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ハードボイルドダークファンタジー多め。銃と刃がrock 'n' roll! 超重量級の物語。 毎月最初の金曜日更新

愛玩犬1

 女を抱きたければ外に行け。ライオン(シンバ)を抱きたければ街にいろ。
 十三番街でのローカルジョークだ。
「なんでだよ! てめえふざけんなよ! なんでヤらせねえんだよ! 俺のこと愛してねえのかよ!」
「だーかーらー! 店に来て金払ったらヤるって言ってんでしょ! 何タダでヤろうとしてんのよバッカじゃないの!」
「っざっけんなよ! てめえ何様だよ! 人をナメんのもたいがいにしろよ!」
 路地裏から聞こえる怒鳴りあい。
 気づいた納が走り出す。
「やめようよ、他人が首つっこむことじゃないよ」
 小林が止めるのも聞かず。まっしぐらに路地裏に飛び込む。
 間に合わず。
 銃声。
 おそるおそる路地裏をのぞき込む。
 腹に穴をあけて倒れている男と、銃を手にした女。
「てめ……この……」
 男が起き上がろうともがく。
「やっだ、死んでない」
 女は薬莢が空になるまで男に弾丸を撃ち込む。強張った顔で撃ち続ける。
 男は死ぬ。
 女は安堵の息をつく。
 十三番街の女たちは、ほとんどが水商売か水商売に関する仕事だ。
 そして、十三番街のバック制度では「金銭を伴わない交際要求」は「相手を殺害しても仕方がない事情」とみなされる。
 残酷だ。小林はつくづく思う。
 彼女たちは残酷だ。
「助けるの、間に合わなくてごめんなさい。怪我、してない?」
 納がすっと女に近寄る。女はどさりと尻餅をつく。短いスカートから下着がのぞく。
「納君じゃん。気づかなかった。怪我……怪我ね。なんか肩痛いんだよね」
「銃は構えがちゃんとできてないと、肩痛めるって聞いた。病院行く?」
「そうなんだ。撃ったの初めてだし、うん、そーするー。わるいんだけどバッグ、店まで届けてもらっていい?」
「うん。お店、ティモン&プンバァで合ってる?」
「そそ。店の誰かに渡してくれたらいいから。今度お礼するけど、とりあえずマカロン持って帰って。そこそこおいしいヤツ。ロッカーに入ってるから、店の誰かに言ってよ。お礼何がいい? お酒ダメなんだっけ」
 女が早口で言いつのるのを、撃たれた男が口を開いたまま見ている。
「お礼なんていいよぅ。それより、病院」
「ああ、そうだった。行ってくる。でもお礼させてね」
 彼女が去る。
 男たちが残される。七竈納は、彼女のバッグをあっさり預けられた。財布だってスマホだって入っているバッグを。
 小林は撃たれた男を見る。じっと見る。とくに何もない男だと思う。
 バッグを持ち上げた瞬間、納は少し顔をしかめる。寄せられた眉ですら、アーモンド型の瞳とバランスがとれている。
 この顔を見ると、小林の視界を蝶が舞う。苦しい。
「えっと、でね、小林さん。僕、相談っていうか聞きたいこと……わかんないことがあるの」

 

