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ハードボイルドダークファンタジー多め。銃と刃がrock 'n' roll! 超重量級の物語。 毎月最初の金曜日更新

好きを表現してみた怪物

 土御門篝火は恋をしている。
 いわゆる初恋というものをずるずる引きずって、再会する望みがない相手だからこそ、安心して恋を続けている。
 しかし、彼の恋はこの物語で砕け散る。
 完膚なきまでに、散る。
 つちみかど かがりび 分類 高校生

 

「蛍、好きー!」
「ぎゃああああっ!」
 可愛さのかけらもないガチな悲鳴を上げた妙高蛍は、いきなり背後から抱きついてきた男をにらみ据えた。
 男――少年――七竈納は抱きついた姿勢のまま、なんで怒るの? とでも言いたげな顔をしている。無表情だ無表情だと思っていたが、意外に考えていることが顔に出るのだ。しかも自覚なくあざとい仕草をするものだから、思考を読むなど幼児でもできるだろう。
「えーと、納、何してんの?」
「ユキに借りた漫画に、大好きな人にはこうするって描いてあった」
「……ごまかさなくていいから正直に言え。お前、俺のことが恋愛対象として好きなの?」
 こてんと首をかしげられる。
「そんなわけないじゃん」
「わかった質問をかえよう。ユキとかメフィストにもこういうことする?」
「女の人にやったら痴漢だよ?」
「じゃあ最後の質問。俺は今、何やってると思う?」
「顔に泡塗ってる」
「ひげ剃ってんだよバカ!」
 信じ難いだろうが、この二人は同年齢である。
「最近のカミソリは安全って言っても限度があるからね! 百八十センチ越えのでっかい男が抱きついてきたら普通に危ないから!」
 納は普通の人らしい行動を取ろうと、勉強熱心なのだが教材を選ぶ段階でだいたい間違えている。
「とにかくひげ剃ってる時にさわっちゃ――」
「……蛍、もうひげ生えてるの?」
「じゃあこのシェービングクリーム誰が使うと思ってたんだよ」
「まずい歯磨き粉じゃなかったのそれ!?」
「なんでも口に入れんじゃねえ!」
 はあ、とため息。
「いつもはお前らが起きてくる前に剃ってたんだよ。今日はたまたま寝坊したの。そーいうわけですっぴんだから、訳わかんねえことしてないで」
 最近化粧の腕を上げ、一時間半で完成するようになったらつい油断した結果である。 女装趣味ではない。男だとハッキリわかるナチュラルメイクだ。 しかし、そのアイテープで開ききった上につけまつげをした蛍の目より、顔を水で洗って全行程が終了する納の方が目が大きく睫毛も長いのは、喧嘩を売っているのかと思うが。左目の医療用眼帯と眼鏡がなければ、目玉の化け物みたいになるのではないだろうか。むしろなれ。
「えっえっいつから生え始めたの?」
「……13くらい?」
「えっ……な、なんかこう生える予兆とかあった?」
「いや……それは……ユキとメフィストに言うなよ」
 耳元でぼそぼそとささやく。納の顔が真っ赤になる。
「お前、いつ頃だった?」
 今度は納がぼそぼそと耳打ちする。
「あー。あーそっかー。ひょっとして親父さんも生えてなくなかった?」
「なんでわかるの!?」
「うん。お前生えないか生えてもスゴく薄い体質だわ。いいじゃん、剃る手間はぶけて」
 バシャバシャと顔を洗う。洗顔フォームを手に取る。
「や、やだよ。ひげも生えないなんて!」
「お前がひげ伸ばしたら、日本人かどうか怪しくなるよ。パスポート拝見されたい願望があんならせいぜい奇跡を祈れ。っていうかすっぴんだから出てけ」
 しかし、ドアは開き逆に人は増えた。
「ウー、こんなとこにいたデスカ。探したデース」
 ユキ・クリコワの白髪が現れる。
 大きさでは納にやや劣るものの、赤い瞳のインパクトは強い。いかにも、なロシア人とのハーフ娘だ。
「探した理由、納にいらんこと教えた自覚があったからじゃね?」
「ににに人間信じ合わなければ世界はいつまでも平和になりまセーン!」
 慌てて話を壮大にしたあたり、その通りだったようだ。
「お前なあ! なんか教える時はちゃんと教えろっつってんだろ!」
「だってー、絵的にかわいいと思ったんダヨー」
「理由になるか!」
 なんでユキは怒られてるんだろう、という顔で納が二人を眺めていると
「あ、ユキ、今後の予定について話があんねんけど」
 ついに怒声が響いた。
「だから人がすっぴんの時にぞろぞろ集まってくんな!」

 

「えー、君たちを鍛えるにあたってですね。専門の先生にお願いしようと思います」
「え? メフィストが教えるんじゃないの?」
「私はどんな重火器でも、最初から使えてしまうからな。教えるのは向かへんねん。ある程度「わからない」という経験をしてないと、「わからない」と言われた時、なぜわからないのか「わからない」ので教え方も「わからない」となってしもて、逆に効率が悪くなる。後、刀に至っては普通に使えない。日本刀使う文化圏にそんな住んでないからね」
 納得。
「で、ユキの先生がとりあえずどんなんか見たいから連れてこい、て言うてんのよ。それで今日はユキと一緒に夜まで出かけるから」
「どこにデス?」
「ん、いや、この街から出ない」
 ふーん。というユキと
「えー、じゃあ俺の先生は?」
 と不満をのべる蛍。
「ほんまやったら蛍の修業も同時に始める予定やってんけどなあ。でも、なんで来れへんか言うには国連の許可とらなあかんから」
「国連!? 蛍の先生そんなスゴい人デス!?」
「その蛍の先生より強いのがユキの先生」
「スゴーイ!」
 おずおずとした声。
「あの……僕の先生は……?」
 メフィストが軽く遠い目をする。
「腕はスゴく立つ男なんやけどね……」
 言いにくそうに。
「二股かけてたのがバレて、とうぶん家に帰れないからちょっと待ってって。……ちゃうちゃうちゃうよ!? 納の先生だけいい加減に選んだんちゃうよ!? ただね! 世代的に娯楽といえば酒と女な世代でね! ちゃんと腕は立つから! 大丈夫だから!」
「うん」
 納得できてないのがわかる。
「そういうわけで、蛍、今日の夕飯頼める? 忙しかったら仕事の帰りに買ってきてくれてええから」
「い」
「僕は?」
「納はお休みの日やし、あー、えっと、お昼寝でもしてよか?」
 メフィスト! 余計なことするなの本音が透けすぎ!
「蛍はお仕事あるから、僕が夕ごはん作るよ!」
 ほら逆に余計なことしたがるー!
「せやね。蛍のお手伝い、がんばってくれるかな」
「全部一人でやる! 大丈夫!」
 完全に拗ねてる!
 確かに掃除機でピアス吸い込んだり、柔軟剤のみで洗濯機回したり、風呂を洗いに行ったのに全身ずぶ濡れになって帰ってきたりしたのはこいつだが。
 そんな一人だけ教えて貰う先生がダメそうな人だって言った直後に昼寝してろじゃ、逆効果なんだって。
 じゃあ役立つようがんばる! っていう、ブラック企業が理想とする人材なんだって!
「一人で全部やる……う……うん……よろしくね」
 負けるな!
「く、熊本土産の豚骨カップめん貰ったからお昼にどうかな」
「うん……いってらっしゃい……」
 メフィストから、出かけた後「ごめん」とメッセージが蛍のスマホに入った。
「よし! 始めよう!」
 エプロンをつけ始めた納の襟首を引っ張る。
「まだ早いから。まだ朝の範囲だから」
 現在時刻、午前十時。
「じゃあ何時くらいから始めればいい?」
「十一時くらいから買い物行って、昼ごはん食べてからくらい」
 かなりのタイムロスを予測して。
「わかった」
「じゃあエプロン取れよ。学生服にエプロンしてるヤツとスーパー行くのはずかしいじゃん」
「大丈夫。スーパーも一人で行くから」
「えッ!」
「いつもみんなと行ってるもん。一人でだって大丈夫だよ」
「いやお前いつも荷物持ってるだけで、まわり全然見てないじゃん」
「だって……見たらお菓子とかほしくなっちゃうし」
「そんな悲しい告白聞くくらいならほしいって言われた方がマシだ!」
「大丈夫! 勝手にお菓子とか買わずに買い物できる!」
「百円位のヤツ一個だけなら買っていいよ!」
「蛍って……スゴく優しいね」
「そうだね、ガキの頃母親と大喧嘩しても、捨てられそうになってた子猫貰ってきたりしてたわ」
 はーとため息をつきながら、自室に戻り、大判の本を持ってくる。
「これ……」
「レシピ本。最近買ったけどもう作れるヤツしか載ってなかったから、やるよ」
「ありがとう! 蛍、好きー!」
「テレビ見えない! 邪魔!」
 再び抱きついてきたのを押し退ける。ユキめ。余計なこと教えやがって。
 テレビと時計と食費用の財布をくるくる回転する視線を見て、そんなに楽しみかスーパー、と小声で呟く。
「納、お前さあ。友達とかいなかったの?」
 別にそんなに役立とうとしなくたって。
「小学生の頃いたよ。スゴく優しい子だった。なんかね、旧くておっきいおうちに住んでて、いつもお部屋に呼んでくれたんだよ」
「ふうん」
 なんだかそれはそれで面白くない。
「いつも迎えに来てくれて、いつも家まで送ってくれたんだ。どんくさいヤツ一人だと心配だからって」
 いいヤツじゃん。ムカつく。
 テレビに視線を移す。
「見てください! この学食メニュー! 肉じゃが、焼きじゃけ、ワカメととうふのお味噌汁! 典型的日本の家庭の味ですね! こちら、外国人留学生の急増に合わせて作られた新メニュー」
「へーうまそう」
「蛍! あれ食べたい!?」
 しまった。口に出していた。
「いや……カレーが食べたい」
「今、肉じゃが食べたいって言ったよ! なんで急にカレーなの!」
 めったに失敗しないし、失敗してもだいたいリカバリできるから。
「大丈夫! この本作り方載ってる!」
 拝啓。数十分前の自分へ。死ね。
「十一時だ! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい」

 

 七竈納、スーパーに到着した途端に、厳しい現実を知る。
「男爵とメークインって……どっち買えばいいの?」
 賢明なる読者諸氏はご存じだろうが、メークインである。
「まあ、名前が強そうだから男爵かな」
 我らが主人公は賢明さに欠ける。
「にんじんは家にあるから……玉ねぎ……あ! これなんかスゴく安い!」
 安いことは安いが、それは紫玉ねぎである。
「えっと、後牛肉細切れ? さっきのテレビは豚肉だったのに?」
 賢明なる読者諸氏はお気づきであろうが、関西風と関東風の違いである。
「……。あ! 間を取って合い挽き肉!」
 間を取ってはいけない。
「塩鮭……これだな」
 さっさと袋に入れる。
 さて、ここで彼はピタリと立ち止まった。
「お刺身ワカメ? カットワカメ……?」
 ワカメは自身で判断できないほど種類があったのである。
 そこで、
「奥さん、すみません」
 買い物客に聞くことにした。もっと早く聞いていたら、避けられた悲劇がほとんどだったのだが。
「何? おつかい?」
「今日は僕が晩ごはん作るんです」
 よっぽど言いたいようだ。
「えっと、でも、ワカメをどれ買ったらいいのかわかんなくって。お味噌汁作るんですけど。教えていただけませんか」
 初老の女性は、若い子に頼られるのが好きな方が多い。この女性もしかり。
「そうなのー! だったらこの鳴門ワカメにしなさい。高いと思うかもだけど、絶体失敗しないから。がんばってね」
「ありがとうございます!」
 さて、豆腐。
 通常なら絹ごしか木綿で悩むところだが。
「あ! この焼き豆腐ってヤツ、他のより高いのに半額だ!」
 主人公は常に読者の想像の上をいく義務がある。

 

 帰宅。
 ユキに貰った何か生き物(としか納にはわからないがアニメのマスコットキャラ)のついた鍵を探し、開ける。
 テーブルにメモ
『納へ 就労ビザについて緊急の相談があるということで、フィリピンパブレミに行っています。別に夕ごはんができてないくらいで怒らないから、くれぐれも無理をしないように』
 読んで納はこてんと首を傾げる。
「晩ごはんできてないと、父さんは毎回睡眠薬大量に飲んだのに。蛍はなんで怒らないなんて言うんだろ?」
 まあ、蛍は賢いから難しいことを言うんだろう。とエプロンを取り出す。蛍にはだいぶ劣るが、ユキだって充分賢い。頭の悪いふりは賢い人しかできないのだ。
「賢くなりたいなあ」
 実はそれでひげに憧れていた。歴史上の偉人というのは男性はだいたいひげを生やしている。
 それこそ会う人会う人
「蛍はスゴいんだよ。なんでもできるんだよ」
「ユキはスゴいんだよ。とっても強いんだよ」
と自慢しているが、なんだかあまり信用されてないカンジはするのだ。
「もうちょっと僕に威厳があれば説得力があるのに」
 まあ、嘆いたところで仕方がない。とにかく夕ごはんだ。
 レシピ本を開き。
「……輪切り? 半月切り? くしがた切り?」
 なんだかさっぱりわからなかったので、とりあえずみじん切りにすることにした。大丈夫。じゃがいもはちゃんと四分の一にした。
 牛肉に砂糖と醤油を大さじ一杯ずつで下味をつける。
 まあ、合い挽きミンチだけどやることは同じだろう。
 ただ、砂糖が「カロリー半分で甘さは二倍の液体甘味料」しかなく。
 ……よくわからないけど、カロリーが半分ってことは栄養も半分ってことだから、レシピ本の二倍入れれば帳尻が合うんだろう。
 炒めた後は水を注いであくを取る。
 ……あく?
 なんだかまた未知の単語が出てきたな。
 でも、あくって悪しかないよね?
 傷んだ野菜とか見つかったら取り出せってことかな。ないな。よし。
 キッチンペーパーで落し蓋をする。
 キッチンペーパー……。
 賢明なる読者諸氏にはお知らせするが、彼がキッチンペーパーと思い込んで落し蓋にしているのは、紙製のケーキ型である。
 なお、彼が一度も味見をしない理由は簡単で、レシピ本に味見という過程が書いていなかったからである。レシピ本通りにやれば美味しくできる、と信じる心は無垢ですらある。
 これで後は蒸らすだけ(彼の中では)なので、米を炊飯器にセットする。時刻も入力したので完璧だ、と彼は思っているが炊飯モードはピラフである。おそらく、パサパサの米が炊ける。
 さてお味噌汁。
 だしの素を使用する限り、何事も起こらないと思われた。
 しかし思い出して貰いたい。彼が購入したのは本場の鳴門ワカメである。調理前にはさみなどでカットしなければならない。結論から言うと、そんなこと思い付くわけもなく、一袋そのままぶちこんだ。焼き豆腐も賽の目と主張するには大きすぎる大きさでぶちこんだ。味噌だけはまっとうな量を入れた。これはメフィストが教えておいたためである。
 基本的に七竈納という少年は一度言われただけで理解し、忘れないが、その一度がないと何をしたらいいのかわからず、他人には理解し難い行動を取る少年であった。
 さて、彼が最後に挑むのは塩鮭であった。
 これは簡単である。フライパンにホイルをひいて魚を置き、塩をふって焼く。教わったことを覚えている。ただ、彼は。
 塩鮭に貼られた「辛口」のシールの意味を理解していなかった。

 

