返していた……。

「と、いうような事があったんだ」
 その後展開に無理があると作者が悟ったため、男に戻ったジャックの前にはお茶を入れる依子の姿。
 その急須に……僅かにひびが入った。
「私も居たかったその場に居たかったです!」
「いや、いなかったから起きた事態であってな。ただ、これが証拠だ」
 ジャックが取り出したのは、ロリ巨乳のウラジーミルが真っ赤になって目を瞑り、スカートをたくし上げているブロマイド。「赤軍には・い・ろv」と書かれた文字が躍る。
「全く悪趣味な……」
「凌辱モノエロゲですね」
「え」
 ヒロインからぽろっと漏れた一言に、やはり作品の抜本改革をもう一度検討する必要があると感じた。