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ハードボイルドダークファンタジー多め。銃と刃がrock 'n' roll! 超重量級の物語。 毎月最初の金曜日更新

妙高蛍の出逢い3

「もともとな、ここらの村は薔薇菩薩も含めて、八幡さまの信徒じゃった」
 北海道土産の木彫りの熊が見つめる応接間。
 老婆は湯呑を握りしめて言う。
「ちゃんとのう、八幡さまのお祭りだけは欠かさんかったよ。戦争中はそりゃあ質素になったがのう。八幡さまのお祭りちゅたら、子どもらにとっては正月くらい楽しみじゃった。その日だけは、砂糖をまぶした餅が食えてな。正月でも餅には砂糖なんぞついとらんかったからなあ。じゃから、戦争は嫌じゃったなあ。砂糖のついた餅がのうなったからなあ」
「とても楽しかったんですね」
 納の言葉に、老婆は頷く。
「楽しかったあ。八幡さまの祭りのためにはな、赤いべべこさえて貰えるんじゃ。母ちゃんと姉ちゃんがこさえてくれたのは嬉しかったなあ。その姉ちゃんも、満州に嫁に行って帰ってこれんかったが」
「さぞ似合ったでしょう」
「わしの姉ちゃんはべっぴんでな。赤いべべ着たら姉ちゃんみたいになれると思たよ。なんのこたあない。赤いべべ着ても姉ちゃんの方がべっぴんじゃった。あの人は色が白うてな。いつもおしろい塗ってるようじゃった」
「僕は、奥さんの肌の色も好きです。ツヤがよいな、と思います。お姉さんもきれいだったでしょうけど、奥さんは今でもよい女性です」
 ほとんど表情を出さず、まっすぐな瞳で納はこれらの言葉を言う。
 率直に、本心から、好意をぶつける。
 老婆は心底嬉しそうに笑った。
「そんなん言われたことないわ」
 頃合いだ。とメフェイストは胸中で呟く。
 納の飾りのない褒め言葉は、何より女にとっての潤滑剤である。
 天性の才能だ。
「その、八幡さまをきちんと慕っていた方々が、何故に近づいたらあかん存在になったんです?」
 メフェイストの言葉に、老婆は顔を歪める。
「戦争が終わってすぐな。おかしな行者が薔薇菩薩に居ついたんじゃ」
 入れ歯をぐっと噛みしめて。
「蛍火のおしえ、いうんを説いてまわってな。この村に病人が多いのも、頭のおかしいんが多いのもみんなみんな、神様がおらんからじゃと」
 メフェイストは身を乗り出す。
「実際多かった。兵役でも、薔薇菩薩のもんはみぃんな乙になるんが決まっとった」
 納は静かに座っている。
「神様がおらんのじゃない。血が濃いんじゃ。村の中でずうっと子を成しておるからじゃ。行者もそれはわかっとったんじゃ。だからあんな恐ろしいことを説いてまわったんじゃ」
「恐ろしい?」
「恐ろしい。恐ろしいことじゃ」
 老婆の顔が、湯呑の茶に写る。
 皺としみに、長い山村の生活の苦労がしのばれた。
「村の外から孕んだ女を攫ってこい、と説いてまわったんじゃ」
「攫う……」
 納が息を呑む。
「女が産んだややこが女の子なら、村の男と添わせて子供をたくさん産ませ」
 子どもを産む女。
「男の子なら、神様じゃ。蛍様という神様じゃ。十六になった年の田植えの前に、殺してまた新しい孕んだ女を攫ってこいと」
「まさか」
 納の言葉を老婆は鋭く肯定する。
「あの村はずっと続けておるんじゃ昭和二十八年からずっと。そんな畜生の所業を」
「昭和二十八年で時が止まっているのも?」
「その行者の教えじゃ。時と云う輪廻から解脱するとな。行者は村中からそれこそ神様みたいに崇められて、大阪万博の年に死んだわ」
 老婆は話し終えると、胸のつかえがとれたような顔をした。
「誰もが知っとるのに、誰も言うたらいかん話じゃった。ああすうとした。ああすうとした」

 

 その夜、帰って来た納の申し訳なさそうな表情を見て、メフィストは察した。
「誰ぞに気付かれたんか」
 納はへこみながら言った。
「ごめん。”蛍様”本人に気付かれたよ」
「どんな反応やった?」
「トロすぎる、とか牛か、って言われた」
 メフェイストは声を上げて笑った。
「えらい言われ方やな。まあ、そんな反応やったらええわ。しゃない」
「ごめん……」
 村民会館のソファで、ゴシックドレスの女は煙管を取り出す。
「あれは新聞紙の中に入れられたか?」
「あれって何?」
「ああ、ごめん」
 そう云った指示語を、納は理解できないことを思い出したメフェイストは的確な言葉を言う。
「蛍の母親、妙高ひとみの短大の学生証」
 安心したように納は回答した。
「入れておいたよ。彼は初めて、自分の名字を知ったんじゃないかな」
「そんなら上出来の分類や」
 片手で麦茶のペットボトルを渡す。
「おつかれ。そろそろ寝え。二階の和室に防災用の毛布がある」
「ありがとう」
 階段を上がる納を見送り、メフィストは煙管に火を点けた。
「妙高蛍、私の軍勢には君が必要だ」

 

 蛍は食い入るように新聞を読み続けた。
 カラー写真、テレビ、インターネット。
 踊る情報に混乱していた頭に、母親の写真がすうっと入ってきた。
 記憶と違い、髪を金髪に染めている母親の写真。
 学生証、と書いてある。
「母さん、あんたは、秘密を守るために」
 掌を握りしめると、新聞紙がぐしゃりと潰れる。
「殺されたんじゃねえの……?」
 なぜならば。
 蛍はこの新聞の内容を。
 理解できるからだ。
 母親の、残した言葉から。

 


妙高蛍の出逢い結

 今夜は祭りだ。
 田植え祭り。
 蛍は麻の単を纏う。
 ちくちく、と縫い目の荒さが肌に刺さる。
 昨夜の会話が思い浮かぶ。
「明日の祭りで、殺されるよ」
 ぬばたまの目をした少年は、表情を動かさず言った。
 左目を覆った眼帯が白かった。
「帰れよ!」
 蛍は怒鳴った。
 何も聞きたくなかった。何も考えたくなかった。
 納はまっすぐこちらを見て、続けた。
「逃げないで」
 どくん、と胸に刺さった。
「に、逃げてなんか……」
「逃げてないなら村から出るべきだ。理解したんだろう。理解できているんだろう。ここにいたら命はない」
「お前には……」
 蛍は絶叫した。
「お前には関係ないじゃん! 俺の村なんだよ!」
 電球がばつりと音を立てて切れた。
 真っ暗な闇で、納が出て行く音がした。
 蛍はずるずるとその場に座り込んだ。
「なんで……一緒に行けなかったんだろ……」
 涙がぼろぼろ零れた。
「俺の村なんだよ……なんでいられないんだよ……なんで……俺はふつうに村の子にならなかったんだよ……」
 翌朝、瞼は腫れ上がっていた。
 そして蛍は麻の単を着ている。
 蛍が村を出た後、この村がどうなるか。
 村人は皆縛につき、老人は死ぬ。村はなくなる。
 それを、何度も胸中で呟く。
「俺が死んだら村は残るんだ」
『逃げないで』
 残った言葉がまた頭に浮かぶ。
「逃げて……なんか……ない」
 鏡に顔を写す。目が真っ赤で、顔中むくんでいる。
「かわいくねー……」
 鏡に布を下ろす。

 

 炎が燃える。
 村の集会所。
 板敷の間。
 そこに二つの篝火が焚かれている。
「蛍様」
 村長が目の前で、何やら呪文を唱えている。
 日本語の発音を成しておらず、奇声にしか聞こえない。
「終ンわりました」
 それだけがひどく、落ち着いて聞こえた。
 ホォちゃんが斧を手に取った。
 ホォちゃんは泣いていた。
 蛍は、泣いていなかった。
 しかし、目の前に。
 青いビニールシートが敷かれて。
 そのはじっこのほつれた糸を見た瞬間。
 蛍は叫んだ。
「死にたくないッ!」
 感情の支えが取れてしまった。
 何をしても生きたいと、生存欲求が土砂崩れのようにあふれ出た。
「死にたくないッ! 死にたくないッ! 死にたくないッ!」
 がむしゃらに暴れた。その体を何人もの男が抑え付けた。
 男たちの指が体に食い込んだ
 ホォちゃんは斧を振り上げた。
「たすけてッ」
 大声が上がった。
「やめないと殺すッ!」
 全員の動きが止まった。
 集会所に、学ラン姿の少年が入ってきた。
 右手に抜身の短刀を掲げ。
 もう一度、今度は低く言った。
「やめないと、殺す」
「七竈……納……」
 蛍はその隻眼を唖然と見上げた。
 隻眼には、獰猛さでもなく、凶暴さでもなく。
 怪物性としか言いようがない光があった。
 村長は怒鳴った。
「かまわん! 殺せ!」
 斧が振り下ろされた。
 血が飛び散った。
 蛍の血ではない。
 斧を受け止めた、七竈納の左手が半分吹っ飛んだのだ。
 納は絶叫した。
 しかし、その激痛の中。
 躊躇わず、ホォちゃんの首に短刀を突き立てた。
 噴水のように血が噴き出た。
「なんだ……」
 村人が口々に言った。
「なんだこの化け物はッ!」
 その瞬間、爆音が響いた。
 集会所の気温が一気に上がった。
 外に飛び出た一人が叫んだ。
「空襲だッ! ほんものの空襲だッ!」
 ごうごうと雷のような音が響いた。
 納はついで、蛍を抑え付けている男の背中に刃を突き立てた。
 地鳴りがした。
 また、爆音がした。
「妙高蛍」
 納は告げた。
「生きるためには殺すしかない」
 男の死体の下から這い出た蛍は、ふらつく足取りでホォちゃんの死体の傍に行った。
 斧の柄を握った。
「うあああああああああああッ」
 吠えた。