「ただいまー」
「まさか玄関で一緒になるとは思わなかったー」
「ウー、なかなか大変そうな修業ダネ! この言葉を使う時がきたヨ! そうでなくっちゃ面白くねえ」
 ……。
「お帰りの言葉がないな……」
「……たぶん……ダメだったんだろうネ」
 はあ、とため息をついてメフィストはシルクハットを帽子かけにかけ、キッチンに向かう。
 入って即座に
「お帰りの挨拶くらいしなさい」
 床でがくりと落ち込んでいる納は、震える声で「ごめんなさい」と言った。
 メフィストはさっと鍋の中身を見て何が起きたかを知る。詳細は読者諸氏の食欲のために省くが肉じゃがが紫色であったことでお察しいただきたい。
 映画のように、メフィストはゴシックドレスの肩をすくめた。
「何をぼんやり座ってるんや。さっさと盛りつけなさい」
「だって、これ失敗して――」
 軽く、レースの手袋がでこぴんを与える。
「納、君は私の軍勢の一人。つまり、私は君の総司令官やぞ。私がやれと命じことは、君みたいなしたっぱではなく私の責任。できないことをできると思ったのは君でも、それを決定する決定権は私にある。立場をわきまえなさい。処刑の前の食事なわけじゃなし、練習すればいいことでしょう。第一、たかが食い物の味程度でぎゃあぎゃあ騒ぐなど大将の器にあらず! わかったらさっさと盛りつける!」
 申し訳なさとどれだけ怒られるかとで床に座り込んでいた体が慌ててパタパタ動き出す。
 頬がぱあっと薔薇色になっているのを確認すると、メフィストは小声で「しかしほんままずそうやな」と本音を漏らした。

 

 しかし。
「納! スゴいヨ! あのマズイごはん、超拡散されてるヨ!」
『おしい材料しか使っていないのに、なぜか激マズ料理ができあがった』という現在記事がネットでの人気記事としてランキングいり。
 書いたユキはホクホクである。
「これ納って本名出てるけど、大丈夫なの?」
「よくある名前だし、何よりみんな偽名だと思ってるヨ!」
「この『賢明な読者諸氏はお気づきだろうが』ってえらい上手い言い回しやな」
「一度使ってみたかったんダヨ! 納! 次回は納の似顔絵つきでアップさせてヨ! きっと大人気ダヨ!」
「ちゃんと練習するよぅ!」

 


ユキとマリュースク1

「ウー、メフィスト、やっちゃったネー」
 スマホで蛍に「ごめん」と代理で送りながら、ユキはケラケラ笑う。
「やり方教えるとだいたいちゃんとできるケド、うっかり教え忘れるとスゴイことするカラネ。面白いネー」
「そういえば、最近ユキの部屋に入り浸ってるけど、何してんの?」
 そういうと同時に派手にクラクションを鳴らす。黒のベンツを乗り回す癖に、メフィストの運転は荒い。
「漫画読んでるヨ。聞いてヨ! 納のお父さんひどいんダヨ! 漫画もアニメも禁止だったんダヨ! 私のお父さんは仕事の帰りに古本屋でよく漫画の全巻セット買ってきてくれたの二!」
「ああ、翻訳の仕事してはったんやったっけ」
「お父さんも日光は割と苦手だったからネ。メールでロシア語の翻訳してたんだケド。たまにどうしても会社に行かないといけない時はあったんダヨー」
 それよりデス!
「漫画とゲームが文豪ブームなので、私も納に借りて文豪と呼ばれる人の小説読み始めたですケド、漫画よりよっぽどひどいことしてるデスヨ! 人でなしだらけデスヨ! あんなのばかり読ませて漫画を読ませないから、納は情緒育たなかったデス!」
「いや、そればっかりが原因でも……何読んだん?」
「芥川龍之介の短編集デス! ひっどい話ばっかり載ってるデスヨ! 私、いくらスゴいイラスト描けても、納と蛍を焼き殺せって言われたら断りマス! 芥川賞なんて人でなし証明書デス!」
「ふーん、納の方は?」
「最近フジリュー版封神演義を一気読みしてるデス。黄飛虎カッコいいが口癖みたいになってるネ。あ、後、妲己ちゃんは歴代ジャンプヒロインでも別格だから致し方なかったと言えるヨ!」
「……なんか変な影響受けてるん?」
 ユキがキリリとした顔になる。
「メフィスト、そろそろこれから向かうところの説明をしてくれるべきだとおもいマス」
 メフェイストが無言でいると
「だってさっきから同じ場所ぐるぐる回ってるヨ! 明らかに時間つぶししてるネ!」
 メフェイストは軽くため息を吐く。
「まあ、よほどの奇行をしているなら、蛍から何か言ってくるでしょう。これから行く君の先生は」
 真面目な顔で言う。
「最強の冠をいただく男です」
 ユキはごくりと喉を鳴らす。
「それ、昨日も聞いたケド、どれぐらい強いデスカ?」
「そのまんま」
「まんま?」
「この世にいる人間で一番強い」
 ホー、と息を漏らす。
「そ、そんな人に習えるデスカ?」
 メフェイストの視線が泳ぐ。
「えーとな、それが断言できないというか……」
「気難しい人デス?」
「気難しい上に短気で酒飲みやねんけど、それよりも」
 本人に言うたらアカンで、と念を押す。
「心が、折れています」
 ユキはウー! と声を上げる。
「なんかひどい目にあったデス!?」
「う、うーん、簡単に言うと、顔を合わす度に喧嘩になる相手がおったんやけどね、そいつに決定的なこと言われたらしい」
 片手でボブの黒髪をかく。
「んー、後はもう言えることが、元ロシア軍兵士やとか、日本語がちょっとヘンやとか、煙草が大嫌いやとか、当たり障りのないことしか言うことが、あ、あったわ」
 思い出したように言う。
「ロシアンマフィアの構成員やねん、今の職業。で、君の先生やるんやったら、君もロシアンマフィア入ってくれって」
「ええええええええ!」
 後部座席から車のシートをがくんがくん揺さぶる。
「そんなのおまわりさんに捕まっちゃうデスヨー!」
 メフェイストははは、と笑い声を上げる。
「大丈夫、そんな末端の構成員くらいなら、すぐ釈放させる人脈持ってるから私」
「なぜかさらに不安になったヨー!」
「いやー、だって、私、ユキには全然仕事させへんかったやろ?」
「春休みだと思ってたヨ!」
「こんな四月も終わりにそんな訳あるかいな。ボスを頻繁に変えるとそれだけで信用失くすから、それでや」
「計画が隠密裏にすすめられていたヨー!」
「はい、到着ー」
 コンクリ造りの建物を、ロシア式の教会風にペンキで塗った建物。
 看板『隠れ家レストラン メドヴェーチ』
 隠れ家って自ら名乗るものなのだろうか。
 ベンツを駐車場に停め(メフェイストは車庫入れが得意だが、黒のベンツの隣に車を停めた者は見たことがない)……た瞬間、運転席のドアが勝手に開けられる。
「メフィスト、金銭の徴収をいたします」
 ふわふわ金髪に、華奢と言っていいほどの細い体。そして、愛想のかけらもない三白眼。青い瞳部分は小さめで、白目部分がやたら大きい。
 同じ大きい目でも、黒目が大きいか白目が大きいかでだいぶ違うものだな、と思った。納のような黒目が大きいものが無表情でいると、ぽうっとした性格なのだなと思われる。だが、この男の場合、多少機嫌が良くても怒っていると誤解すらされそうだ。蛍が黒目が大きく見えるコンタクトの購入を検討するのもわかる。なんせぽうっとして見える方は185センチを越す長身だが、怒っているように見える方は170センチあるかないか。ロシア人としてはかなり小柄だ。
 しかし何より、調理服を着ているということは、彼はコックに違いあるまい。ロシアンマフィアはどうなったのか。
「あんなあ、もう愛想とかそんなんは諦めたけど、挨拶くらいしいや。人間関係の基本やぞ」
「金銭の徴収をする必要性がなければ、挨拶は絶佳なものです。ですが、今回の臨時閉店により、オーナーが奥様の実家にお送りする出産祝い代が消滅しました。よって至急お支払頂かなければ、百貨店の滞在時間が減ります」
 はあ、とメフェイストはそれなりの厚みのある封筒を渡す。
「はい。後、絶佳は使いどころが違います」
 車を降りるように促され、調理服の男の前に立つ。170センチあるか更に怪しい。ユキは165センチだが、あまり視線が変わらない。
「確かに」
「いや、確かちゃうやろ。枚数確認してへんやん」
 堂々とした返答。
「私は数学は苦手です」
 またため息を吐き、シルクハットを被り、駐車場側の窓を叩く。そしてシルクハットを取って見せる。
 すぐに男が出てきた。調理服の男よりは背が高いが、ほんのわずかだ。その癖太っている上に禿げ頭なので、ハンプティ・ダンプティそっくりだ。
「おはよう。ギニラール」
 体型に似合わぬしっかりした歩き方で、男はメフィストと握手をし、調理服の男から封筒を受け取る。
 さっと見えないように中を確認し、笑顔を見せる。
「助かったよメフィスト。女というのは百貨店に着いた途端、用事が五倍に増えるんだもの。一日休みの上にきっちり儲け分が受け取れるのは正直言ってラッキーだ」
「いや、こちらこそ」
「ホントに助かったんだよ。確かに跡取りが生まれて義父さんが嬉しいのはわかるけどさ。なんで僕のカミさんまではしゃぐのかわからないもの。子供用品売り場を一通り見てからおもちゃ売り場にいって本売場が今のところ最低限決まってる。最低限? 最低限の意味がわからなくなるよ」
 ユキが首を傾げる。
「おじさん、ここは何デス?」
「レストランだよ。彼はマリュースク。コックだ。実は今給仕をしている男を、調理場に回さないと手が足りないんだ。ウェイトレスが来てくれてとても助かる」
「え、う、ロ、ロシアンマフィアはどうなったデス?」
 マリュースクが腕を組む。不機嫌そうに見える。
「ビザですよ」
「?」
 更に眉をひそめる。
「我々はロシア政府に嫌われているので、こうでもしないとビザが下りなかったんです」
「?」
「頭脳愚鈍な方ですね。要するに、ここはロシアンマフィア「メドヴェーチ」の隠れ蓑なんですよ」
「えっレストランじゃないデスカ?!」
「お客様の舌を満足させない料理など、私は出しません」
「あ、あれ? 普通のコックさんもいるデスカ?」
「本当に頭脳愚鈍です。ルーデルクラスです」
「いや、さっさと名乗らん君が悪い」
 メフェイストが代わりに紹介する。
「彼はマリュースク。名字の類はない。齢もよくわからん。このメドヴェーチで唯一のコックで、最強の冠をいただく我が軍勢の呪い持ちや」
「えええええええッ」
 ユキはのけぞる。
「だって、細いし小さ……」
「ユキ・クリコワ」
 マリュースクはぎろりと睨む。
「その続きを言う前に、警告して差し上げるのはあなたがあまりに簡単に殺害可能だからですよ」
 ユキの体が勝手にびくりとする。
「まあ、些細なことを口やかましく言うのは好きではありません。一発殴れば解決するのですから。まあ、とにかく、私はあなたの教官を頼まれたわけです」
「ふぇっ、先生ってこの人だったですか!?」
「まだ決定事項ではありません」
 マリュースクは人差し指を立てる。
「自軍の船にいるのは二種類。土嚢か、兵士です。土嚢をひたすら海に投げ込んでも戦死者名簿が分厚くなるだけです。実にルーデルクラスです。なくすだけです」
「はあ」
 ぽかんとユキは口を開ける。
「メフィスト、提出してください」
「提出の使い方も違うんやけどな」
 空間の狭間から、マリュースクの手の中になんだか大きい銃が現れる。
「カラシニコフ AK-47 米ソ冷戦の象徴的銃。とにかく頑丈で壊れにくい上に、コピーもしやすい。地域によっては今でも十分現役や。まあ、だいたいバッタモンやけど。通称、世界で一番人を殺した銃」
「……こういう方、なんて言うんでしたっけ。ミ……ミロ……」
「ミリヲタ?」
「たぶんそれです。まあ、とにかくメフェイストは銃については喋らせない方が尉官クラスです」
 どうやらさっきからなんとかクラスと言っているのは、プラスのものかマイナスのものかの表現だったようだ。ルーデルクラスがマイナス、尉官クラスはプラスなのだろう。
 面白くなさそうな顔をするメフィストを無視して、マリュースクは話を進める。
「ユキ・クリコワ。あなたが私にそのAKで一発弾丸をブチ込んだら、教官の話を受けます」
「そ、そんなの死んじゃうですヨ!?」
「バカにしないでください。たかが一発撃たれたくらいで死ぬわけないでしょう」
「いやそんなことないヨ!」
「そもそも、何故当たる前提なのですか」
「へ?」
 動揺を一切無視したまま続ける。
「私はそれの使い方も教えませんし、ネットなどで調べることも許しません。素手ですが、反撃も当然行います。要するに当たるわけがありません。遠回しにお断りしているのです」
「い、忙しいデス?」
「気が乗りません」
「ウ?」
「やる気が出ません。そしてやりたくありません。ロイヤルにお断りしても食い下がられたので、仕方なくこんな条件を出しているんです」
「ストレートな」
 メフェイストが小さくつっこむ。
 決定的なことを言われたらしい。
 ユキはしばらく考えてから、ぼそりと言った。
「それって……口喧嘩に負けてすねてるだけじゃないデス?」
 空気が震えた。あまりの怒りに確実に震えた。
「あなたを叩きのめす口実が必要となったので、どうぞ向かってきてください」
「モー! なんなんデスそのヘンなプライドー」
 言いながらユキは、とりあえず突進した。

 


