小説

ハードボイルドダークファンタジー多め。銃と刃がrock 'n' roll! 超重量級の物語。 毎月最初の金曜日更新

火炎羽LOVE

 

「閃光の深紅(ライトスピードレッド)ーッ!」
 指先から炎が発せられ、轟音と共に――。
 床に二センチくらいの焦げ目を作った。
「あ、あれ? 後一センチはいけるはずだったのに」
 動揺する俺に、相手はゆっくりと刀を抜く。
「それで終わりか? ならば終幕をくれてやろう」
「まだまッ」
「舞え! 寒の白梅!」
「まだまだぐらい言わせろーーーッ」
 体操着がまたパーになり、俺は旋風に巻き込まれ吹っ飛んだ。

 

 ボロボロになった体操着を学ランに着替え、体育館に戻る。既に俺を吹っ飛ばした男――同級生の霜月――は涼しい顔でペットボトルのスポドリを飲んでいた。
「いいのか? それ。キャラ設定的に」
「うむ。本来なら塩入の茶を飲むところであろうが、やってみたら不味かったのだ。麦茶に砂糖を入れると美味いと言われて飲んだ時と同じ気持ちになった。甘いのと辛いのとなのに、同じ気持ちになった」
 こいつの和服も、この口調も、全てはキャラ設定である事を俺は知っている。先ほど『辛い』と表現したように、入学当初はこてこての関西弁だったからだ。
 だが、一年が経過した今、この武士キャラはすっかり板についた。更に空間移動能力者(テレポーター)では群を抜いた優等生になってしまった。来年はきっとこいつは特進コースに進むんだろう。いいなー。特進コース行ったら、警察とか自衛隊とかへの就職決まってるもんなー。いいなー。
「ぱむぱむにゃう! ヒノエンマたん、リアリティのありすぎる想像が悲しいよー」
「勝手に読むな聞くな。そしてこの就職氷河期に就職を羨ましがって何が悪いっちゅうんじゃ」
 にしし、と扉の陰から姿を現したのは、エロゲ制服と評価の高い我が校のピンク色制服。猫耳型帽子を被った同級生、伊賀。このいかにも萌え系です。というのもやっぱりキャラ設定だ。入学当初は髪を金髪に染めてピアス三つもしてた。
「お前も特進コースじゃんかよー」
「そりゃうちは相手の心を読む能力者(テレパス)としては優等生だからねー。でもね、ヒノエンマたん、君は大事な事を忘れてないかね?」
「体操着の申請通るかなー。事務局のおばちゃんに睨まれてんだよなー」
「うん、無視してもうちには、「聞いてきたよやっべ、マジ俺ここだけはすげーから」って言ってるのが丸聞こえだよん」
「鬼ですか」
「まあ、そうであるな。ヒノエンマはパトロールでの成績は一位だ。これを言われたかったのであろう」
「後半いらなくね?」
 パトロールとは、俺達超能力アカデミーに通う学生が義務付けられたボランティアである。夜間の人気の無い道や、逆に繁華街等で、良からぬ行為をしている輩から市民を救うのがその内容だ。まあ、俺達は所詮高校生なので、捕まえたりはしなくていい。被害者を救って通報すればそれでいい。
「まあ、普通」
 二人の声が揃う。
「火ぃつけられたら逃げる」
「…………」
 その通りだ畜生め。俺は発火能力者(パイロキノ)、簡単に言えば、地獄の業火で相手を焼き尽くすことも可能な能力だ。
「いや、何も無い所に火を点けるだけの能力でしょ」
「だけって言うな! 言っとくけどなあ、この能力は悪魔に魅入られた証なんだよ! 悪魔に魅入られてるから就職先が無いんだよ!」
 まあ、ぶっちゃけこうだ。
 良からぬ行為をしている輩発見。
 火を点ける。
 輩ビビる。
 逃走。
 街の安全は保たれた。
 こういう流れ。だって、火だぞ。人間の根本的な恐怖だぞ。あ、これアレンジして決め台詞に使おう。
「ヒノエンマ、お主、やっぱりそのキャラ設定は無理がないか? 就職先とか言う事が具体的すぎるように思う」
「っていうか、イケメン以外の中二は許されないよ」
「ホントの事言うな! あ、いや、お前達にはまだ早すぎたようだなって感じだな」
「ほら」
 苦汁よりスポドリを飲みたくなり、無言で水筒をチュウチュウする。
 ああ、確かに無理があるさ! 正直ちょっと現実を見始めてるさ! だが、他にピッタリのキャラ設定が思いつかないんだ! じゃあキャラ設定なしで行けって! それができるのはなあ、ホントのホントに才能がある実力者だけなんだよ! 『処刑人』みたいな!
 あの人は凄いよ! 設定なしでいっている実力派だよ! ホント見るからに『処刑人』だもの! 誰が言い出したのか知らないけど!
 心の中で未登場人物を賛歌しつつ、チュウチュウを続ける。ふいに声。
「誰か、五円玉二枚と十円玉を交換してくれないかしら?」
 そう、この黒い艶々としたロングヘアーに、常に無感動な表情、何故か×を描いたマスクを口にしている美人の通称が――。
「『処刑人』だ……」
 ぽけっと顔を上げた俺を見て、彼女は少し視線を下げた。
「嫌だったらごめんなさい」
「黒羽先輩、こちらに十円が」
 霜月が『処刑人』こと黒羽先輩に巾着の中を見せると、淡々と白い手でそれを受け取る。
「ありがとう。自販機が使えなくて困ってたの」
 そのまま去っていく細い背。
「お主、あれはないぞ」
「いきなり『処刑人』扱いされたらいじめられてると思うに決まってるにゃあ」
「……」
 本気で凹む俺に、それ以上のブーイングを向けないお前らが大好きだ。