 ゴールドラッシュで、メフィストはまたグラスを傾けていた。だらだらと暑い昼下がりに客はない。
「心肺停止状態で発見」
 3回目の同じセリフ。キムはうんざりだと在庫注文票を書き始める。
「そんだけグチグチ言うんやったら治したるなや」
「心肺停止状態で発見したんやからしゃあないやろ! リード離した瞬間死ぬんか! そこまで即な犬おらんぞ!」
 ヘネシーを一気にあおる。
「一刀斎の言うこときかへんとこ、しっかり受け継ぎおって。せめて全治1週間の全身打撲は残したったのに……。今日も約束したて引っ越しの手伝いやら行きおって……」
「全治1週間で力仕事かいな。ご苦労なこっちゃな」
「いや、インターネットの配線やて。よう知らん。なんか機械のことやろ」
 ドアがからんからんと音を立て、愚痴に割って入る。
「あー、暑い。煮えそう。ビール……って、メフィスト、こんなとこで飲んでていいの?」
「いいのってなんや?」
 隣に座ったコルメガに問い返す。他人事口調でシチリアマフィアは答える。しゃれたシャツが汗に濡れている。
「この十三番街に神父がきて、メフィスト・フェレスはどこだって探してるらしいよ」
「この宗教ご法度の十三番街に? ほんまか? メフィスト、今度は何やってん」
「せやから納が言うこときかへんで全身打撲やって言うてるやん」
 街の女王にして悪魔の女王がめんどうだと思ったのだろう。男2人は話題を切り上げる。
「そういえばキム、表の札が「close」のままだったよ」
「そういえばせやったな。うっかりしすぎやろ思た」
「閉店の札見ながら入ってくんなや」
 しかし、うっかりはうっかりである。キムはのそりと札をつけかえに行く。
 木製のドアにかかる「open」
 刹那、メフィストの指示が飛ぶ。
「伏せろ!」
 銃声。
 連射の炸裂音。
 酒瓶、グラス、窓の割れる音。
 霧のような硝煙を足元に、男が入ってくる。
 茶と灰の中間色の髪。青白い肌。やせ形の東欧系体躯。パープルアイ。
 カソックを身にまとい。ロザリオを腰から提げ。
 両手に掲げる、楽園部隊専用サブマシンガン【アベル】
 店内を見渡している。
 足元に影が伸びている。
 ひっくり返したテーブルの向こうに、コルメガとキム。
 メフィストはテーブル前に立っている。
 瑠璃色の瞳とパープルアイがしかと合う。
 グラスを見せる。
「ヴァチカンの飼い犬よ。君はここに交渉に来たのか? お使いにきたのか? それとも――」
 微笑。
「楽しみにきたのかね?」
 グラスを投げる。
 琥珀色の液体がくるくる回る。
 同時発砲。
 メフィストのサブマシンガン【スコーピオン】
 カソックの男のサブマシンガン【アベル】
 腹に響く連射。
 絶え間ない銃声。
 ひらめくカソックとドレス。
 天地跳ね回る弾丸と布。
 穴だらけになる店に、キムが悲鳴を上げる。
「メフィストッ! そのターミネーターなんとかせい! 閉店するぞコラ!」
 無視して続けられる発砲。店のガラス製品がすべて砕ける。
「加勢しようか?」
 コルメガがベレッタ拳銃を取り出す。
「気遣い無用だ」
 黒いドレスが着地する。
 メフィストは左の拳を開く。
 中から落ちる弾丸を見せつける。
「掴めるということは、当たっても問題がないということだぞ?」
 両者の口角が上がる。
「ずいぶんなご親切だな。メフィスト・フェレス」
 カソックの男は銃を捨てる。
 否。
 2丁のサブマシンガンは、男の影の中に落下する。
 沼のごとく広がる影。
 男はそこに手を突っ込む。
 ずるりと。
 身の丈を超える大鎌を引きずり出す。
 刃が鈍い光を放つ。
「ほう」
 あれならば、己にも傷がつくな。
 メフィストはそう判断する。
 さて。
 考える前にドアが開く。
「メフィストッ!」
 巨躯。
 主の危機に駆け付けた七竈納が。
 主の敵を前にして。
 目を爛々と立っている。
「誰がターミネーター増やせ言うた」
 キムが頭を抱えた。

 

≪空六六六ぷらす!≫

 

こちらはおまけですので、設定及び人間関係が本編と異なります。

 

株式会社空六六六

 

 えっと、七竈納です。女体化が楽しいそうなので、しばらく女体化するそうです。
 後、僕は大人の女性になってて。24歳で。
 えっと、それから
「お、新入社員ちゃん? いいねえ。すげえボン、キュッ、ボンじゃん。やっぱ会社にはかわいい子が一人はほしいよね。あ、でも背は高すぎるな。減点〜。とりあえずお茶淹れてよ」
「はいっ! 淹れてくるのです!」
 本日付で入社しました。入力事務係です。東京の会社員で社会人なのです。がんばります!
(元気よくお茶を淹れに行ったにょたかまどちゃん。しかし、彼女の現在位置は営業課。フロアが違う。次回、賢明な読者諸氏の波乱の予感は的中する)
つづく!