ユキとマリュースク2

「ユキ! 銃!」
 メフェイストが叫んだ時には、もう遅かった。
 ユキのふくらはぎをナイフが貫通していた。
 話は単純。
 突進するユキより、マリュースクの突進の方が疾く、ナイフを抜くのもまた疾かったからだ。
「なるほど」
 マリュースクはユキの傷口を観察する。
 膝をついたふくらはぎからの出血。止まる。傷口が塞がる。
「30秒で完治。問題ありません」
「あるヨ! 痛かったヨ!」
 ユキの抗議を受け
「いえ、それは私には関わりはありません」
 と答える。
「問題ないのは服装です」
 白いパーカー、オレンジのミニスカート、その下にスパッツ、スニーカー。
「怪我を避ける防具を何も身に着けていません。ですが、この回復力なら動きやすさを採用すべきです」
「う……これが実践的な教え方というものですネ」
「いえ、普通に腹が立ったから刺しただけです」
 暫し沈黙。
「体罰で報道された教師でももうちょっと取り繕うヨ!?」
「腹が立ったから刺したなんてどう取り繕うんですか。言い訳するだけ逆効果ですよ。明らかにほっといたら消えることを言い訳して引退に追い込まれる芸能人や議員なんてたくさんいるでしょう」
「ネットでもスゴくよく見る展開ダネ……。で、そのナイフどっから出したデス?」
「コックが服の中にナイフを仕込むのは当たり前でしょう」
「当たり前違うデス。怪我させたんだからちゃんと謝ってくだサイ!」
「謝罪は嫌いなのでお断りします」
「ちょ、ちょっとごめん。会話のIQが下がりすぎてる」
 メフェイストがAKをユキに渡す。
「使えそうか?」
「頑張るデース」
 す、と真顔になる。
「私もムカついたので、やりかえします」
「……喧嘩させに来たんやないんやけど」
 ユキはAKを手に取る。
 マリュースクはナイフを投げ捨てる。
「手加減ですか?」
「その範疇に入りますが、少し違います。AK-47のような大きな銃を持ち込める場所で戦うとは限りません。拳銃を使う機会もあるでしょう」
「それでなんでナイフ捨てるです?」
「至近距離ではナイフと拳銃が戦うと、拳銃の方が不利なのです。拳銃はメチャクチャに振り回すと弾が当たりませんが、ナイフはメチャクチャに振り回してもかすっただけで怪我をさせられるので。まあ、色々ありますが、自分のナイフを最近うっかり折ってしまったので、同僚のナイフを勝手に持ち出しているのが一番大きな理由です」
「それは謝るですか?」
「確かに私が全面的に悪いことは認めますが、謝りません」
「そうですか」
「ええ、ところで」
 マリュースクの目つきが更に悪くなる。
「構えがメチャクチャなのは当然として、それでは引き金を引いても弾は出ませんよ」
 ナイフを捨ててからの会話中、一切動かなかったのはこれか、とユキは知る。そう、ずっと銃口を向けた状態で引き金を引こうとしていた。
「セーフティがかかっていますから」
「セーフティ? なんですかそれ」
「弾丸が引き金を引いただけでは発砲できないようにする……部品? 装置? 日本語はわかりませんがそんなものです」
「そ、そんなのあったらすぐ撃てないですよ?」
「私も同意見ですが、同じ意見の方が開発されたトカレフというそういうものがついてない銃を新兵に持たせたところ、誤射で撃たれたのである程度は必要かと思います」
 いや、誤射で撃たれてある程度なんかい、とメフェイストが呟く。
「それ、どれですか?」
「適当にいじくりまわして考えなさい」
「壊れないですか?」
「頑丈さが著しいAKが壊れるより、あなたの頭が吹き飛ぶ可能性の方が高いです」
「危なすぎるヨ!」
「何を仰いますか。せいぜい死ぬ程度ですよ。まあ、流石にそういうことがないように、私が監督しています」
「ウー! やる気出てきたですか」
 マリュースクが更に不機嫌そうな顔になる。
「別にめんどうがっていた訳ではありません。純粋にやりたくなかっただけです」
「ぎゃ、逆にスゴいヨ……」
「とにかくそれ以前の問題で、発砲時以外は引き金に指をかけてはいけません……なぜなら」
 レストランの中から、かすかに聞こえる声。
「マリュースク! お前、勝手に俺の部屋から何か持ち出さなかったかー?」
 まったく表情を変えず、マリュースクは言った。
「諸事情により前言撤回します。自力で命を守りながら適当にいじくってください」
「えっちょっ」
 返事もせず血に汚れたナイフを握って走り去るマリュースクを呆然と見守る。
「なぜなら、セーフティを外した状態でも、発砲しない時はあり、そんな時引き金に指をかけていては誤射することがあるからです」
 メフェイストが続きを言う。
「っていうか、借りたもん投げ捨てたりするから、貸してもらわれへんねや。まったく、セーフティの場所は」
「助かるデス! もし頭が吹き飛んでもメフィストの時間回復(タイム・リカバリー)があれば安心デス!」
「安心ちゃうよ。死んだ人間は生き返らせられないから」
 ユキの顔が引きつる。
「あ、悪魔の掟とかそういうやつですか?」
「いいや。君の年齢ではわかりづらいけど、年寄りになるとわかり出す。”死んだ者はどこにも存在しない”」
 目が見開かれる。
「もし魂なんてものがあったとしたら、なぜレントゲンに写らない? MRIは? エコーは? 血液検査は? 存在しないから確認できんのだよ。土葬で腐敗した肉体で、心があると思えるかね? 焼かれて骨壺の中にいて、心があると言えるかね? あるわけがない。この世に目に見えないものは存在しないんだ。死とは、その人間が消滅することだよ」
 ユキの赤い瞳が鋭くなる。
「お父さんはずっと見守ってるって言ってくれました」
「それは愛情表現だが不可能だ。見守る眼球が存在しないからね。まあ、お父さんは君の記憶に残っているから、記憶細胞になら存在していると言えるかもしれない。だが、それがなんだ?」
 握りしめたAKが震えだす。
「やたらと病院に行きたがる年寄りがいるだろう? もう辛いことだらけ、みたいなことを言いながらちょっとした不調ですぐ病院行く年寄りが。ああいう人達は気付いているんだ。もうすぐ自分は消滅する。そして怖いのは消滅じゃない。自分が何も残せないことだ。努力を尽くして会社に勤め、結婚し、子どもも生まれ、そんな幸福な人生は、世界には一滴も残らない。その老人が死んだところで、世界は何も変わらない。それは老人の死を悲しむ人々も同じことだ。老いも若きも誰だって、死んでも世界に影響がはない。ケネディ暗殺? ベトナムから米軍が引き上げるのが遅くなっただけだ。ゴッホの自殺? 傑作の絵画くらいしか残らない。ちょっと残したものが多いのはガウディくらいかな。サグラダ・ファミリアはまだ未完成だからね。まあ、残したと言ってもその程度だ。大したものじゃない」
「ちがッお父さんは」
 怒鳴りかけたユキを手で制止する。
「だから私は人間が好きだよ」
 赤い瞳がもっとも見開かれる。
「愛しいじゃないか。何をやっても世界から見れば無意味なのに、それでも思考し、努力し、涙し、諍い、恋をする。愛しいよ、健気で愚かな彼ら人間を守りたいと思う。愛しければ、守りたい。自然な感情だよ。君のお父さんはそんなバカみたいなスケールじゃなくて、目の前の君が愛しかったんだろう」
 ユキがコンクリ製の地面にどさりと胡坐をかく。
 がちゃがちゃと銃をいじりながら言う。
「メフィストが別に悪いこと言ったわけじゃないのはわかってるです。でも、今は手伝ってほしくないです」
 関西弁のイントネーションに戻る。
「そうか。ところで私はゴーギャンが好きやな」
「私、ダリとモネ好きです」
「夏には上野にピカソが来る。行ってきたらええ」
 マリュースクが戻ってくる。
「いかがですか進み具合は」
「んー、とりたてて言うことは……アッ」
 ドン
 銃声が響きわたる。ついでガラスが割れる音。
「……これ……頑丈な銃じゃなかったですか」
「いやいやいや! めっちゃ頑丈よ!? どうなってんの君の腕力!?」
「メフィストが授けた癖に何言ってるデスカ!」
「いや、だってセーフティは普通壊せへんもん! 壊れてるねコレ!? いや、ちゃんと正規品出したよソ連軍の! でも壊れてるね!?」
 割れた窓から内部を覗いていたマリュースクが振り返った。
 相変わらずの仏頂面で
「ギニラールの栄誉勲章に穴が空きましたが、まあ、インテリアに使っていたものなのでたいして問題ないでしょう」

 

≪空六六六ぷらす! はち!≫

 

ユキ「ハーイ! 誰もが存在を忘れていたであろう、ぷらす! ダヨ!」
納「再開して良かったねぇ」
蛍「何が?」
ユキ「さて! 今回は重要な設定が明かされたネ!」
蛍「お前の先生のインパクトで全部消えてる気がする」
ユキ「何言ってるデス! 私のコスチュームが公開されたんだヨ! アルビノロングヘア巨乳スパッツというエクスカリバーみたいな女子であることが判明したんダヨ!」
蛍「それを自分で言わなきゃいいのに……」
ユキ「特に注目してほしいのはこのスパッツ! ミニスカはパンツが見えてえろいというのはまだ甘いんダヨ! スパッツが破れてパンツがのぞく! これがえろいんだよ!」
蛍「……お前は残念な女の中で、プラスにもマイナスにもハイスペックな女だよ」
納「ちょっと聞いてもいい?」
ユキ「胸のサイズカナ!?」
納「ううん、それはどうでもいい。コスチュームが決まったってことは、ユキは基本的に毎日同じ服着るの?」
ユキ「……」
納「蛍は毎回服が変わるから、あんまり描写がないみたいなんだけど」
蛍「いや、毎回変えてるんじゃなくて違う雰囲気に着まわしてて」
納「なんか、そうしないと大変な理由があるの?」
ユキ「そッそうダヨ! 毎日着る服考えるの大変ダヨ! 同じ服が何着もあれば、そういう大変さないデショ!」
納「ユキってやっぱり賢いねぇ。すごいなあ」
蛍「涙目になってるからやめてやれ、その無邪気な言葉」

 


ユキとマリュースク結

「セーフティが壊れたからには、他にも何か壊れている可能性もありますが、あえて考慮せず続行します」
「それは危険を感じるです」
「ロシアは危険など考慮しません。そもそもこちらは素手ですよ? 危険度は9対1くらいです」
「そ、それでもそうです」
「私が9有利です」
「なんで自分でしたフォローを自分で叩き潰すですか!」
「流石にロシア軍人が、民間の小娘が銃を持っただけで倒せると思われるのはプライドが許しませんでした」
「もー! あつかいにくい男です!」
 銃口を向ける。
 ゲームで見た限りでは、このAKというのは連射できる。銃の連射から人間が逃げることは不可能。
 つまり、距離を取りつづければ当たる!
 発砲!
 ユキは目を見開く。
 連射はやめていない。
 なのに
 目の前の男は逆にこっちに向かってくる!
 マリュースクの右足が見える。
 腹部に衝撃。
 地面の感触。
 見下ろすマリュースク。
 仏頂面。
 蹴り飛ばされたと気付く。
 痛み。
 一分後。
「なんでですか!?」
「……よくフェミニスト団体が男が女を殴るなと主張していますが、軍人なら男であろうとも拳で致命傷を与えられるので、もう少し主張に足してもいい文章がある気がします」
「何の言い訳してるですか!? なんで連射してるのに向かってくるですか!?」
「構えがめちゃくちゃなのに、銃口の位置がぶれないので弾道が読めました。よって反撃しました」
「……それ、私が銃口の位置ぶれさせたら、アナタも結構アウトだったのでは」
「最前線でごちゃごちゃ物事を考えてはいけません。今のことだけ考える。そうしないと、行動の速度が遅くなります」
 で、どうしますか?
 マリュースクは問う。
「別にここでやめても、私としては問題ありません」
 ユキは問い返す。
「銃口の位置って普通ぶれないものですか?」
「正しい構えであればという限定に決まっているでしょう。軍人を馬鹿にしないでください。あなたはめちゃちゃな構えを筋力で無理やりカバーしているだけです」
 ユキは起き上がる。
「それならいいです。続けるです」
「はあ。変わった方ですね。メフィスト、恐るべしあなたはマトモな人間に相手にされないのですか」
「恐るべしの使い方違うし! 失礼やし! 君に言われたくないんですけど!」
 ずっと見学していたメフェイストの声をスルーし。
 一時間後。
 またしても大の字で地面に寝転がるユキをマリュースクは見下ろす。
「日本文化は複雑怪奇です」
 ユキは答えない。
「先程銃口の位置がぶれないので弾道が読めて反撃できると申し上げたのですが、あなたは一時間もずっとそれを続けている。しかも起き上がれるようになれば即もう一度行う。流石に肉体損傷を修復する速度を維持できるか疑問に感じます」
「こんなに殴られたことないから、そういうの知らないですよー」
「なるほど、民間人ならそれが当たり前ですね。メフィスト! これは問題ないのですか?」
「後一回やったら休憩で」
 メフェイストの言葉に頷く。
 ユキは立ち上がる。
 銃口を向ける。
 決してぶれさせない。
 マリュースクが向かってくる。
 今度は拳。
 そこまで見えたら。
 頭部を思いっきり銃で殴りつける。
「!」
 声は上がらない。
 しかし、マリュースクは倒れる。
 仰向け状態。
 銃口を腹部に押し当てる。
 笑う。
 発砲。
 血が噴き出す。
「ってええええええ!?」
 驚いたユキを前に、マリュースクはむくりと起き上がる。
「何を驚いているんですか」
「だ、だって、肝臓は半分なくなっても大丈夫だって漫画で読んだから肝臓撃ったのに、スゴい血が出てるデスヨ!?」
「……ああ」
 マリュースクは納得したように言う。
「確かに肝臓を狙ったようですが、位置がずれて臓器ではなく血管を破ったからです」
「ウー、ゴメンナサイ」
「問題ありません。私なら肝臓を撃たれても生きているでしょう。以前膵臓を撃たれた時大丈夫でしたから」
「えっ肝臓を撃ったら普通死ぬデスカ」
「普通死ぬんじゃないですか。たぶん」
「えっよくわかんないデスカ!?」
「自分以外の人間の臓器の場所を把握している段階で、日本の教育水準の高さは称賛に価すべきかと」
 メフェイストが割って入る。
「肝臓というか、内臓は撃たれたら致命傷。膵臓撃たれて平気な人を基準にしてはいけません! っていうか、銃って鈍器やからね、鈍器で頭思いっきり殴った段階で死ぬよ!」
 マリュースクが上着をまくり上げて、自分の傷口を確認しながら言う。
「まあ、メフィストの言うことがやたら難解なのはいつものことです。しかし、新兵の策にはまったのは私の慢心でした」
 傷口は弾丸一個分。貫通。
「ユキがずっと同じ行動を繰り返していましたが。私もずっと同じ行動を繰り返していた。つまり、弾道を読みながら走って殴っていた。確かに私がいかにして殴るかを読むのは不可能でしょう。しかし」
 血液が止まりかけている。
「確実に推測できるのは、私の疲労。あなたは待っていたのですね。私の動きが鈍る頃を。しかし、動きが鈍っただけでは弾が当たるとは限らない。故に、頭部を殴って倒し、銃口を密着させて発砲。新兵にしては空母クラスです。何より、私の慢心が許せる限度を超えています。戦い方を教えて差し上げて結構です」
 腹部は全く脂肪がない。しかし、腹筋はそこまで著しくはない。
 そして背中には、無数の刺青がある。
「……メフィスト。これだけ喋ってる間に止血帯や消毒薬を渡していただけませんか?」
「いや、時間回復(タイム・リカバリー)するつもりで待っててんけど」
「そんな時間はありません」
「は?」
 メフェイストの目つきが変わる。
 叫ぶ。
「ナヌーク!」
 空間の裂け目から、奇妙な大砲のような銃が現れる。
 大砲の筒の部分に対して、それより後ろがやけに小さい。大砲と呼べる大きさではない。
 マリュースクはそれを横に抱くような奇妙な構え方をする。
 !?
 大砲と呼べる大きさではない。しかし、人間が扱える大きさでもない!
 空に、別の裂け目が現れる。
 巨大な頭が首を出す。
「ドラゴン!」
 ユキが声を上げる。
 銀と青が混在する鱗に覆われたそれは、まさしくゲームや漫画でよく見たドラゴンそのもの。
 メフィストが確認する。
「ケルト竜王族の第四百二王子でありながら、サタンの軍門に下った恥さらしだ。長殿から機会があれば抹殺してくれと頼まれている」
 マリュースクは囁く。
「Пойдём nanook」
 メフェイストは叫ぶ。
「死体が落下すると街が下敷きになる! ゲヘナから出すな! 今仕留めろ!」
「え!? ドラゴンと銃で戦うですか!? しかもあの傷で!?」
 マリュースクは振り返る。
「昔話で、ドラゴンは剣で倒されたでしょう。剣で倒せるものが銃で殺せないわけがない」
「でも!」
 メフェイストが制する。
「あの傷だ。そして相手は恥さらしとはいえ、王族だ。これ以上無駄口を叩かせるな」
 ゆっくりと頭が現れる。頭だけで民家一軒分くらいの大きさがある。
 口を開く。赤い口。こちらを一飲みなんて大きさじゃない。
 マリュースクは構えたまま動かない。
 頭が完全に現れる。
 こちらを威嚇するように、口から蒸気を噴き出す。
 その瞬間、メフィストの命が下った。
「撃て!」
 引かれる引き金。
「Пусть тонуть!(沈め!)」
 轟音。
 ドラゴンの首の付け根に空く大穴。
 赤い雨。
 ドラゴンの血液。
「『Пойдём nanook』翻訳すると『行こう、ナヌーク』旧ソ連の遺物の化け物キャノンだ。人間が持って撃つことを想定して砲を作るなんて、まず発想がおかしい」
 ドラゴンのヒューヒューという息が途切れる。
 赤い雨の中、メフィストは口角を釣り上げる。
「更におかしな発想が続く。軍艦の水の中の部分に、そのキャノンを押し当てて船底に穴をあける水陸両用キャノン。そしてかつて世界で一番面白い国だった大ソ連邦はそれを作り上げた。できてから気付いた。こんなもん持って泳げるヤツがいない」
 口紅を塗った口を開けて笑う。
「当たり前の話だが、普通に息継ぎができるところを泳いでいたら、敵に気付かれたり外れた弾にあたったりするからな。しかし、酸素ボンベを担いだら、その重量で化け物キャノンまで持てない。泳げない」
 で
「それを唯一使えるのがあの男だ。スラブ民族じゃない。どこだがの少数民族の出身らしいが、記録が残ってない。名前も明らかに偽名のマリュースクしかない。ロシア語で貝。まあ知ってるな。元ロシア軍。現在はロシアンマフィアの君の先生だ。仲良くしなさい、彼もあの化け物キャノン――ナヌークしか友達がいないんだ」
 空から灰の雨が降る。
 悪魔も呪い持ちも、死んだら灰になって消える。
 マリュースクが戻ってくる。
「ユキ・クリコワ。あなたと師弟関係を結ぶについて一つ条件があります」
 腕を組んで不機嫌そうな顔で。
「私に、メールや手紙、メモ書きに至るまで、文字で情報を伝えないように」
 ユキがぎゃっと声を上げる。
「やっぱりいざというとき証拠残ると危ないデスカ!?」
 マリュースクは眉を潜める。
「私は読み書きができないからです」
「ワカリマシタ……」
「では問題ありません。酒にしましょう」
 メフェイストが治療! と怒鳴った。

