蛍とジョーイ3

 弾痕が一つだけある的の前で、蛍はうーんと唸った。
「当たんねえなあ」
 ジョーイは呆れなのか賞賛なのか中途半端な顔をする。
「当たってるんだって」
「だってこれ十一発も弾入ってるじゃん」
「映画でも漫画でも全弾命中させる人は凄腕のガンマンって呼ばれるだろ。普通は一発も当たんないんだよ」
 むしろこれなんで当たってるの、とジョーイは一発だけの弾痕を覗き込む。
「わかるわけないでしょ。俺は今日初めて拳銃を両手で構えるって知ったレベルだよ」
「でも、これ当たったのは片手で撃った時なんだよなあ」
 ジョーイは首を傾げて唸る。
「前撃った時はノーカンだろ。流石に銃口押し当てて撃ったんだから片手だろうと当たるよ」
 しかも撃たれた食人鬼は納に喰らいついており、振り返る事もままならない状態でだ。
「いや、当たる当たらない以前にさ。撃った反動で吹っ飛んだり肩外したりしてないのが不思議なんだよ。いきなり片手でぶっ放したんだから」
「軽いしちっちゃいからじゃないの?」
「そんなメフィストを基準にされても。スコーピオンやデザートイーグルを片手撃ちする女なんて規格外だよ。確かにこれ、使いやすくて有名な銃だけど」
 S&W M&P ミリタリー&ポリスの名前通り、実用性と汎用性がウリのセミオート拳銃だ。
「拳銃使った経験その食人鬼への一発だけだよね?」
「当たり前だろ。ここ日本だよ」
「だよねえ。天才少年ガンマンなんて、今時漫画でもあんまりいないし」
「もうちょっと長いのならちょっと使ってたけど」
「長いの?」
 蛍は棒を意味するジェスチャーをする。
「猟銃」
「ああ、銃身が長いのか。何使ってた?」
「……猟銃は猟銃じゃないの?」
「こう、ライフルとかショットガンとかさ」
「わかんないってそんなの」
 ジョーイはまた首をひねる。
「弾何発入るヤツ?」
「五発くらいかな」
「うーん、たぶんボルトアクションライフルだろうな……。それだと射撃上手かったりした?」
「まさか。まず持ち歩くだけでかなりきつかったよ。そもそも弾が豊富にあった訳じゃないし。普通に考えてヘタな方じゃね? 村に猟師が一人だけだったし、それも大概トシだったから手伝いしてただけだよ。畑荒らされないようにするのがメインだったし」
「まあ、そんなもんだよねえ……」
 全部まぐれって言うのが理屈が一番通ってるんだけど、なんか、こう、釈然としないというか。
 ブツブツ呟くジョーイに蛍が問い返す。
「そもそも、アンタの方も戦闘機乗りじゃないの? 拳銃って普段使わないんじゃね?」
「ん、ああ」
 ジョーイはオフレコで、と前置きする。
「第二次世界大戦の頃はまだアメリカに空軍がなくてさ、陸軍の一部だったんだよ。
で、僕は最初歩兵から入ったんだよね。まあ、ボルトアクションライフルとかショットガンとかサブマシンとかその辺はその時覚えた。戦闘機に乗り始めたのはわりと戦争の終わりごろだ
飛行機は金がかかるから戦闘機乗りはエリートだったんだよ。
で、さらにエリートになると爆撃機乗りになる。戦闘機はカッコいいイメージがあるけど、実際は爆撃機が無事爆弾を落とせるために守るものだからね。ナチス・ドイツには爆撃機で戦闘機を撃墜しまくった頭おかしいヤツもいたらしいけど。
まあ、エリートだから尉官……役職持ちによくなる。僕は中尉。で、尉官はみんな拳銃を持ってる。箔がつくし、いつ敵に襲われても反撃できるように軽く持ち歩ける銃が必要だし、どうしようもなくなったら自決するのに必要なわけだ。
流石に持ってるだけってのはあんまりだから拳銃も使い方を練習する。
その後も朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン、シリア内戦、このほかにも色々戦闘地域に行ってるんだけど、ずっと飛行機乗ってたわけじゃないんだよ」
「どういうこと?」
「うん。だいたい話の流れで察してくれたと思うんだけど、僕も呪い持ちだ。齢を取らないから一定期間ごとに戦死したことにして、別の基地に新しく赴任した中尉として配属されるわけさ。書類の上だけでは何回も死んでるんだよ。ゾンビみたいだけど、米軍にはそれだけ僕は必要な人材だ。どう? 記念写真でも撮る?」
「いいから」
「ノリが悪いなあ。要するに、戦死してすぐ別の基地に配属だとさすがに不自然だろ。二、三年は死なせておく。その間休暇くれるかっていうとそんなことないんだな。公には発表できないところで兵隊やるんだ。こないだまでアフガンにいたのもそれ。大人数でぞろぞろ行くわけにもいかないから必然的になんでもやることになる」
「ふうん。じゃあ今度の日本に来たのも、戦死したってごまかして来たんだ」