2020/02/02

愛玩犬2

「はい」
「いや……いいよ」
「そう」
 差し出されたマカロンを遠慮する。すると、あっさり自分で食べてしまった。
 いかにも女の子が好きそうなパステルカラー。小林も嫌いではない。ただ、いったん遠慮してみせただけだ。
 なのに、「遠慮しないで」とは言われなかった。小林小五郎は、七竈納にとってその程度の男なのだろう。
「ごめんね。お店まで着いてきてもらって」
「いや……気にしないで」
 納の話がとっちらかっているせいで、歩きながらの会話が長引いただけだ。
 小林はさっきの男を思い出している。
 何も殺すことはないじゃないか。
 向こうだって気のあるそぶりをしたんだから。
「でね、小林さんに教えてほしいことはね」
 気のあるそぶりをするのが商売だったからだ。
「僕ね」
 商売でもなんでもないのに、七竈納には好意を見せる。
「なんでユーリに嫌なこと言っちゃったのかな」
 それは。
「来たか」
 香辛料の香り。
 先日、難民の男女を送っていったサンドイッチ屋。オアシスの店主が非常階段を下りてくる。
「早く来すぎてないですか?」
「今日は休み。問題ない」
 納は小林を振り返る。
「あ、小林さん。これからここで」
「――――!」
 遮るようにアラビア語。
 女の声。
 先日送ってきた彼女が、息せき切って階段を下りてくる。
 相変わらず布で全身を覆っているが、清潔な身なりに変わっている。
 こちらを向いて。
「――――!」
 店主が彼女の肩を叩く。
「先日の礼を言っている。私からも改めて礼を言う。ありがとう。助かった」
 あのときも。小林は納に振り回されただけだ。
 あのときも。ここに来る前も。ずっと。
「あのね、小林さん。さっきの話」
 彼女も、納を見て飛び出してくる。
「後にしてくれ!」
 小林は叫んだ。そして、自宅に逃げ込んだ。

 

 女たちは、弾丸一発でけりがつく社会を求めて、この十三番街にやってくる。
 男たちは、社会のどこにも求められず、この十三番街に流れてくる。
 女はライオン(シンバ)。男は虫。
 小林も、虫だ。
 否。
 小林は、本当に虫に成り果ててしまった。
 視界の端を蝶が舞う。
 泥酔時に必ず見える幻覚だ。だから、いつもは酒を飲まない。
 蝶はひらひらと飛び回る。薄い薄いかんなくずをつぎはぎした羽。羽化したばかりの羽。
 蝶は左胸にとまる。
 その位置には。
 666の刻印ができている。
「何を嘆いている?」
 アパートの窓一面を使って、ベルゼブブが問いかける。
 半身はゲヘナに潜ったままだ。半身をゲヘナの入り口にした窓から出している。
 威厳がある男だ。金髪碧眼の将校風の男。不惑程度の容姿年齢。
 上級悪魔【蠅の王】ベルゼブブ。九王の一人。サタンへの反逆者。そして――。
「あんなに……、あんなに簡単にさ……。骨が砕けちゃうなんて思わなかった……」
 小林が契約してしまった悪魔。
 この蝶も、こんなに簡単に砕けてしまうなんて思わなかった。
「貴様は強くなることを望んだのだろう?」
「だって。強くなったら怖いものなんてないと思ったんだ」
 ベルゼブブは問う。
「何が恐ろしいというのだ」
「納君が怖い」
「愚かな。あのメフィスト・フェレスの小僧など、取るに足らん」
 違う。七竈納だけが怖いのではない。
 七竈納と同類の、あの女が怖い。
 この蝶を創った女が、怖い。

 