 

 

≪空六六六ぷらす! きゅう!≫

 

ユキ「と、いう超お腹ぺこぺこ状態で食べてもまずかったんですから、納の料理はある意味才能があるわけデス」
納「流石に反省したってばぁ」
ユキ「しかし、納のお父さんに私はそれ以上の才能を感じマス」
納「?」
ユキ「チャーハン一択とはいえ、おそらく納の料理はまずかったと思うデス」
納「……よく「こんなべちゃべちゃした油めし」って言ってたね」
ユキ「私のお父さんはわりと我慢強い方ですが、私に料理を覚えさせるため、一通り教えて後は本を見ながら自分でやらせてみる、ということを行いましタガ、一週間でリタイアしましタ」
納「一週間!?」
ユキ「一週間目に、この味は耐えられないです。お父さんに料理をさせてください。と涙を滲ませて訴えたのデス。それを何年もまずいと思いながら、それでも絶対に作り方を教えず自分でも作らナイ。まずいものを食べる才能があると思うデス」
納「確かに僕もあんまりひどい時は、醤油かけたりソースかけたりしてごまかしてた! 父さんはそれをしてない!」
ユキ「そうデス。世界一訳のわからない我慢として記録しておくべきだと思うデス! 作り方を教えたり、自分で作れば簡単に解決できるデスヨ!」
蛍「そうやって待っててもつまみ食いさせないから、非戦闘員は出てってくんない? 台所は戦場だから」

 


蛍とジョーイ1

「教えるってほど教えてねえよ?」
「蛍はすぐそうやって謙遜するけど、あの子ゴミ屋敷みたいなとこ住んでたんやから、そんな訳ないやん」
「マジ……?」
「え、なんか本気でびっくりしてない?」
「俺、タンスに同じ系統のもの……服とか日用品とかしまうのと、本は本棚にしまうのと、シワになる服はハンガーにかけるのしか教えてない……」
「い、いや、それだけ教えたらスゴいやん。何びっくりしてるの?」
「断捨離……」
「え?」
「凄まじい断捨離」

 

 だんしゃり。
 いらない物を捨てること。本来は仏教用語。
 その言葉を聞いた納は納得したように頷いた。
「たぶん、片付けのやり方わかったと思う」
「そう?」
 と、言いつつ蛍は部屋を出るのをためらっていた。
 ほんの僅かな付き合いだが、確信めいたものを得ているからだ。
 こいつ、目を離せないタイプだ!
 どんな育ちか知らないが、こいつの両親はロクな人間ではない。
 十三番街に着いた翌日。
 服の露店を見ている蛍(偽ブランド中心だが、本物も混じっている。盗品だ)の背後で、男の声がした。
「よう、学生?」
「違うよ」
 いや、学ラン着てるからじゃん。補導とか困るんだけど、と思いながら偽ブランドのバーバリーを見ていると。
「挨拶がわりにジュースやるよ」
「ありがとう」
「コラッ」
 即座に振り返った。
 何をこんな街で知らない人間に貰ったモン飲もうとしてるんだコイツは。
 きょとんとこちらを見る襟首をつかんで
「俺たちもう行くんで、じゃ」
「服はいいの?」
「バーバリーなんか似合う歳じゃねえから!」
「ふうん」
 その手に持ってるの紙コップじゃん、何考えてるのお前を飲み込み。
 ぽうっとした顔をしているのを引き摺って行こうとすると。
「おい、待て、財布出せ」
 強盗に人目を気にする様子ゼロ。
「強盗?」
 何を質問してるんだお前は。
 蛍としては強盗の持っているのが拳銃に見えて仕方がない。
 しかし、ここは日本だぞ。本物のわけがない。
 問題は体格だ。
 鍛えている体ではないが、体重が明らかに100キロを越す。
 納と蛍二人分の重量と同じくらい。
 そして体重があれば、力押しが可能だ。
「強盗以外の何に見えるってんだ」
 俺も気になる、という言葉を飲み込む。
 納は小さくごうとう、と呟くと。
 目つきを変えた。
 ヤバイ。
 蛍の脳内にその三文字が浮かぶと同時に、納は紙コップの中身を男の顔面にぶっかけた。
 目潰し、と思った瞬間、蛍の手から襟首が離れ、男に飛びかかり蹴り飛ばす。足元がぐらついていた男はそのまま倒れる、その頭をつかんでアスファルトに叩きつける。
 納は身長こそ高いが、かなり痩せている。最近太ってこれらしい。つまり、このように連続で不意打ちを続けねば勝ち目などない。
 だが、態度がどうにも喧嘩慣れしていない。つまり、ほとんど暴力を振るった経験がないのに、暴力を振るうのをためらわない。
「おい、なんだあのバケモノ」
 服屋の店主が小声で問うが、こっちが聞きたい。怒りの表情や怒声を出すならまだしも、無言で目だけぎらつかせて男の頭をアスファルトに叩きつけ続ける姿は完全にバケモノだ。
「おい、止めろ。死ぬぞアレ」
 服屋の店主の声に気づく。男の腕がだらんと垂れ下がっている。
「納! やめろ! 死んじゃうから!」
 ピタッと動きを止める。またきょとんとした顔で問い返す。
「殺しちゃダメなの?」
 蛍がぎょっとしている間に店主が答える。
「ダメだ。俺が死体回収屋を呼ばなきゃなんねえが、携帯を昨日盗まれてるからな」
「それはお気の毒に」
「だろ? だからそいつの銃もってこい」
 また元のぽうっとした顔に戻った納が店主に銃を渡す。男は動かない。
 店主は銃をカチャカチャいじると。
「バカかこいつは、今時中国製のトカレフなんか買いやがって」
 と吐き捨てた。
「一万五千……厳しいが希望を持つか。おいガキ、これ五千円で俺に売らねえか」
 納は首を傾げる。
「確かに俺の儲けは一万だ。だが、その死にかけのバックと話をつけてやる。それでお前の儲けは五千、悪くないだろ」
「……うん!」
 いや、ホントに悪くないかそれ。
 なにやらホクホクした表情で財布を取り出しているけど。
「ひっでえ財布だな」
 店主が顔をしかめる。
「そう?」
「それは女物の小銭入れだよ。表面剥がれまくってんだろうが。札入れ出せ」
「これしかない……」
「あ? 札どこに入れてんだお前。ポケットか?」
「あんまりお札持ったことない……でも、今日は五百円あるよ」
 五百円。
 まだピクリとも動かない強盗を見る。
 蛍と店主は顔を見合わせる。
「無事を祈ってやるか」
「そーね」
 店主はため息をつきつつ長財布を取りだし、五千円を入れる。
「やるよ」
「いいの!?」
「COACHはもう偽物は売れねえんだと。在庫が腐るほどあんのに」
「ありがとう!」
 ますますホクホクしている納を連れて帰り道。蛍はため息もつきはてた。

 

「で、絶体その財布大事にすると思うでしょ!? まさかのソッコー断捨離だよ!? ファスナー壊れたからいらないって。思い出の品とかいう発想ないのあいつ!」
「……無さそう」
「わかる! 後、全然着てない服とかバンバン捨てる! 着てて落ち着かないからいらないって。重複する文房具とかもバンバン捨てる! 消耗品しか残らない!」
「気持ちはわかるけど、君の部屋も大概スゴいで」
「は? ちゃんと内装考えて小物買ってるよ」
 妙高蛍の部屋。天がい付ベッド(自作)、ドレッサー、かわいい小物、某有名キャラクターのカーテン、クローゼットとタンスは自分でペンキを塗った。

 

「おい、まだ世界最強の軍隊をだまくらかしてやがんのか」
 服屋の店主の悪態に、その男は足を止めた。
「何言ってるんだか。僕は給料分以下の仕事なんかしたことないよ。君の祖国には負けたけど。えらく老けたね」
 店主は久しぶりのベトナム語の悪態を吐く。近頃の水商売の娘たちには通じない悪態だ。
「マリュースクがまたイキイキしだしたぞ。てめえを見たらすぐに天国に送ってくれるだろうよ」
「こんなにすぐに言われたこと忘れちゃったのか。スゴいな。ホントに記憶力のいいバカはいないな。で、お金のいる話はある?」
「何が知りたいかで値段が変わるな」
「メフィストのところにティーンが最近来たと思うんだけど、その中でミョーコー? ホタル? どっちが名前かわかんないけど、その子」
 ああ、と店主は50と言い、ドル札を受けとる。
「おったまげたぜ。あいつほど殺しが向いてるヤツは見たことねえ。殺人鬼じゃねえぞ。プロだ。プロの殺し屋に向いてる」
 黒人の男はニヤリと笑った。
「なーるほどねえ。メフィストも見る目あるなあ。しかもがめつい。僕くらいの男に依頼しないと損するわけだ」
 黒い肌に白い犬歯がのぞく。
「例の偽物のCOACH、まだもて余してるんだろ? おつり代わりにくれよ。お土産買い忘れちゃった」

 

 

≪空六六六ぷらす! じゅう!≫

 

メフィスト「うーん。ちょっと自室がごちゃごちゃしてきたな……」
納「部屋の片づけの手伝い? いいけど」
1時間後
メフィスト「待って! それもいる! それもいるから!」
納「捨てないよ。ほとんど新品だから高く売れるもん」
メフィスト「確かにほとんどつけてないけど、それはいる! 待って待ってその恐ろしいコートの取り出し作業やめてまだ着てないのほとんどだから!」
納「だって同じものいっぱいあるよ?」(首傾げ)
メフィスト「同じじゃないから! 似てるけど同じじゃないから! 待ってそれらのヒールは一見全部同じやけど全部メーカーが違ってねああああどれが一番履きやすいって、君それ一足しか残す気ないやん! ありがとう! もう充分やから! 全部ゲヘナに入れとくから! もうやめて! お願いやから!」
(のぞいていた二人)
蛍「……断捨離って要するに使ってないものと重複してるものはすべて処分が基本だからな……。あれ、明らかにコレクションしてるカンジで置いてねえもん」
ユキ「なんかでっかい宝石ついたアクセサリーとか、毛皮のコートとか色々全然使ってない状態で出てきますケド……。高いものを衝動買いして放置するタイプだったんデスネ……」
蛍「一人モンのババアに金持たせるとこうなっちゃうんだな……。最上級悪魔なら悪魔しか作れない異空間なんて象徴的なモンを物置にすんなよ」
ユキ「しょうがないデスヨ。あれ、部屋がちらかっていない状態を保てているなら、どれだけ物が増えても気にしないタイプデスヨ……。そりゃいつでも使える無限物置は利用しますヨ」

 