 

 メフェイストはオペラグラスで集会所の中を見ている。
 蛍が村人の頭に斧を振り下ろし続けている。
 麻の単は血まみれとなり、赤黒く染まっている。
 何事かを叫び続けているようだ。
 きっと、「生きたい」という意味の何かを。
 逃げ惑う村人は頭をかち割られ、肩から斬りおとされ、集会所は血のぬかるみに堕ちている。
「予定通りや」
 刹那、蛍の背後から、一人の男が太い棒を持って襲い掛かった。
 蛍は斧の重さで動けなかった。
 納が短刀で止めた。
 傷の痛みでだろう。短刀が弾かれた。
 その時、納の右手に、刀が出現した。
 短刀ではない。
 打刀であった。抜身の。
 納はそれが出現した瞬間、一秒も躊躇せず、目の前の男の喉を刺した。
 それを引き抜き、短刀を拾って口に咥え。
 右手には打刀を下げ。
 その姿は、最早人とは思えなかった。
「なんやあれは。私の力が勝手に発動した」
 メフェイストはぼそりと呟いたが、すぐに元の作業に戻ることにした。
「私の棄てられしヨハン・ファウストたち。帰っておいで、時の狭間から」
 空に黒い亀裂が入る。
 そこから続々と、爆撃機が現れる。
「B29の焼夷弾。今度こそ本当に喰らってみろ」
 既に何発か落とされたパン籠が、今度は一斉に村に落ちた。
 薔薇菩薩村は炎に呑まれた。
 村人四十人は全員死亡。
 しかし、薔薇菩薩四十人殺しは、歴史には残らないと決まっている。

 


妙高蛍のイメチェン

「ちょっと手ぇ触っていい?」
 蛍の言葉に、納は黙って手を差し出した。
「うわ、お前手ぇデカいな。手首がくびれてる……爪もデカいな。いいなーネイルしやすそう」
「しないよ」
 納の眉間に軽く皺が寄る。
「えー、なんで、かわいいじゃん」
「男がかわいいって言われても嬉しくない」
 がばっと蛍はソファの反対側から大きく身を乗り出す。
「他の十羽一絡げの男がどうだろうと、俺はかわいいって言われたいからかわいいって言って!」
 がぶり寄らんばかりの迫力に、納は目を(彼には右目しかないが)ぱちくりとさせた。
「か、かわいいよ」
「そんな迫力負けしたみたいにかわいいって言われても嬉しくねーよ! 心からかわいいって言えよ!」
「……無理かな」
「ふざけんな真顔で言ってんじゃねえよ」
 十三番街。その中の場違いな、こじんまりとした日本家屋。要するにメフィストの家。もっと言うと、納がちょっと前から住み始めて、蛍が昨日から住み始めた家。
 そのリビングで二人の少年はこんな会話をしているのである。
「もう手を離してよ」
「えー、でもさー」
 左手をもむように触りながら蛍は言う。納の3分の2程度の大きさの両手である。白く、やや血管が見える。
 が、論点はそこではない。
「ホントに元通りなんだなー」
 そう、4日前に薔薇菩薩村で斬りおとされた右手の半分。それが元通り、指まで動いているのだ。
「リカバリーっていうんだっけ? ホントに時間を巻き戻せるんだ。メフィストって」
「そうだね。僕も初めて知ったからびっくりしたよ」
「は……?」
「……?」
 唖然とする蛍に、納は怪訝そうに首を傾げる。
「何か変なこと言ったかな」
「言ったよ!」
「ごめん」
「謝ることじゃねえよ! 何!? お前、治るって知らなかったのに斧を手で受け止めたの!? バカなの!?」
「……別にふつうのことだと思うよ」
「お前の脳内でふつうなだけだよ!」
 怪訝な顔をやめない納に、蛍は嘆息する。
 つまり、この男は。
 出逢って3日もたたず、しかも自分を拒絶した相手の命を助けるために。
 自分の左手を失うことを一秒もためらわなかったわけである。
「頭がショートしたりしてた?」
「失礼だな君は」
「はー……」
 納の右手を放り出し、蛍はずるずるとソファに崩れる。
「お前との今後の付き合い、マジ大変そう……」
「ごめん……何か迷惑かけ」
「迷惑かけたのは俺なの! 勘違いすんなこの牛野郎!」
「じゃあ僕なんでさっきから怒られてるんだよ」
「俺がイラッとしたからだよ!」
 小声で理不尽……という呟きがあったが、蛍は無視してテレビに視線を戻した。
「好きだね、テレビ」
「まーね。村に無かったからね。テレビとかこういう文明って」
 昼近い朝のテレビは、渋谷の流行を報道し続けている。
「やっぱり黒髪ってダサいなー」
「ほっといてくれよ」
「誰がお前の髪の話なんかしてるかよ。俺の髪! こんなずるずる真っ黒なの伸ばしてるの、マジダサくね? メンタルに問題がある女っぽい」
「よくわからない」
 確かに新幹線でかなり奇異の目で見られたが。
「服もさー、こんなダサいのじゃなくてさー」
 蛍はジャージの裾を抓む。血塗れの単しか無かったのだから、本人が服を買いに行くわけにも行かず。よってサイズもわからずのメフィストの苦肉の策は受け入れられなかったようだ。
「男なんて何着たって一緒じゃないか」
「お前が一緒の学ランばっかり着てるんだよ!」
 指を指す。
「なんでずっとそれ着てるんだよ! どう見ても窮屈だろ一番まで止めてるの!」
「ああ」
 納は初めて納得がいった顔をした。
「体をちょっと締め付けてる感じがないと落ち着かないんだ」
「マゾか」
「嫌な言葉知ってるね君」
 それも無視して、またテレビに視線を戻す。
「いいなー、俺もあれやりたい」
「やりたいの?」
 呟きに対する反応に納を見ると、相変わらずの真面目な顔で続ける。
「やりたいんなら、出かけよう」
「へ?」
 問い返す蛍に、納は立ち上がりかけながら言う。
「ドラッグストア兼100円ショップが近くにある。買えるよ、染めたり、なんかそういうの」
「え、いや、だって、俺金持ってないし」
「僕が持ってる。最初の給料は前払いだったから」
「ちょっ悪いじゃん」
「何を言ってるんだ。貸すだけだよ」
「ああ……」
「貸すだけだよ。絶対返してよ。メフィストが君にも仕事があるって言ってたんだからね。絶対に返してよ」
 顔が笑っていない。
「連呼すんなよ。必死かよ。わかったって、行くって。待てって。メフィスト、ちょっと出かけてくる!」

 

 ゴシックドレスにエプロンという珍妙な姿で、メフィストは皿を受け取った。
「はー、いきなり金髪になってたからなんや思たわ」
 夕食後の皿をスポンジで擦りながら、納はやや呆れを顔に出す。
「金がいいんだってさ。茶色とかもあったけど」
「まー好き好きやけどな。で、部屋に籠って何やっとんのあの子」
「シュシュって言ったっけ……あの、なんか布の髪飾り」
「そういう表現をするとかわいさが無くなるな」
「うん。あれを見つけた瞬間、じっと立ち止まって。「欲しいの?」って聞いたら、「これ……作れるな」って」
「ああ、それで端切れと裁縫箱ないかって騒いでたんか。シュシュ作ってんのか。それぐらい買うたらええのに」
「買った方が安い気もするね」
「アホ。作るって行為がかわいいんだよ」
 ふいに後ろからした声に振り返る。蛍が小柄な体を仁王立ちさせていた。
「あ、できたん? かわいいやん」
 背中まである金髪が、水玉のシュシュで留められていた。作り手は得意げに胸を張る。
「ま、簡単だよあれぐらい」
「ふうん、スゴいな」
「お前が言う? マニキュア買った後シュシュ見てたら、「そういう趣味に偏見はないよ……」って気まずそうに言ったお前が言う? 完全に女装趣味だと思ってたし、偏見バリバリじゃねえか」
「えっ、女装じゃないの?」
「男がかわいいカッコしちゃダメって法律いつできたんだよ。中世暗黒時代!?」
「ああ……うん」
 条件反射のように噛みつくヤツだ。
 メフィストの顔にも呆れが浮かんだ直後、蛍はずっと右手を突きだした。
「やる」
「……?」
「お前にだよ、納!」
 首を傾げたまま動かなかった名を呼び、強く、それを押し付ける。
「ブックカバー……」
 絣の端切れで作られたそれを押し付けられ、納は恐る恐る言った。
「ありがとう……」
 蛍はまた怒った口調で大声を出した。
「だからそれはこっちのセリフだっての! ありがとう! ちょっとトリートメント買って来る! 髪超ぎしぎししてんじゃん! あんだけ自信満々だったのに使い方知らねーんだから!」
 扉が閉まる。
 納はうつむいて皿洗いを続けだす。
「僕……蛍と上手くやっていけるかな」
「自信ないんか?」
「ないわけじゃ……でも……あるわけでも……」
 メフェイストはパンと納の肩を叩く。
「自信ないならないって言ってもええし、自信あるって言っておこがましいわけでもないの。ま、でも、いけるやつやで、これは」
「だって、蛍はしょっちゅう怒るし……だけど……そんなに非好意的にも見えなくて……」
 ボソボソ。
「んー」
 ひょいと脇からすすぎ終わった皿を取り上げる。
「あの子が一人で行動したん、村から離れて初めてやで。そんだけ君はええカンジにできたってこと」
「そうかな……」
 まだ自信なさげな様子を背後に、メフィストはオレンジを取り出す。
「食べよっか」