 小林は少子高齢化にうめく町で育った。
 町には、その女がいた。ずっといた。
 今の小林ぐらいの年齢だったと思う。
 両親の元で暮らしていた。独身だった。毎日昼間、生活に必要な外出をするので、町の者は皆「引きこもり」と呼んでいた。
 彼女の家は空き地の隣にあり、空き地から彼女の部屋はよく見えた。
 彼女は部屋を網戸だけにして開け放し。薬品の臭いを放っていた。室内には大判の本や図鑑。そして、蝶があふれていた。
 かんなくずや、貝殻や、水晶で創られた蝶が。
 高1の夏休み。小林は蝶を盗んで暮らしていた。
 あの町では中学も高校も同じ連中が多くいて。高校を出れば皆いなくなり。夏休みの合い言葉は「蝶、とりに行こ」だった。
 彼女の部屋に入って、乾かしているさなかの蝶を盗む。
 実行犯はいつも小林だったが、「盗め」とはっきり言われたことはない。
 はっきり言われなくても、わからなくてはいけなかった。
 その日も、蝶を盗みに入った。その日だけ、初めて蝶をはっきり見た。
 これは壊してはいけないものだ。
 今日、「とろう」としていた蝶は、蛹から羽化する瞬間の蝶だった。
 その蝶をはっきり見た。かんなくずのみで創られたその蝶は、他の蝶にくらべて華はなく。しかし、何度も薬品を塗り重ねて。羽化した瞬間の濡れた羽を再現していた。
 生きている。
 そう思った。壊してはいけない。そう理解した。
 盗んだ蝶はみな空き地で踏み潰されると決まっていた。
 逃げよう。逃げるしかない。
 その瞬間、ドアが大きく開いた。
 蝶の創造主。引きこもりが立っていた。創造主は盗人を見据えた。盗人は恐怖にかられ、創造主を突き飛ばした。創造主は倒れ、頭から派手に血を流した。真っ赤な手で、小林の足を掴んで離さなかった。
 不法侵入。強盗傷害。幾度も繰り返された犯行。
 あの蝶たちは売り物だった。小林の両親や学校は、未成年のしたことだからと賠償で済まそうとした。何倍もの値段で賠償できるほどに蝶は安く、彼女の怪我は小さかったのだ。
 彼女は断固として刑事罰を主張した。
 謝罪に行った小林は、「やれと言われたわけではないが、やらないといけない空気だった」と説明した。
 創造主ははっきりと告げた。
「どんな空気であったとしても、やってはいけないことをやってはいけない」
 小林は起訴されたが執行猶予がついた。退学処分になった。町中が創造主を「遊びで作ったものを壊されたぐらいで大人げない」と批難した。
 小林は自身への擁護に充ちた町に住むことが耐えられなかった。町の中で、小林だけがあの蝶の価値を知っていた。

 

「納君は怖い」
 ベルゼブブはあきれを隠さない。
「ならば、殴ればよかろう」
 小林ははじけるように叫んだ。
「今日、僕は人を殴ったよ! イチャモンをつけられたから殴った! きっと今度は殴り返されるよ! 終わらない! 終わりにする方法は1つしかない! 動かなくなるまで殴るんだよ! ついこの間見た! 納君が殴ってた! 納君なら耐えられるだろうね! 僕は無理だ!」
 すすり泣きが混じってきた。
「あんなの……人間じゃない……。僕は、僕はただ……」
 アラビア語の彼女。
 難民として逃れてきた、あの女の子。
 顔も体も隠しているけど。
「カッコいいって思われたかっただけなんだよ!」
 創造主と同じ手をした、小さくひび割れた手をした、あの女の子。
「そうすれば、世界が変わるって……。そう思ったんだ……。悪い方に変わるなんて……そんなの思いつくわけないじゃないか……」
「貴様は」
 ふいにベルゼブブがゲヘナに引っ込む。
「何?」
 気づく。
 ぎしぎしと廊下がきしむ音がする。
 ノックの音が響く。
「小林さーん、いるー?」
「……納君?」
 扉は開けない。
「あ、いた。こんにちは。なんか、喧嘩したって聞いたけど大丈夫?」
「大丈夫?」
 小林は早口でまくしたてた。
「僕は大丈夫さ問題ない。それよりさ、納君はなんで喧嘩して人を殺さないんだい? 動かなくなるまで殴ってるじゃないか。なんでさ。そんなに違いがあることなの?」
 扉の向こうで戸惑っているのが伝わる。
「なんでって……。メフィストが喧嘩で殺しちゃダメっていうからだよ。あの、それよりおつかいがあるんだけど」
「ああそうかい!」
 小林はヒステリックにわめいた。
「じゃあ、君はメフィストさんが好きなんだよ! ユーリ君にいじわるをしたのもそれが理由さ! 恋だよ!」
 息を呑んだ気配。
「恋……。恋ってそんな……。そんなもの、気持ち悪いよ」
 えらく小さな声だった。まるで弱々しいかのようだった。
 だから、余計にヒステリックになった。
「ふざけるなよ! 君ならうまくいくんだよ! 僕なんかとは違うんだ! 君は、君は違う存在なんだよ!」
「どうしちゃったの? あの、とにかくおつかいがあって……」
 絶叫。
「帰ってくれ! もう、もう帰ってくれよ!」
 去って行く足音。
 ベルゼブブがやっと顔を出した。
「気が済んだか。ならば、もう憂いはなかろう」
 小林はぽつんと言った。
「みじめだ。すごくみじめだ」
 怒声が響いた。
「弱い! 弱すぎる! 強くせねば! いや、強くしてやろう!」