蛍とジョーイ2

「Hi」
 すれ違いざまに声をかけた黒人。
「あー」
 蛍はそう明らかに返事でない声を出した後、あちゃーと言った。
「納、こっから先一人で集金して先帰ってくんない?」
 こてんと首を傾げられる。
「用事?」
「今すれ違った外人。あれ、見ない顔だしカタギっぽかったっしょ。観光感覚でこの街に来られるとマズイじゃん? ちょっと注意してくる」
「わかった。気を付けてね」
「大丈夫。ヤバいことになったら逃げるから」
「姿見えないけど」
「まあ、近くにいるでしょ。見つからなかったら運が悪かったってだけだし。あ、帰りにメドウェーヂで晩飯買って、ついでにユキもテイクアウトしてきてよ」
「わかった」
 大柄な体が見えなくなる。
 蛍はすぐ横の角を曲がる。
 先程の黒人が煙草を吸っている。
「吸う?」
 箱を差し出される。
「ゴロワーズ・カポラル。両切りだし香りが独特だから、無理にはすすめない。僕も別に大好きってわけじゃない。ゴールデン・バッドがフィルター付になってからずっと難民やってるんだ」
 蛍は下から睨(ね)めつける。
「俺は煙草は吸わない。服がヤニ臭くなるから」
 はは、と黒人は笑う。
「未成年なことよりそっちが重要?」
「バカ言ってんじゃないよ。未成年の魅力って一番メジャーなのは清純さでしょ。ヤニ臭い清純派アイドルいる? 未成年だから、ヤニ臭くしない。OK?」
 で、と続ける。
「軍人さんがこんなとこで何やってんの?」
「相手に質問する時、どういえば真実が聞きやすくなるか知ってる? その質問にいたった根拠を述べることだ。根拠を証明するための質問なら特にね」
「カンに触るんだけどあんた」
 蛍は金に染めた髪を触る。蛍はチェックのシュシュで髪を縛り、黒人は髪と同色のヘアゴムで縛っている。
「まずあんたはおのぼりさんじゃない。本物のおのぼりさんならもうちょっとキョロキョロする。あんたはまっすぐ目的地を目指して歩いていた。土地勘があるレベルにこの街に来なれてる。だけど、リュックサックにアメリカ空軍のバッチをつけている」
「こんなのミリタリーショップでいくらでも手に入るよ」
「そう、いくらでも手に入る。だけど、この街の住人は誰もそれをつけない。訳ありの不法外国人が多いこの街で、どこの誰を刺激するかわからないから、そういう類はつけない。この地点であんたは不審者だよ。わざわざアメリカ空軍の軍人であることを知らせたい理由があるとしか思えない」
「横須賀の方が近いじゃない。海軍かもよ」
「可能性がなくはないね。でも薄い。黒人は脂肪も筋肉もつきやすい。重量はパワーとイコールでしょ。確かに動きはのろくなるけど、銃は基本的に遠距離で攻撃する。近距離になった地点で白兵戦が決定したようなもん。マトモなヤツならせっかくの人種の特性を生かして体をでっかくするよね。だけど、あんたはアスリートみたいにスマートだ。戦闘機に乗る以外、そんな体型である必要が?」
 何より。
「あんたはリュックサックを背中に背負ってる。この日本で最大級に治安が悪い街で。背後に人が近づいた段階で叩きのめせる人間であるとしか結論出せないんだけど」
 黒人は煙草を吸っている。
「確かに僕はアメリカ空軍に所属してる。こないだまでアフガニスタンで亡くなった指導者様に溺れた子羊を狩っていた。これは公式にはやっていないことになっている。5日前横田に帰ってきた。まあ、不審な軍人だろうね。で、それでわざわざ君が嘘を吐いてまで一人で追っかけてきた理由は? 実はスゴく強いとか? 柔道とか合気道って腕力がなくて小さい人間のための武術だったよね」
「今は武道。3日前、沖縄で米軍が暴行事件を起こした。だから、軍人なら丸腰で腕力がないヤツが近づいたら安全なんだよ」
「暴行事件を起こしたら逆じゃないの?」
「ほんっとイラつく面接官かよ。暴行事件が起きて、マスコミは米軍基地を叩きだせって大騒ぎしてるでしょ。そんなときにさらに火に油を注ぐようなことできる? 無抵抗の未成年に暴力を振るったなんてネタ、今なら全国紙や全国放送だらけのテレビ局が大枚はたいて買ってくれるよ。だから、基地から確実に出てるよね、行動に注意しろって命令」
「そういう場面を撮影しながら、映像を売りとばすだけな街でそんな命令が通じるかな?」
「どこであったかは編集すればいいんだよ。後でそういう命令を出したが無視していたってついたらもう報道として完璧じゃん、逆に」
「ひょっとして君の連れ……」
 蛍はため息を吐いた。
「未成年だけど、無抵抗どころか過剰防衛になりそうなことするヤツなんだよ」
「まったく若いのに苦労してるなあ」
 他人事のように黒人は言う。
「で、僕の方はわかんなかったんだけど、君の名前は妙高と蛍、どっちがファーストネームなの?」
 蛍の顔色が変わる。
「たぶん、蛍だけど人違いじゃない? それ、女の名前の方が使われる率高いよ?」
「ああ、そう。じゃあ蛍ちゃん。君はどこかで訓練を受けた? それとも天性のもの? あるいは、素人なりにそういう観察力が磨かれる環境で育った? 僕は環境だと思うな。訓練にしては顔に出るし、天性の才能でそこまでできる逸材は世界で僕だけだ」
 冷や汗が伝う。
 目的が自分だったとなれば。
 向こうは殺害を視野に入れている可能性が高く。
 そして自分は確実に死ぬ。
 死にたくなど、ない。
 妙高蛍は知っている。
 死んだ人間がどうなるかを。
「訓練とか受けた記憶はないけど、天性か環境なのかはわかんないね。基本的に周りは初老より年かさだったから、文系のことしか習ってないし」
「ふうん、存外田舎者なんだなあ」
 男は煙草を携帯灰皿につっこみ、その後、思い出したように問う。
「シケモク拾いってまだいる?」
「最後の一人がこないだ死んだよ」
「殺された?」
「いや、肺炎。古株の爺さんだったからね。顔なじみに看取られて逝った。その後、家財道具は一式顔なじみに売りとばされたよ。細けえ借金が多かったんだな」
「参ったなあ。僕も貸してたんだけど」
「国家公務員でしょ。香典だと思いなよ」
「金じゃないよ。ポルノ雑誌。もう風俗にも行けないらしいから貸したんだけど。日本のは変な修正が入ってるし、何より女の顔が幼すぎて勃たない。ロリコンじゃないし、かといって熟女趣味でもないんだよね」
 まあいいや。本国より高いけどこの街なら買える、と携帯灰皿をしまう。
 蛍は軽く後ずさる。
 黒人はひらひらと片手を振る。
「改めまして。初めまして、ジョーイ・ラスボーンだ。アメリカ空軍横田基地所属。階級は中尉。メフィストに頼まれて君の先生をやることになったんだ。ヨロシク。サービスで敬礼とかしようか?」
 蛍は息を吐く。
「試したのかよ」
 ジョーイは歯を見せて笑った。
「まさか。本気で試すならもっと効率がよくて早くて確実な方法をいくつも知ってる。時間を潰したかっただけさ。後、君の推理は一つミスがあるぞ。僕がスマートなのは、好きな服のメーカーが、細身の服しか売ってないからだよ。今着てるんだけど、わかる? シンプルなTシャツとジーンズに見えて、形に死ぬほど気を使ってる。多分知らないメーカーだよ。店はイスタンブールに一軒あるだけだから。」
「時間潰し?」
 蛍が顔をしかめる。わからないことがあった時の癖だが。今回はそれだけではない。時間潰しに脅かされてはたまったものではない。
「うん。最近はスマホで差し押さえ物件の競売結果が見られる。で、後1分で競売が終わる。それで明日の訓練場所が決まる」
 スマホをいじる。
「お、僕らはツイてるぞ。訓練場所がすぐ調達できた」
「ごめん、何言ってんだかわかんないんだけど」
「ああ。うん。どことは言えないけど某国が、日本国内のビルを非公式に所有していたわけさ。で、その国は貧乏だから、固定資産税とかもろもろ滞納した。だから国税局は差し押さえて競売にかけた。その国が競売で競り落とせば良かったんだけど、入札数は一件。元の持ち主とは別の国のダミーカンパニーだ」
「……日本の?」
「それは否定も肯定もしないのが紳士かな。まあ、競売にかけられたら本来の持ち主は立ち退いているはずだ。一人残らず。それでも中にいる人間は、なんらかの理由で不法侵入をしているんだろうね。それが常識だ」
「……まさか」
「何十人も不法侵入者がいる建物なんて、地域住民の脅威だよね。常識だ。即座に行政が対応すべきだ。民間の力を借りてもね」
「それ、元の国の連中がまだ――」
 ジョーイは歯だけ見せて笑った。
「それは常識に合わせて編集する。休暇中の軍人が何をしても職務の一環じゃない。民間の協力を仰ぐなら、公的機関が余計なくちばしを突っ込むべきではない。ただの常識だ。まあ、僕らがツイていたのは日ごろのおこな――」
 影。
「うわああああああっ」
 とっさに飛びのいた。命が助かった。ビルの5階から鉄骨と人間が降ってきた。
 ジョーイも反対方向に逃れていた。
「ちょうどいいものがあると思いましたが、落とすまで時間がかかり過ぎました。ルーデルクラスです。生存しています」
 降ってきたと思ったが、どうやら飛びおりてきたの間違いのようだ。しゃがんだ体勢から起き上がり、無表情にほこりをはらっている。
 細身、小柄、コック服、青い目、金髪、白人。
「君の頭が限りなく空に近いのは知ってたけどね、鉄骨を振らすのが挨拶とはいくらなんでも記憶違いが過ぎないかい?」
 マリュースク、とジョーイが続けるが明らかに無理して余裕ぶっている。
「挨拶は礼儀です。無礼者には必要ありません」
「いや、落ち着こう。マリュースク、そこにさ、ホラ、未成年が無抵抗でいるだろ?」
「戦闘に巻き込まれるのに老若男女の左記はありません」
「たぶん差異って言いたいのかな!? 後、それは巻き込まれた側が言うことだよ!?」
 コック服から、何かを落とす。
 なんか、金属製のレモンみたいな……。
「どこに手榴弾仕込んでんの!?」
「手榴弾!?」
 即座に判断。
「待って! 蛍ちゃん! 今会ったばかりの先生を見捨て」
 爆発音を背後に聞くが、振り返らない。
 スマホの着信音。
 走りながら出る。
 ユキからの通話。
 のんき極まる声で。
『蛍ー? なんかマリュースクが突然飛び出してったデスケド、見てないデス?』
「見た! 超見た!」
『良かったヨー。まだ閉店時間じゃないカラ、戻ってくるよう言っといてクダサイ』
「絶対無理! 何!? 誰かジョーイ・ラスボーンとか言ってたの!?」
『誰デスカそれ? 服屋のおっちゃんが「あのイラつくヤツがまた来たぞ」って私に言った瞬間厨房から飛び出して言ったヨー。何の話もしてないヨ』
「いや、それで全部わかる! ってかお前、俺が走ってるカンジなのスルーか!? あ、ごめん、なんか着信あった! 切る!」
 SNS。発信者七竃納。
『今日の晩ごはんオムレツだった』
「てめえはホントどうでもいいことばっか送ってきやがってえ!」
 一番雑談を送ってくるが、九分九厘どうでもいい内容の男(最近メフェイスト宛に雑談を送るのを禁止された)

 

 

 

≪空六六六ぷらす! じゅういち!≫

 

ユキ「蛍って意外とSNSで雑談送って来ないデスネー」
蛍「意外って何。必要な時はちゃんと使ってんじゃん」
納「大体、『バス停前でトラブルアリ。近づくな。篠織会で対処』みたいなカンジだよね」
ユキ「無線カヨ! って思ったデス」
納「逆にユキはなんか慣れてるけど、意外と長文が多いよね」
ユキ「あー、パソコンのメールが多かったデスからネー。つい癖になってるデス」
蛍「140字でも長文だもんな」
ユキ「待って! なんでアカウント知ってるデス!?」
蛍「えー、教えたらブロックするじゃん。まあ、裏垢でフォローしてるけど」
ユキ「なんでそっちは使いこなしてるデス!?」
納「なんのアカウント?」
ユキ「天と地が入り混じったカオスのダヨ! っていうか納がかなり雑談送ってくるの意外デシタ」
蛍「しかも毎回『金色のチョコもらった』『は? 金色?』『金貨のチョコ』『コインチョコ? まあ、気を付けて持って帰れよ』『もう食べた。おいしかった』みたいな何がしたいんだからわからんヤツを」
ユキ「あれホントに何がしたいデス? 無性に会話を欲するんでデスカ?」
納「……たのしい」(嬉しそう)
ユキ「楽しいならしょうがナイネー」(笑顔)
蛍「俺、今回死地から全力疾走逃走中にそれ確認したけどね」(死んだ目)

 


蛍とジョーイ3

 弾痕が一つだけある的の前で、蛍はうーんと唸った。
「当たんねえなあ」
 ジョーイは呆れなのか賞賛なのか中途半端な顔をする。
「当たってるんだって」
「だってこれ十一発も弾入ってるじゃん」
「映画でも漫画でも全弾命中させる人は凄腕のガンマンって呼ばれるだろ。普通は一発も当たんないんだよ」
 むしろこれなんで当たってるの、とジョーイは一発だけの弾痕を覗き込む。
「わかるわけないでしょ。俺は今日初めて拳銃を両手で構えるって知ったレベルだよ」
「でも、これ当たったのは片手で撃った時なんだよなあ」
 ジョーイは首を傾げて唸る。
「前撃った時はノーカンだろ。流石に銃口押し当てて撃ったんだから片手だろうと当たるよ」
 しかも撃たれた食人鬼は納に喰らいついており、振り返る事もままならない状態でだ。
「いや、当たる当たらない以前にさ。撃った反動で吹っ飛んだり肩外したりしてないのが不思議なんだよ。いきなり片手でぶっ放したんだから」
「軽いしちっちゃいからじゃないの?」
「そんなメフィストを基準にされても。スコーピオンやデザートイーグルを片手撃ちする女なんて規格外だよ。確かにこれ、使いやすくて有名な銃だけど」
 S&W M&P ミリタリー&ポリスの名前通り、実用性と汎用性がウリのセミオート拳銃だ。
「拳銃使った経験その食人鬼への一発だけだよね?」
「当たり前だろ。ここ日本だよ」
「だよねえ。天才少年ガンマンなんて、今時漫画でもあんまりいないし」
「もうちょっと長いのならちょっと使ってたけど」
「長いの?」
 蛍は棒を意味するジェスチャーをする。
「猟銃」
「ああ、銃身が長いのか。何使ってた?」
「……猟銃は猟銃じゃないの?」
「こう、ライフルとかショットガンとかさ」
「わかんないってそんなの」
 ジョーイはまた首をひねる。
「弾何発入るヤツ?」
「五発くらいかな」
「うーん、たぶんボルトアクションライフルだろうな……。それだと射撃上手かったりした?」
「まさか。まず持ち歩くだけでかなりきつかったよ。そもそも弾が豊富にあった訳じゃないし。普通に考えてヘタな方じゃね? 村に猟師が一人だけだったし、それも大概トシだったから手伝いしてただけだよ。畑荒らされないようにするのがメインだったし」
「まあ、そんなもんだよねえ……」
 全部まぐれって言うのが理屈が一番通ってるんだけど、なんか、こう、釈然としないというか。
 ブツブツ呟くジョーイに蛍が問い返す。
「そもそも、アンタの方も戦闘機乗りじゃないの? 拳銃って普段使わないんじゃね?」
「ん、ああ」
 ジョーイはオフレコで、と前置きする。
「第二次世界大戦の頃はまだアメリカに空軍がなくてさ、陸軍の一部だったんだよ。
で、僕は最初歩兵から入ったんだよね。まあ、ボルトアクションライフルとかショットガンとかサブマシンとかその辺はその時覚えた。戦闘機に乗り始めたのはわりと戦争の終わりごろだ
飛行機は金がかかるから戦闘機乗りはエリートだったんだよ。
で、さらにエリートになると爆撃機乗りになる。戦闘機はカッコいいイメージがあるけど、実際は爆撃機が無事爆弾を落とせるために守るものだからね。ナチス・ドイツには爆撃機で戦闘機を撃墜しまくった頭おかしいヤツもいたらしいけど。
まあ、エリートだから尉官……役職持ちによくなる。僕は中尉。で、尉官はみんな拳銃を持ってる。箔がつくし、いつ敵に襲われても反撃できるように軽く持ち歩ける銃が必要だし、どうしようもなくなったら自決するのに必要なわけだ。
流石に持ってるだけってのはあんまりだから拳銃も使い方を練習する。
その後も朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン、シリア内戦、このほかにも色々戦闘地域に行ってるんだけど、ずっと飛行機乗ってたわけじゃないんだよ」
「どういうこと?」
「うん。だいたい話の流れで察してくれたと思うんだけど、僕も呪い持ちだ。齢を取らないから一定期間ごとに戦死したことにして、別の基地に新しく赴任した中尉として配属されるわけさ。書類の上だけでは何回も死んでるんだよ。ゾンビみたいだけど、米軍にはそれだけ僕は必要な人材だ。どう? 記念写真でも撮る?」
「いいから」
「ノリが悪いなあ。要するに、戦死してすぐ別の基地に配属だとさすがに不自然だろ。二、三年は死なせておく。その間休暇くれるかっていうとそんなことないんだな。公には発表できないところで兵隊やるんだ。こないだまでアフガンにいたのもそれ。大人数でぞろぞろ行くわけにもいかないから必然的になんでもやることになる」
「ふうん。じゃあ今度の日本に来たのも、戦死したってごまかして来たんだ」
「そういうこと。まあ、戦死期間じゃなくても、飛行場乗っ取られたら歩兵になるしかないけどね。ベトナムではちょくちょくあったよ。簡易飛行場を奇襲されたらジャングルを逃げ回る。あれは怖いね。草とか木の影からいきなりベトコンが飛び出してきたり、トラップがしかけてあったり。発狂者がほぼ毎回出る。第二次の時日本で女子供が竹やり訓練してたってので大笑いしたけどさ、ジャングルで女子供の竹やり死ぬほど怖いし死ぬよ」
 おっと時間がなくなってきたな。と時計を見る。
「それ軍用腕時計?」
「カルティエだよ。カッコいいだろ。免税店で買った」
 ジョーイはそういうと蛍の手から拳銃を取り上げる。
「まあ、こんなもんは慣れればいい加減になっちゃうもんだ。それよりこっちが重要」
 ダン。
 蛍の弾痕の真横に穴が空く。
「こんな風に外れたら」
 ダン。
「二発撃てばいい」
 弾痕は増えなかった。まったく同じところを撃ったのだ。
「これ以上は実地で覚えるのが一番早い。死亡率も比例して上がるけど」
 はい、と銃を返す。
 蛍は顔をしかめて見上げる。
「今、片手で撃ったよね?」
 ジョーイはハハ、と笑う。
「天才がベテランで現役なんだから当然だろ。マリュースクは全部逆だからからかいたくなる。ユキちゃんはどっちかわかんなし、蛍ちゃんはどっちでも納得する心の余裕はあるよ」
 空間にひび割れができる。
「お疲れ様」
 黒いゴシックドレスが出迎える。
 ゲヘナが消え、自宅玄関に立っている。
「メフィスト、レンタカーもう来てる?」
 そこ、と指差した先を見て、げ、と声を上げる。
「スモークついてないんだけど」
「法律で禁止されたからな。丸見えの方が逆に目立たへんわ。それより車線を間違えなや」
「しかもフィァットの500だよこれ。一発ブチ込まれたらあの世行きだよ」
「一昨日君が鉄骨の下敷きになりかけた上、手榴弾に木端微塵になりかけた時身代わりになってくれたビルあったやろ」
 メフェイストはため息を吐いた。
「あそこが唯一の左ハンドル扱ってるレンタカー屋や」
 うわと小声。
「一切細工などしていないが、このとても美しい外見で映画でおなじみの死ぬほど壊れやすい車に一発ブチ込まれて死んで頂きたい、との伝言を預かってる」
 とどめ。
「車線間違えて逆走して死んでくれたら、お祝いにこの車くれるんやて」
 キーを渡した後、メフィストは自分のベンツのキーを取り出す。
「じゃ、さっさと乗り込んで」
「わかったよ」
 キーを見せつけながら蛍に言う。
「シートベルトを必ずしめること。後、背後で爆発炎上してるのは私の車やないからほっといて行き」
「は?」
「はい、早く早く」
 何を言ってるのか聞き返す前に、車に押し込まれた。
 シートベルトをしめた、と思った瞬間。
 いきなりアクセルが思いっきり踏み込まれる。
 がくん、と体が重力に引きずられる。
「ちょっ! スピード!」
「舌噛むよ! 大丈夫! 緊急車両になれる!」
 言おうとしたことと別の言葉が飛び出る。
「後ろ! 何あれ!」
 後方に停車してあったはずのトラックが、いきなり追いかけて来ている!
「今から一網打尽にする人たちの友達!」
 真後ろのメフィストの車があるが、距離がドンドン縮まってくる。
「あれぶつける気じゃないの!?」
「いや、ひき潰す気だよ!」
 メフェイストのベンツの窓が開く。
 白い髪。
「ユキ!?」
 空間に亀裂。
 何かロケットの模型のようなものを引っ張り出している。
 ユキはかなり身を乗り出して、それをトラックに向け。
 直後。
 爆発音と共にトラックは炎上した。
 そのままユキが親指を上げている姿が小さくなっていく。
 ようやくスピードを落としたジョーイは、ほっと息を吐いた。
「あれは対戦車ロケット弾っていってね。戦車をぶっ壊すためのものだ。パンツァー・ファウストってヤツだ」
 角を曲がると、トラックは黒煙しか見えなくなる。
「間違っても、箱乗りしながらトラックにぶっ放すもんじゃないぞ。そんなのが常識なのはナチス・ドイツくらいだ。常識じゃないけどやっちゃうのがロシア人だ!」