 

 

≪空六六六ぷらす! いち!≫
納「……って何?」
メフィスト「要するに小ネタコーナーや。なお、初回は「って何?」で始まるのがこういうもののテンプレやで。誰でも思いつくネタの焼き直しで別に面白くないのもテンプレ」
蛍「第一回から敵を作る発言すんな!」

 


ユキ・クリコワの出逢い1

 階段を下りる。
 手すりを持って一歩一歩。
 段差を確認しながら。
「お前階段下りんの遅いなあ」
 蛍が下から呆れた調子で言う。
「ごめん。階段は苦手なんだ」
 謝罪に、なぜか怒る。
「悪口言われて謝んなよ! 妙高蛍の理不尽なダメ出しだよ今のは!」
「何がしたいんだよお前は」
 納が呆れかえすと、口調が憮然としたものに変わる。
「やっぱり片目で眼鏡だから……苦手なの?」
「いや? 両目が見えてた頃から普通に苦手だったよ?」
 更になぜか蛍ははーと頭を抱える。
「で、どうかしたの?」
「どうかしなきゃ話しかけない訳じゃないけど、今回は別。メフィストが書斎で呼んでる」
「メフィストが? なんだろう」
 1階の最も北側の四畳半。そこが書斎だ。
 天井近くまで作り付けの本棚が圧迫し、そこにぎっしり書類が詰まっている。
 仕事のものだそうだ。
 十三番街の元締めやら、日本の表ざたにできない仕事の始末やら、何かと忙しいのだ、彼女は。
 現在納と蛍は使いっぱしりを始めたばかりだが、それでも十三番街の中を何軒も往復する。
 その壁際。
 デスクトップパソコンの前で、メフィストは頭を抱えていた。
 ゴシックドレスの女がパソコンの前にくずおれている姿と言うのはレアだが、メフィストがこんな弱弱しい姿を見せるのもレアだ。
「どうしたの? メフェイスト」
「ああ、納……パソコンがな……」
 どんよりした目で叫ぶ。
「全然動かへん! 20秒に1回くらい止まる!」
「壊れたんじゃないの?」
 蛍の言葉に、ため息まじりに頷く。
「買い替えなあかんかなあ」
 納は後ろから画面を覗き込んだ。
「ちょっと使っていい?」
「うん、無理せんでな」
 1分後。
「容量がいっぱいになってるだけだよ」
「……?」
「データを詰め込みすぎってこと。別に壊れてない。蛍、中田電気に行って、外付けハードディスク買ってきて」
「え? 何それ?」
「今メモする。中田さんがまた酔っぱらってたら、代金だけ置いて商品持って来ればいいから」
「お、おう」
 2時間後。
「これで普通に動くようになったよ」
「えええええ! すごっ」
 納の無表情さに、少し嬉しさのようなものが混じる。
「いや、学校で習うから。パソコンは」
「えっ習うん? データの移し方とか習うん!?」
「それは習ってないけど、ネットで検索した。後、自動バックアップが全部保存されてたのを削除して……。習ったのは表計算と文章作成くらいだよ」
「えっそれできんの!?」
「習ったから」
 メフェイストはがしっと納の両肩を掴む。
「今後、君にパソコンを使う業務は全て任せた」
「え……う、うん……わかった……」
「で、何がしたかったのさ、メフィスト」
 蛍の言葉に、ああ、とメフェイストはブックマークフォルダを開く。
「このSNSやねんけどな」
 タイトルは『ゆーちゃんの日常』となっている。
 プロフィール:ゆーちゃん 都内に住む中三女子 いっぱい絡んでくれる方募集中 お絵かき大好き ゲーム絵中心に描きます 毎日おうちに引きこもり中のヲタク お友達も大募集 お気軽に声かけてください
 句読点代わりに絵文字が使われている。
「うわ、なんか地雷っぽい」
 蛍の率直な感想に頷き、SNSの内容に移動する。
『今日は洗濯物たたんだ!』
『今日は最悪。お母さんの仕事が忙しくて夕ご飯が冷凍のコロッケだった。母子家庭ってホントにつらい』
『ねこちゃん飼いたいな〜。でも、お母さんが世話できないでしょって。ねこちゃんは世話なんてそんなにいらないよ〜』
「地雷じゃん」
 蛍の言葉に納得しかない。
「母子家庭なのに家事をめったに手伝わないって意味のことわざわざ公表するとか普通にヤバいじゃんこいつ」
「そうだね。うちも父子家庭で父親が家事をやらなかったから、すごく忙しい思いをしたよ」
「お前の家庭環境も大概ヤバかったんだな」
 メフェイストのマウスがスクロールする。
「この日から、事情が変わり始める。一年前や」
『なんか、姉とか云う人が家に寄生し始めたんだけど』
「姉?」
『離婚した親父が死んだとかで一緒に住まなきゃいけなくなった。マジ最悪。髪の毛とか真っ白で見るからにキモい』
『日本語がカタコトなのマジキモい。お母さんはお父さんはロシア人だったからしょうがないって言うけど、ちゃんと訓練するって約束してくれた』
『あの女、夜まで寝てばっかりいる。日光に当たると具合が悪くなるとか言って。ニートが家にいると雰囲気悪くなるんですけど』
『洗濯畳んどいたとか言われたけど、あの女がさわった服とか着たくなくて泣いた。お母さんが注意するって言ってくれた』
『ごはん一緒に食べようとか言われたから、みそ汁ぶっかけてやった。ざまあみろ。働かざる者食うべからず』
『カゼひいちゃった。つらいよう〜。あの女がなんかできることないですかとか言うから、千羽鶴でも作れって言ってやった』
『マジキモい。ホントに作ってきた。ソッコーで捨てた』
『ホントあいつ殺したい。存在自体がイヤ。何がお姉ちゃん? お母さんの娘はあたしだけなんだけど』
「スゴい。虐待を発表してる神経ハンパないわ。こういうのって叩かれないの?」
「ああ、案の定批判コメント殺到でな。今は友達以外閲覧できんようになってる。私は事前に見られるように申請しといたんや」
「友達いるんだこいつ。びっくりだわ」
「どうしようもないヤツはどうしようもないヤツ同士で集まるんだよ。話が合うから」
「たまに辛辣だよな、納って」
 メフェイストがさらにスクロールする。
「このコメント見てみい」
>>『じゃあさあ、殺しちゃったらよくね?』
>>『警察に捕まっちゃうじゃん』
>>『呪い殺したらいいんだよ。そんなん警察に手出ししようがないもん』
>>『ムリ(笑)』
>>『こないだネットで見たんだ。悪魔を呼び出す魔方陣』
>>『マジでできんの?』
>>『画像参照。悪魔、メフィスト・フェレスを呼び出す魔方陣』
 画面を見つめる二人に、メフィストは振り返る。
「呼び出されたら、行かなあかんやろ」

 

 

 

≪空六六六ぷらす! に!≫

 

メフィスト「今後、君にパソコンを使う業務は全てまかせた」
納(今、メフィストの視線がすごく分厚い名簿とすごく分厚い会計記録のファイルにいった気がしたんだけど……)
一週間後
納「名簿の重複しているらしい名前を纏めて印刷しておいたから確認して。プリンタが壊れてるって言ってたけど、紙詰まりを直したら動いた。後、メモリを増設したいんだけど、買ってもいいかな?」
メフィスト「えっ、何この子掘り出し物……!」
納「いや、別に機械に強いわけじゃないんだよ」
蛍「納ー、パソコンの灯りつきっぱなしだけどー?」
納「ちょっとの時間離れるだけなら、スリープモードにしておいた方が節電になるから」
メフィスト「掘り出し物っ!」
納「メフィスト、今まで書類仕事どうしてたの……?」

 


ユキ・クリコワの出逢い2

『こないだゆーちゃんが描いてくれた真田兄弟、超かっこよかったあ』
『ありがとー! 気合い入れたんだよね』
『今度オリキャラの女主人公で無双の小説描くから挿絵描いてくんない?』
『超オッケー』
 SNSに返信を終え、スマホを切る。
 こんこん、とノック。
「ゆーちゃん、入るわよ」
 母親だ。
「何?」
 わざと舌打ちをする。
「ゆーちゃん、今日で学校を一か月休んでるでしょ……? 担任の先生がいらしてて……」
「具合が悪いの! 帰って貰って!」
 怒鳴る。
 担任が帰ったのを確認すると、リビングのゴミ箱を蹴っ飛ばす。
 ゴミが撒き散らかされる。その中に混ざっていたボツのイラストにますますイラつき、椅子をひっくり返す。
 加湿器を倒すと、銀色のカバーが外れた。
「ゆーちゃん、何してるデス?」
 来やがった。
 奥の、前は物置だった部屋から。
 長い白髪、雪のように白い肌、赤い瞳。
「うるさい! お姉ちゃんなんか嫌いなんだよ! 死んじゃえ!」
 姉はしつこく続ける。
「物を壊す良くないデス。同じマンションの人もびっくりするネー」
「うるさい!」
 テーブルに置きっぱなしのコーヒーをぶっかけると、白髪から雫を滴らせながら言った。
「具合悪いっていってたのに、元気デスヨ?」
 完全に頭に血が上った。
 わあっと声を張り上げて、彼女は泣きだした。
 大声で。部屋中に響くように。
 姉は慌てて寝室の母を呼びに行く。
 しかし、母は眠たそうに言った。
「ちょっとイライラしてるだけよ。気にしなくていいの」
「だけど、このところ毎日ダネ。心配デス」
「気にすることないわよ。めんどうくさいじゃない」
「もー頼りにならないデス」
「頼りにならなくていいもん」
 そのやり取りを聞きながら、捨ててあったイラストを手に取る。
 先日友人にあげたイラストのボツだ。
 何枚もある。
 これだって。
 これだって十分上手いのに。
 激しく泣き声を上げる。
 その時。
 時計の秒針が止まった。
 ベランダに、ゴシック調黒いロングドレスの女が立っていた。
 女はシルクハットを手に取った。左手にはステッキ。
「私は最上級悪魔が一人、鉄の女王、メフィスト・フェレス。ここを開(あ)け」
 呆然。
 見ていると、女の背後を何かがゆっくりと降りて行った。
 毛むくじゃらの体、顔の真ん中に20センチほどの口があり、後はのっぺらぼう。
「何……あれ」
 メフェイスト・フェレスは怒りのような笑顔を見せた。
「やはり介入してきたか! だが止められはせん! 止めさせはせん! 契約を行うぞ!」
 窓がステッキで叩き割られた。