 

 賛歌した直後に現れたタイミングのいい黒羽先輩の通称はあくまで噂でしかない。彼女が卓越した物体に対する破壊能力者(サイコキノ)である事、超能力アカデミーの実技、つまりは俺達超能力少年の将来に最も関わってくる授業に参加しない事、それなのに主席から二番目の成績である事。常に口に×の模様が描かれたマスクをしている事。そして何より、大声を出さない事。それらが彼女が裏で国家権力に反する輩を処刑している『処刑人』という噂の元になっている。暗殺するから大声出さないんだ的な。
 俺達がやたら大声にこだわるのに、いぶかしむ方も多いだろうから説明しておく。(読者に親切な主人公です)。
 少年漫画なんかで、必殺技を繰り出すときに技名を叫ぶだろう。
 あれだ。
 俺達は超能力を使う時に、いかに気合いの入った必殺技名を叫べるかで、能力の強さが決まる。
 カッコ良ければカッコ良いほど気合いが入るし、気合いが入ってるから必然的に大声を出す。キャラ設定に拘るのなんかもそこから来ていて、キャラが決まっているほど必殺技名を作りやすいという事情の習わしだ。
 だから、テレポーターの霜月は侍キャラで技名を叫び、テレポートしながら相手に斬りつける、なんて音速技をやってのけるし。テレパスの伊賀はオタクキャラとして萌っぽい意味不明の呪文を唱えて心を読むわけだ。
 俺は、まあ、いくら叫んでもマッチの火程度な訳だが、気合いの入り方では負けていないと思うので、やっぱりカッコ良さがまだ足りないんだろう。
 しかし、黒羽先輩は違う。彼女は決して大声を出さない。
 どんなにピンチでも、どんなに相手が強敵でも、決して大声を出さない。
 しかしその能力の強さは、俺は見て知っている。
 超能力者を便利に使ってこうして学校まで設けてくれる一般人には、ただの事故として報道もされなかった。あのトラック事故。
 飲酒運転のトラックが、入学したての男子高校生に突っ込んできたが、運転手はとっさにハンドルを切り、ガードレールにぶつかってトラックが止まった事故。
 俺は彼女に救われた。
 高校生とは俺であり、黒羽先輩はそのトラックを超能力でガードレールに叩きつけて、俺がぺしゃんこになるのを防いでくれた。
 しかしその時、俺は彼女の必殺技を聞いていない。
 彼女の能力で、確かに積まれたコンテナはひしゃげ、タイヤを空転させながらトラックはガードレールに叩きつけられたというのに。
 どんな必殺技を使ったのか分からない。
 その一件以来、俺は密かに黒羽先輩を追い続けている。ストーカー的な意味ではないぞ無論。
 だから、今日のは。
「黒羽先輩、今年で卒業だねえ」
「就職先は決まっているが非公開らしいな。おなごの身で恐ろしいものよ」
 気を取り直して傷口を抉ってくる、お前らなんか嫌いだ。