 

≪空六六六ぷらす! じゅうに!≫

 

ジョーイ「ジュネレーションギャップには慣れてるつもりだったけどさあ。流石に16歳相手になると結構キツイなあってことがあるね」
マリュースク「いい大人なんですから、ジュネレーションギャップが皆無の方が問題ですよ」
ジョーイ「そうだけどさあ、「キューバ危機?」って怪訝な顔された後、スマホいじって「納が教科書に載ってたって言ってるから結構有名なことなんだ」はキツイよ。その教科書に載ってたって……。僕はそれの海上封鎖に参加してるんだよ」
マリュースク「海上封鎖?そんなことしてたんですか」
ジョーイ「えッ……。ちょっと何言ってるの。あれソ連のミサイル基地が発見されたからやったんだよ。君の母国の話」
マリュースク「……ソ連時代のことは話には聞くのですが……母国と呼ぶにはあまりピンときません……。物心ついた時にはもう崩壊してましたし」
ジョーイ「……ま、孫世代!?」
マリュースク「気味の悪いこと言ってないで帰って下さい。もう閉店しているんですから」

 


蛍とジョーイ結

「蛍ちゃん、いきなりマイナスなこと言っていい?」
 インカムの向こうから、不機嫌そうな声。
「何?」
「ここの監視カメラ、録画機能がない。いや、最初はあったんだろうけど、壊れてる」
「ふーん」
「そんな興味なさそうに言わなくても。これはこのビル中に仕掛けられたカメラを僕が一人で監視しないといけないってことだぜ? 数は三十だ。君、テレビ三十個同時に見たことある?」
「テレビっ子の夢じゃん」
「叶ったらガッカリする夢の典型だろ。あ、ちょっと待って」
 座ったまま左手に銃を持つ。部屋の扉が開く。入ってきた瞬間に発砲。
 消音装置に消える発砲音。倒れる女。死んだ監視係。
「あ、女だったのか。惜しかったな」
 死んだ気配を感じてから自分が撃った方を向いた。
「まだ体温残ってるんじゃないの?」
「そういうヘンな理解ある態度やめてよ。なんでほぼ初対面のガキに死体に突っ込んでるとこ実況しないといけないのさ」
 画面の一つでダクトが開き、小柄な体が降り立つ。
「この辺誰かいる?」
「いないよ」
 妙高蛍現在地、二階非常口。
 ジョーイ・ラスボーン現在地、一階警備室。
 ジョーイは思考する。
 えらく、潜入がラクだな。
 悪い予感ではない。ただ、異常にここまでで人に出会わないだけだ。
 どちらかといえば、ジョーイの方が出会っている。警備室に元からいた男と、さっき入ってきた女。どちらも死体になっているが、
 悪い予感ではない。
 ただ、何の予感なのか理解できないのなら、感じるだけ不快だ。
「っていうか、ダクト入って何してたの?」
「使えそうなモンないか探してただけ」
「その割に荷物増えてないね?」
「いろいろ使えそうなモンはあったけど、持って行くのはなあって」
 現在の装備は消音装置つきにカスタムしたS&W M&P。予備の弾丸は二セット。そして発煙筒。水筒。すべて腰にぶら下げている。
「ライフラインは何が生きてる?」
「電力のみだな。まあ、携帯の充電はできる」
「火災報知器は?」
「音は鳴るけどスプリンクラーは無理だな」
「オッケー」
 確かにインカムで会話し、いつでも救助に行けるようにしているが。
 初陣で敵陣に単独潜入してる雰囲気じゃないというか。
「なんだか慣れてない?」
「そんな訳ないじゃん。っつか、俺がパニクったら大変なのあんただよ」
「まあ、そうなんだけど」
 ダクトに入っても、カメラに映ったのはクローゼットを開けて中身をガチャがガチャいじくっている後ろ姿のみだ。
 匍匐前進に慣れていないことを思えば、ただ入って見ただけ。
 もう少し推測すると、逃走経路の確認くらいか。
 カメラに映らないので推測するしかないが。
「あの螺旋階段の上さ」
「玄関前の?」
 作られた当時はしゃれたデザインの象徴だったらしき、二階への螺旋階段。
 今はただのバリアフリーに対応していない象徴と化している。
 巨大なシャンデリアがあるのに、埃をかぶりきっているのが痛々しい。
 吹き抜けのコンクリートにヒビが入っている。
「うん。あのあたり、誰かいる?」
「君がさっきクローゼット開けた部屋。あの階段の真ん前に一人。小柄な男……老人だな。特に武装してる様子はない」
「俺が玄関に向かうルートには?」
「その直線の廊下見えるだろ? 螺旋階段の手すりも。その二つ前の扉の部屋。四人固まってる。気をつけろ。こいつらは銃を持ってる。AKのコピーだ」
「一階は?」
「会議室から……まあお偉いさんのいるところって表現が妥当かな。そこに七人。五人は武器がAK一人はトップだろな。ボスともいう。手ぶらに見えるけど拳銃くらい持ってるだろ。後、妙なのがいる。中学生くらいの女の子だ。えらく怯えてる。しかも制服じゃないかな、あれ、学校の」
「オッケー。うまくいくかわかんないから、もしもの時はよろしく」
「それは当然だけど」
「しゃべる余裕なくなると思うから」
「それはしょうがない。そのためのカメラ乗っ取りだし」
「じゃ」
「え?」
 彼が再び跳ね上がったのを見て、怪訝な顔をする。
「なんでもっかいダクトに入ってるんだ?」
 返答はない。
 ダクトに入った直後。
 通風口から発煙筒が投げられる。
「ちょっと、それ二個同時に使わないと目隠しにならないって」
 どう見ても一個しか使ってない。目隠しどころか、完全に人の位置が丸見えだ。
「聞いてる? おーい」
 返事はない。
 しゃべる余裕がない。
 いや、まさか。
 しゃべってはいけないと判断している?
 クローゼットの部屋。
 通風口から飛び降りる。
 驚愕する老人。
 銃を抜くか?
 否。
 走る
 クローゼットを開ける。
 老人が逃げようとする。
 その首に、金属製の変形したハンガーがかけられる。
 あの変形はわざとでしかならない! 人間をくびり殺すための変形!
 さっきクローゼットの前でしていたことはこれか!
 老人が事切れた瞬間、機械特有の音声。
「火災ガ発生シマシタ、火災ガ発生シマシタ、火災ガ発生シマシタ」
 発煙筒!
 悪い予感はしなかったわけだ。
 二階に固まっていた四人が非常口に殺到する。
 一人が扉を引っ張った瞬間。
 中に倒れ込んでくる鉄パイプ。
 先頭の男は下敷きになる。
 蛍はただ、元からあった鉄パイプをわずかに移動させただけだ。
 いろいろ使えそうなモンはあったけど、持って行くのはなあって。
 使えそうな物をその場のトラップにしただけだ。
 ジョーイはこの後の展開を知っている。
 正確には嫌な記憶として同じことがある。
 予感ではない。記憶の再現だ。
 下敷きの男を踏み越える判断力は消え。
 生き残りの三人は恐慌状態となる!
 そこで一階の踊り場下に発煙筒をもう一つ。
 異国の声で火事だ! という絶叫。
 火に囲まれたと錯覚したところに、あえて部屋から飛び出す。
 そして発砲。一人が倒れる。当たるまで撃ったらしいが何発かはわからない。
 ジョーイは目を見開いたまま言った。
「ベトコンだ……」
 その場にあるものをトラップに作り替える。
 恐怖にかられたところに突然飛び出す。
 すべて、あのジャングルの悪夢の再現だ。
 飛び出した後はすぐ、障壁物の陰に戻り。
 恐慌状態の彼らのわめきながらの弾切れを待ち。
 装填の瞬間、弾丸をたたき込む。
 一階の踊り場下。
 会議室から飛び出してくる武装した五人。
 蛍は即座に廊下の消化器を手に取る。
 踊り場上から中身を吹き付ける。
「目潰しか? 確実じゃないぞ?」
 案の定、ぎょっとした様子を見せたが、一人しか視界をなくしていない。
 撃ってくる。
 その直前。空になった消化器をシャンデリアに投げつける。
 落下。
 金切り声のようなシャンデリアの割れる音。
 その下から流れる血。
 下敷きの三人。
 視界をなくした一人。
 下半身のみ下敷きになった一人。
 ダクトから天井裏に移動したのか!
 天井裏のシャンデリアの留め具。
 それのねじをゆるめておき。
 投げられる程度に軽くした消化器という金属の塊をぶつけ。
 落下させる!
 行動不能状態になっているのを確認しながら自らの銃を装填。
 そして生存者に弾丸をたたき込む。
「おい、君、一人でゲリラ戦やってるぞ」
「ジョーイ」
 ようやくの返答。
「会議室の奥の様子どう?」
 ジョーイ・ラスボーンは思わず哄笑した。
「ちょっと、ちゃんとフォローしてって」
「いや、だって、君さあ!」
 笑うのが止まらない。
「倉庫の在庫をチェックする会社員の口調だよそれ!」
 こいつは人間だ。
 こんなことは、こんなやり方は、こんな表情は。
 人間にしかできない!
「いいから、どうなの?」
「どうしようもないよ。あのおえらいさんルームから出る勇気もないらしい。窓に格子なんかはめとくからだ。美術館とか興味ないタイプだよあれ」
「アタマとあの謎の中学生?」
「うん。あのおっさんは拳銃を持ってるけど、手が震えまくってる。中学生の方はへたりこんだまま泣いてる。たぶん人質だろうな、あれ」
「了解」
 蛍は階段を降りる。
 シンプルな動きだ。それはそうだろう。危険なことなど何もないのだから。
 会議室の奥の扉を開ける。
「動くな!」
 その言葉は同時。
 トップの男は流暢な日本語で叫ぶ。
「銃を捨てろ! こいつを撃たれたくなきゃ銃を捨てろ! 同じ日本人を見殺しにする気か!」
 男の手が震えすぎて、少女のこめかみに押し当てた銃まで震えている。
「その子いくつ?」
「十四歳だ!」
 パリッ。
 何だ今の雑音は?
 ジョーイは眉をしかめる。
「蛍、銃を捨てるな。会話を長引かせろ。すぐに向かう」
 返事はない。
 ただ、今度はバチっという確かな音。
 火花がはじける音に聞こえるが。
 インカムの不調か? ならなおさらまずいな。
「まだ十四歳だぞ! 同じ日本人として見殺しにしたりしないだろう?」
 かすれた声で男が言う。
「俺が知っている事実が三つある」
 蛍は声を荒げずに言う。
「まず、今日までの最低三日間、中学生の事件性を疑う捜索願いは出ていない」
 少女は声を殺して泣く。
「二つ目、その制服を着ている女の子が出ている漫画がうちにある。それはコスプレ衣装の類いだろうな」
 男が息をのむ。
「三つ目、あんたたち、二人とも親指の先が短くて横に広がっている。短指症ってやつだろうね。一万人に一人は発症する。その原因は」
 バチイッ
 ジョーイの耳元でまた火花の音がする。
 警備室を飛び出てから、この火花の音で声が聞こえづらい。
「ほぼ遺伝だ。ただの推測だけど、その子は日本人ではないし、日本語もしゃべれないし」
 バチバチバチッ。
「ただの人質に見せかけたあんたの娘なんじゃねえの?」
 少女の母国の言葉で助けを乞う声。
 よし、相手は札切れだ。
 ジョーイの思考は覆される。
「正解ならしょうがねえな」
 なぜ、今、銃の落下音がした?
「なぜ、銃を捨てた?」
 男の声が聞こえる。
 やはり銃を捨てたのは蛍だ。
 インカムではなく、扉の向こうから声が聞こえる。
 逆だ。
 インカムがノイズばかりで役に立たないのだ。
 ジョーイは扉に手をかける。
「ムカつんだよ」
 扉を開く。
「てめえのガキを消耗品としか思ってない、クソなてめえみたいな親がムカつくんだよッ!」
 雷のような怒声の直後。
 行動に思考が追いつかないことは多々ある。
 ジョーイは目の前で起きたことを、三十秒ほど経ってから思考した。
 しかも、蛍のこの言葉によってようやくだ。
「……何あれ」
 とりあえず、見たままを言う。
「落雷?」
「……いや、室内で? ホンモノの稲妻が?」
「いや、あれ君がやったでしょどう考えても」
「は? まさか。自力で雷出せる訳ないじゃん」
「いや、そんなこと言ったって僕じゃないよあれ」
 転がっている男を見る。
 どう見ても、落雷による感電死だ。
「っていうか、その子大丈夫?」
 ジョーイの腕の中の少女を見る。
 雷光が見えた瞬間、ジョーイは彼女を父親から引き剥がし、遠ざけることに成功した。
 この間、まったく思考というものをしていない。
 おそらくF1のような速度で動いたのだと推測されるが、推測だ。
 ただ、そういうことができるくらいの年数、戦場にいただけだ。
「大丈夫? ああ、言葉がわかんないか」
 彼女の母国語で話す。
「怪我はないと思うってさ。後、蛍ちゃん、君この部屋に入ってすぐなんかバチバチ火花みたいなのめっちゃ出してたらしいぞ。絶対君だよあの雷。電気技師の資格取ったら?」
「えー、そんなんあるー?」
 腕を組んで肩を引きつらせるのに、さらに少女が問う。
「あなたは軍人なのですかって聞いてるけど」
「いやいや、ナイナイ」
 さすがに深くつっこむ。
「いや、じゃああの、ゲリラ戦法どこで習ったの。ベトコン戦法じゃないかあれ」
「は? ゲリラ? え、そうなのあれ?」
「何本気でびっくりしてんの」
 蛍は首を傾げながら顔をしかめる。
「いや、だってあれ、山で猟する時の手伝い応用しただけだよ」
「いやいや、手伝いってどんな手伝いだよ」
「猟銃の弾って貴重じゃん? で、猟師もジジイだからさ。山の中でそのへんにあるモン作って罠にしたり、煙とか音で脅かしたり、後、なんか動物近づいてくるか見張ったり、距離とか風向きとか天候とか調べたり。そういうのだよ。マジただの手伝いだって」
「蛍ちゃん……それ……」
 ジョーイはガックリ力が抜ける。
「観測手(スポッター)だよ……しかも山岳兵……」
 解説:観測手(スポッター)とは、狙撃手のサポートとして狙撃に必要な風向きなどのデータを取ったり、周囲の危険を排除したりする人員である。必要に応じて自ら狙撃することもある。また狙撃手はハンター出身者が多い。冬戦争で有名なシモ・ヘイへなどは典型で、山中での突然の狙撃はわずか三十二人のフィンランド軍が四千人のソ連軍に勝利するという奇跡まで起こした。最後に、その場にある自然を利用して罠を作ったり、音や煙で動物を脅かすのは古来から度々使われる狩猟法である。
「メフェイストー、蛍ちゃんさあ。もったいないからスナイパーにしていい?」
「ちょっ何俺に断りなく! っつかもったいないからってセコい言い方すんなよ!」

