ざっとしたあらすじ
死んだ後の世界、ヴァルハラ。それは現世が終焉を迎えた後、新たなる世界での覇権を賭けて、各国戦力が戦争を繰り広げる”天上の戦場”。その入り口の店、ヘヴンズ・ドアーでは死者がヴァルハラに行くかの判別と、ヴァルハラに来た人間の行き先探しの手伝い、店員三人娘の派遣を行っている。
今回の章では、依子(日本人)、紅玉(チャイニーズ)、エミリー(アメリカ人)の店員三人娘がソ連KGBと戦いを繰り広げる。

2―我タダでは殺さないよ

「このネクタイをおくれよ。女の子にモテないんじゃ死んだかいがないからね」
「そう、なら、お金はいらないわ」
 サマンサがにっこり微笑むと、青年は嬉しげに笑った。
「ありがとう、ねえ、此処に来て初めて会った女性は君なんだ。色々聞きたいことがあるからドルチェとかどうかな?」
 ふふ、とサマンサも笑いを漏らす。
「このお店は本当に可愛いね。君が経営してるからかな?」
「そうよ。私は可愛いものが大好きなの」
「僕もなかなかに可愛くないかい?」
「残念ね、うちの店員たちには敵わないわ」
「本当に店員さんたちも可愛いよ。此処は本当に天国だ」
「天国・・・? いいえ」
 にこり、とサマンサは笑う。
「ヴァルハラよ」

 紅玉が肩を竦める。
「軟派な奴ね。お金入ってこないのに時間だけ取られてもったいないある」
 サマンサはクスリ、とする。
「イタリア男だもの、仕方ないわ。それに、今回は別件でお金が入るわよ」
「別件ってなんですか?」
 依子の問いにまたクスリ、と笑う。金髪がフリルのシャツに落ちる。
「また、構成員が足りないから、船を使えるイタリア男が来たら紹介してって」
「ああ、それで『思い』、の方が入らなくってもOKって事か」
 エミリーの言葉に紅玉はにゃっと笑う。
「テンチョ、ボロイ儲けあるな」
 その後、新たに『思い』を支払い現世に帰る客が来たため、その話は終わった。
 しかし翌日。
「オイコラ、開けろ!」
 ガンガンと扉を派手に叩く音で、三人の店員は開店準備の掃除をストップした。
「も、申し訳ありません開店は」
「営業時間外ある。また来るよろし」
 依子の言葉を紅玉が愛想もなく遮る。再び埃を塵取りに集める作業を再開している。
「そんな事は知ってるし見りゃ分かる! 二秒以内に開けねえと扉ぶっ壊すぞ!」
「朝っぱらからキレてんじゃねえよ! うるせえな!」
 エミリーが怒鳴り返すと、本気でドアノブがガシャガシャと不穏な音を立て始めたので、慌てて依子は扉を開けた。
「あの、お客様、申し訳ありません。まだ準備中でして・・・」
 目の前の女は言った。
「だから知ってると言ってるだろう。店長を出しな、ジャポネーゼ」
「・・・嗚呼・・・やはり貴女でしたか」
 店の奥からサマンサが顔を出す。
 彼女も同意見だった。
「やっぱり貴女だったのね、アンドレア」

 茶色のショートカットに、黒の眼帯、赤のシャツに黒のパンツを着こなす。どれをとってもお洒落に隙がない上、シャツから零れんばかりの胸に細いウェスト、きゅっと吊り上った尻に長い脚。ミラノでモデルをやれそうなこの三十路の女は、カウンターにどんと拳を下した。
「おい、サマンサ」
「やん、いつも通りサムって呼んで」
 同年代であろうサマンサのふざけた声を、ギロリと片目が睨む。
「おい、もう一度、俺が出した条件を言うぞ。船を使えるイタリア男を紹介しろ、引き換えに5万ドル払う」
「あら? 貴女のアジトまでの船はこちらで負担する、という文章が抜けているわね」
「いけしゃあしゃあと言ってんじゃねえ! 俺はお前に確かに5万ドル支払った!」
「前払いだったわねえ・・・」
「そして昨日男が来たので出航させると電話してきた!」
「そうね、貴女のアジトは船じゃないと行きにくいわ」
「それなのに・・・」
 またバン、とカウンターが叩かれる。
「船も野郎も一向に届かねえのは如何いう訳だ!」
 あらあら、とサマンサは口に手を当てる。
「うちは雑貨屋よ、人材派遣会社じゃないわ。貴女に紹介した男が船を持ち逃げしても、知る限りでないわよ」
「やっぱりか! 野郎、頭の風通しを良くしてやる!」
 荒れるアンドレアから離れて、エミリーがこそこそ話す。
「そんなだから構成員足りなくなるんじゃねえの」
 依子もこそこそ返す。
「職業柄仕方ないですよ」
 紅玉もこそこそ返す。
「あの女ボスも消えられるのが嫌なら、イタリア男以外を雇えばいいある。中国人、お金さえ払えばとても真面目よ」
「聞こえてるぞ小娘ども」
 低く呟かれた言葉に、慌てて視線を逸らした。
「まあ、落ち着きなさい。美人が台無しよ。それに、うちもそこまで無責任じゃないわ」
 サマンサはモバイルパソコンを開いた。
「ちゃんと、船に発信器くらいは付けてるのよ」
 ぴ、ぴ、と光が点滅している。
「ただ、少し変なのよねえ」
 光が点滅しているのは、海の中なのだ。陸地から3キロほど離れた場所で、ぴ、ぴ、と音がする。
「ね? 3キロも船を捨てて泳ぐほど、貴女はモテないかしら? イタリアマフィア、ロッソファミリーの女ボスさん?」
 ち、と舌打ちをする。
「3キロは泳がねえな。興味がないならお前の話を断れば済むことだ、サム」
 ふふ・・とサマンサは笑う。
「安心して、貴女が船を出す前に、ちゃんと何があるか調べて来てあげる」
 嫌な予感が三人を襲う。
「ね、依子、エミリー、紅玉、ちょっと海まで行ってきて」
 予感的中。