 

≪空六六六ぷらす!≫

 

こちらはおまけですので、設定及び人間関係が本編と異なります。

 

株式会社空六六六

 

にょたかまど「あっ、蛍! 久しぶりー! あのねっ、今日から入社したよぉ。よろしくお願いします!」
妙高蛍(24歳女性 営業事務)「……いや……こんなとこで何してんの?」
にょたかまど「お茶くみ!」
蛍「いや……、そうじゃなくて……。お前、入力事務じゃん。フロアが違ぇし……。あと、うちはお茶くみに女子社員使うの禁止だぞ」
にょたかまど「えッ、会社なのに!?」
蛍「……我が社のモットーはな……。「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ」なんだよ……。後は察せるだろ……?」
にょたかまど「……僕、やっていけるかな……」
蛍「……」
にょたかまど「……」
蛍「いや、そこは新人じゃん? 新人……。いや、、まあともかく、その……お前は入力事務係に戻……。っておい、なんだそのお茶、トレイがプールになってんぞおい!」
にょたかまど「持って歩いてたら……なんか……こぼれちゃって……」
蛍「半分も残ってねえ! もうそれはイイよ! それは逆にイイから持ってけ!」
逆にイイってなんなんだろう……。
つづく!

 



2020/02/09

愛玩犬3

 何が悪かったんだろう。
 納は思考を訂正する。
 僕がしてしまった中で、どれが悪かったんだろう。
 この自問自答は納の負のライフワークであり。
 ほとんどの場合、正解がわからない。
 心当たりはいつもたくさんある。
 今回もある。
 小林さんにはいつも会話を合わせてもらっているし。小林さんが会話中で不快そうな表情をしていたこともある。
 何が不快にさせたんだろう。
 何を言ってはいけなかったのだろう。
 あるいは。
 笑顔が不気味だったのだろうか。
 納はじいっと考える。こういうときに一番してはいけないのは「何が悪かったんですか?」と聞いてしまうことだ。
 相手は必ず激怒する。悪かったところは教えてもらえない。
「あれ? 納君、こんなとこにいんの?」
「ふぇっ」
 背後から声をかけられ驚く。急ぎ笑顔を作る。
「えーと……」
 目の前の女性はああ、と言った。
「すっぴんだとわかんないか。ほら、こないだティモン&プンバァまでカバン届けてもらったさ」
「あ。ごめんなさい」
「いーよ。あの時は助かったし。つーか、ぶっちゃけ結構ビビッてたんだよね。あの時。腕の筋もやっちゃったから、メイクできなくってさー。休暇だよ休暇。それより、納君も休みなの? ほっといていいのアレ」
「アレ?」
「え、知らなかったの? ゴールドラッシュでメフィスト・フェレスと神父がドンパチやってるらしいんだけど」
 聞いた瞬間ピルケースを取り出し。七竈納は駆け出した。
 服用、1rの錠剤。

 