 

 

≪空六六六ぷらす! じゅうさん!≫

 

納「山で狩猟って、熊とか?」
蛍「いやいや、そんなリスキーなことめったにないって。しょっちゅう熊狩りとか命がいくつあっても足んないよ。これだから都会っこは」
ユキ「じゃあ何獲ってたデス?」
蛍「基本的に魚。鹿とかイノシシとかは畑荒らすのが頻繁になったら山に狩りに行くカンジかな。それも畑に落とし穴しかける方が確実だし。それか針金とか木の枝とかで罠。一頭捕まえたら結構肉が取れるからね。干し肉とかに加工しても量的には充分」
納「なんかハンターのイメージと違うね」
蛍「だろうねー。金に換えらんないから収入源って言ってもピンとこないし」
ユキ「どっちかっていうと釣り人ですよね」
蛍「ああ、それはさすがに村中食う分に足らないから、釣りは遊び」
納「え、じゃあどうやって魚獲るの?」
蛍「川に電流か人間には効かない程度の毒入れる」
納・ユキ「えっ……」
蛍「その川が生活用水も兼ねてるから、上流の方行って魚獲るんだけどさー。そこでエンカウントした時くらいしか熊は相手にしねーわ。一発当たったくらいじゃ死なないし、持って帰るのも大変だし。得るモンは確かにデカイけどねー」
ユキ「それ……全部違法ですよネ」
蛍「そうだよ。俺は知らなかったけど、お前らは真似すんじゃないよ」
 笑いながら言ってますが、ゲリラ戦法です、それ。

 


DNAにシミがある1

 運ばれてきたペンネは熱い。
「ここ、話していい店?」
「うん。ランチタイムは過ぎてるし、夕食には早い。何より土日は混むけれど、平日はゆっくりできる。って書いてある」
 食事先紹介アプリの画面を見て納得。
「それ、店名のみでも調べられたっけ?」
「できるけど、チェーン店とかよくある店名とかだと膨大な検索結果になっちゃうな」
 店名を言う。
「そんなら大丈夫だけど。ここ、すごく混む割に飛び抜けてうまいかって言うとそうでもないぞ。SNSに写真アップ目的女の中で有名なだけで」
「いいんだよ。俺もSNSに写真アップ目的男だから」
「……自撮りとか上げるの?」
「おそらく一緒に行くのがあの二人でやるかよ。明らかに俺だけ不自然な加工で浮いちゃうじゃん」
「だよねー。加工する必要がない男女と一緒に、写真でなくても加工まくってるのが一人入ってるとか自爆願望かな、としか」
「殺すぞ」
 ほとばしる殺気。
「……キレ方がガチすぎるだろ。自分で言い出したくせに」
「否定待ち率100%に決まってんだろ。そもそもお前は話し方がイラつくんだよ。カッコつけてる時が一番回りくどくてイライラする。
その癖合コンさしすせそに秒殺されそう。
女に慣れてないヤツが相づち以上の意味皆無の「すごーい」に引っかかってもそりゃそうだけど、女に慣れてるのにそんなんに引っかかるって勘違いバブルおっさんのテンプレじゃねえか。
若い頃ハマー買った自慢して「すごーい」って言われてこいよ。
「すごーい、ハリウッドみたいに爆炎に消えてくんないかなー。それかゾンビの集団に囲まれた時にエンジンかからないか。そうしたらこの話がエキサイティングになるのにー」の「すごーい」以降を省略したヤツを。
殺すぞ」
「既にオーバーキルだよ! めんどくさい女かよ!」
「ぬるいこと言ってんじゃねえよ。まだめんどくささを最大発揮してねえよ。レベルが一段階上がると、この会話を軽く盛ってお前の知り合いはいるけどお前はいないグループ会話に晒すぞ」
「負の女子力のエネルギー全開か! 男なのに!」
「うん。故に男の嫌がるポイントも押さえまくっているという、最強の女子力を持ってる。昔のやんちゃ自慢のショボさを指摘されるとキツいよな?」
 小声でファッキンクライストと呟き、向き直る。
「本題に入ろう」
「ああ」
 ブロッコリーを口に入れる。トマトソースに南米チックな香辛料が入っている。
 口調が平坦になる。
「僕は君、というか君たち三人。今同居している16歳の三人を信用していない」
「ふうん」
「会話が成り立ちやすくてありがたいよ。信用していない理由を話すけれど、これは後の二人には伝えない方が賢明だ。伝えてもいいことがない」
 向こうもペンネにフォークを突き刺す。
「僕は確かに天才だが、戦闘能力はあんまり高くない。メフェイストの軍勢ではの話だけど。人間の限界を数段階越えた連中の中で、すこぶる強い人間なんて埋没するからね。まあ、それを補うように用心深い。まだアフガンにいる間に、君たちの身元調査をプロに依頼したんだ。メフェイストが噛んでいないつてでね。長く生きて役職持ちになると、こういう人脈がよくできる。長生きはしといた方が得だ」
「具体的にはどういうプロ?」
「それを明かすともう何も頼めなくなるプロ」
「ああ、ならいいわ」
 お互いペンネを口に入れる。熱い。
「前提として、この結論は感情を排除したうがった見方だということを頭に入れておいてほしい。ただ、面倒だった。ただ、計画性がなかった。ただ、なんとなく気にくわなかった、そういうことが原因の可能性の方がよっぽど高い」
「しかし、感情を排除しない限り不審な点がある」
「そうだ。君たちは全員血縁者に怪しい人間がいる。そして、その血縁者と今までつながりがなかったことと、今後つながらないことを保証できる人間はいない。その怪しさの方向は悪魔より人間よりだ。犯罪とか政治とか国家とかそういう方向だ」
 お互いフォークを止める。
「いきなり本星を出して悪いけれど、ユキ・クリコワ。彼女の祖父は99%黒だ。話も一番長くなる」
「祖父?」
 いたのか。いや、そりゃいなかったらユキ本人はどこから発生したのかという話になる。
「ああ。お祖父ちゃんだよ。父方の。ロシア、いや、当時はソ連人だ。
ペレストロイカ直前のタイミングでソ連から日本に移住している。
しかし、移住直後の間のみ、書類は息子が妻の私生児ということになっている。この母子の血縁関係は確実だ。母、つまりユキちゃんの祖母もアルビノだった。遺伝だろう。
私生児となっているのが発覚したのは、息子の通信制高校入学手続きの際。外国人登録原票の父親の欄が空欄になってたんだ。
不審に思って妻の方も確認してみると、やはり配偶者の欄が空欄になっていた。
そして夫の外国人登録原票の写しを発行してくれと頼むと、該当する人物の外国人登録原票がないと告げられた。
外国人登録証明書、要するに日本に在留する資格があるという証明書、それは家族全員発行されているのに、だ。
妻が書類の登録ミスではないかと役所に問い合わせている。すぐに訂正と書類上のミスだと説明があった。
しかし、その父親は日本に移住してすぐに法務省の事務員に就職している。本当に書類上のミスなら、その段階で訂正を要請するはずだ。
元から住んでいたわけではない外国人がお役所勤めをするんだから、外国人登録原票の写しは必要だろう。今は廃止された制度だが当時は住民票も兼ねていたんだからね。
だが、父親は登録原票がないまま就職。しかも妻子は夫の登録原票について何も知らない。
妻に原票がないことを伝えていたなら、のんきに「書類が間違ってるんじゃないかしらー?」なんて役所に聞いたりしないだろう。
目的は高校入学だし、それは息子が私生児であっても何の障害にもならないんだから。
むしろ、原票がないのは不法滞在の証拠だよ。登録証も偽造ということになる。そういう発想が出ないで自分から問い合わせるあたり、よっぽど夫を信じていたし、信じるにたることもあったが、夫があえて教えなかった日本の法制度もあったということだよ。
つまり、数年間、法務省まで加担して不法滞在状態を続けなければいけない事情があり、それは妻子に明かす訳にはいかない事情だった。
事情の大きなヒントがある。彼は確かに日本の法務省に就職していた。勤務先でも真面目に出勤する姿が目撃されている。その出勤先は……法務省の管轄、公安調査庁だ」
 情報機関。そして、諜報機関。
「さらに二年後。親子の自宅の隣家より警察に通報があった。マンションの隣の部屋から言い争うような大声や何かを壊す音がする、強盗か何かじゃないかと。
警官が駆けつけるとただの親子喧嘩だったと判明した。
息子が耳が聞こえずもっぱら筆談をしていたため、怒鳴り声が息子のものとわからなかっただけだ。
まあ、さすがにパトカーが来てマンション中が騒ぎになってるから、そのまま帰る訳にも行くまい。
一応息子の方を署に連れて行って説教した。集合住宅で大声出したらいかんよ、みたいな反抗期相手にしょっちゅうやるヤツだ。
喧嘩の原因は卒業後ソ連から日本に国籍を変えたいと言ったら反対された、というものだった。
それだけ聞いたらすぐ家に帰されている。補導扱いですらない。
周囲もまあ反抗期だからたまにはあるだろうみたいな納得の仕方だ。
だが」
 ジョーイは人差し指を立てる。
「なぜ、父親は反対したんだ?
崩壊直前の物資不足が最高値のソ連よりバブルが始まったばかりの日本の国籍を取らせない理由は何だ?
その息子はアルビノで日光すら害になる虚弱体質の上、耳が聞こえないんだぞ?
日本でないと卒業後の生活が成り立たない可能性も高いぞ?
そもそも、父親がソ連国籍のまま公安調査庁で働いてるのが不自然すぎるだろう。
正規雇用なら国家公務員だ。
今より非正規雇用がメジャーでなく、いくら国家公務員でも本当に事務員なら給料が安いと不人気な時代のね」
「……スパイ?」
 頷く。
「ユキ・クリコワの祖父はKGBの局員だった。
ソ連が崩壊すると失業どころか命すら失う可能性があった。
だから、崩壊の予兆の段階で日本に逃げた。
実質はKGBで得た情報と引き換えに亡命。
そのまま今度は日本の諜報員となる。
ソ連国籍を捨てなかったのは、その後の体制の行き先次第で二重スパイになれるかもしれなかったからだ。
だから、跡継ぎ候補の息子の国籍変更も許さなかった。
このできすぎたフィクションみたいな話が、一番辻褄が合ってしまう」
「その先は?」
 表情が消えている二人を、気にとめる人間はいない。
「息子は資格を取ってロシア語翻訳家となる。ビジネス文書を中心に翻訳を請け負う日本の中小企業だ。就職と同時に会社の所在地である北海道札幌市で一人暮らしを始める。
体力が落ちて就労不可能となる死の直前までずっと同じ企業で働いている。インターネットが普及してからは在宅勤務が主になっている。温和な性格で社内の評判はかなり良かった。
どうもスパイは向いていなかったようだ。
やっていたにしては生活が慎ましく遺産も少なすぎる。
結婚の際二度目の親子喧嘩をして絶縁するが、二人目が生まれるとすぐ離婚を申し立てられる。理由は性格の不一致。
娘を二人とも引き取ろうと家裁で争うが、一人きりで二人の赤ん坊しかも上の娘もアルビノ。二人育てるのは不可能な虚弱体質だと認められず、結局上の娘のみ引き取る。それがユキ・クリコワだ。
成長後、娘が国籍を選びやすいように自分も結局ロシア籍のままだった。イデオロギーよりもバブル崩壊からその考えに至ったと周囲に語っている。
ユキが十一歳の時、母親の入院を聞いて東京に駆けつけている。
その際両親と和解。母親はそのまま世を去る。同時にユキと祖父の交流が始まる。
最初は電話だったが、ユキが十四歳になる頃から文通中心に切り替わる。しかし、文通期間が一年にも満たない内に他界。
実は和解より前から体を壊し退職していたが隠していた。
この頃ユキの父親も倒れる。はっきり病気というよりアルビノが原因で体力がもたなくなったらしい。
祖父と父、両方とも死期が近いのを悟り、祖父は遺産の相続先がユキの遺言書を残している。ユキの妹の名前が一切出てこない上、財産をほぼすべて世界各国の国債に変えた遺言書だ。
父親はユキの引取先を探すも、日光に当たれぬアルビノの娘を引き取ろうという人間はおらず、結局別れた妻に託す。
自らの遺産――主に自宅マンションの売却した金を譲るのと祖父の遺産の後見人となる引き換えに、夜間もしくは通信制高校への進学とその後の本人の希望にあった教育を受けさせるという条件で。
まあ、その別れた妻はユキを引き取るやいなや、仕事をやめて毎日だらだらするだけの生活費に遺産を使ったわけだけど。高校の資料請求すらしていない。
そりゃ結婚を反対されるわけだし、体力の限界を越えても子どもを二人とも引き取ろうとするわけだし、引取先が実母なのに娘を進学させる対価として金を提示するわけだ。
元KGBが跡継ぎの才能がないと見なすご慧眼よ。
こうして、ユキ・クリコワが祖父とどんな手紙を交わしていたのか知る人間はいなくなった。
もし、祖父がユキを”跡継ぎ”と見込んでそれなりにやっていける道を作っていたとしても、それをしたと言い切れる人間はいない。しなかったと言い切れる人間もいない。
彼女本人を除いては」
 沈黙する。
 数分経つ。
 ジョーイはおしぼりを目の上に置く。
「話の続きの前に食べよう。KGBの話をすると疲れる。僕は40年以上あいつらから逃げ回った。米軍の誰も気づかないのに、ソ連のスパイ共はすぐに不老の中尉に勘づくんだ。ロシアは嫌いだ。本能を異常に磨き発達させる国だ」
「国籍差別はどうかと思うけど?」
「そんな道徳なんか知ったことか。バカみたいな戦闘能力のバカを作る方が悪い」
 おしぼりをずらす。黒い目が覗く。
「後の話はスケールが小さい。少なくとも国家の一大事とかにはならない。とっても犯罪の香りが漂う人間の話と、君の父親の話だ」
「食べよう」
 ペンネを口に運ぶ。香辛料だと思ったが、添加物の味だと訂正する。

 

≪空六六六ぷらす! じゅうよん!≫

 

蛍「ジョーイ、メタな感想なんだけどさ」
ジョーイ「ん?」
蛍「あんたの説明、横書きだと超読みにくい」
ジョーイ「わかってるよ! 最初はもっとびっしりと文字が多いつくしてたから、めっちゃ改行入れたよ!」
蛍「液晶画面に横書きで文字びっしりって、もう読まないって人が出るヤツだよね」
ジョーイ「増えていくキロバイト段階で予想してたよ!」
蛍「まあ、同人誌版は縦書きだけど」
ジョーイ「印刷代が尽きないことを祈ろう」
蛍「懐具合が寂しくなると、俺ら身売りされるからね」
ジョーイ「身売り?」
蛍「大概BLのエロ小説を書かれて、客引きに」
ジョーイ「宝くじ当たってくれ……」