 

「我が名は魁皇! 超能力アカデミーの学長である!」
 大音声が玄関に響き渡る。びりびりと鼓膜を震わすド迫力。魁皇学長のいかつい容姿とも相まって、この人が超能力者迫害に立ち向かうために、この学園を創設したというのがひしひしと伝わってくる。全身を鎧のように纏う筋肉とそれに走る傷痕がその戦歴がいかに厳しい物であったかを物語る。
「そこの二年生、貧血だ。今日はパトロールを休め。それからそこの一年生、緊張のあまりストレスで下痢気味だな。薬を飲んでおくように」
 医療能力者だけど。後、下痢は皆の前で言わなくても良いだろう。
 黒羽先輩の姿は今日も見えない。と、いうより、彼女はパトロールにも姿を現さない。
「黒羽、今日もいないっす」
「マジ調子乗ってるっす、押忍」
 黙れ、三年ブス。お前らの成績が足元に及ばないからってそのうさんくさい体育会系は聞いてて腹立つ。
「今夜は予知能力者より、婦女子を狙った誘拐事件が起きる可能性が高いとの予知を得た! 故にいつもの三倍の生徒に協力してもらう! ゆめゆめ被害を出さぬように!」
「はい!」
 おのおの了解とかうすとか違う返事をしているのだが、割愛。こういう事件に俺は適任である宿命であるので、今回組むチームは霜月と伊賀という好成績者だ。伊賀がテレパスで良からぬ輩の心の声または被害者の悲鳴を聞き、霜月がその場に運び、俺が業火の餌食にして(火を点けてビビらせて救出)という流れ。パーフェクト。
 うちの学園の予知能力者によれば、かなりの高確率の誘拐事件らしい。どこの誰かまで分かればいう事ないんだけどな。
 まあ、六角形の校章を付けた俺達がウロウロするだけでも、犯罪防止には役立つ。霜月なんてこの間ひったくりに斬りかかってたし。斬れたのはちょっぴり血が滲んだ程度だけど。ひったくりにしてみれば瞬間移動で追いかけられるわけだから、そりゃあ怖かったろう。
 と、言う訳で夜の歓楽街パトロールは勉強になる学生と治安が保たれる市民の、相互利益ってヤツだ。学長がこの制度を生み出してから超能力者への風当たりはぐっと優しくなったらしい。繁華街に出た途端脱線するヤツもいるけどな。こいつみたいな。
「あ、見て見て、にゃんぱいあの新作出てる!」
伊賀、ゲーセンに吸い込まれるまでが早すぎるだろう。先ほど「ぱいぱいにゃんぴゅう、もえもえにゃん」という意味不明の呪文を唱えていたので、テレパスはしているはずだけど。アーケードのUFOキャッチャーにがっしりしがみ付いている。
「お前ゲーセンに邪眼で魅入られし者だな」
「それ、最早中二じゃないよ。ただのまどろっこしい人だよ。それよりエヴァのフィギュア見て行っていい?」
「ダメに決まってんだろうが、補導されるぞ。捕まえに来た人が捕まって如何するんだよ」
「むー、しょうがないなー。霜月君、ヒノエンマ君って意外と硬いよねー」
 ぷうと頬を膨らますのを無視して店を出、アーケードから少し離れていた霜月に「普通だよな?」の肯定を求める。
「……」
「俺まで無視しなくてもいいんだぞ」
「……」
「聞いてる?」