 

「時間停止(タイム・アウト)だ」
 そう呟いた納に、蛍は叫ぶ。
「納! 何あれ!?」
 マンションの棟の間から、毛むくじゃらの化け物が下りていくのが見えたのだ。
「わからない。だけど、メフィストは邪魔する者は悉(ことごと)く殺せと言っていた」
 そう言った瞬間、納は階段に向かって走り出した。
「あんな化け物! 殺せるわけないじゃん!」
 納は走りながら答える。
「この世に存在する者はみんな目に見える。目に見えるということはみんなこの世に存在する。この世に存在するもので、死なないものはいない」
 階段に突き当たる。
「ちょっお前、階段苦手って! 今エレベーター呼ぶから!」
 蛍の言葉を待たず、納は一飛びに踊場まで跳び下りた。
「先に行くよ」
 再び踊場まで跳び下りて行く。
 蛍はあーもう、と言った。
「ほんっとお前ってそういうヤツだよ」

 

「ちょっ……待って……あたしはお姉ちゃんが死んでほしいとは言ったけど、本気で殺そうなんて」
 彼女は狼狽する。
 メフェイスト・フェレスは構わずに入ってくる。
「残念ながら、本気で殺すつもりだったのだ」
 ニィと笑みを作る。
「不愉快な存在を悉く抹殺し、血塗り道を行こうとも。それが己が人生の汚点とは考えない。ごく純然たる障害物の排除、それだけ」
 ドン、と母親の寝室の扉が開く。
「そうだろう? ユキ・クリコワ」
 母親が床に倒れる。
 その体から、血がどくどくと流れる。
「た……たすけて……」
 母親がうめく。
「そんな難しい言い方されてもわからないね」
 彼女は悲鳴を上げる。
「お姉ちゃん!」
 躊躇わず、白髪に返り血を浴びながら。
 姉は、ユキ・クリコワは。
 割った一升瓶の尖った面を、母の喉に振り下ろす。
 鶏を絞めるような絶叫。
「なんでなんでなんで!」
 母親の背を踏みつけて、ユキは言った。
「あなたたち私を侮辱した。報復されるの当たり前だね」
 メフェイスト・フェレスとユキ・クリコワは向かい合う。
「丈夫な体と引き換えに、君は私の下僕(しもべ)となり、私は君の下僕となる」
「いいよ。願ったり叶ったりだね。やっぱり人間、捨て鉢になったらいけないね」
 ユキ・クリコワは妹に向き直った。
「ゆーちゃん、私あなたを殺します。メフィストにそう願った。だけど、その前にお話があります」
 妹が握りしめていたボツイラストを指差す。
「その絵についてです」

 

 

≪空六六六ぷらす! さん!≫

 

ユキ「ハーイ! メインヒロイン、ユキ・クリコワちゃん登場だネー!」
蛍「メフィストがヒロインじゃなかったんだ」
ユキ「お待たせしましタ! お待ちかねの巨乳ヒロインダヨー! ぽいんぽいんだネ!」
納「あー、ちょっと言い難いんだけど……作者からこんな手紙が……」
『巨乳は大好きですが、十代女子の巨乳は燃えないので、今後はダブルヒロインでいこうと思います。大人のおねえさんの巨乳に顔を埋めたい』
ユキ「散々待たせていい度胸です。首を洗って待ってるね、作者」
納「シリアスなモードだと、語尾がひらがなになるんだな」
蛍「シリアスモードになるハードル低すぎじゃね?」

ユキ・クリコワの出逢い3

 化け物が走れば届く距離になった瞬間、納の右手に刀が出現した。
 それを両手に握りしめ、一直線に突進していく。
「何だ貴様、貴様は記録に無い。なぜメフィスト・フェレスの味方をする!? なぜこの姿を見て恐れない!?」
 納は答えた。
「メフィストがお前を殺せと言った。それ以上に理由はないし、恐れている場合じゃない」
 力いっぱい刀を化け物に突き立てる。
 タールのような血液が噴き出す。
 それを全身に浴びる。
 笑いもしない。無表情でもない。怒りもしない。
 純然たる殺意のみの表情!
 蛍は呟いた。
「どっちが化け物だかわかりゃしねえ……」
 メフェイストはそれを窓から見ていた。
「そうだ。納の恐ろしさはその純粋さだ」
 あの子は純粋な正義感でもって行動する。
 己が正しいと思うことは必ずやり、正しいと思う人の命令はどんなことも遂行する。
 人を見捨てる、人を苦しませる、そんな悪事は決してやらない。
 しかし、彼の中で、「殺害」は悪事ではない!
 その異常すぎる正義感は、正義を執行するために誰を手にかけても問題にしない!
 そして彼の中で最もためらいなく「手にかけていい」と思える存在は自分自身!
「恐ろしいだろう、サタン。君とは真逆のエゴイズムに生きる男だ。最早人間の思考ではない。新たな怪物。名前の無い怪物だ」
 ユキ・クリコワに向き直る。
「さあ、話を、会話を。未練一縷も残らぬように」
「ですね」
 ユキは妹の方を向く。
「ゆーちゃん、あなた、ネットの友達と絵の話ばっかりしてるね」
 妹はびくりと肩を竦ませる。
「だけど、あなた、絵なんてホントは全然好きじゃないね」
「ち、ちがう、あたしは絵を描くのが趣味で……」
 割れた瓶が投げ捨てられる。
「好きじゃない。好きなら、いっしょう懸命練習する。いっしょう懸命練習するから、少しずつでも上手くなる。上手くなると嬉しくなる。もっと好きになる。練習あんまり楽しくないときある。でも好きなことがヘタなのとても悲しい。好きなことは練習する」
 でも
「あなた、いつまでたっても手が描けないから袖を長くしてごまかしてる。描く人間、みんな同じ体型で同じポーズ、正面向いて棒立ち。髪型と目の色だけ変えてるけど、服も結局形は全部同じだね。そして背景は描いたことない」
 でも
「あなた、絵以外の話が何もできない。友達もみんなそう。だからみんな、好きでもなんでもない絵の話をずっとしてる」
 だから
「ゆーちゃんが私が描いた絵を自分が描いたって言っても気づかない」
 ざあっと妹の顔から血の気が引いた。
「なんで……なんで知って……」
 ユキはあっさり答えた。
「お母さん、毎回私にゆーちゃんが描いてほしい絵のお願いを伝言する時に教えてくれてたよ。自分で描いたことにして友達に見せるって」
 妹は唇をわななかせる。怒りに。ヒステリーに。
「この女……ッ! 絶対内緒って言ったのに……!」
 母親の死体を睨みつける。
「そう。このひと、相手の気持ちを考えられない。私が嫌な思いしても全然平気。ゆーちゃんが嫌な思いしても全然平気。その場だけしのげればそれでいいって生きてた。後先のこと考えて生きるの面倒くさいって生きてた。もう死んだけど」
 だから
「その時、子どもいなくてさびしかったから、それだけを考えてお父さんと子ども作った」
 妹が息を呑む。
「そんな話聞いてない!」
「私はお父さんから聞いてる。お父さんロシア人。私と同じアルビノ。お日様に当たると具合悪くなる。耳も聞こえなかった。でも、私愛してくれた。いつも二人で夜中にコンビニ行ってたよ。二人で絵の練習たくさんした。すごくカッコよかった」
 お母さんは
「かわいい子どもほしかった。だからお父さんと結婚した。最初から子供できたら別れるつもりだった。お父さんは知らなかったけど。でも、生まれた子ども、思ってたのと違った。アルビノだった。それが私」
 そんな子どもは
「育てるのが面倒くさかったからいらなかった。だから次の子作って別れた。それがあなた。あのひと、すごく面倒くさがり、あなたそっくりだね」
 妹は血の気が引く。
「お父さん私のこと大好きだった。私もお父さん大好きだった。お父さん、私のためになること面倒くさいなんて言ったことない。筆談しかできなかったけど」
 でも
「あなた、悪いことしても叱るの面倒くさい言われる」
 あなた
「誰からも愛されてない」
 絶叫。
「いやああああああああッ」
 妹は必死に白い手に縋りついた。手が血でべっとりと濡れた。
「お姉ちゃんは愛してくれるよね!? あたしを愛してくれるよね!? あたしをひとりぼっちになんてしないよね!? 二人で絵を描いて暮らせるよね」
 涙をだくだくと流しながら縋りついた。
 ユキはそれを、赤い瞳で見下ろした。
「いやです」
 妹の首に右手を、左手を肩にかける。
 妹の涙で手が濡れる。
「あなた、性格の悪いなまけもの。だから死ぬいいです」
 ごきり。
 関節がへし折れる音。
 血しぶき。
 ユキは、素手で妹の首をねじ切った。
 涙を流していた首が、ボールのように宙を飛んだ。
 メフェイスト・フェレスは拍手した。
「さあ、私の駒は揃った。世界が見捨てた子供たちが、天に向かって銃を撃つ! 今度の私は負けはしない。鉄の女王は勝利する!」
 窓下で納は、突き刺した刀を抜く前に、食人鬼(グール)に大きく噛みつかれた。
 巨大な口が右肩から半身に歯を立て、動きが封じられ、血が噴き出し、激痛が走る。
 喰いちぎられる!
 そう思った瞬間、パンっと破裂音がした。
 食人鬼の顎が外れ、倒れて行く。
「蛍!」
 後ろから、小さなリボルバーを構えた蛍の姿が見えた。
 噛みついて動きが取れないのを逆に利用して、後頭部に銃口を押し当てて撃ったのだ。
「もー、すげえ怖かったじゃん。ほんっと何も考えないで突っ込むんだから。しっかりしてよね」
 怒った口調に「ありがとう」と心から礼を言って。
 そのまま納はがくりと膝をついた。