「ええかげんにせんかあ! テントで営業さす気かおどれら!」
 キムの悲鳴が響く。
 大ぶりの鎌。
 死神のに酷似。
 降り降ろされた大鎌が、テーブルの盾を砕く。
 大鎌=超重量型打撃武器。
 テーブル下から逃れ、しゃがんだまま足払いをかける。
 相手の姿勢が崩れる。
 が、パープルアイの神父はそのまま浮く。
 逆にかかとを落とされる。
 腹部への一撃。
 痛みで息が止まる。
 向こうの方がリーチが長い。
 不利。
 神父が空中で鎌を振りかぶる。
 白々とした刃が光る。
 相手の武器種別変化。
 刺殺に特化した長物の刃。
 切っ先が突き立てられる未来を予測。
 死。
 大きく息を吐きだす。血の混じった唾が飛ぶ。
 大鎌の柄をつかむ。
 活路。
 武器をとらえた!
 神父はニヤリと笑う。
 大鎌から手を放す。
 超重量にひねられる左手。
「祈るんだな、クソガキ」
 足元の影からサブマシンガン出現。神父の両手に握られる。
 銃口がこちらを向く。
「やめなさい!」
 神父の動きが停止する。
 制止したのはメフィストではない。
 メフィストは、制止した者を待っていたように言った。
「やっと到着かね」
 銃口はぶれない。
 メフィストは銃をしまっている。
 これは、本当に待っていたのだ。
 待っていた男を呼ぶ。
「ヴァチカン直轄武装エクソシスト楽園部隊のはぐれ者。唯一たる真実のエクソシスト。名を呼ぶことを戒められた男」
 通称、M(マスター)!
「ヴァチカンをあそこまで突っつくことはなかったじゃないか。神戸外人墓地での拷問と虐殺。さらに先日のホテルでの皆殺し。彼らはただの純良な人間だよ。私が来るしかないだろう、メフィスト・フェレス」
 Mは初老ながらしっかりした体格の男だ。
 肌艶もいい。物腰も落ち着いている。
 メフィストは優雅に右手を差し出す。
「その通りだ。彼らは殺され、君は来た。そして私はここにいる。さあ、手を組もうじゃないか」
 納は驚愕する。パープルアイの神父も目を見張っている。
 仲間を殺し続けた相手に、手を組もうだって?
 Mだけは驚かない。
「メフィスト・フェレス、理解を承知で言おう。我々ヴァチカンがソロモン七十二霊に手を貸した理由は、お前がそれ以上に強敵だからだ。ヴァチカンは神の従僕として人類を守るために存在する。何から守る? お前のような強すぎる力からだ。お前は神の領分を侵している。ヴァチカンが手を組む可能性はない」
 メフィストは微笑んでいる。
「私はヴァチカンと手を組みたいわけではない。君と手を組みたいのだよ」
 Mは少しだけ鼻白んだ気配を見せる。
「私だけが純良でないと言うのかね」
 メフィストは笑みを濃くする。
「そうだ。君は純良ではない。善良な人間だ」
 Mは公憤する。それを発する前に、メフィストは告げる。
「明日の13時。きっかりその時刻に、君の良心が承諾する条件を提示しよう」
 ひるがえるカソック。
 パープルアイの神父が大鎌を振り上げる。
「いけませんマスター! 誘惑は悪魔の常套手段です!」
 Mは逆に鎮まる。
「カロル。やめなさい」
 飛びかからんとするのを制する。確認する。
「13時だね?」
「13時だ」
「場所は?」
「この店で」
「断る場合は?」
「私が殺されるだろうな」
「なら、明日にしよう。カロル、おいで」
 二人の神父はきびすを返す。
 コルメガがカウンターにもたれかかり、ビールのプルタブを引く。
「この目で見といてアレだけど。まだ実在が信じられないよ」

 

≪空六六六ぷらす!≫

 

こちらはおまけですので、設定及び人間関係が本編と異なります。

 

株式会社空六六六

 

前回のあらすじ。入社初日にお茶くみ禁止を知らず、さらにフロアが違う部署のお茶くみを始めてしまったにょたかまどちゃん(24♀)。既に半分トレイにこぼしている彼女はどうなる!?
「あの、お茶なので……すっ」(こけっ)(びしゃっ)(ビー)(ブルースクリーン)
 訃報:お茶くみを命じた先輩のパソコンとデータ(バックアップ? 知らない子ですね)
「あああああ……ごめ、ごめんなさ……」
 訃報:社内の空気
 登場:金髪碧眼の中学生くらいに見える少女
「何をしているんですか? 即断で自分の部署に来なさい」
「あ、あの、あのね。お姉ちゃんパソコン壊しちゃってね……。それでね……」
「喧嘩を売っているのですか? 私は入力事務係係長、マリュースクです」
 訃報:にょリュースクの身長と色気と外見年齢
「おおおおい! マリュースク! お前、こいつが何したと思って――」
「何ですか? 私の部下に何か落ち度でも?」
 訃報:メンチを切りながらごり押しするマリュースクに刃向かう勇気

 

 つづく!