「……」
「おい、ちょっと悲しくなってきたぞおい」
「今……」
「え?」
 ポカンと口を開けたまま、関西弁のアクセントが漏れた。
「黒羽先輩が空飛んで行きよったぞ」
「は? 何言ってんだよ?」
 こちらもポカンとした返答をして、上空を見る。下弦の月が輝いている。それだけだ。
「いや、こう空中を、すーっと。ヴァンパイヤみたいに」
「お前頭大丈夫か?」
 本気で心配になる。霜月はポカンとしたままだ。
「おい、伊賀、お前も見えたか? 伊賀?」
 ゲーセンの方を振り返る。
 いつもなら快活に返ってくるはずの返事。
 その返事は無かった。
 見えたのは、地面に落ちている帽子。
 婦女子を狙った誘拐。
 テレパスに攻撃能力は無い。
 心を読んでも、抵抗できなかったら?
 とっさに今まさに走り出そうとするバンを見た。
 気絶した伊賀がぐったりとシートに体を預けていた。
「霜月、伊賀の所へとべ!」
 俺同様呆然としていた霜月は、慌ててバンの前までテレポートする。俺も一緒に。
「車の中へは!?」
「伊賀のテレパスが遮断壁になってる! クソ!」
 バンはそこまで迫り、エンジン音が響き渡る。
 車なんて鉄の塊相手に、刀は意味が無い。俺は絶叫した。
「赤き破壊(ファイヤークラッシャー)!」
 火の玉が弾けた。それは俺が今まで出した事のないサッカーボール大の大きさだった。
 だが。
「止まれよ! 止まれよおッ!」
 犯人は至って冷静に火の付いた服を脱いで、開いた窓から路上に投げ捨てた。
 手も背中も大やけどしているはずだが、それよりも勝っているのは
 伊賀に対する、肉欲。
 バンに、もう一度「止まれよッ!」と叫んだが、止まるはずもない。轢かれる、と思ったとき、霜月が俺をテレポートさせて救出した。
「大丈夫か、ヒノエンマ!」
「う、うん、悪い! 学校に連絡する!」
 携帯電話を取り出し、アドレス帳を開こうとした、その時だった。
 上空から舞い降りた人。非現実的事態に、対処できる脳みそ。
「うかつだったわ。私に気を取られてしまうなんて。ただのサイコキノの応用で体を浮かせていただけなのに」
 黒い髪がゲーセンのネオンに靡く。
「黒羽先輩……」
 狼狽する俺達と反比例するように、彼女は冷静だった。マスクの下の口から澄みきった声を発する。
「学校にも連絡はいっているし、犯人の住所も所在地も分かっているわ」
「な……っ」
 携帯を持ったまま固まっている俺達に、告げられる言葉。
「知らないのね。この学園らしいわ。本当は全て予知されていたの。伊賀さんが誘拐される事も。犯人が何処に彼女を連れて行くかも。でも、彼女を外に出さなければ、犯人は一般人にも手を出すかもしれない。だから彼女は贄となった」
「じゃあ……伊賀はッ」
「何も知らない。そして、何も知らせない。霜月君、私をこの住所に送って」
 一軒家らしき住所のメモを見せると、霜月は承諾する。
「あなたも来るといいわ。そして真実を知るといい。あなたの信じる正義が、どこまで歪曲されたものなのか」
 俺達は、とんだ。

 