 

≪空六六ぷらす! よん!≫

 

ユキ「私もだけど、メフィストもシリアスモードになると口調が変わるネー」
メフィスト「ああ、別に関西弁ネイティブとちゃうからな。緊迫するとつい標準語になる」
ユキ「……あれ……標準語じゃないデスヨ?」
メフィスト「えっ」
ユキ「一番近いのはヒラコー節デスヨ。日本語苦手なんデス?」
メフィスト「いや……ドイツ語やとずっとああなんやけど……平野耕太……」
納「あっちが素なんだ……意識してるんだと思ってた」
蛍「後、ポーズもよく平野耕太なポーズしてるよな」

ユキ・クリコワの出逢い結

 ガチャリ。
 扉が開く音。
 血塗りの床で腰に手を当てて立つ女。
「来たか、納、蛍」
 ゴッバサバサバサガチャーン。
「えっちょっと何やってんの」
 不穏な物音に思わず普通に驚いてしまう。玄関に駆け寄ると。
 玄関口で納が頭を押さえてうずくまり、蛍が散らばった新聞紙を集めていた。
 納の右半身からかなり出血しているが、押さえているのは頭である。
「……何してんの?」
「敷居で頭打った……」
「その新聞紙は?」
 蛍が勝手に代わりに答える。
「頭打った拍子に靴箱に積んであったの引っ繰り返したんだよ。もー、ほんっとどんくさいんだからさー」
 音からして相当激しくぶつけたらしく、まだうずくまっている。しかしどう見ても血まみれの右半身の方が重体なのだが。
 ユキがひょっこりのぞく。
「ウー、あなた、昨日おっきくなったデスカ?」
「いきなりいう事がキツイんだけどこの白髪女」
「ダメだったデス? 金髪の人」
「もっと言ってやって」
「ラジャーダネー」
「ひどいよ」
 ようやく立ち上がった納が抗議するが、蛍に「ひどくない」と言い切られて黙る。
「あなたたちどういう関係デスカ?」
「メフィストの部下ってカンジ? まー、銃撃ったのさっきが初めてだけどね。ヨロシクー」
「蛍はすごいんだよ。なんでもできるよ」
「お前に比べりゃ大概のヤツはなんでもできるよ」
 ほとんど表情が動いていないのでわかりづらいが、納なりの自慢だったらしい。蛍もそこそこまんざらでもない顔だ。ただしあくまでそこそこだが。
 まあ、これで揃った。
「ほしたら中で話そか。二つ問題があるけど」
「問題?」
 メフェイストは親指で背後を指す。
「一つ目は死体が転がってる。二つ目は世界の命運がかかってる。まあ、大した問題とちゃうやろ」
 ため息。
「後二つ問題があるって、メフィスト」
「何?」
 蛍も親指で指差す。
「そこの白髪女のパジャマが血塗れ。納もたった今こぶを作った上に血塗れ」
 メフェイストは口元に手を当てた。
「! 時間回復(タイム・リカバリー)をかけるわ。よう言うてくれた」

 

 リビングの死体の傷口が塞がって行くのを確認して、メフェイストは肘掛付の椅子に座った。残りの三人は床である。
「まあ、話は簡単なんやよ」
 飾ってあった地球儀を手に取る。
「私には大変敵が多い。最下層のチンピラから最上級悪魔のサタンまで。より取り見取りの食い放題。そういうわけで」
 地球儀を放り投げる。
「君たちにはその連中を殺してほしい」
 地球儀を受け止める。
「殺すの? 倒すんじゃなく?」
 蛍の問いにあっさり答える。
「スポーツじゃないからね。殺すに限る。話し合いなんかも望むんじゃないぞ。そんな手間をかけてまで生かしておく必要がない。殺してしまえば簡単に事は澄むんだから」
 空中に亀裂が入る。ゲヘナの入り口だ。そこに手を突っ込んで煙管を取り出す。
「もっかの最重要課題はサタンの殺害だ。古臭い御伽話のように、人類滅亡をたくらんでる。私は彼のために軍勢を揃えた。面倒な男だ」
「ウー、正義の味方みたいダネ」
 ユキの言葉に、メフィストは皮肉っぽく口角を釣り上げる。
「バカ言っちゃいかん。正義と言うものは強いものしかなりえないんだ。勝てば官軍負ければ賊軍っていうだろう? 世の中はそういう風にできているんだ。銃を捨てても多数決で物事を決めるだろう? それは数が多い方が総合的に力が強いからだ。そして現代はこの多数決で決定する、ということを正しいとする力が強い。マイノリティである地点で絶対に正義とはなれない。要するに、正義の味方は人を殺しちゃいかんのだ」
 一瞬の静寂。
 納が破る。抑揚もなく。
「だけど、僕は殺すべきだと思うよ」
「ほう」
 メフェイストが目を細める。
「大多数の人がなんで殺さないという選択肢を取るのか分からないもの。殺してしまえば解決するでしょ? 確かに今の法律では人を殺しちゃいけないけど、それは法律が間違ってる」
「たとえば?」
 うーん、と納は考える。
「そうだね……たとえば、電車でベビーカーに文句を言う人がいたとして。その人は線路に投げ込んでしまえばいいと思う」
「それは電車が止まるぞ」
「ベビーカーが救えるんだよ? みんな我慢できるでしょ」
「文句を言っていた人が改心する可能性もある」
「するかしないかわからない改心を待つより、その場で殺した方が早くて確実でしょ」
「その人にも大切な家族や友人がいるかもしれない」
「我慢すればいいんじゃないかな。悪いことをしたんだから仕方ないよ」
「ふむ」
 なんやろなあ、メフェイストは関西弁に戻る。
「言ってることは私と大して変わらんのやけど、君がすごく怖い子に感じる」
「そうかな?」
「だってメフェイストはいかにも悪い顔して言うケド、オサムはスゴく淡々と言うネー」
 ユキはさっくりと言った。
「ちゃんと育ってないみたいデス」
 きょとんとする納の表情が人形めいている。
「ちょっと話戻そ。さっきの化け物もその敵なわけ?」
 蛍に頷く。
「そうや。あれがサタンの軍勢の最下級悪魔、食人鬼(グール)。まあ、向こうも動き出したってことやな」
「ちゃんと勝算あんのかよ?」
 パチンと指を鳴らす。
「今は無いに等しい。よって君たちを鍛える」
「勝手なんですけど」
「戦争はいつだって勝手なもんや。それを不服に思うのは負けたヤツのすること」
「言ってくれるじゃん」
 蛍は両手を広げる。
 それはそれとして。
「ここ死体と血だらけでキモいから帰りたいんだけど。つかれたしさあ」
「もっともな意見やな」
 突然ユキが慌て出す。それはもう目に見えて。
「帰っちゃうデスカ!?」
「そうやよ」
「私どうすればいいデス!? 死体だらけダヨ!」
 あっさり
「一緒に帰りゃいいじゃん」
「へ!? なんでデスカ! なんで私も一緒に帰るデスカ!?」
 納が少し考えるそぶりをする。首を傾げている。
「おなかすいたから?」
「それはお前だろ」
「だってすいたし」
「こんな死体だらけのとこでなんで食欲わくんだよ」
「いっぱい動いたから」
「動物か」
「後、眠い」
「完全に動物か。俺絶対今日何も食べられないから」
「蛍の分も食べていいの?」
「ポジティブか」
 ユキに向き直る。相変わらず表情は変わらない。
「山分けしよう」
「ヤッター?」
 はいはい、と大げさなそぶりでメフェイストが手を叩く。
「撤収撤収。ユキ」
「ハイ?」
「引っ越しや。十三番街へようこそ」
 暫く戸惑い。
「ハイ!」
 じんわりとぬくもりが広がる。

 

 なお、その晩。
「ホタルってホントスゴいんダネ!」
「ね、なんでもできるでしょ?」
「ウン! びっくりしたヨ! すっぴんになったら目が無いに等しかったネ!」
「……あれ、朝になったら目が開くのかと思ってた」
「違うヨー。すごくいっぱい盛ってるヨー」
「元からツラの良い連中は黙ってろ!」

 

≪空六六六ぷらす! ご!≫

 

正しい回答をせよ。

 

蛍「あー、正月太りしちゃったー」

 