 


DNAにシミがある結

 ハイビスカスティーのティーバックを取り出す。
「で、犯罪が絡んでるっぽいってのは納の親戚?」
 ジョーイは、コーヒーのカップを置く。
「ああ、繰り返すけど前提としてこの結論は感情を」
「繰り返さなくていいから、ちゃっちゃと進めて」
「もうちょっと敬った態度取ってくれよ」
 視線にわかったというジェスチャーで返す。
「七竈納、そもそも、君は彼の生育環境についてどこまで知ってる?」
「本人が話したのは、父子家庭で父親が死んでるところまで。メフェイストに聞いたのは、なんかのハンディを持ってるのと結構複雑な家庭だったこと。俺が推測するのは」
 カップに指をかける。
「相手が不機嫌になると隷属する癖がつくような環境で育ったんだろな、って」
「……最後のはどうして?」
「ユキと会ったばっかりの頃、すげえ仲悪かった」
 赤い茶を飲む。
「ユキって見たまんま直情型なんだよ。その割に沸点が高めで、怒っても引きずらないんだな。激レアのホンモノのサバサバ女」
「あー……」
「で、なぜか納の脳内では直情型とモラハラっていうの? 機嫌次第で怒鳴るわめくどんな時でもお前が悪いから謝れみたいな、そういう人間性がイコールしてる。それイコールしねえだろって話だけど、まあ、納の脳内で」
「そりゃあ、仲悪いなあ」
「そ、俺がいない時絶対二人同じ空間にいない。別に喧嘩するわけでもない。気まずいだけ」
「でも、今、仲いいよね」
「うん。ユキがキレちゃってさ」
「うん?」
「私は怯えながらご機嫌取られても嬉しくないし、まず納が悪くないのに納にキレるようなカスじゃない、と。次やったらどっちかが死ぬまで殺しあいするから、と」
「まあ、確かに七竈ちゃんが失礼だよね、それは。相手を感情のコントロール不能の八つ当たり魔扱いしてるわけだから。いや、まあ、結局それでキレちゃってるあたりホントに直情型なんだな、と思うけど」
「そう、まあ、だからユキの親父さんがKGB向いてなかったって言われても納得するわけよ。いわゆる善良な人間ってヤツだったんだろって」
「……その言い方だと、ユキちゃんの方はスパイ向いてるカンジなんだけど」
「うん、結構向いてんじゃね? 感情のコントロールは上手いし、キレどころも知ってる、そのくせ殺すと決めたら絶対殺すし、度胸ハンパないし」
 ホントにドライな言い方する、と言って、続ける。
「七竈ちゃんは、両親とも関西出身だ。両方の祖父母はまだ関西に住んでる。父方の祖父母とは絶縁状態だ。まあ、こっちは不審な絶縁じゃない。父親が飲酒運転で交通事故を起こした時、祖父母が示談金を払った上に被害者に謝りに行ってるんだな。そりゃあ愛想も尽きる」
「……母方? まず、あいつ母親生きてんの?」
「生きてる。まあ、良い思い出はなさそうだ。今は精神病院にいる。彼が七歳の時に離婚してる。離婚当時既に発病していたらしい。しかし、離婚しても母親と父親が切れてないんだな」
「復縁の話が?」
「いや、もう少しややこしい。母親本人でなく、母親の兄、つまり七竈ちゃんの伯父と父親が連絡を取り続けている。いつまでも働こうとしない父親に、母方の親戚が仕事を紹介した上に自宅の離れを提供したこともある。まあ、結局無断欠勤を続けて七竈ちゃんを連れて失踪という結果に終わってるわけだけど」
「もはや才能だな」
「ここまで来ると才能がないとできないよね。ちなみにこの二人、両方元小学校教員だぜ? 職場結婚」
「そんなに意外に思うほど珍しい職業じゃねえよ。それより、どうにもおかしいのはその伯父だろ?」
「ああ。失踪後、一年後に七竈ちゃんを警察の連絡で児相が保護。そっから東京郊外のアパートで生活保護を受けながらこの春まで暮らしてる。で、この児相に保護されたあたりから、伯父と父親がまた連絡を取り合うようになってる。
彼を父親の元に返すのを児相がかなり渋って、一時保護施設に一時的に入ったりしてるんだ。まあ、そりゃそうだってカンジだけど。それを、いざとなったら母方の祖父が引き取れると伯父の言葉があって、父親の元に戻ってるんだ。まあ、決め手は暴行の痕がないのと施設がいっぱいなことだけどね」
 残り少ないコーヒーに角砂糖を放り込む。
「この伯父の収入源が不明なんだ」
「……無職?」
「そういうことになっている。公的支援も一切受けていない。だが、明らかに結構な収入がある生活をしている。そして」
 机を指で叩く。
「彼の娘は行方不明になっている」
 思考。
「いつ?」
「小学二年生の三学期に登校したっきり、不登校。そのまま義務教育を終えている。現在は十九歳のはずだ。だが、彼女の姿を見た人間がいない。義務教育期間はたまに担任教師が訪問して会っているが、中学卒業後一切目撃者がいなくなる。行方不明との判断は、彼女が自宅に住んでいる様子がないからだ。洗濯物とか食料の量とか。そう、捜索願いも出されていない」
「確かに、犯罪が絡んでそう」
「ああ。しかも、いざとなったら引き取れるはずの祖父が、父親の自殺直後に引き取るどころか自分や伯父と七竈ちゃんと会わせることを拒否している。法的には七竈ちゃんも母親の見舞いに訪れた直後に失踪してることになってるんだ。実際にはメフィストと暮らしてるんだけど。病院側としては自殺したと思ってるカンジだ。見舞いに行った母親は、七竈ちゃんを産んだことも忘れていたからね」
「自殺だったの?」
「うん。これは100%自殺だ。それまでも何度も自殺未遂を繰り返してるし。で、この母親と伯父の最初の不審な話は、七竈ちゃんが生まれる前に起きている」
「なら……関係があるとは言い切れなくない?」
「ああ、直接関係はないんじゃないかな。ただ、この兄妹はさらに上に姉がいる。長女が一人いる。彼女が、大学受験に合格したその晩に自殺している」
「……」
「この伯父の収入源はなんだ? なぜ、別れた妹の夫と連絡を取り続ける? なぜ、祖父が孫と会いたがらない? 伯父と会わせない? いや、その前に」
 トン、と指を鳴らす。
「母親が精神病院に入院したのは父親の自殺の半年前だ。祖父も伯父も経由せず、七竈ちゃんはどうやってその病院に一人で行き着いた? 入院したことも病院名も前から知っていたという理由しかない。だけど、それならなぜ母親の病状も知らなければ、母親本人とコンタクトを取ろうとしなかったのか?」
「その伯父さんがただの甥が心配な世話焼きでっていうんなら、平和な話だ。だが、それなら、そいつに説明がつかない点が多すぎる」
 そして
「納の『癖』を考えれば、”悪いこと”だと思ってなければ伯父さんにいくらでも手を貸すし」
 また赤い茶を一口。
「納の中では、殺人は”悪いこと”じゃない」
 ジョーイはしばらく黙る。
「彼の話は以上だ。君の父親の話をしよう」
「ひょっとして……一番短い?」
 ジョーイのカップを見る。
「うん。実は」
「それもわからないことが多すぎて短い?」
「うん、それも」
 すっかりなくなっているコーヒーカップを見て。
「まあ、しょうがない」
 ため息を吐く。
「理解があって助かる。わかっているところから伝えよう。君の父親は君がまだ母親――妙高ひとみのおなかにいたころ、大学院の博士課程だった」
「どこの大学?」
「神戸大学民俗学科。今はなくなった学科だ」
「名前は?」
「柳田国男と名乗っていた。偽名だ」
「そりゃそうだろうな。あのババア、マジで勉強しなさすぎだろ」
「当時かかっていた産婦人科で、おかしなカップルだと思われていたらしい」
「そりゃあ、あのケバい女と博士じゃねえ……どこで知り合ったんだよって」
「いや、君も方向が違うだけで同じくらい顔盛ってるだろ。いや、まあ、それもある。一目でわかるギャルといかにも地味で真面目そうな男のカップルだったし、妙高ひとみは埼玉の短大の看護学科の学生だったんだ。どこで知り合ったのかはわからなか」
「埼玉ァ!?」
「え、何、そこは重要じゃないんだけど」
「あのババア、東京のギャルだったとかほざいてたくせに! 道理で学生証の名前が」
「あ、いや、住んでたのは東京だったから」
「東京住んでるのに埼玉の短大ってバカの証拠じゃねえか!」
「埼玉になんか恨みでもあるの!?」
「響きが全然違うだろうが!」
「わかった。わかったから話を戻そう。当時妙高ひとみは臨月が近かったんだ。なのに、入籍しようとしない。かといって別れる気配もないんだな」
「学生だからじゃねえの?」
「病院側もそうだと思ってたらしいけど、臨月が近かったら早産なんてよくあるぜ。入籍してるとしてないとじゃ、後で父親の籍に入れる手続きが段違いに違う。役所の手続きくらいって思うかもしれないけど、生まれたての赤ん坊がいるだけで睡眠時間すらろくに確保できなくなるんだから。手続きは簡略にしておいた方がいい」
「そりゃ、母さん完全に結婚する気ないな」
「……なんとなく君を見てると想像がつくよ。だけど、父親の方はなんとしても説得するって言い張ってるし、病院も毎回一緒に来る。妙高ひとみが失踪――実際には誘拐だったわけだけど。した後は病院に手がかりを求めて何度も来てる。しかし、諦めたのかぱったり姿が消える。以降の手がかりがない」
「調べてくれてどうも。親父の正体がわかったわ」
 ジョーイは蛍の目を見る。
「会ったことが?」
 蛍は赤い茶を飲み干す。
「それはないって言ってもないって証言する人間がいないのは俺も同じ。まー、でも、想像通りなら犯罪がらみじゃないよ」
「恋愛の問題かい?」
 頬杖をつく。
「……たぶん、歴史?」
「そのこころは?」
「自分のことを信用できないって言ってるヤツに、洗いざらい話したらバカすぎるだろ」
 ジョーイもため息を吐く。
「それはそうだ。一応彼女の実家の住所とか聞く?」
「……身内、誰が生きてる?」
「君からすれば伯父。彼女からすれば兄だ」
「健康?」
「病気とかしてる様子はない」
「結婚してる? 子どもは?」
「既婚者。男の子が二人。両方とも社会人だ」
「ああ、なら充分」
 ジョーイが右側だけ口角を上げる。
「精神的に満足?」
 蛍はククっと笑い声を上げる。
「んー。いや、たぶん、そのうち連絡が取れる」
「曖昧だな」
「健康なんだろ。じゃあ焦ることないじゃん」
「人間、いつ不意打ちで死ぬかわかんないぜ?」
「まあ、それはそれで同じものになるし」
 ジョーイの顔に初めて不審が浮かぶ。
「同じものって何だい?」
「んー。かえる」
「かえる? 土に?」
 蛍は腕を組んで考える。
「まあ、土もあるんじゃないかな。人間とか動物とか、とにかく生き物。そういうのは死んだらみんな同じものにかえる。土とか水とか山とか川とか道とか土手とか、まあ、なんかそういうもんにかえる」
「魂は自然の一部となるって意味? 悪魔のメフィストが魂なんてないとか、心は脳とか、人間は死んだら消滅とか言ってるんだぜ?」
「それは……そうなんじゃねえの?」
 首をひねるのに、自分も考えつつ言う。
「かえったら、別に自分を自分とわかるっていうか、認識とかしなくなるんじゃねえの。する必要ないし。でも、自分というもんがわかんなくなったら、それは消滅ってことじゃね?」
 ええー、と呟いた後、質問する。
「それは薔薇菩薩村の教義とかそんなんなの?」
 さっくり否定。
「いやいや、全然違う。あれ頭おかしい宗教のわりにこんなザルなこと言ってなかった」
「えー、じゃあ、禅とかそんなん?」
「元ネタはわかんねえけど、まあ、言ってた母さんも元ネタわかんねえっぽいし。たぶんもう誰もわかんねえんじゃねえかな。まあ、でも」
 しっくりくるから。
「しっくりねえ、ザルな宗教観だなあ」
「いやー、ちゃんと宗教観として成り立ってるかも割と怪しいって」
「確かにそうだけどさ」
 まったくかわいくない弟子をもったもんだ、と嘆いてから、ニヤッと笑う。
「まあ、信用はできないけど、背中を預ける程度には頭が回りそうだ、後」
 ジョーイも頬杖をつく。
「君、友達できたのあの二人が初めてだろ」
 急激に顔が赤くなる。
「バッ……! てめえこそ現在進行形でいねえだろ! 何えらそうな口きいてんだコラァ!」
「えー、だってさー、蛍ちゃん。君、あの二人に対する態度が兄貴分っぽいっていうか、圧倒的に兄貴分だぞ。しかも世話焼きな。わりと危なっかしい連中を一向に見捨てる気配がないぞ。絶対今後世話も手間もかかるのに、かなり大事そうだぞ」
「うっさいな! あいつらが勝手に手間かかってるだけじゃん! 別に俺が手間かけたくてかけてねえよ!」
「後、七竈ちゃんが昔友達がいたって聞いたとき、すごく嫌そうだったよね」
「は!? なんで知って!?」
「普通にメフィストに聞いただけ、メフィストは七竈ちゃんに「僕、なんか怒ること言っちゃったかなあ?」って言われただけ。「料理が不安やったんちゃう?」ってごまかしてくれるなんて、優しいなあ。いやー、昔友達がいたら即取られたってなるのか。ヤンデレ属性? 快楽殺人鬼にはならないけど、痴情のもつれでバラバラ殺人とかするタイプ? 怖いなあ。惚れられないように気をつけないと」
「てッめッ……ッ! 殺す……ッ」
「だてに半世紀以上嫌われ者やってないぜ。積んだキャリアが違うんだよ。精進することだね」
 にやにやと笑う。
「で、七竈ちゃんの先生がやっと帰れる状況になったから、君たち三人とも京都行きが決定したらしいぞ。僕も十年ぶりぐらいだ。ワクワクする」
「いや、なんでお前も行くんだよ」
「スナイパーは基本座学だ。どこでも勉強できる。君だけ十三番街に置いていってもかまわないんだけど、寂しいだろうっていうメフィストの温情だね」
「だッれッがッ……」
 怒声を止める疑問。
「ん? そういや、お前マリュースクの話はするのに、納の先生は名前すら出てこなくね? あれより嫌われてんの? 可能なのそれ?」
 ジョーイ・ラスボーンは沈黙し、目をそらした。
「……誤解されないように言っておくけど、僕はあそこまでどうしようもない大人じゃない」

 

 

≪空六六六ぷらす! じゅうご!≫

 

ジョーイ「もー、うちの弟子がほんっとかわいくない」
マリュースク「うちのだって別にかわいくないですよ」
ジョーイ「嘘つくなよ! 学校行ってたら女子高生の美少女だよ! かわいくないわけないだろ!」
マリュースク「……食材の買い足しに一緒に行った時に、多少、喧嘩を売ってこられた男性がおられまして。すみやかに叩きのめそうとした訳ですが。その際」
ユキ(回想)「これ、私のなんで、気軽に声かけないで貰えます?」
マリュースク「私が何もしてないのに、そのまま逃げていきました」
ジョーイ「乙女ゲーの俺様系キャラ?」
マリュースク「その後、「勝手なにヘンなこといってごめんネー。追っ払いたかっただけだから気にしなくていいデス」と」
ジョーイ「確かにかわいくないな。抱いてもらいなよ」