 



2020/02/20

もてあそぶための犬1

「納は外で待機」
 納は首を傾げる。
「何を待つの?」
 メフィストは落ち着きすぎた声音で言った。
「何があるかわからないから、念のため待機」
 この声音は聞き慣れていた。
 納が何かを欲したとき、「あげない」という返答を受ける際に付随していた声音だった。
 福祉関係者や教員や「お母さんになる人」が、「あげない」理由を説明する際、必ずこの声音になった。
 納はいつも足りない。
 大人たちが説明する「あげない」理由は、全部嘘だと気づくのに、何年も何年もかかるのだ。
 だから、大人たちは、足りない子どもに嘘を吐いても問題ないと判断する。
 何年も先に、納はいない。
「あのね、女の子の服はもう着てたらへんだと思うの」
「そういうことにこだわっちゃいけませんよ。そういう男女の役割の決めつけは、もう社会からなくしていかなければいけないことです」
「でも、おひめさまっていわれてね。ぶったりけったりされるからね」
「それは納君が小さいからです。背が伸びたらそんなことはなくなりますよ」
 足りない納が、こんなに早くメフィストの声音にだけは気づけたのは。
「僕、メフィストのことが好きなんだ」
 ゴールドラッシュの外壁にもたれ、唇を震わせる。
「嫌だ。気づかれたくない」
 既に小林は気づいている。
 いずれ他の人たちも気づくだろう。
 メフィストも気づくだろう。
 気づいて、納を嫌いになるだろう。
 恋という悪しきもの。
 心臓にガラス片が詰まっているような感覚。
 ひょっとしたら、気づいていたのかな。
 納は青ざめ、記憶を展開する。

 

「Mが連れていた男。紫の瞳をした神父。あれは半ヴァンパイアや。純粋なヴァンパイアと違(ちご)て、日光も十字架もニンニクも流れる水も敵やない。……せやけど、眷属を増やすことができへん。
 ヴァンパイアは悪魔の中でも特異な種族でな。自分たちはヴァンパイアであって悪魔ではないと主張してる。東欧に共同のゲヘナを持ち、そこに集って隠れ住んでいる。
 あいつらの最も尊ぶことは、純血、長寿、眷属を健やかに増やすこと。
 古典的な人間の価値観と、独特の貴族制度で生きている」

 