100点の回答。
納「ふーん……全然気づかなかったけど……ちゃんとチェックしててすごいね」
蛍「えー、そう? まあダイエットするって」

 

0点の回答。
ユキ「やっと自覚したデスカ? ヤバいヨー。がんばってくだサイ」
蛍「ざっけんなお前の方がデブだろうがよ!」

 

100点の回答の裏
納「一日に10キロ単位くらいで変動しないとわからなくない?」
ユキ「観察力が足りないんダヨ!」

 


神様をゆるすのはやめよう

 君はどうして出来上がったの。
 教えてよ。名前のない怪物。

 

「メフィスト、納ってさ、何か特殊な環境の生まれなの?」
 蛍の質問に思わず質問で返す。
「いや、君がそれ言うの?」
「オブラートだよ! わかれよ!」
「ちゃんとした親じゃなかったデス? っていうか、人買いとかに売られてたデスカ?」
「オブラート!」
「人買いて……ユキ」
 買ったという可能性アリなのか。少し傷ついた。
 まあ、そろそろ聞かれるだろうな、とは思っていたのでまた質問で返す。
「どうしてそう思たん?」
「こないだベッドの天蓋作るからうるさくなるって言いにあいつの部屋入ったらさー」
「ああ……作ってたな……」
 ノコギリだの木材だの持ち出した時は、棺桶か犬小屋でも作るのかと思った。どっちにしても止めねばと思った。
「そしたらさ、部屋中に服とか本とか置いてあって。だけど散らかってないんだよ」
「どういうこと?」
「きっちり整理整頓されて床に積んであんの。タンス使えよって言ったらさ」
『使い方知らない……』
「って! タンスの使い方知らないってどういうことだよ!」
「えっ、部屋そんなんなん!?」
「使い方教えたらすぐ理解したよ! 俺より断捨離うまかったよ!」
「お疲れ様です!」
 面倒見いいな!
「天蓋作り手伝わせてもあんまりおぼつかないから帰したし! 糸ノコですら危ない!」
 糸ノコは別に使えて当然のモンではないぞ。
「DIYできなさすぎでしょ!」
 DIYっていうか、大工な、それ。
「ホントどっから買ってきたんだよ」
 人買い決定か。
「ユキはどうしてなん?」
「ウー、なんというか、納って仕草が人間っぽくないというカ」
 あー、確かにそれは。
「初音ミクっぽいヨ」
 はつねみく?
「なにそれ?」
「知らないデス? 電子の世界の歌姫ダヨ。画面の中のアンドロイドダヨ!」
「いや、ちょっとわからん……」
「今映像出すネ」
 スマホの画面。歌って踊るCGの少女。
「あー、わかる」
「するよな。こういうあざとい仕草」
「そう。あざといアンドロイドみたいなんダヨ! どこで買ったデスカ!?」
「人身売買なんてやってません! 確かにたいがいあざとい仕草をするとは思ってましたが、私がやらせてるわけじゃありません」
「だって服全然崩さないヨ! 焼き印とか入ってないデス!?」
「あの左目も人買いに潰されたんじゃないの!?」
「君ら納を心配しつつ私をガンガンおとしめてるからね!? お金でどうにかなる兵なら普通にしかるべきところから雇います!」
「そういう用途を疑ってんじゃねえよ」
「若紫計画とか若いツバメとかそういう用途ダヨ!」
「より悪いわ!」
 はあ、とため息。
「えー、納は確かにややこしい子ですが、生まれつきややこしいのが、あんまり恵まれない育ちでさらにややこしくなっただけで、人身売買はされてません。してません。後、私は未成年をそういう意図で引き取ったりはしません。ここ重要。覚えとき」
「ふーん、じゃあいいや」
「本題に入るデス」
「本題ちゃうかったんか今の」
 わりと人間的信用がないことを告白されたに等しいと悪魔は思ったのだが。
 しれっとばかりに二人は言った。
「ケーキ作りたいから材料買って」

 

「じゃ、俺自動かくはん器セットしとくから、卵の白身と黄身分けといて」
「わかった」
「まかせテ!」
「あっ……」
「潰れちゃったネ……」
「……飲もうか」
「ロッキーみたいな解決すんな!」
 騒々しい台所。メフィストはリビングでコーヒーをすする。
「イマイチやなこのブレンド……」
「はい、ユキはチョコ刻んで。納は自動かくはん器……まだスイッチいれんな! あー……やるから飛び散ったの拭いとけ」
「蛍ー、このチョコ何に使うデスカ?」
「レシピちゃんと読め! ここ!」
 電子レンジがオーブン付なのを発見して、ケーキ作りをしたくなったらしく。
 給料から材料費を出すと原価とか考えて楽しくないらしく。
 二人にねだられた後を回想する。
「君もちょっとは甘えてええんやで」
 そう納に言うと、彼はあごに手をやって考え(ホントに初音ミクっぽかった)
 ソファに向かってストンと膝をつくと、メフィストの腰の横に頭と両手をのせた。
「……何してるん?」
「甘える」
「……どこで覚えたん?」
「テレビでこうやって甘えて骨のガムもらってたよ」
「それ犬や! 後、犬でも頭はそこやなくてここやろ!」
 ゴシックドレスの膝をバシバシ叩くと、無表情の中に不思議そうな表情を混ぜて。
「女の人は勝手に触っちゃダメなんだよ?」
「あ、あーうん……そやねんけど……」
 ソファに頭をのせたまま続ける。
「後、おっきくなってから甘えるのは、メフィストにはやりたくない」
 はずかしいのか?
「お金借りて失踪したり、お酒飲んでなぐったり、よその女の人のところから帰らなかったりしたくない」
「確かにされたら困るな! いや、甘えるってそういうんやなくて」
「? そういうのだから大人は甘えちゃダメなんだよ」
「大人だって甘えたいですよ!? 人生たいへんですよ!?」
「!」
 ソファか体を離し、床に座ったままこちらに両手を広げてくる。
「え? それは何? 俺の胸に飛び込んでこいのポーズ?」
 こてん、と首をかしげる。
「甘えていいよ」
「甘えた結果私に何されると思う?」
「ぶたれるだろうけど、メフィストは優しいからそんなに痛くないと思う」
「そんなこといいよって言ったらアカーン! しかもなんでちょっとポジティブなん」
「いいんだよ」
 納は言った。電子の存在のような瞳で。
「僕は神様に愛されてないから、いくらぶってもいいんだよ」
 メフィストの表情を見た瞬間、納はとっさに謝った。
「ごめんなさい」
「……誰に……言われたの?」
「あっえっとごめんなさい」
「別に謝れって言ってるんやなくて……誰にそう言われたのか知りたい」
「なんで?」
「君が思ってるより重要なことだから」
 理解できてない顔。
「小学校一年生のときにね、母さんが町の中を大声で怒鳴りながら歩き回ったんだ。一人で、昼間に」
 クラスの子も親も見ていた。
「次の日学校に行ったら、たくさんの子にたくさんぶたれて」
 何があんなに痛かったんだろう。たかが子供に殴られただけなのに。
「痛くて先生に……何がしたかったのかはよくわからないけど、なぜだか痛いって言いに行ったら」
 しかたがないのよ。
「あなたは神様に愛されなかったから、叩かれてもしかたがないのよって。叩かれたことを誰にも言っちゃダメよって。神様に愛されなかった子は、叩いてもいいんだからって」
 神様に愛されなかった証拠に。
「みんなと違ってお母さんは気が狂ってるでしょ。お父さんは学校の先生やめちゃったでしょ。みんなは神様に愛されてるから、お母さんはわけのわからないことを怒鳴らないし、お父さんはちゃんとお仕事に行くの。ね、わかったでしょう。全部神様に愛されなかったのが悪いの。あなたが悪いのって」
 その言葉は、まだ小さかった僕にも納得できるものだった。
「だから、それからずっとぶたれても誰にも言わなかったよ。父さんだけはぶたなかったから、児童相談所の人に嘘ついたわけじゃないし。メフィストが初めてだよ、誰に言われたか聞いた人は。あっ、ぶたれたことも言っちゃダメだったんだ……どうしよう……。あ、あのね、誰にも言わないで」
 思わず、肩を強くつかんでいた。
 なぜ、誰か、誰か一人でも。
 大人として責任を果たしてこなかった。
 なぜ、自分たちが楽をするツケをこの子に回して平気でいた。
「メフィスト。ごめんね。怒らせて。ごめんね。」
「納、神様が憎らしくはないか……?」
「えっ?」
「君だけを愛さないなんて不当な扱いだと思わんか!? 手に入って当然のものを奪って憎らしいとは思わんか!? 君はマトモな家庭も、安心も、愛情も、全て不当に受けられなかったんだぞ!?」
「あ……そうか……」
 僕はあんまり賢くなくて、なんでこんなにあの先生の言葉が痛いのかわからなかった。
「神様を、殺さなきゃ」
 奪ったツケを払わせなくちゃ。
 憎らしい。
 愛さないのにわざわざ産み出した。
 神様が憎らしいから。
「さて、納、さっきのポーズして」
「?」
 ソファにまた頭を乗せる。
 その頭を、メフィストの手が優しく撫でる。
「こういうのが甘えるってことでーす。後、何かお願いとかある?」
 きょとんとした顔。
「かなえてくれるの?」
「まあ、内容次第で」
「あのね……僕のしゃべり方を女の子みたいって言わないでくれる……?」
「言われたん?」
「学校で言われて一所懸命直してたんだけど、ここで暮らすうちに戻っちゃって……」
「ああ、出会って直後の口調? あれちょっと変やったよ」

 