 下りたのは、汚いリビングだった。
 何か月も掃除されてないであろう埃の溜まった床に、缶ビールの缶や焼酎のパックが散らばっている。
 俺は上手く呼吸ができず、窓に貼り付く。車のライトが幾つも通り過ぎるのを見た。
 実際には数分のその時間が、何か月もかかるように思えた。
 黒羽先輩は一言言っただけだった。
「あなた達で奪還して」
 伊賀はどれほど怖い思いをしているだろうか。待ち伏せている俺は想像したくなくて何度も首を振る。
 それでも悲鳴の想像音声が俺の鼓膜を叩きまくる。
 ついに、あのバンのライトが見えた。
 車が止まる音。
 鍵を開ける音。
 心臓がドクドクいう音。
 ドアが、開いた。
「伊賀を返せええッ」
 俺と霜月は突進した。
 伊賀は幸い衣服に乱れは無く、ただ、口にガムテープを貼られてこちらを見た。
 その眼は、泣いていた。
 霜月は刀を抜き、犯人に斬りかかった。
 刃が犯人の腕をかすめた。
 既に火傷していた腕はその痛みに耐えきれなかったのだろう、伊賀を抱える手が少し緩んだ。
 おれはその手を無理やり引き剥がした。男は、薄汚い中年男は、それを奪い取ろうとまた手を出して来た。それをスニーカーで踏みつけた。
 どちらも床に尻を付けた儘、伊賀を奪おうとするのと守るものが取っ組み合うようになった。両手を使えない俺の腕の代わりは、霜月の腕が代行した。三人もつれ合った。
「もういいわ。わかったでしょう」
 黒羽先輩の制止。否定に近い制止。
 彼女は一メートルほど離れたところで、淡々とマスクを外していく。
 そして一言、とても静かに言った。
「死ね」
 ボキッと云う音が俺にも聞こえた。
 犯人の両腕が、180度逆に曲がっていた。
「ギャアアアアアッ」
 ようやく男の悲鳴が聞こえた。
「この男は連続婦女暴行犯」
 今度は両足がひしゃげた。
「余計な装飾は要らない。ただ、こちらが心底、相手の死を願えばいい。あなた達にはそれが足りなかった。霜月君、なぜ、もみ合っている時、刀を使わなかったの? ヒノエンマ君、何故、もみ合っている時、相手の顔を狙わなかったの?」
「それは……」
 今度は両肩がもぎ取られた。
「答えは分かっている。あなた達が人を殺したくなかったから。でも、殺すしかないほどのクズというのは存在するのよ」
 淡々と言う彼女と、残忍に殺されていく男。
 出ない言葉。
「余計な装飾の前に、本気で相手を憎みなさい」
 泣いている伊賀。小さな肩が俺の腕の中で震えている。
「死ね」
 ついに音の首が360度回転し、そのまま引き千切られ飛んで行った。
「本心からの言葉なら、どんな言葉でも伝わるわ」
 泡を吹いている生首を心底さげすみ、彼女は言った。まさに『処刑人』だった。
「こんな汚い部屋にはいられない。行くわよ」
 俺達は牛のように家を出た。玄関を出てすぐ、先輩はマスクを付けた。×模様の。
 霜月の腕の中。伊賀のテレパスが「こわいこわいこわい」とダダ漏れになっているのが泣きそうだった。
『こわいこわいこわい』
『こわいこわいこわい』
『もう一人いるの。家の中。こわい』
 その言葉を聞いた瞬間、黒羽先輩のポーチを出る足が止まった。つられて俺達も止まった。
「もう一人?」
 ガムテープを剥がされても、伊賀は上手く喋れないようだった。それでも、懸命に言葉を紡いだ。
「もう、一人、二階に隠れて、る。いっしょになっていっぱい……酷い事、した。あたしはされなかったけど、いっぱい、した」
 俺の中で、何かが焼きついた。
 先輩は小さく頷く。
「そう。ありがとう。タクシーを呼んで帰りなさい」
 踵を返そうとする肩を掴んだ。
「黒羽先輩」
 彼女が怪訝な顔と云う物を初めて見せた。
 俺は言った。
「好きです。付き合って下さい」
 火柱が立ち上がった。犯人が隠れている家は、何もかも、全て、焼け落ちて焼失した。
 先輩はうっすら笑った。
 俺は初めての恐怖に、鼻水垂らして泣いていた。
                                     了

 

2011年前後執筆 2018年8月21日加筆訂正