 大人たちは「あげない」理由で騙すとき、絆創膏を1枚くれる。
 納と自分をなだめるために。
 あのヴァンパイアに関する説明は、メフィストの絆創膏なんじゃないか?
 ガラス片が心臓を刺していく。室内ではメフィストとMの挨拶が終わる。室内には蛍、ユキ、中津、ジョーイ、マリュースクも揃っている。コルメガもいる。キムもいる。メフィストは本当にあのMと呼ばれる男に脅威を感じるのだろうか。殺されることを想定しているのだろうか。あのカロルという半ヴァンパイアも中にいる。壁の穴はすべて板で塞がれている。
 中に入れない納に、全部の会話が聞こえていることを、誰も知らない。
 メフィストの声。支配者の口調。
「都市伝説とされている。いや、愛好家が都市伝説だと言い張らざるを得ない映像がある。ルーマニア革命の1年後から撮影され始めたスナップポルノ兼キッズポルノだ。チャウシェスク政権下で有力者だった者の息子が撮影されている。
 最初の撮影で、10にも満たない子どもの首筋に牙を立て、血をすすりながらレイプしている。次の撮影では、その子どもは犯され、切り刻まれ、殺されている。
 しかし、その次の撮影がある。その次も、その次も、同じ子どもが犯され殺され続けている。7回目の撮影、切り落とされた首からはっきりとわかる。彼は成長している。
 撮影は12歳で終わる。しかし、映像は今でも流通している」
 コルメガの声。
「DVD版は、かつてうちも取り扱っていた。今は様々な媒介で流通している。このタブレットでも見られる。この「再生」をタップすれば、今からでも上映される」
 つんざくような声が響く。
「嘘だ! そんなヤツは存在しない!」
 逆に冷静になった声が止める。
「カロル、落ち着きなさい。メフィスト・フェレス、お前は、なぜその話を?」
 メフィストの声。
「この子どもはヴァンパイアからの契約を途中で止められている。ヴァンパイアは処女童貞しか眷属にできないからだ。しかし、半ヴァンパイアを作ることは、ヴァンパイア社会で最も不名誉なこととされている。悪魔に探すことを頼むほどに。
 私は全世界からこの映像を消去できる。映像は記録。つまり、「時」だ。正確には消去ではなく不可視となるだけだが……。記憶に残っても記録は残らない」
「それが、私の良心が承諾する条件かね?」
「そうだ」
 Mは即答した。
「わかった。手を組もう」
 悲鳴じみた声。
「マスター! これはすべて嘘です! 何も映りはしない! すべてでたらめだ! 何も起こらない!」
 何か倒れる音。
「やめろ映すな!」
 メフィストの焦った声。
 誰かの悲鳴。
 衝動。
 窓に走った。
 そして、見てしまった。
「誰か」のではない悲鳴。
 液体に汚れた、折れそうな子ども。
 液体で汚す、大きな大人。
 論を俟たない、レイプ。
 暗転した視界で、這うように離れる。
 コンクリートの感触。
 壁にすがるように、ざらついた表面に爪を立てる。
「穢い」
 嘔吐する。吐瀉物と唾液の間に吐く。
「穢(きたな)い」
 うずくまる肩が掴まれる。
 視界が紫になる。
 カロルが、画面に映っていた子どもが嗤っている。
「お前、同類だな」
 ぐらつく視界は高くなった。
 けれども。
「笑い方でわかるぞ。目つき、仕草、話し方、媚びる癖、すべてに染みついている。一目でわかる」
 紫の瞳が細くなる。
「お前、娼婦(フツカー)だな」
 視界が赤くなる。
 内ポケットから棒手裏剣を引き抜く。
 カロルの顔に向かって突き出す。
 それを歯で受け止められる。金属がかみ砕かれる。
 耳元で囁かれる。鼓膜が震える。
「いじめてやってるんだ。よろこべよ、娼婦」
 赤。
 短刀でカロルの腹を刺す。
 刹那、一喝。
「やめんかっ」
 瑠璃色。
 メフィストの瞳。
「見ないで……」
 コンクリートの壁が倒れてくる。
 下敷きになる。
 行動不能。瑠璃色。

 

≪空六六六ぷらす!≫

 

こちらはおまけですので、設定及び人間関係が本編と異なります。

 

株式会社空六六六

 

前回までのあらすじ 七竈納(24♀) 入社初日に他部署の先輩のパソコンを壊していたら、上司がお迎えにきてくれた。
マリュースク(♀)「この入力事務係は私たち二人しかいません。私は直属の上司なので慧眼をもって接しなさい」
にょたかまどちゃん「はいっ! ……それは敬意で合ってますか?」
マリュースク(♀)「おそらく。この係は昨年できたばかりです。メインの仕事は、社内の書類を整理整頓し、社員の情報共有及び引き継ぎをスムーズにすること。そのためにデータやリスト等をひたすら入力することです。サブの仕事として、他の部署の人手が足らない際はピンチランナーとして手伝います。主に書類作成ですが、何を頼まれるかは場合によって様々です。あなたにはまず、そこの倉庫の書類整理から覚えていただきます。質問は速やかに問答しなさい」
にょたかまどちゃん「はいっ! この倉庫ですね! ……この倉庫ですか?」
 倉庫の有様はホームズもしくは坂口安吾の自室に酷似! 明らかにメインの仕事が1年以上されていない! 社会人生活波乱の幕開け!

 

つづく!

 



2020/02/29