「焼けた!」
「バカッ。素手でオーブン触るな!」
「竹串につかないヨ!」
「つかないってか焦げかけじゃん! 皿取って、落ち着け! 割る! あーやったよ……」
 皿割ったのか……。
 どれを割ったのか非常に気になるが、完成するまで入るなと言われているので、どうしようもない。マイセンでないことを祈る。
「メフィストーできた!」
「はいはい」
 台所に完成品。少し焦げたチョコレートケーキ。
「我ながら最高のデキ!」
「全部自分で作ったみたいに言うな」
「そうだね。だいたい蛍が作ったからきっとおいしいよ」
「そこまで正直じゃなくてもいい」
 ケーキにはありがとうの文字。
「私が入れたデスヨ!」
「それ以外何やっても失敗しただろうがよ!」
 ケーキの材料をねだった後、彼らは。
「まー、ややこしいけど、その……素直でかわいいんだよ……あいつ」
「初音ミクはかわいいんダヨ! 同じダヨ!」
 を「納には言わないでよ」付で言っていて。
 ふいに納の長身がメフィスト目の前に立ち塞がる。
 見下ろされる。身長ばっかり伸びた体。
 その手がメフィストの頭に伸び。
「!?」
 頭を撫でてきた。
「何!?」
「メフィスト、甘えたいって言った」
 相変わらずの人形のような顔で言う。
「うわあ……何覚えさせてんのメフィスト」
「犯罪よくないデス」
「あっ、いやっちがっ、それよりケーキ! 美味しそうやんケーキ!」
「食べていいの?」
「そうだねー、ケーキうれしいねー」
「お菓子貰って知らない人についてっちゃダメデスヨ」
「大丈夫、僕、小さい子じゃないから」
「からかわへんの! 切り分けるで!」

 

 君はまだまだ大人になるよ。
 共に生きよう、名前のない怪物。

 

≪空六六ぷらす! ろく!≫

 

ユキ「納は一人でごはん食べるデス?」
メフィスト「たまになら人と食べてても大丈夫なんやけどな。毎日やと人が飲食する音が苦手なんや」
ユキ「別に喋ってるわけでもないのに、食べるの遅いですねー」
(自室で食事中の納)
納(レンゲにメンマと麺を入れて……ミニラーメンの出来上がり)
蛍「やけにモタモタ食ってると思ってたらそういうことしてたのかよ」
納「わっ蛍、いつから」
蛍「お前がとんがりコーンでタワー作ってから食べてるのを見た時からこんな事じゃねえかと。遊び食べすんじゃない!」
納「お米におかず乗っけて顔作ったりするのもダメ?」
蛍「そんなことしてたのかよ! 食べることに専念しろ!」

 


お仕事です

「あっいい忘れてた。えっと、僕も始めたばかりだから、ちゃんと教えられるか自信ないけど、よろしくお願いします」
 ぺこっと頭を下げる納の足の下には。
 血まみれの男がうめいていた。
「それ……今言うことか?」
「……だって玄関出てすぐだったし」
 確かに玄関出てすぐに、持っていたアタッシュケースをひったくられそうになった。
 しかし、自転車からこの男が手を伸ばしたのをラリアットで沈め。
 倒れたところを奪った自転車を何度も降り下ろし。
 そして足下で息も絶え絶えにしている現状で。
「何をよろしくしろっての納」
「がんばって集金しよう。蛍はしっかりしてるから大丈夫」
 確かにお前は大丈夫じゃなさそう、という気持ちを飲み込む。
「えっとまずはイケさんとこかな」
 メモを確認。
「イケさん?」
「道でコカイン売ってる人。朝しかお店開いてないから急がないと」
 蛍は先日から抱いていた考えを再確認した。
 ひょっとしてこの街……スラムなんじゃね?
「どうしたの?」
 納の乏しい表情に疑問というものが入る。
「あ、あのさ……それ何の集金?」
「あ、言い忘れてた。ごめんね。あのね、この街に住んでる人はだいたいバックに暴力団とかマフィアとかついてて、お金払って守って貰ってるの。そうしないとイラッとしたとかいう理由で殺されちゃうから。まあ、それでもなんかされる時はされるんだけど、された時バックの人たちが報復してくれるから安心なんだ。メフィストもバックの人の一人なんだよ」
 僕らもその内報復に行くらしいから頑張ろうね、としめられる。同時に蛍の目からハイライトが消える。
 さあ、お仕事開始です。
 一件目。
「イケさーん、今月分貰いに来たよー」
「納、イケさんは無理。これはイケさんは無理だからあきらめよう、な?」
 道にひろげたビニールシートの上にいる男(イケさん)は、一心不乱に鉛筆をボリボリかじっている。
 麻薬ってホントに廃人になるんだあ……。
 すべてがボロボロの男をなんとも言えない目で見つめる。
「大丈夫、売り上げちゃんとあるみたい」
「え、ちょっと」
 躊躇なく廃人の横に置かれたポーチを漁りだし。
「じゃあ、今月分貰ってくね」
「おい」
「またなんかあったら言ってねー」
「それ今だろ!」
 手を振って次の場所に向かう納に、鬼かこいつはとしか思えなかった。

 

 二件目。
 マンションという名前がついている半廃墟の一室で、納はむぅと言った。
「それじゃ今月の集金分使っちゃったの?」
 青白い顔の男がぼそぼそと言い訳する。
「パチンコがさ……全然ツイてなくて……。来月二回分払うからさ……」
「えー困るよぅ」
 そこをなんとか、と頭を下げる。
 どうしようもない街だな、と二件目にして悟る。
「あっお薬がある」
 納が発見した瞬間、男の顔色が変わる。
「高いお薬だから、今月分はこれでいいよ」
「それはおじさんの生命線の薬なの! だから高いの! わかる!? おじさんの命の重みが!」
「じゃあねー困ったことあったら言ってねー」
「人でなしいいい!」
 手を振って出ていく納に、その通りだなと思った。
 三件目
「あのさ、納……」
「何?」
「取り立て過酷すぎない?」
「お金は大事だよ、後ね、メフィストが言ってた」
『さあ、悪いことをしてやろう、と気合いいれてやるヤツは実はあんまりおらへん。たいていはちょっとぐらいならいいだろう、と思ってやる。ちょっとぐらいなら約束を破っていいだろう。ちょっとぐらいなら、人を傷つけてもいいだろう。ちょっとぐらいなら、金を払わなくていいだろう。まあ、そういう本人はちょっとぐらいと思っているだらしなさが、すべての信用をなくすものとなる』
『ちょっとだけでもだらしなくしちゃダメなんだね』
『あ……いや、まったくだらしなくないというのも結構メンタルやられるけど……。まあ、ほどほどにって』
『……』
『うっよくわかってない顔。えーと、お金いるようになるのがわかってるのに使っちゃった人からは全力で取り立ててきなさい』
『わかった』
「だからがんばって取り立てるよ」
「……メフィスト……途中からグダグダじゃん」
「でね、今から行くとこが一番大変」
「もー、人間が出て来たら驚かねえよ」
「人間失格してる」
「は?」
「先生ー! 先生ー! お金払ってー!」
 扉を開けて出てきたのはずいぶん若い男。
「おー、納ちゃんが誰かと一緒に来た」
「あ……妙高蛍です」
「先生、お金!」
「わかってるって、まあちょっと上がれよ。紅茶しかないけど」
 小声で納に問う。
「なあ、先生って……」
「ウィルヘルミナ先生。本名はナイショの小説家」
「いや……この人さ……未成年じゃね?」
「うん。高三だよ」
「なんでこんなとこいんの」
 ポットから紅茶を注ぎながら、ウィルヘルミナは言いきった。
「ネタに溢れてるからだ!」
「ね、人間失格でしょ」
 灰皿に積もった吸殻と、大量の安いチョコレートに説得力がある。
「今、スゴく筆がのってるんだぜ。ラブアンドピースで世界が終わる! アルフォート食べる?」
「食べるけどお金!」
「おいおい納ちゃんや、お金より大切なものはたくさんあるんだぞゴーギャンとか」
「お金ないの?」
「落ち着けシャイロック。ちゃんとある」
 うるさい男だなとは思うが、金を用意していたヤツは初めてだ。掃き溜めかこの街は。
「これが今月分のメフィストに渡す方で」
「うん」
「これが納ちゃんへの借金の分だ」
「うん」
 二つの茶封筒を確認する。
「しかし、今月俺は取材旅行に出かけるので財政難だ」
「うん」
「だから、さっき返した額をまた貸してくれ」
「うん?」
「安心したまえ! 俺が金を返さなかったことがあるか? 今返しただろ?」
「! そっか、そうだね」
「コラーー!」
 蛍に阻まれ、借金はならなかった。

 

 四件目
「たいがい銭ゲバなのになんであんなのは丸め込まれるんだよ!」
「ちょっと不思議には思ってたよ……。なんで先生は毎回ちゃんとお金返してくれるのに、借金は増えていくんだろうって、あ、次はここ」
「もう金貸したりしてないだろうな」
「してないよぉ。こんにちはー、集金ー」
 扉を開けた瞬間、きゃーっと黄色い声が響く。
 明らかに国籍バラバラな夜のお姉さんたちがきゃあきゃあとはしゃいでいる。
「おつかれー、今日もかわいいー!」
「隣の子新入り? こっち来てー!」
「ジュースいれたげなよジュースゥ!」
「えー、そろそろビールでよくなあい?」
「そんならあたしバーボンおごっちゃおっかなー」
「ずるーい、じゃああたしモーツァルトー」
 ……逆にいままでで一番スゴい……。
「あ、えっとお酒はまだ……こっちのクッキーの方が嬉しいな。本当ならこれだってきれいな人たちにお金払わないといけないし……」
「ヤダーかわいいー!」
「こないだもらったマドレーヌ食べてー!」
 ……こいつ女の扱い上手くね!?
「どうしたの蛍、そんなビックリした顔して」
「いや……お前コミュニケーション苦手って……」
「うん、あんまり得意じゃない」
「ねえねえ納君、あたしのどこが変わったかわかるう?」
「うーん、髪の色が薄くなったかな……後、肌がきれいになった気がする」
「きゃーっ肌なんて自分でも気づかなかったあ」
 話に割って入った玄人の女にこの対応で……?
「意外と女好きなのお前……」
「別に? 普通に女の人と接してるよ? 男の人だって優しい人は好きだよ?」
「スゲー強力なギフト貰ってんな……」
「これ今月分ねえ。ねえ、今度営業時間に来なさいよぉ。お金いらないからあ」
「うーん、大人になったらちゃんとお金払ってくるよ」
「きゃーっ、待ってるぅ!」