「そういうこと。まあ、戦死期間じゃなくても、飛行場乗っ取られたら歩兵になるしかないけどね。ベトナムではちょくちょくあったよ。簡易飛行場を奇襲されたらジャングルを逃げ回る。あれは怖いね。草とか木の影からいきなりベトコンが飛び出してきたり、トラップがしかけてあったり。発狂者がほぼ毎回出る。第二次の時日本で女子供が竹やり訓練してたってので大笑いしたけどさ、ジャングルで女子供の竹やり死ぬほど怖いし死ぬよ」
 おっと時間がなくなってきたな。と時計を見る。
「それ軍用腕時計?」
「カルティエだよ。カッコいいだろ。免税店で買った」
 ジョーイはそういうと蛍の手から拳銃を取り上げる。
「まあ、こんなもんは慣れればいい加減になっちゃうもんだ。それよりこっちが重要」
 ダン。
 蛍の弾痕の真横に穴が空く。
「こんな風に外れたら」
 ダン。
「二発撃てばいい」
 弾痕は増えなかった。まったく同じところを撃ったのだ。
「これ以上は実地で覚えるのが一番早い。死亡率も比例して上がるけど」
 はい、と銃を返す。
 蛍は顔をしかめて見上げる。
「今、片手で撃ったよね?」
 ジョーイはハハ、と笑う。
「天才がベテランで現役なんだから当然だろ。マリュースクは全部逆だからからかいたくなる。ユキちゃんはどっちかわかんなし、蛍ちゃんはどっちでも納得する心の余裕はあるよ」
 空間にひび割れができる。
「お疲れ様」
 黒いゴシックドレスが出迎える。
 ゲヘナが消え、自宅玄関に立っている。
「メフィスト、レンタカーもう来てる?」
 そこ、と指差した先を見て、げ、と声を上げる。
「スモークついてないんだけど」
「法律で禁止されたからな。丸見えの方が逆に目立たへんわ。それより車線を間違えなや」
「しかもフィァットの500だよこれ。一発ブチ込まれたらあの世行きだよ」
「一昨日君が鉄骨の下敷きになりかけた上、手榴弾に木端微塵になりかけた時身代わりになってくれたビルあったやろ」
 メフェイストはため息を吐いた。
「あそこが唯一の左ハンドル扱ってるレンタカー屋や」
 うわと小声。
「一切細工などしていないが、このとても美しい外見で映画でおなじみの死ぬほど壊れやすい車に一発ブチ込まれて死んで頂きたい、との伝言を預かってる」
 とどめ。
「車線間違えて逆走して死んでくれたら、お祝いにこの車くれるんやて」
 キーを渡した後、メフィストは自分のベンツのキーを取り出す。
「じゃ、さっさと乗り込んで」
「わかったよ」
 キーを見せつけながら蛍に言う。
「シートベルトを必ずしめること。後、背後で爆発炎上してるのは私の車やないからほっといて行き」
「は?」
「はい、早く早く」
 何を言ってるのか聞き返す前に、車に押し込まれた。
 シートベルトをしめた、と思った瞬間。
 いきなりアクセルが思いっきり踏み込まれる。
 がくん、と体が重力に引きずられる。
「ちょっ! スピード!」
「舌噛むよ! 大丈夫! 緊急車両になれる!」
 言おうとしたことと別の言葉が飛び出る。
「後ろ! 何あれ!」
 後方に停車してあったはずのトラックが、いきなり追いかけて来ている!
「今から一網打尽にする人たちの友達!」
 真後ろのメフィストの車があるが、距離がドンドン縮まってくる。
「あれぶつける気じゃないの!?」
「いや、ひき潰す気だよ!」
 メフェイストのベンツの窓が開く。
 白い髪。
「ユキ!?」
 空間に亀裂。
 何かロケットの模型のようなものを引っ張り出している。
 ユキはかなり身を乗り出して、それをトラックに向け。
 直後。
 爆発音と共にトラックは炎上した。
 そのままユキが親指を上げている姿が小さくなっていく。
 ようやくスピードを落としたジョーイは、ほっと息を吐いた。
「あれは対戦車ロケット弾っていってね。戦車をぶっ壊すためのものだ。パンツァー・ファウストってヤツだ」
 角を曲がると、トラックは黒煙しか見えなくなる。
「間違っても、箱乗りしながらトラックにぶっ放すもんじゃないぞ。そんなのが常識なのはナチス・ドイツくらいだ。常識じゃないけどやっちゃうのがロシア人だ!」

≪空六六六ぷらす! じゅうに!≫

ジョーイ「ジュネレーションギャップには慣れてるつもりだったけどさあ。流石に16歳相手になると結構キツイなあってことがあるね」
マリュースク「いい大人なんですから、ジュネレーションギャップが皆無の方が問題ですよ」
ジョーイ「そうだけどさあ、「キューバ危機?」って怪訝な顔された後、スマホいじって「納が教科書に載ってたって言ってるから結構有名なことなんだ」はキツイよ。その教科書に載ってたって……。僕はそれの海上封鎖に参加してるんだよ」
マリュースク「海上封鎖?そんなことしてたんですか」
ジョーイ「えッ……。ちょっと何言ってるの。あれソ連のミサイル基地が発見されたからやったんだよ。君の母国の話」
マリュースク「……ソ連時代のことは話には聞くのですが……母国と呼ぶにはあまりピンときません……。物心ついた時にはもう崩壊してましたし」
ジョーイ「……ま、孫世代!?」
マリュースク「気味の悪いこと言ってないで帰って下さい。もう閉店しているんですから」