 

 五件目
「ここで最後だよ」
「……古本屋?」
「アオイさーん」
「ちょっと待ってアオイさんって女だったりする? 声が甲高い女だったりする?」
「なんだか疲れてるね蛍。あ、アオイさーん」
 店の奥からのそのそと出てきた人物を見て。
「良かった! ジジイだ!」
「蛍、よくわからないけど大丈夫?」
 頭が見事に禿げ上がった老人は、メフィストのとこの小僧か、と舌を鳴らした。
「えっとね、アオイさんのとこは集金じゃないの」
 渡されたしわくちゃの紙には、様々な筆跡がある。
「嵐ヶ丘 金閣寺 犬神家の一族……?」
「お取り置き依頼なんだ、これ。ここに書いてある本を在庫から探す仕事」
「おい、はよ来い」
 無愛想な言葉に慌てて返事をする。
 入った店の奥は、一面の本棚。
「なんか……圧倒されるな……」
「アオイさん、本好きなんだよ。読み書きできないけど」
 作者もジャンルもごちゃ混ぜの本棚。
「読めないのに本好き?」
「読めないから、好きなんだって。お姫様と同じで、手が届かないから一生惚れてるって言ってた」
「ふうん」
 何かを抱えてても、しっかりと生きていける街。
「……悪くないかもね」
「あ、でもアオイさんの本好きはスゴいから気を付けてね。書き込みがある本売りにきた人は、もれなくショットガンで吹き飛ばすから」
 しばし沈黙。
「ひっでえなこの街!」
「どうしたの急に」

 

≪空六六六ぷらす! なな!≫

 

ユキ「納はよその女の人にばっかりかわいいって言って、私にはあんまり言ってくれないデース! ズルイヨ!」
納「えー、だっていつもかわいいし毎日会うからちゃんと言ったら一時間に一回くらいかわいいって言うことになっちゃうもん。それは疲れるからやだ」
ユキ「っ!!!」
 蛍ー味見させてー。
 熱いから気ぃつけな。
ユキ「メっメフィストのこともあんまりかわいいって言わないヨ!」
メフィスト「巻き込まんで!」
納「だってかわいいメフィストも好きだけどきれいでカッコいいメフィストの方が好きなんだもん。気合い入れてる時みたいな」
メフィスト「っ!!!」
 蛍ー味見もう一回。
 もうダメ。なくなっちゃうでしょ。
ユキ、メフィスト「……」
 これで最後にするからー。
 どうせ器に盛っても山ほど食うじゃん。
ユキ「口では女を誉めるけど、結局男にばっかりベタベタしてないデス……?」
メフィスト「やめて。ほんまに誉めてる”だけ”って現実見せやんといて」

 


大人たちがお酒を飲む話

「「死んでやる」って言われてきたんだって」
 スコッチのグラスを置いて、コルメガはメフィストに向き直った。
「なんで知ってるん」
「僕と七竈ちゃんは仲良しだからね」
「……その仲良しになるきっかけは、君が無理矢理酒を飲ませて帰れなくなり、君の家に泊まったのがきっかけでは」
 じろりとした目に、伏し目で答える。
「だって妙高ちゃんとかユキちゃんとかわりとぐいぐい飲んでるんだもん。ちょっとくらい大丈夫かと思ったし、まさかテキーラを一気飲みするとは思わなかったし、昏倒した件に関しては深く反省しました。すみませんでした」
「よろしい」
 視線を戻す。
「そういう訳でさ、ベッドから起き上がれない七竈ちゃんといろんな話をしたんだよ」
 そしたらね、彼の思考がちょっとわかった。
 最初はもう覚えてないんだって。
 お母さんが家にいたころ、救急車で病院に運ばれて、酸素マスクをつけられていたことは何度もあって、自殺未遂だってなんとなくわかったらしい。小学一年生の頃に、夜中にお母さんがいなくなって、お父さんと警察が探しに行ったのがはっきり覚えてる最初。一晩中ずっと一人で玄関で待ってたらしい。明け方になって、お父さんだけ帰ってきて、そして言った。「お母さんはな、「今からあなたは死になさい」って声が聞こえて行ってしもうたんや。今は病院にいる」
 七竈ちゃんは当たり前みたいに言ってたけど、僕は正直腹が立ったよ。不安でいっぱいで過ごした小さい子に、なんでそんな真実を伝えてしまうのかって。そしてお母さんは病院へ行って、二度と戻ってこなかった。
 一度だけ、「お母さんに会いたい」って帰ってきたお父さんに言ったんだけど、怒鳴られたって。「飯の支度もできてないわ、部屋は散らかってるわ、息子は泣いとるわ、それでも家か!」って。その時七竈ちゃんはいくつ? って聞いたらたぶん小学二年生くらいかなって。そのあたりから、お父さんに自殺未遂の癖がついたんだって。最初はトイレで、ベルトで首を吊ろうとしてて、止めた後、七竈ちゃんは家中のベルトを隠して回って。それからは、包丁で自殺しようとしたから、包丁を隠して。まあ、それだから料理は七竈ちゃんしかできなくなって、それも誰も教えてくれる訳じゃないからチャーハンしか作れないままで。
 お父さんの自殺未遂癖はどんどん酷くなって、べろんべろんに酔っぱらって七竈ちゃんに罪にならないように遺書を書くから殺してくれって言ったことも何度もあったんだってさ。だけど、成長するにつれて、お父さんはそんなに死ぬつもりが無いことがわかり始めた。本気で命が危なくなると、救急車を呼べって自分で言うから。
 でも、その頃には「死んでやる」の言葉は七竈ちゃんに根っこをしっかりはってしまっていた。なんで死のうとするのかわからない両親は、彼にとって守るべき存在。だから彼は一所懸命心を強くした。
 抱っこして、頭なでて、おやつちょうだい、これ嫌いだから食べたくない、遊びに連れてって、ほめて、叱って、一緒に寝て、お友だちをおうちに連れてきたい、一緒にあそんで、ごほん読んで、優しくして、甘やかして。
 そういうのを、全部我慢するから。
 死なないで。
 そうすると、回りの大人たちはどんどん図に乗った。彼はそんな表現してないけど、僕にはそうとしか思えない。
 父親はね、役所から就職をすすめられると、慌てて病院に行って入院してたんだ。そんなのさ、七竈ちゃんは子供一人で生活だよ? 大人がほっといていい状況じゃない。でも、学校から電話が一本くるだけ。
「繁華街に行ったり、不良と付き合ってはいけませんよ」
 もっと……もっと言うことないのかよ!
 父親は退院したら、政治活動と反差別運動に忙しいって夜中まで帰ってこないか、朝から酒を飲んで寝てるかで。
 家で一人で何してたのか聞いたんだよ。
 そしたら、テレビ見て練習してたんだって。
「普通の子」がする話し方や、仕草を練習してたんだって。
 それをね、がんばって覚えたんだよっていう仕草があざとく媚びを売る仕草にしかなってなくて、なんだか涙が出てきた。
 あの子はずっといろんな人に言葉にせず訴え続けてきたんだ。
 愛してるよ。大好きだよ。僕を愛して。
「で……こたえてくれたのは君だったわけさ、メフィスト」
「……トゲのある言い方をするね」
「だってさ。七竈ちゃんは、ホントに君が命じればなんでもするよ。でも、それは君が信じられていないからだ。できないやれないやりたくないって言ったら、君は死んじゃうか、七竈ちゃんを嫌いになっちゃうと思ってるんだ。信頼なんか全然されてないよ。残念ながらね」
 ククッとコルメガは喉の奥で笑う。
「でも君は言えないんだ。「私より自分の身を守りなさい」って言えないんだ。君はこの戦いの総司令で女王だもの。メフィストが死んだら軍勢は総崩れだ。世界の破滅が待っている」
 ぐっとスコッチを煽る。
「メフィスト、君はあの子をどうしたいのさ。あめ玉程度の優しさを恵んでもらうために命を投げ出すあの子をどうしたいの」
 メフィストは煙管を取り出す。コルメガがライターを差し出す。煙を深く吸い込む。少し笑う。
「わがままを、言ってほしいと思う」
 とん、と灰皿を軽く叩く。
「なるべく手に負えないわがままを。それこそ金切り声で「そんなこと言ったってどうしようもないでしょ!」って叫ぶしか無いような類いのを」
 ブランデーグラスを傾ける。
「そしていつか、幼かった自分にがんばったね、って言ってあげられるような大人になってくれたら最高」
「……」
 コルメガは暫し沈黙した。
「……うちの店で働かせるから譲ってくれない? って切り出そうと思ってたんだけど」
「早い者勝ちや。残念やったな」
 軽く乾杯。グラスが小さく鳴った。